036話 信念
フィナを助けた翌日、一行はデール城に向かって馬を走らせていた。フィナはというと、アリスからボトムスを借り、アランの馬に乗せてもらっていた。
背中に感じるアランの気配に初めのうちは緊張していたが、二時間もすると殺風景な同じ景色に飽き、何度となく睡魔が襲ってくる。
「眠っても宜しいですよ。支えておりますので」
何度かフィナの頭がかくんと落ちるのを見ていたアランは、後ろからそう伝え左腕をフィナの腰に回した。どうせなら眠ってしまった方が危なくない。安全のためにそう伝えた。
その瞬間、フィナの体がびくんと跳ねる。
耳元で聞こえるアランの声。
腰に感じるアランの腕。
突然の出来事に、フィナは飛び起きた。馬の上で寝るなんて緊張感がなさ過ぎだと思われたに違いない。恥ずかしさと情けなさで顔を真っ赤に染め、俯いた。すると、アランの腕が視界に入る。
あわわわわ。
まるで後ろから抱き締められているみたいで、フィナは胸を高鳴らせた。
とりあえずお礼を伝えなければと思い、後ろを振り返りぎみに横を見る。すると、馬の蹄の音で掻き消されないようにと、アランが耳を近づけてくれた。
「っ……!?」
か、顔が近いっ!
フィナは刺激が強すぎて言葉を失った。
身をこわばらせ、何も言ってこないフィナにアランは眉を寄せる。
「……どうしましたか?」
追い討ちをかけるように、アランの声が耳元で聞こえてくる。背中がぞくぞくと震えた。フィナはもう死んでもいいと思い、何も言わずにゆっくりと前に向き直る。
フィナの思考回路は止まった。
恋愛に疎いアランではあったが、耳まで真っ赤にしているフィナの行動はあからさまで、アランまで恥ずかしくなった。そう意識されると困る。今さら手をどけることも出来ず、フィナを抱き抱えるようにしたままアランまで固まった。
二人の様子を見ていたアリスが吹き出すように笑う。
「なぁに? なかなか上手くやってるじゃない?」
並走しているアリスは二人を冷やかした。初々しい二人を見ているとにやけてくる。そんなアリスにアランは睨みを利かせてきたが、アリスは気にする様子もなくニヤニヤしていた。
そんな道中、アランが考えていたのは、フィナとの結婚についてだった。この結婚に対して、フィナは前向きな様子。断るならアランからしかないようだ。
アランは勝手に動いていた母親を恨んだ。よりによって侯爵家の令嬢を選ぶとは……。
フィナの父であるバッファ侯爵は、委員会の主要メンバーであり、政治を行う上で重要なポストについていた。通常であれば、この婚姻は悪い話ではない。今後セイン王子がエリー王女と結婚をすれば、セイン王子はアトラス王国の政治を行う機会が増える。セイン王子は他国の者がゆえ、何かと動きにくいであろう。そこでアランがバッファ家との繋がりを強めれば、随分と動きやすくなることは明白だった。
国のためならば自分がどうなろうと構わない。そう思ってアランはずっと生きてきた。その信念は今も変わらない。
結婚するならばという想定をして、誰と結婚したらメリットがあるのかなど考えてみたこともなかった。それほど結婚には興味がなかった。しかし、バッファ家との結婚を聞いた際に、自分の結婚によって国としてのメリットがあることに気が付いてしまったのだ。
以前のアランであればフィナとの結婚を決めたかもしれない。しかし、自分の気持ちに気が付いてしまったアランはマーサのことを思い浮かべる。
この気持ちを捨てて国のために生きるか、それとも自分の気持ちに正直に生きるか。
アランはずっとそのことで頭を悩ませていた。




