032話 過去
小さく息を飲んだエリー王女を見たマーサは、エリー王女が勘違いしてしまったのではないかと内心慌てた。
「エリー様。お付き合いをさせて頂いておりましたレイ様が亡くなり、私が落ち込んでいるのではないかと、フィニアス様はずっと心配してくださっていたのです」
マーサはこれで気が付いて欲しいと願いつつ、エリー王女に少し悲しそうな笑みを作って見せた。
それを見たエリー王女は、以前、そのような振りをしていたことを思い出した。
「そうでしたか……。フィニアス、マーサのためにありがとうございます」
「いえ、レイは家族同然の仲間でした。ですのでレイにとって大切な人は、我々も同じく大切な人だと思っております」
フィニアスは優しく笑みを浮かべ、深く頭を下げた。エリー王女はそんなフィニアスを見て、心優しい配下を持ったことに喜びを感じた。しかし、それと同時に隠し事をしていることに罪悪感も生まれ、マーサと顔を見る。マーサも同じように感じているようで、僅かに頷いた。
午前、エリー王女の護衛はフィニアスが付いた。国王選びもなくなり、公務も減ってしまったエリー王女はマーサを連れて庭園を歩く。赤く染まった木の葉がはらりと落ち、足を踏みしめるとカサカサと音を立てた。まだ日が差し込む場所は暖かい。
エリー王女とマーサは姉妹のように仲が良く、楽しそうにその中を歩き回る。フィニアスは後ろからその様子を微笑ましく眺めていた。
「ねぇ、マーサ! あの鳥は何て言う名前の鳥かしら? 初めて見ました……。凄く綺麗な色……」
エリー王女が指差す木の上をマーサとフィニアスは同時に見上げる。赤と黄色の葉の中に、真っ青な羽を纏った小さな鳥が一羽止まっている。
「あれは瑠璃鳥ですね。もう少し南の方に生息する鳥ですので、確かに珍しい」
そう教えてくれたのはフィニアスだった。
「まぁ、フィニアスは鳥に詳しいのですか?」
エリー王女ら嬉しそうに訊ねると、フィニアスも微笑みを返す。
「はい。妻が鳥好きでしたので、たまに二人でバードウォッチングをしに出掛けておりました。ですので少しは知っております」
「そうでしたか……。奥様はきっと楽しかったでしょうね」
エリー王女はフィニアスの思い出を想像し、そう伝えるとフィニアスは嬉しそうに笑った――――。
フィニアスは幼なじみのリリーという女性と結婚した。幼い頃から体が弱かったリリーは、鳥を観ることが趣味だった。リリーは鳥を見付けるととても嬉しそうに笑い、フィニアスはその笑顔を観るのが好きだった。だから、彼女の体調が良ければいつも野鳥を観に出かけた。
儚くも強い一輪の花。
どんなに辛い状況でもリリーはいつも笑顔でいた。弱音は一切言わない人だった。
だから守りたかった。この手で幸せにしてあげたかった。
リリーは娘ニーナを産んで直ぐに寝たきりになってしまう。いつ亡くなってもおかしくないとも言われていた。そんな中でリリーは生きてきた。しかしそれは辛い二年だった。呼吸困難。嘔吐。全身の痛み。みるみる痩せ細り、昔の面影はもうなかった。
「鳥に生まれ変わって……あなた達を見守るわ……」
覚悟はしていた。
この二年間ずっと病気と戦い、苦しんできたリリー。
リリーが苦しみから解放されるのだと思うと、生きて欲しいとは言えなかった。死なないでほしい。ずっと側にいてほしい。そんな言葉をフィニアスは飲み込んだ。
――どうせなら人間に生まれ変わってもう一度結婚しよう。
無理して笑って見せた。
「そんなに待っていたら……フィニアスはおじいさんになってしまうわ……。私を待たずに……幸せになってほしいの……。フィニアス……自由に羽ばたいて……」
リリーは笑う。窓から吹く風に、銀色の前髪がサラリとなびいた。
――それでも俺は待つよ。
痩せ細った手を握りしめて言うと、今度は悲しそうに笑った。
それが二人の最後の会話だった。
「ニーナ……。お父様と幸せになってね」
まだ二歳だったニーナは何も分かっていない様子でリリーを見つめていた。リリーはそのまま瞳を閉じた――――。




