031話 新しい一歩
翌朝、マーサはいつものようにエリー王女の私室に入り、全てのカーテンを開ける。すると室内には柔らかな日差しがすっと差し込んだ。今日は良い天気になりそうだなと思いながら、ゆっくりとした足取りで寝室へ向かう。天蓋のカーテンを開けると、エリー王女が心地よさそうに眠っていた。
「エリー様。おはようございます、朝を迎えました。本日も一日よろしくお願いいたします」
優しく耳元で囁くその声に、エリー王女はいつもであれば眠い目を擦りながらゆっくりと体を起こすのだが、今日は違っていた。
「おはようございます、マーサ。昨日はいかがでしたか?」
パっと起き上がり、瞳を輝かせながらエリー王女はマーサに訊ねた。マーサはその様子に少し驚いたが、それだけ気にかけてくれたのだと胸が暖かくなる。
「そうですね、特に何もございませんでしたが、アルバート様は多分これで十分だと仰っておりました」
「ということは、たくさんの男性に囲まれたところを見て頂いたということですか?」
「いえ、フィニアス様とお話をしただけですし、それに私の想い人はあの場にはいらっしゃいませんでしたから」
エリー王女は首を傾げる。
「どうしてそれで大丈夫なのでしょう? 見てなければ意味がなさそうな気もしますが……」
「……そうですね。私にはわかりませんが、アルバート様には何かお考えがあるのでしょう。さぁ、エリー様。私のことは良いですから、お支度を」
エリー王女は何か言いたそうにしていたが、しぶしぶと鏡の前に歩いて行った。
マーサは、アランが今回の件について耳にするとは思っていなかった。飲み会に誰が参加したとか興味があるとは思えない。今回はエリー王女とアルバートの気持ちに応えただけ。それでも心のどこかでは淡い期待もあった。
「……マーサの想う方がどなたなのか分かれば、もう少し協力ができるのに……」
髪を梳かしている時に、エリー王女がぼやいた。それでもマーサは笑顔を作るだけで何も答えてはくれない。大好きなマーサが悩んでいるのに何もできないことがとても不満だった。何とかしてあげたい。そんな気持ちが強かった。
聞いても答えてくれないのであれば、こっそり調べてはどうだろう……。そうすれば何かしら協力ができるのでは?
エリー王女がそんな風に考えていると、扉を叩く音が聞こえてきた。マーサが手を止め、扉を開けに行くとそこに朝の光を浴びた爽やかな笑顔を湛えたフィニアスが立っていた。
「おはようございます、マーサさん。聞きましたよ。あれから最後までいて、お店のお手伝いしていたそうじゃないですか」
「おはようございます、フィニアス様。はい、動いている方が楽ですので」
「そうですか……」
マーサはアランのことを考えないようにと、ずっと動き回っていたのだった。しかし、それを聞いたフィニアスは、やはりまだレイのことを忘れられず無理をしているのではないかと思った。
「おはようございます、フィニアス」
二人が入り口で話していると、エリー王女も近くまで来ていた。
「エリー様、おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。ねえ、昨夜はフィニアスも飲み会というものに行ったのでしょう? 私も行きたかったのですが、アルバートに反対されまして」
「ははは、それはそうでしょうね。エリー様にはあのような場は相応しくありませんよ」
フィニアスが朗らかに微笑むが、エリー王女は不服そうだ。一緒に行っていればアルバートの言う「大丈夫」という意味が分かったかもしれない。一人だけのけ者にされているようでとても嫌だった。
「ですが皆さんの普段の様子も見られますでしょう? それに、マーサも行くというので、とても行きたかったのです」
「どちらかというと、後半の理由の方が強そうですが。エリー様はマーサさんがとても好きなのですね」
「それはもうとても! マーサが私の幸せを願ってくれるように、私もマーサの幸せを願っております。ですので、どんな方と出会うのか見たかったのです」
エリー王女は両手に拳をつくり、フィニアスに力強く答えた。エリー王女も自分と同じように心配していることを感じ取ったフィニアスは、エリー王女がマーサに早く新しい恋をしてほしいと願っているのかもしれないと思った。マーサもまた、新しい一歩を踏み出す為に飲み会に参加したのかもしれない。
フィニアスは、そんなエリー王女に優しく言葉を落とす。
「エリー様はとてもお優しいのですね。新しい恋を始めるのには少し時間がかかるかもしれませんが、きっとレイくんのような素敵な人を選ぶと思います。じっくりと待ちましょう」
これほどまでにマーサを心配してくれている人が側にいることに、フィニアスは安堵した。反対にエリー王女はドキっと心臓が音を立てた。危なく「え?」と声を漏らしそうになったが、ぐっと踏みとどまった。




