030話 傷
「フィニアスさん、お疲れ様~っす! 今日は来てくれてありがとうございます!」
壁際の隅の方にいた、フィニアスとマーサのところに現れたのは、アルバートだった。少し話している時間が長いのではないかと、心配になってやってきたのだ。
「お疲れ、アルバート。今日はありがとう。凄く盛り上がっているね。みんなが楽しそうにしている姿を見られた良かったよ。流石だね」
「いえ、俺は好きなことをやってるだけっすから。フィニアスさんも楽しんでるっすか?」
「ああ、勿論。マーサさんとこうやってゆっくりと話をしてみたいと思っていたからね」
そう朗らかに笑みを浮かべるフィニアスに、アルバートは一抹の不安を覚えた。アルバートにとって、フィニアスは大切な上司の一人である。奥さんを亡くし、やっと元気になったのだ。そんなフィニアスを、面倒な恋愛には巻き込みたくなかった。
「そうなんすねー。でも、今日は交流会なので他の奴らとも話してくださいよ? フィニアスさん、あんまりこういうのに参加しないんすから、みんな喜ぶっすよ」
「ははは、そうだね。目的は果たせたし、皆に挨拶してから帰るとしようかな。マーサさん、今日はありがとう。とても楽しかったです。続きはまたいずれ」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
マーサもまた笑顔でお礼を伝えると、フィニアスは嬉しそうに笑みを浮かべ視線を返した。
「じゃ、アルバート。みんなのことよろしくな。では、失礼」
フィニアスはアルバートの腕を叩いてから、マーサにお辞儀をして立ち去った。その後直ぐにアルバートは、フィニアスの座っていた席に座り、マーサをじっと見つめる。
「どうかされました?」
「相手はフィニアスさんじゃないっすよね?」
「え? はい、違います」
「んじゃーさ、フィニアスさんの目的ってなんなんすか?」
アルバートは、普段こういう場所に参加しないフィニアスが、"目的を果たした"というところに引っ掛かっていた。"マーサとゆっくりと話をしてみたいと思っていた"と、そんなことも言ってのけていた。アルバートの心配をよそに、マーサはなんてことはないというような表情でフィニアスとの話を簡潔に伝える。
「そうかぁー。フィニアスさんはまだ吹っ切れていないかもしれないっすね。うわー、うーん……」
一人で考え込むアルバートを見て、マーサは静かにその様子を見守る。何を考えているのかは分からないが、きっと大事なことなのだろうと、静かにしていた。
「マーサさん、次会う約束ってしたんすか? 続きはって言ってたっすよね?」
「いえ、特にはしておりません」
また黙り込んだアルバートは、大きくため息をつき、持ってきたお酒を一口飲んだ。
「まぁ、今回の作戦は、今ので十分かもしれないっすね」
「そうなのですか? ヤキモキしていただけるでしょうか?」
「そりゃあもう、するする! しかも相手はあのフィニアスさんっすよ? どんな男も勝てねぇよ」
マーサはそう言われて、フィニアスの背中を見つめる。確かに素敵ではあるが、特には何も感じなかった。アランを思い出し、勝てないことはないのではないかと思ったが、そう思った自分に恥ずかしくなった。
「は、はい……そうですね」
ほんのり頬を染めるマーサを見て、アルバートはわざとらしく驚いて見せた。
「うわっ。まさか、マーサさんの想い人はそれ以上にスゲー奴なんすか?(んなこたぁーねーだろ)」
「いえ、あの……はい……?」
否定すればアランに失礼だし、否定しなければなんだか小恥ずかしい。なんとも言えずに、首を傾げる。
「くぅー! なんすか? 熱いっすね。なんかマーサさん、めっちゃ可愛いっす」
「そういったお世辞は私には不要です」
アルバートがちゃかすと、すっといつもの表情に戻った。自分のことになるといやに冷静になるマーサだった。




