029話 仲間意識
※注意※
本編「恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~」
<110話 道具>まで読んでいない方はネタバレが含まれます。
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食事も運ばれ、お酒も進み、楽しい会話が弾む。しかし、フィニアスの顔が一瞬だけ曇ることがある。それはほんの僅かであって、直ぐにいつもの朗らかな笑みに戻るのだが。
程なくして、フィニアスが声を落とし、遠慮がちに口を開いた。
「マーサさん。私がこんなことを聞いて気に障るかもしれませんが……。マーサさんは、もう気持ちは落ち着かれましたか?」
「気持ち……ですか?」
フィニアスは首の後ろを擦り、とても言いにくそうにしている。しかし、意を決したのかマーサを真摯に見つめた。
「はい、ずっと心配していたんです。あれから二年は経ちましたが、愛する人の死はやはり辛いものですから。いつもお見かけすると、普段と変わらずに気丈に振る舞っていたので、無理をしているのではと心配しておりました」
マーサは素早く考えを巡らせた。何の話をしているのかと。そして、レイとのことを思い出したのだった。
黙っているマーサを見て、フィニアスは少し焦ったように頭を下げた。
「すみません、個人的なことに踏み込んでしまいまして。ただ、私も三年前に妻を亡くしましたので、マーサさんの気持ちが分かるといいますか――」
「いえ、そんな……。頭を上げて下さい。気にかけていただけて嬉しいです」
顔を上げたフィニアスは、思い詰めているような表情をしていた。
「マーサさんは誰にも言えずに苦しんでいるのではないかと、自分と重ねていたんです。余計なお世話なのかもしれませんが、もし吐き出す相手がいないなら私が力になります」
フィニアスの言葉はまっすぐで、優しいものだった。レイとの付き合いも、レイの死も、嘘で固められた話であり、それをフィニアスは心から心配している。そんな気持ちに触れ、心苦しくなった。それでも正直に話すわけにはいかない。
「ありがとうございます。フィニアス様はとても奥様を愛していらっしゃったんですね。大丈夫です。私はもう落ち着きました。きっと彼は、それを望んでいると思いますし」
マーサは優しく微笑みを浮かべる。それを見たフィニアスは心底ホッとしたように息を吐く。
「良かった……本当に……。そうですね、レイくんもきっとそう望んでいる。彼は本当に良い子だったから」
「はい……」
「本当はもっと早く、こうやってお話をしたいと思っていたんです。いきなり話しかけるのもおかしいなと思っていたので、チャンスを伺っていたら二年も。今更なような気もしましたが、今日ここにマーサさんが来ると聞いて来てしまいました。でも来て良かった」
「そんなに気にかけていただいていたのですね。ありがとうございます。……それで、フィニアス様は大丈夫ですか? 自分と重ねていたと仰ったので、まだお辛いのかと……」
「そうですね、以前よりは大分落ち着きましたが」
苦笑いを溢すフィニアスに、マーサは少し考えた。
「フィニアス様、レイとの思い出などございますか? 宜しければ少し教えていただけると嬉しいです」
力になりたいという気持ちを汲み取り、マーサはそうお願いした。その言葉にフィニアスは嬉しそうに目を細めた。
「勿論ありますよ。彼は――」
フィニアスからレイとの思い出話を聞かせてもらった。折角なので戻ったらエリー王女に聞かせてあげようと、マーサは少しも洩らさぬように真剣に耳を傾ける。
それはフィニアスに好感をもたらした。直向きなその姿は、マーサを魅力的にみせている。彼女がレイに対して見せる変わらぬ愛情が、フィニアスを安心させたのだった。




