017話 想定外?
その日の夜。
いつものようにアルバートは公務を終えたエリー王女を部屋へと送り届けた。そして、普段と変わらない様子のマーサが迎え入れる。
「あ、マーサさん。この前の話なんすけど、七日後の夜でいいっすか~?」
突然話しかけられたマーサは、何の話をしているのか分からず首をかしげる。そんな二人のやり取りをエリー王女は、興味深そうに見つめた。
「飲み会っすよ、飲み会。昨日の朝約束したじゃないっすか。侍女の皆さんと俺ら騎士とでやろーって」
マーサは記憶をたどり、なんとなく思い出した。あの時はアランのことが気になり、適当な返事をしてしまったことを。
そうだとしても約束は約束だ。
「そうでしたね。分かりました……では何名か集めます。ですが、アルバート様。羽目を外すようなことは避けて頂きますようお願い致します」
「わーってるって! 俺もちゃんと行くし、マーサさんも行くから大丈夫っしょ」
「私がですか? いえ、私は遠慮させていただきます」
にっこりと微笑むマーサ。アルバートにとってこの反応は想定内である。アランから聞いた話では、マーサはアランに好意を寄せている。そんな彼女が男がいる飲み会などに行くわけがないと思っていた。
「いやいやいやいや、マーサさん! 余計なお世話かもしれないっすけど、マーサさんもそろそろいい男作って楽しんだ方がいいっすよ。マーサさんのお父さんも騎士だったじゃないっすか。出会い出会い! 出会いは必要っすよ! ね、エリーちゃん」
じっとアルバートとマーサの会話を聞いていたエリー王女は、急に振られて驚いてはいたが、何かを思い付いたかのように目を輝かせた。
「はい! 私、マーサにも幸せになってほしいです。マーサ、もしかしたらマーサにぴったりの男性がいるかもしれません。アルバートの言うように出会いは大切だと思います」
思った通り、エリー王女はマーサに行くようにと勧めた。アルバートの思惑通り話が進む。
「いえ……私のような年配が行っては皆さんががっかりされることと思います。こういうことは若い者同士で――――」
「マーサ! そのようなことを言わないでください! マーサはとても素敵です。ね、アルバート?」
「そうっすよ! マーサさんとお近づきになりたいっていうやろーはいっぱいいるんすよ?」
エリー王女と共にマーサを褒めるがなかなかうんとは言わない。ならば、方向転換だ。
「そんなに嫌がるっちゅーことは、もしかして、彼氏でもいるんすか?」
「え? そうなのですか?」
エリー王女は期待をしているのか、頬を赤くし瞳を輝かせてマーサを見つめる。
「エリー様。その様に愛らしい表情で見つめて頂いて大変恐縮ではございますが、残念ながらそのような方はおりません」
いつものように微笑んでいるものの、エリー王女にはマーサが少しだけ悲しそうな表情になったような気がした。
「あの……では、気になる方がいらっしゃるとか……?」
エリー王女がマーサの瞳を覗き込んで、恐る恐る訊ねるとマーサの瞳が揺れた。
あまりにも澄んだ瞳のエリー王女に見つめられ、マーサは見透かされているように感じ、動揺した。気になる人はいる。しかし、エリー王女にも言いたくはなかった。この複雑な気持ちを今は言葉には出来ない。
だからマーサは、それを隠すように笑顔を作った。
「……いえ。そのような方もおりません」
「マーサ……っ」
急にエリー王女がマーサの胸に飛び込み、抱きついてきた。マーサは驚いた。それは抱きつかれたことにではない。
「マーサさん……」
アルバートの戸惑っているような声に、マーサはさっと両手で顔を覆い隠す。自分でも分からない。こんな風に自分を制御出来ないことは初めてだった。だからそんな自分に驚いたのだ。
マーサの顔を覆ったその手の隙間から、幾つもの雫が頬を伝っていった。




