015話 最低
結局、マーサが期待していた言葉はアランの口から出ることはなかった。
「すみません、マーサさん。まだ明日の準備が残っていまして……」
ことを終え、覆いかぶさっていた体勢から体を少し離し、余韻に浸ることもなくアランはそう告げた。アランとしてはもっと一緒にいたいと思っていたが、そういった気の利いた言葉は出てこない。
「そうですね。引き止めてしまいまして申し訳ございません。明日からの任務、アラン様のご幸運をお祈りします」
マーサは寂しさを閉じ込め、アランに優しく微笑む。上から覗き込むアランの表情もひどく優しいものだった。つい手を伸ばし、アランの頬に手を添えた。愛を囁く言葉が欲しい。
「ありがとうございます。エリー様のことを宜しくお願いします」
エリー様……。アランにとって気にかけるのはエリー王女なのだとマーサの胸はズキンと痛む。もちろん自分もエリー王女が優先ではあったが、今はそんな言葉が欲しかったわけではない。しかしマーサは、笑顔で、はい。と答えた。アランは満足そうに微笑みを返し、軽い口付けをした。その後は早かった。素早く着替えを済ませ、ささっと部屋を出ていってしまった。
マーサは服も着ずにそのままベッドに横たわり、大きなため息を零した。
これは周りからよく耳にする、所謂"やり逃げ"というものではないだろうか。はたまた"都合の良い女"?
アランがそういう男ではないとは分かってはいつつも、自分に自信がないだけにマーサは不安を感じていた。マーサが"自分を知って欲しい"と願い、アランはそれに応えてくれただけに過ぎないのだと……。
せめて、どう感じてくれたのか答えが欲しかった。何も言わないということは、ダメだったのかもしれない。そう思ったらポロっと涙がこぼれた。
やはり自分には恋愛は向いてはいないのだ――――。
アランが部屋に戻ったのは午前三時。扉を開ける音でアルバートは目が覚め、ベッドの上でもぞもぞとし、アランを見た。
「ん~遅かったな~。明日大丈夫か~?」
「起こしてすまない。荷造りしたら寝る」
アルバートは何か違和感を感じ、肩肘をついてぼーっとアランを見ていた。
「なぁ? お前さ……腰ベルト外してたの?」
「え?」
アランは普段から剣を肌身離さず持ち歩く。そのため、その剣を差すための腰ベルトは外さない。しかし、この時のアランは腰ベルトと剣を手に持って部屋に入ってきていた。
「あのさ~、昨日の朝もそうやって入ってきたよな~……」
アルバートは何かを考えるようにアランを隅々までじっと見ている。アルバートの観察眼が鋭いことをアランは昔からよく知っていた。目ざといアルバートに対して、アランは思わず深いため息を吐いた。
「おっ、何? やっぱり女でもできたん? ああ、そうか。明日から暫く会えなくなるからって会ってやって来たんだろ? いいねいいね~、アランちゃんもついに~」
「おい、下品な言い方をするな」
アルバートは嬉しそうに飛び起きて、アランの肩に手を回そうとするが、アランは面倒くさそうにそれを拒む。
「まだ付き合っていない」
「な~にぃ~!? 付き合っていないのにやったんか!!」
「だから下品な言い方をするな。好きか分からないけど、もっと知りたいとは伝え――――」
「うっわぁ~~~!! アラン、サイテー!! 超サイテー!! まさか俺のアランちゃんがそういうことするとは思わなかったわぁ~~~」
非難するような目つきでアルバートは後ずさる。
「いや、向こうがそれなら知ってほしいって――――」
「ばーかばーか! そんな餌ぶらさげてやるよーな男はサイテーなんだよっ」
ビシっと指を指されたアランはぐうの音も出ない。
「……ならどうしたらいい?」
「お前はどーしたいんだよ?」
アランは眉間にしわを寄せて考える。何やら物凄く考えている様子のアランにアルバートは痺れを切らした。
「ぬわぁ~~! ハッキリしね~な! もういい! 相手誰か言ってみろ。俺が見極めてやっから」
アランの左肩に片手を起き、有無を言わさぬ勢いで睨むアルバートに小さく怯んだ。アランも対抗するようにアルバートを睨みつつも、言ってもよいのか悩み始める。
沈黙。
さすがに本気でイライラし始めたアルバートはアランの顔に近づき、まるでならず者のように囁く。
「一人で考えたってアランには答えは出せねえ。何も考えずに俺に言え」
確かに出せないかもしれない。アランは覚悟を決めた。
「……誰にも言うなよ」
「おぅ、俺を誰だと思ってんだ」
アルバートは未だにならず者のように低くどすを利かす。
「……マ……」
「ま?」
なんだろう。名前を言うだけで恥ずかしい。アランは視線をそらした。
「ま、なんだよ?」
「……マーサさん……」
ぶっ!!
「マジかよ!?」




