013話 気持ち
アランは背後で扉が閉まる音を聞いた。
目の前には、今にも触れそうな距離で俯いているマーサがおり、アランの右腕にはマーサの左手が添えられている。アランは何だかマーサに抱きしめられているような錯覚を起こした。
これはどういった状況だろうか。
アランは何を言って良いのか、どう動いて良いのか分からず、ただただ心臓だけが激しく鳴り響いていた。
「アラン様……」
「はい……」
そのままの距離で話しかけられ、ドキッとする。もう少し離れてほしいと思うものの、そんなアランの気持ちを知らずにマーサはそのまま話を続けるようだった。
「……今朝、なかったことにしても良いとお伝え致しましたが、そのようにお伝えしたことを私は後悔していました。それで……アラン様は覚えているか分かりませんが、あの時仰っていた……」
マーサは言葉に詰まった。もし本当に覚えていないのであれば、あることないことを言っていると思われるのでは? と、ふと頭をよぎってしまったのだ。アランが付き合って欲しいと言っていたなんて言えるわけがない。もっとしっかり考えて発言すべきだったと後悔した。
言いにくそうにしているマーサにアランは戸惑った。やはり記憶のないあの中で何か言ったのだろう。しかも言い難いことを……。ここは正直に言うべきだと判断した。
「……すみません、マーサさん。実は……そうなったきっかけと言いますか、俺の発言は覚えています。しかし、その後の記憶は所々抜けていまして……。あの時というのはきっかけではなく、その後に何か俺が言っていたということでしょうか?」
「………………そうですね……きっかけのことではございません。覚えていないのでしたらこの件について、私は忘れます。呼び止めてしまいまして申し訳ございません。明日もまたお忙しいでしょうからお部屋にお戻りください」
すっと手が離れ、一歩後ろに下がったマーサはいつものように優しく微笑んでいた。それでもどこか違うような気がした。まるで一線を引かれたような気持ちになった。怒っているのだろうか? それはそうだ。覚えていないと言われたら怒って当然だ。
マーサとの距離が離れてしまったことを、急に寂しく感じ、何とかしなければならないとアランは必死に考えていた。
後悔したということは、なかったことにしたくないということ。ということは、あの出来事を肯定するという意味である。さらにその言葉と共に伝えようとしたということは、それに対してプラスに繋がる言葉を言ったのだろう。例えば「好き」「愛している」「一緒にいたい」などが想定される。そうであれば、自ら言い出し難いのも頷ける。そして、マーサが聞きたかったことは、それが本当なのかということなのではないかと結論づけた。
しかし、酔っているからといって自分がそんなことを囁くとは思えなかった。それでも、覚えていないことに対して、何かしら傷つけていることは間違いない。せめて自分の素直な気持ちを伝えるのが誠意というものではないだろうか。
「マーサさん……覚えていなくて本当にすみません。自分なりに何を言ったのかを想定した上で、今から自分の気持ちを申し上げます」
「……はい」
アランは一呼吸おき、真っ直ぐ見つめる。
「今朝からマーサさんのことが気になっています。忘れてもいいと言われた時は正直ショックでしたし、先ほど後悔したという言葉を聞き、嬉しいと感じている自分がいます。ただ……この気持ちが好きだという感情なのかが、正直分かりません」
その答えを聞いたマーサの瞳が揺れるのをアランは感じ取り、自分でもはっきりしない回答だなと思った。それでもう一言付け加えた。
「俺も、なかったことにはしようとは考えていませんし、もっとマーサさんを知りたいです。それにもう少し一緒にいたいとも思います……」
だから結局どうしたいのかと問われると困る。アランは自分で何を言っているのか分からなくなり、右手で口元を隠す。そして、マーサの視線から逃れるように顔を背けた。
「……アラン様」
そう呟く声が聞こえたかと思うと、アランの左手がふわっとマーサの手に包まれた。びくっと手が反応し、マーサを見ると少し恥じらいながら上目遣いでアランを見ていた。
「では、もう少し一緒にいてください。そして、もっと私を知ってください」




