001話 はじまり
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――――闇の密度が濃く染まった深夜。
その日行われていた宴も終わり、いつもに比べて静けさを増したアトラス城内の一室では二つの影が重なる。小さな灯りが揺れる薄暗い部屋の中、荒い息遣いと女性の押し殺した小さな声が聞こえてくる。
いつもは綺麗にまとめ上げているマーサの髪は乱れ、白いシーツの上に流れている。既に長い時間肌を重ねているためか、じんわりと汗が滲み、マーサの痛みも快感に変わっていた。
普段は決して見せることのないマーサの歪んだ表情と潤んだ瞳にアランは心を奪われていた。視線が合わさると、アランはマーサの唇を塞ぐ。
お酒の匂い。
どちらもお酒は強い方であったが、二人はそれなりの量を飲んでいた。お互いの体から広がるお酒の匂いと甘い音が体中を刺激する。お酒に酔っているからなのか、この雰囲気に酔ってしまったのかは分からない。ただ二人は快楽に溺れ、夢中で求め合った――――。
まだ朝日も昇らない時間。アランはいつもと変わらぬ時間に目を覚ます。小さな照明が灯っているため部屋の中は多少明るい。
頭が痛い。飲み過ぎだ。それにあまり眠れていないようで、瞼が重い。右手で目頭を押さえ、横になった状態で左手を頭の上にある台の上を手探りで眼鏡を探し、耳にかける。
視界が良好になったところで最初に見えたのは、お酒の瓶と飲みかけのグラスが二つ。目を細める。よく見ると見知らぬ部屋だ。どういうことだろうか? アランはその場で固まった。視線だけを動かし、状況を確認する。
脱ぎ散らかした服。……服? こんな脱ぎ方をするのはレイくらいだ。そう思いながら自分の体を触ると服を着ていないことに気が付く。また、腰に違和感を感じ、左手で確認する。
細い手。
背中に当たる柔らかい感触。
後ろから抱きつかれている状態のようだ。
思い出した……。
アランはかなり動揺した。断片的ではあるが昨夜のことは覚えている。マーサの一つ一つの表情を思い出してしまい顔が熱くなる。ヤバい。落ち着こうと体が大きく揺れない程度にゆっくりと深呼吸する。
どうしてこんなことになったのか……。アランは必死に思いだそうとした――――。
昨夜は、悪魔バフォール討伐より帰還してきた一行のために、シトラル国王が宴を開いた。アランは側近としてエリー王女の側に仕えず、宴に参加するように言われた。そのため、ビルボートとローンズ王国の騎士団隊長のバーミアに多くのお酒を飲まされた。
しかし、アランはバフォール討伐からずっと心に引っ掛かっているものがあり、どんなに飲んでもそればかりを気にしていた。
二人から解放されてからアランは、この悩みを解決するべくマーサの部屋を訪ねることにした。彼女なら周りをよく見ている。特にエリー王女の周りに関することなら何でも知っていた。アランはそれに頼ることにしたのだ。
「アラン様。どうされたのですか?」
部屋から、まだ制服に身を包んだマーサが出てきた。マーサはエリー王女に何かあるのではないかと真面目な表情を見せる。
「遅くにすみません……。エリー様のことについて相談があります」
エリー王女についてと言われたらマーサは聞かないわけにもいかない。アランたちの部屋に行こうとしたところ、何故かアルバートには聞かれたくない内容らしく、マーサは自分の部屋に通した。
マーサの部屋は最高位の女官だけあってそれなりに広く、アラン達の側近用の部屋と同様に設備も整っている。また、壁には多くの書籍が並んでいた。そのため、部屋の中は紙の良い香りが漂う。
三人掛けのソファーが一つあり、少し離れて横並びで座る。アランがビルボートから無理やり持たされた手土産の高級なお酒を持っていたことと、今夜は二人の仕事はもうなかったため、飲みながら話をすることにした。
「それで、エリー様について相談とは?」
マーサはいつものように優しく問いかける。
■頂いたイラスト
千岩 黎明 様
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