19.砦襲撃 勇者VS勇者
あたしは今文鳥の姿で、砦に向かってぱたぱた飛んでいる。
文鳥といえども、風の魔法に乗っているためすごいスピードだ。
この3日間で修行も作戦もばっちり。
ピィと合体することで空を飛ぶこともある程度できるようになっている。
でも基本的に空を飛ぶことはピィにお任せだ。。
――はい、お任せください――
テレパシーの会話でも緊張しているのが伝わってくるな。
大好きなはずの人間と戦いをするんだから当然だろう。
さて、今日の目的は、圧倒的な力で砦を壊滅させること。
あたしの召喚できる最強の神獣である麒麟いわく余裕とのこと。
だから問題となるのは、いかに人間に死者や重症者を出さずに退散させるかだ。
そのことについてはしっかり作戦を練ってあるが、いきあたりばったりなところが大きい。
うまくいくといいけど……。
川にいるアクアの準備はどうかな?
――川の生き物の避難も完了いたしました。いつでもいけますわ――
うん、ありがとね。
準備は万端のようだ。
アクアは川にいるけど、他のみんなは城で待機している。
召喚と送還が自在にできる以上、それが一番安全だからね。
さあ、砦が見えてきたので風の魔法を止めて普通の文鳥のように飛ぼう。
小さめの砦だけど、たしかにじわじわと動いている。
砦の通った跡は草花が踏みにじられた感じになっていて痛々しい。
自然破壊するのはどこの世界でも人間なんだね。
あたしは適当な木に止まって、作戦予定場所に城が来るのを待つことにする。
みんな、もう少しで始まるからよろしくね。
――はい……お任せください――
――緊張するのにゃあ――
――おねえちゃん、気をつけてね――
――ユウナ様、ご武運を……――
あたしのテレパシーは、名前をつけた子なら距離関係無しに届くと判明している。
さらに、あたしを通してみんなで会話できることも判明した。
このおかげで作戦や状況の伝達が容易だ。
作戦内容を全員で再確認し合い、その時がやってきた。
さあ行こうかな。まず初めが肝心だ。
文鳥の姿のまま砦に近づいていく。
砦の上で見張りをしている兵士はのんびりとした顔であたしに視線を向けてくる。
これから怖いことが起きるからしっかり逃げてね。
砦の真上まで来て……作戦開始だ。
「麒麟召喚! ミリィ召喚! チルちゃん召喚! メア召喚! アクア召喚合体!」
まず麒麟の姿が現れ、その上に他のみんなも現れていく。
あたしはピィとの合体を解除してアクアと合体した状態となる。
まずは麒麟の挨拶からよろしく。
麒麟は咆哮し、周りの空気が震える。
きっと砦でも軽い地震が起きていることだろう。
兵士達は何事かと怯えた顔で見上げているようだ。
『我は神獣麒麟なり。そのような忌まわしきものを作り、大地を荒らす所業。その報いを受けるがよかろう』
麒麟ってばノリノリだね。
じゃあアクア……始めようか。
――はい……ユウナ様の魔力をお借りします――
アクアがあたしの魔力を使って……川の水を一気に持ち上げる。
砦から見ると麒麟が水を持ち上げて投げるように見えているだろう。
水は砦の上から一気に降り注ぐ。
なお、アクアと親衛隊の力でこの水は一時的に意識を持ったような状態となっているらしい。
人間の肺には入らないようになっているし、水に流された人間が大怪我をしそうになると守るそうな。
なにかを守る能力に関してはみんなすごい力を持っているようだ。
さて、ここからが重要だ。
「アクア送還! 神獣合体ミリィ!」
「にゃうっ!」
アクアは川に戻ってサポートだ。
しばらくは砦に水が降り続けることだろう。
ミリィと合体したあたしはチルちゃんをおんぶして麒麟から飛び降りる。
チルちゃんは糸を使ってあたしに巻きついているため、落ちることはないだろう。
あたしのやることは勇者探しだ。
ついでにチルちゃんは余裕があれば人命救助。
「ま、魔物の襲撃だー!」
「死にたい奴はかかってこーい!」
あたしもノリノリで兵士相手にすごんでみせる。
麒麟の出現と不意打ちの水攻撃に加えて魔物も降り立ってきた。
さらにメアが人間達の恐怖を増幅させているはず。
兵士達は大混乱だ。
さあさあ、ちゃちゃっと逃げてね。
水のせいで砦の上から落ちたっぽいのも何人かいるようだけど、それはちび麒麟とピィが救助しているだろう。
麒麟は砦のでっぱった部分を爪で破壊して、被害の出なさそうな場所へ投げつけている。
「ゆ、勇者様お助けをー!」
よし、あの兵士についていけば勇者に会えるかな?
チルちゃんに細い糸を1本出してもらい、追跡用に兵士につけておく。
まずは砦上にいるであろう兵士をすべて追い出そう。
腰を抜かしている兵士や気絶している兵士もいるな。
気絶した兵士は透明ちび麒麟に下まで運ばせよう。
あたしは腰を抜かした兵士に近づき首根っこをつかむ。
「勇者はどこ? 言わないと大変なことになるよ」
「はわわわわ……ま、魔物……」
「勇者の場所を教えて」
「ととと……砦の中……ひいいいいぃ……」
そんなの知ってるよ……。
使い物にならないな。
でもとりあえずこいつをひっつかんで中に入ってみようか。
あたしは他の兵士がいないことを確認して砦に侵入する。
ちび麒麟も何体かついてきてね。
「なんでこんなに水であふれてくるんだ!」
「よくわからないが魔物の襲撃らしい。避難しろ!」
「くそっ! 俺達が攻勢に出てるんじゃなかったのか?」
砦内部も大混乱のようだ。
階段から水がどんどん流れ込んできて床が水浸しだ。
その水はこの階全体を流れた後下へ向かう階段へ落ちていくようだ。
――ユウナ様。砦内部の構造は水を通じて把握しましたわ。その流れている方向へ向かえば外へ出ることができます。――
お、ありがとねアクア。
とりあえずあたしが抱えている腰を抜かしている兵士は、下へ向かう階段に向かって滑らせるように投げつけよう。
アクアに任せておけば怪我もするまい。
とりあえずこの階にいる兵士を追い出すか。
ああしは適当な兵士につかみかかっては出口方面にぶん投げていく。
ミリィと合体していると、素早い上に結構な力を出すことが出来て楽しい。
――ユウナ様の魔力のおかげで力があふれてくるのですにゃー――
ミリィも楽しそうだね。
人間に攻撃するのはかなり嫌なはずだけど、実はミリィは兵士をつかむと共に治癒魔法をかけている。
あたしと合体している時は舐めなくても治療できるらしい。
しかもその治療効果は少しの時間持続するため、投げ飛ばした兵士が怪我をしてもすぐ治るはずだ。
憧れの人間を治療出来ているのでミリィはご機嫌なわけだ。
――ユウナよ。砦の外より強大な魔力の流れを感じる。おそらく勇者だ――
お、麒麟がそう言うなら間違いないね。
砦内部はちび麒麟に任せてあたしは外へ行こう。
ついでに兵士が落としていった剣をひとつもらっていこう。
魔物のお城には武器が一切なかったんで、何も持ってこなかったんだ。
「おねえちゃん、さっき糸をつけた兵士さんのところへいこう。なんだか大きな魔力の近くに行ったみたいなの」
「チルちゃんも感じるんだね。じゃあ外に出たら誘導して」
「うん!」
砦の外へ出てチルちゃんの誘導通りに移動すると、明らかに他の兵士と違う姿の男がいた。
あれが重力を操るという先輩勇者かな。
なにか能力を使用しているようだけど、なにしてるのかな?
あたしは麒麟が放り投げた砦の破片の陰に隠れて様子を見ることにする。
「みんな、ケガ人を抱えて避難しろ! あの化け物の強さは半端じゃねえ。砦は間違いなくぶっ壊されるぞ」
「勇者様もお逃げください!」
「俺はお前らが逃げる時間を稼ぐ! いいからとっとと行くんだ!」
「は、はい!」
おお、なんか勇者っぽくてかっこいいことしてるぞ。
時間稼ぎって何してるんだろう?
――先ほどから砦が硬くなっているようだ。重力を操る力とやらで強化しているのだろうな――
なるほど、そうやって皆が逃げるまで砦が壊されないようにしてるのか。
敵ながらあっぱれなやつだ。
あとでチャンスがあればお話しできないかな……。
魔物が凶悪な存在じゃないってことを知ってほしい。
とりあえず兵士達が避難し終わるのを待とうかな。
反撃してくる気配は無さそうだしね。
しばらくすると……兵士のほとんどは避難完了したようだ。
「勇者様、避難完了です。逃げ遅れた者もいません」
「わかった、お前も遠くまでいけ。俺一人なら逃げるのは余裕だ」
「わかりました。お帰りをお待ちしております」
むう……なんかかっこよくて悔しいぞ。
兵士は馬に乗って去っていくようだ。
――ユウナ様の方がかっこいいのにゃ――
ありがとね、ミリィ。
勇者は砦に向けていた能力を解除したようで、深呼吸をしている。
では、勇者と対峙しようか。
チルちゃんはここに隠れて待っててね。
さあ、話をするにしてもまずは勝ってからだ。
油断するとあっさり負けてしまう相手のはずなんだから。
「あなたが勇者ね」
「ん? 魔物か」
「そんなところよ、あたしと勝負しなさい」
「あいにく俺はもう逃げるつもりなんだ」
「逃げたら今砦を破壊している麒麟が兵士達を追いかける。勝負してくれたら追いかけることはないよ」
「脅しか。お前が約束を守る保証などないな」
「魔物は嘘をつかないの」
「ふん。まあいい……不意打ちもせずに現れたんだからな。勝負してやるよ」
勇者が魔力を集中している気配がある。
とりあえず走り回って重力攻撃から逃げられるかやってみよう。
「はああああああ!!」
勇者から魔力が発せられる気配。
それはあたしの服に当たり、服がちぎれ落ちていった。
「なにっ!」
「ふふっ、効かないよ」
アクアの予想通りだった。
重力を操る能力は制御がまだまだ難しいらしい。
そのための衣装をあたしは着ている。
アクアが考えてチルちゃんが作ってくれた服は、一見ドレスのようにひらひらがたくさんあってとても豪華だ。
このひらひらはある程度の力がかかるとちぎれ落ちていく。
重力を操る能力をあたしにかけているつもりでも、服の一部にかけているだけとなるようだ。
おそらくこの勇者が修業を積めばこれも意味ないのだろうけど、今だけは役に立った。
あたしはこのすきを突いて、素早く勇者に接近して殴りかかる。
勇者の顔面にクリーンヒットしてふっとんでいく勇者。
ミリィが無意識のうちに治療魔法を発動しているのでたいした怪我はないだろう。
なんとかこうやって戦意を削いでいきたい。
「くっ! ならばこれで!」
また勇者が魔力を集中しているようだ。
何をする気だ?
――ユウナ様! 右に跳ぶのにゃ!――
「えいっ!」
「なにっ!? 避けただと?」
ミリィに言われてよくわからないまま跳ぶと、先ほどまであたしがいた場所に勇者が一瞬で移動してきていた。
重力を操って自分の体を動かしているのかな?
あれはあたしの動体視力では見切れない。
ミリィに任せなくては……。
「これならどうだ!」
「ひゃああっ!」
「くそっ……すばしっこいな……」
ミリィのおかげでなんとか避けてはいるが、あたしも攻撃できない。
このままでは長期戦になってしまう。
ちょっとずるいけど……ピィの風魔法とチルちゃんの糸にも協力してもらおう。
まずはピィが砂埃を起こして、チルちゃんの糸を勇者の体にゆっくり巻き付けていって。
――了解しました。目を閉じてくださいね――
――チルがんばるよ!――
突風とともに大量の砂埃がとんできて、勇者の目を襲う。
あたしは目を閉じて、ピィからのテレパシーで状況を教えてもらう。
「くそうっ! なんでこんな時に……前が見えんっ!」
――そのまま前に少し進めば目を開けて大丈夫です。勇者は右を向けばいます――
ピィの指示通りに移動して目を開ける。
そのまま猛ダッシュで勇者に殴りかかる。
「ふごあっ! そっちか!」
勇者はすぐに起き上がり、あたしに向かって高速移動してくる。
目をまだ閉じたままなのに器用なことだ。
あたしは素早く避けて再度殴りかかる。
――おねえちゃん、糸が付いたからくるくる回らせながら逃げてね――
よし、チルちゃんから出ている糸で勇者を巻き取ってやろう。
先ほどより弱いが、砂ぼこりの風が吹きっぱなしのため糸は見えないだろう。
「くそっ……風のせいでやばかったが、まだいけるっ!」
「きゃあっ!」
先ほどと同じように避けるだけで手一杯だけど、動けば動くほど糸は巻きついていく。
かなり緩めた状態の糸らしく、勇者は気付いていないようだ。
ある程度動いてからチルちゃんに糸を一気に締めてもらおう。
――おねえちゃん、これだけ糸があれば動けなくできると思うの――
「これで終わりっ……あなたの負けだよっ!」
「なにっ!? なんだこの糸は……?」
糸に絡まって転び、勇者はもがいている。
さらにここからだめ押しだ。
「神獣合体チルちゃん!」
ミリィがあたしの体から出ていき、チルちゃんがあたしに入ってくる。
じゃあ協力して強力な糸を出そう。
数分後、糸でがんじがらめにされた勇者が転がっていた。
さて、これで大丈夫かな?
――ユウナ様。あの能力は集中が必要と思われます。ですので……チルちゃんが糸でくすぐっていれば集中できないはずですわ――
なるほど……アクアの助言に従おうか。
これはチルちゃんに任せるとして合体を解除しよう。
魔力の流れを感じたらくすぐってね。
これは攻撃じゃなくて、人間を笑顔にさせる方法の一つなんだよ。
「チルがんばるー。たくさん笑ってもらうね」
「よしよし、じゃあ勇者さん。あたしの話を聞いてくれるかな?」
「よくわからんが好きにしろ……。って……あひゃひゃひゃひゃあ……」
勇者がなにか能力を使おうとしたのだろう。
チルちゃんの糸が全身をくすぐっているようでもだえはじめた。
「能力を使おうとしたらそうなるから」
「ひひひひひいっ……。わかった、わかったから……とめてくれ!」
「チルちゃん止めてあげて。じゃあ……話を聞いてね。別に殺したりしないか安心して」
「わかった……というかお前は人間か?」
「そう、あなたの後に召喚された勇者ユウナよ」
あたしはこの世界に来てから何をしていたか話して聞かせた。
別に仲間に引き込もうってわけじゃあない。
魔物のことを少しでもいいから知ってほしいんだ。
あたしが話し終わると勇者は口を開いた。
「なるほどな。そっちにいるのは俺が捕えてお前が助けた魔物だな」
「は、はいですにゃ……その節はどうもなのにゃ」
何故かお礼を言うミリィ。なにかあったのかな?
「ひとつ聞きたいんだが、あの崖から落ちた兵士を助けていたのか?」
「そうですにゃ……。あの人は大丈夫でしたかにゃ?」
「ああ、なにも問題なかった……」
なんとこの勇者もあの時のことは疑問に思ったらしい。
崖から落ちたはずの兵士が魔物2体に囲まれていたのに無傷だった。
その疑問を兵士に訴えても、魔物が恐ろしいの一点張りだったらしい。
よかったねミリィ、ここにもあなたのことをわかってくれる人がいたよ。
この勇者はいいやつっぽいぞ。
協力してもらえないかなあ……。
「ねえ、魔物と人間を仲良くさせるのに協力してくれないかな?」
「今の話を聞く限り無理だろうな……。根が深すぎる」
「それでも……あたしはやりたいんだ」
「そうか……ならば俺に出来る強力は一つだ。俺は元の世界に帰る。それならばお前達はわずかにでも平和になるだろう?」
「そっか……」
仲間になってもらうのは無理だったけど、話を聞いてくれたようだ。
まあ……それでいいかな。
「チルちゃん、糸をほどいてあげて」
「うん……きつく縛ってごめんなさいでした」
「あ、ああ……」
勇者は魔物に気を使われていることに若干戸惑っている。
まあ……これでさっきのあたしの話が真実だったとわかってくれるだろう。
「じゃあ、気をつけて帰ってね」
「ああ、しっかりな。お前のおかげでこの世界を去る決心が着いたよ。ここはいろいろと居心地悪かったんだ。魔物におびえる人々を助けたいという気持ちから戦っていたが、今の話でもう戦えなくなった。お前はこれを変えようと言うんだな」
「うん、もうみんなと仲良くなっちゃったからね」
「そうか……うまくいくことを願っている。それではな……」
「あ、お名前は?」
「2度と会うこともないと思うが、リュウという。ではさらばだ」
そう言って集中し、空を飛んでいく勇者リュウ。
重力を操る力っていろいろできるんだなあ……。
まだ発展途上の能力でよかったよ。
でなきゃ負けてたね。
空を見上げていると、砦を壊し終わった麒麟が飛んで行った。
逃げた兵士達に恐怖を刻みつけに行くのだろう。
遠くの上空で麒麟が咆哮し、周りの木々が揺れているのが見える。
『畏れよ、我を』
麒麟のその心に響く声がメアの力で増幅され、兵士達の心に届いているはずだ。
これで麒麟の圧倒的力を見せつけるという目的は果たされた。
あとはグリモアさんに任せれば、リリアさんを返すことができるはずだ。
あたしの初陣はこうして終了した。
麒麟もみんなも……すっごく頼りになる存在だね。