後編
二日経ッテモ、三日経ッテモ相変ワラズコノ森ニ捕ラワレタママダ。ズット脱出ヲ試ミテイタガ、出ルコトハ叶ワナカッタ。途中マタ耐エ難イ眠気ニ襲ワレタノデ、本当ハ何日コウシテ居タノカハ知レナイ。一ツノ予感トトモニ森ノ中ノロッジヲ見ニ行ッタコトガアッタガ、ソコハ無人ダッタ。俺ノ死体モ、何モナイ。俺ガ死ンダノハココデハナイノダロウカ。ダガ、死ンダノハ確実ダ。死シテナオ閉ジ込メラレテイル。コンナ不幸ガアッタダロウカ。
コノ世界ハマダ白ク閉ザサレテハイナイ。己ノ境遇ニ嘆キ、呪イノ言葉ヲ紡イデイタ時、俺ヲ捕ラエテイル世界ガ震エタ。
今マデ無カッタ感覚ガ俺ヲ動カス。
何カガ入ッテキタ。人間ヤ、動物デハナイ。ソレガ何ナノカ、知ル由モナイ。シカシ直感ガ教エル。コレハ、危険ナモノダ。気付ケバ穏ヤカニ空カラ降ッテイタ白イ綿毛ガ止ンデイタ。
…違ウ。宙ニ止マッテイル。
何カガ来ル。恐ロシイ何カガ。
俺ハソレガドコカラ来ルノカ、寸分ノ隙モ見セヌヨウ意識ヲ配リ続ケテイタ。ソシテ動キヲ止メタコノ世界ノ中デ自由ニ動ケル者ヲ見ツケタ。上空カラ森ヲ見下ロシテイタ俺ハ一瞬何ガ起キテイルノカ分カラナクナッタ。
俺ダ。
馬鹿ナ。俺ハ死ンダ。死ンダカラコウシテココニ居ル。オ前ハ何ダ? ドウシテ俺ノ身体ガ動イテイルンダ。
……
アア、ソウカ。抜ケ出タ魂ノ俺ヲ探シニ来タンダナ。アノ身体ヲ手ニ入レラレタラ、俺ハコノ閉ジタ世界カラ出ラレルノダナ。
妻ト子供達ガ待ツ、幸セナアノ世界ニ。
「…すでに目覚めているか。それにしても巨大な領域だ。成りたてとは思えんな」
俺ノ身体ガ見上ゲテ呟ク。俺ト同ジ声。間違イナイ。アレハ俺ダ。
俺ノ身体。待チ焦ガレタ。ハヤク、ハヤク元ニ戻ラナイト。
嬉々トシテ己ノ宿ヲ迎エニ地上ヘ降リル。俺ガ近ヅイテイクト俺ノ身体ハ身構エ、広ゲタ左ノ掌ニ軽ク何カヲ握ッタヨウニシタ右手ヲ添エル。左ノ掌カラ金色ニ輝ク棒ガ飛ビ出シタ。ソレヲ握リ、ズッ、ト引キ抜ク。
引キ抜カレタソレハ、黄金色ノ長イ柄ニ黒色ノ紋ガ描カレタ、見タコトモナイ巨大ナ刃ヲツケタ大鎌。
ソノ刃ハ真紅ニ染マリ、切ッ先ハ冷タク輝イテイタ。
刃全体カラ異様ナ空気ヲ放ッテイル。周囲ガワズカニ歪ンデ見エル。
コレハ…危険ダ。
俺ノ身体ニ何カ禍々シイ者ガ取リ憑イテイル。恐ラク俺ヲコノ世界カラ消シ去サッテ完全ニ俺ト入レ替ワルタメニココニ来タノダロウ。ソウハサセナイ。自分ノ感ジルママニ動カス。
右腕デ突ク。腕ハ想像シナイホドノ速度デ伸ビ、相手ヲ捉エタ。シカシ突如トシテ大鎌ヲ手ニシタ俺ハ姿ヲ消シ、俺ノ右手ハ宙ヲ切ッタ。ツイデニ前方ニ立ッテイタ樹ヲ切リ倒シタ。
何ダ? ドウナッテイル? コレデハ俺ノ方ガ化ケ物ダ。俺ノ右手側デ何カガ動イタ。右腕デ樹ヲ掴ミ自分ヲ引キ寄セル。伸バシタ時以上ノ速度デ腕ハ収縮シ、俺ハ元イタ場所カラ離レタ所ニ移動シタ。移動シタ直後ニ物凄イ速度デ大鎌ガ振リ抜カレタ。木々ガ邪魔ヲスルハズナノニソレヲ全ク感ジサセナカッタ。ソシテ刃ハ、タメライ無ク俺ノ心臓ヲ捉エテイタ。
「…速いな。これは手強い」
俺ノ身体ニ宿ッタ何カモ相当ナ化ケ物ダ。コレヲ引キ剥ガス為ニ、オソラク俺モ化ケ物ノヨウナ能力ヲ備エタノダロウ。
俺ハ、帰ルノダ。帰ラナクテハイケナイ。
ソノ為ニナラ例エ化ケ物ト成ッテモ構ワナイ。
再ビ右手ヲ伸バス。今度ハ避ケズ巨大ナ柄デ受ケ流シタ。腕ヲ戻シ、上空ニ飛ビ上ガル。上カラナラバ見逃スコトモナイ。サラニ頭上カラノ攻撃ハ防ギニクイダロウ。
再三右腕ヲ伸バス。ソレニ数瞬遅ラセテ左腕モ伸バス。マルデ鞭ノ様ニ下ニイル俺ノ身体ニ攻撃ヲ加エル。思ッタ通リ、カナリノ素早サデ移動シテ俺ノ腕ヲ避ケテイル。俺ハ伸バシタママノ腕ヲ引キ込メナイデ横ニ薙イダ。全体ガ剃刀ト成ッタ様ニ、俺ノ腕ガ通ッタ跡ニハ沢山ノ切リ株ガコシラエラレタ。
コンナ攻撃ガ身体ニ当タロウモノナラバ人体ナンゾ容易ニ両断サレテシマウ。ソレデハ俺ガ戻ル身体ガ無クナッテシマウ。俺ノ身体ニ取リ憑イタ憎キ物ヲ引キ剥ガスニハドウスレバ良イ?
…サッキカラ漂ウ威圧感ガ出テイル元ハ…
「…対象をレクイエムに絞ったか。かなり知能が高い。放置できんな」
距離ヲ取レバアノ大鎌モ恐ロシクハナイ。懐ニ入レサエシナケレバ、リーチニ勝ル俺ガ圧倒的、イヤ絶対的ニ有利ダ。ソレハ柔道デモ同ジダッタ。腕ノ長イ巨漢ガ相手ノ時、非常ニ苦労シタ。集中ヲ切ラセバ腕ヲ取ラレ、ソノママ投ゲラレル。ダガ相手ガ油断スレバ先手ヲ取ッテ組ミ付イタ俺ガ勝ツ。今ハマサニソノ状況ダ。タダ、立場ガイツモノ逆。ソシテ絶望的ナリーチ差。慢心シ、異常ナ速力ヲ持ツ俺ノ身体ノ接近ヲ許ス様ナ事ガ無ケレバ、俺ノ勝チハ揺ルガナイ。
狙ウハ巨大ナ鎌一ツ。キットアレヲ壊シテシマエバ俺ハアノ身体ニ戻ルコトガデキル。人体並ニ的ガ大キイノダ。俺ノ身体ヲ傷ツケズニ壊スコトナンテ、デキナイコトハナイ。
攻撃ヲ再開シタ、ソノ直後ダ。
左腕ガ消シ飛ンダ。大鎌ヲ振リ抜イタ俺ノ身体ハ地面ニイル。
何ヲサレタ? コノ距離デ届クハズガナイ。何カヲ飛バシタノナラ見エルハズダ。何モワカラナイ。撃タレタ時以上ノ激痛ガ左腕カラ頭ニ伝ワル。気ガ狂イソウダ。
アマリノ痛ミカラ集中ガ解ケ、宙ニ浮イテイタ俺ハ地面ニ降リテキテシマッタ。大鎌ヲ手ニシタ俺ガ近ヅイテ来ル。木ノ根ニ右手ヲ付キ、身体ヲ支エル。コッチニ来ルナ、ソノ意志ヲ込メテ大鎌ヲ舐メ上ゲルヨウニ睨ミツケタ。
俺ノ意志ニ呼応シテ周囲ノ木ノ根ガ槍ノヨウニ地面カラ突キ出シタ。俺ノ身体ハ間一髪飛ビ退キ串刺シヲ免レ、再ビ離レタ所カラ大鎌ヲ振ル。木ノ根ニ付イテイタ俺ノ右腕モ彼方ニ飛ブ。
クソ、マタダ。何モ見エナカッタ。
「ハンドラーか…」
化ケ物メ、コレ以上近ヅクンジャナイ。俺ハ帰リタイダケナンダ。ソノ為ニハソノ身体ガ要ルンダ。
ナノニドウシテ邪魔ヲスル!
樹ノ幹ニ食ライツク。ソレト同時ニ全体ノ葉トイウ葉ガ舞イ、無数ノ刃トナッテ化ケ物ヲ宿ス俺ノ身体ニ襲イカカッタ。逃ゲ切レルハズガナイ、ソウ感ジタ。トコロガ俺ノ身体ハ逃ゲルドコロカ俺ノ方ヘ一直線ニ向カッテクル。思ワヌ行動ニ動揺シタ俺ノ意思トトモニ刃ノ統率ガ乱レ、捕ラエ損ネタ。ソシテ一直線ニコチラニ迫ッタ俺ハ、アト少シデ俺ヲ射程圏内ニ捉エルトイッタ所デ突然姿ヲ消シタ。次カラ次ヘト俺ノ予想ヲ超エル事態ガ続キ、ドウシタラ良イノカ分カラナクナッテシマッタ。
背後カラ突キ飛バサレル様ナ衝撃ヲ受ケル。痛ミナドハスデニ感覚ヲ超越シテイテワカラナイ。樹ノ幹ニ食イツイテイタ歯ヲ離し、胸ノ辺リニ視線ヲ落トシタ。
真ッ赤デ巨大ナ刃ガ俺ノ心臓カラ生エテイル。
同時ニトテモ強イ光ガ俺ヲ包ミ込ンダ。
……
…
あア、ナんて温カイ光なんダ。
アの暗闇の中で今マでずっと求めてきた温もり。
そウか… この光が、そうなのか。
…俺は向こうに行かないといけない。
俺の身体を使っているのが真に化け物だったなら、何があっても取り返さなくてはいけないだろう。だけど、何てやさしい力の持ち主が宿ってくれていたんだ。
閉じ込められていた俺を、さまよい、嘆き、世界を呪っていた俺を、壊そうとまでしたこの俺を何も言わず救ってくれるなんて…
ありがとう、俺自身の手で救ってくれるなんて…
由紀、孝信、幸樹。すまない。俺は… 先に逝くよ。
願わくは、どうかこの力が俺の身体が朽ちるまで、俺の様な誤った魂を救い続けてくれることを…
俺の名前は溝口健二。つい先程導いた、シェイドとなった魂が宿っていた肉体を引き受け、この身体でしばらく死神の力を行使する。俺の力の銘はレクイエム。その姿は巨大な鎌だ。
これまでユーラシア大陸のヨーロッパを中心に数百年に渡って非業の魂を導き続けてきた。
宿主の魂はすでに無い。どこに行くかは俺が決めることだ。だが宿主の魂を導いた直後から、この身体が帰りたがっている。
「…極東に行く時が来るとは思わなかったが。宿主が日本人だったのも何かの縁、か」
俺は決めた。長く在った大陸を離れ、日本という島国へ向かう。
仕事そのものに差は無い。俺達にとって文化や言語という境界はない。
これからしばらく、日本で死神の勤めを果たすことにしよう。
それはまだ二十一世紀となる前。
三岳裕也という男に「YOU」と呼ばれることになる二十年ほど前のことだった。