君の笑顔
「何が見えるの?」
万華鏡を覗いていると、隣の席の唯ちゃんが袖を引っ張ってきた。
「んー、綺麗なやつ!」
唯ちゃんは僕の好きな人。僕の片思い。
「へぇ、みぃーしてっ」
にこっと笑った唯ちゃん。僕はこれに弱い。仕方ないだろ、だってこの子の笑顔が可愛すぎるんだ。
「ねぇ何してんの?」
君の住んでるアパートの部屋の前でインターフォンを押す心の準備をしていた俺に、横から話しかけてくる君。どうやら、この部屋の主はお出かけをしていたらしい。
「んー?インターフォン押そうと思ってたとこだけど?」
言い訳が浮かばなかった。
「押すの遅くね」
苦笑しながら、君は扉の鍵を開ける。入っていいよ、と聞き逃してしまいそうなほど小さな声で言われ、少し緊張しつつ部屋に足を踏み入れた。
「何しにきたの?」
「いや…、特に用事はねぇんだわ」
会いたかったから来た、なんて言える訳もない。少し眉間に皺をよせ、なーんだ、と言いたげに少しのびた。
「そういえばね」
突然優しい雰囲気の顔になる。俺はとっても嫌な予感がした。
「私…」
あっ、俺にはわかる。分かってしまった。
その優しい笑顔が意味すること。
「結婚するわ」
最後に見たのは、いつだろう、と思っていた懐かしい君の笑顔。可愛い。だけど、その笑顔は俺に向けられているようで俺には向けられていない。君の好きな人が君の中に浮かんでて、そいつのことを思って、その笑顔がでたんだ。
「そっか」
顔がぐしゃぐしゃになりそうだった。涙がでそうだった。出来れば走って逃げたかった。でも、君の幸せを、君のその笑顔を少しでも長く見たくなって、精一杯笑って、おめでとうと言った。
俺に見せたあの時の笑顔は、もう俺にじゃなくて他の誰かに見せる笑顔になっていたんだ。