一日目
二階の掲示板前。
懐中電灯のある倉庫に行ったは良かったけれど、鍵がかかっていてとんぼ返り、と言うわけでここに戻ってきた。
「家庭科室の鍵求む。食料確保、理科室に現在保管中。三階の地図修正、一階同、二階同……あ、梯子が欲しい人は三階まで……あった」
本当にあるとは思ってなかった。梯子、有ったのか、それこそ倉庫の中にでも入ってそうな代物だけど。
「しかし、梯子を使えば大穴を渡る為の足場になるかもしれないけど……危険。ま、兎に角行ってみよう」
「あれ、今度はどうしたんですか? 倉庫の場所は西側ですよ? 一階の」
後ろに振り向いて移動しようとしたら間近に小さい女の子、びっくりする。自分の身長も小さくなってるのもあって、ギリギリ見える程度とは言えど。
「倉庫の鍵を探しててね。職員室にありそうなんだけど……西側には行けないから、移動方法を探して」
「あー、なるほどです。確かにえとーとか言う人と、とうごーとか言う人の能力で色々作ってるみたいですよ、役に立ちそうなものとか」
東郷さんと、江島さんか。
そう言えば鍛冶だとか言ってたっけ。江島さんはあのエセ関西弁のあの人か。話したことがある人なら頼みやすい。
「ところで、何で炉類はここに? 掲示板にずっといるわけでも無いよね」
「二班ですから二階の探索をやっているのですよ、それはそうと、そこにある地図、持っていけば役に立つと思います」
そこにある地図……炉類の後ろにある机、あの上にある紙の束か。近付いて見てみると、さっき掲示板に書いてあった修正した地図、らしい。
「一班と二班と三班が頑張って学校の穴が開いている場所や崩壊した場所を書いてあります。ま、西側の部分は未完成ですけど」
チラチラとこっちを見てくる視線には、もし西側に行くなら書き加えてくれ、と言う感情が感じ取れる。
「書き加えてくれって素直に言えばいいのに」
「こちとらの理想としては、あんまりそう言う面倒くさいこと頼みたくないんだよ。こほん、ではでは、有効活用してくださいね」
面倒くさい奴。まぁ、時間があればやるかな。
彼……彼女は素らしき強気な表情から柔らかい笑顔に表情を変えて立ち去っていった。
「と、三階か。東階段から行けるし、急ご」
紙束の一番上の紙を取って折り畳み、ポケットに突っ込んで階段の方へ歩いていく。見れば見るほどボロボロだ。奇跡的に無事な階段を登って三階へ向かう。
「あら、ハルはんやないですか、どない用で」
三階へ着くと、何故か東郷さんは居らずに江島さんが居た。この人、割りと苦手なんだけど……仕方無いか。
「江島さん。えーと、掲示板を見てきました、あと炉類に聞いて……西側に用があって、梯子を貸してくれませんか」
江島さん。今は当然、容姿も声も変わっている。
とは言っても、顔立ちと言うかそう言うのはあんま変わってないようにみえる。活発そうと言うか。
「貸してくれ……なんて、別に持ってってもええよ、うちの物じゃあらへんし、非常事態さかい。そもそもその為に置いとる」
そう笑って梯子を奥の教室から取ってきてくれた。
梯子は……木製の梯子だ。金属製とかじゃないのか。って、東郷さんの名前が出たんだ、東郷さんが作ったってとこか。
「ありがとうございます」
「せやかて、ハルはん。どないして西側に?」
「職員室に鍵を取りに行く必要が有るんです。四班なんですけど、倉庫が開かなくて」
しかし、梯子を持って階段を降りるのは無理がある。三階の大穴に梯子を掛けて渡る事になりそう、時間はかかるけど文句は言えないか。
「懐中電灯が無いと外の探索もままならへん、他にも奥の部屋から色々持ってくとええ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
もしかして顔に出てたりしただろうか、まぁいいや、色々持ってけるなら楽になるはず……木の板とか。
言われるままに奥の部屋に歩いていく、と……
「なにこれ」
やけに形だけ豪華な部屋が広がっていた。
いや、木の板とか梯子とかも当然大量にある、から文句はないけど何でこんな部屋作ったんだ。
「あ、久し振りね」
「なんだ、この形だけで色とか全然塗られてないせいで王宮の一室みたいになってるのに何か違和感がある部屋は」
「江島に何でも持ってけって言われたんでしょう? 丸聞こえだったわ。まぁ、気にせず持ってきなさい」
いや待って待って、この部屋についてのコメントは。そこまで気になるわけでもないけど……いや、気にしないと駄目だ、唯でさえ感覚怪しいのに。
「なにこの部屋」
「貴方が気にするまでの事じゃないわ」
意地でも言う気が無いらしい、良く良く考えれば僕はこんなことに時間を使ってるほど時間をもて余してないんだ、その辺の木の板持って移動しよう。
「じゃ、また」
「そうね、また今度」
挨拶してとっとと部屋から出る。何かこの部屋落ち着かない。色はおかしくとも豪華な感じだし。
そんなこんなで頑丈そうな木の板と梯子を手に入れたので、さっさと三階の東に空いた大穴のところまで戻った。
木の板を穴から慎重に下ろして、自分は梯子で安全に降りる。これを二回繰り返して一階まで梯子と板を移動させた。
「あ、ハルさん、見つかったんですか」
「今井さん……掲示板に三階で梯子貸してもらえるって書いてあって、後あのロリコンが言ってて、三階で梯子と、この板を」
一階の大穴に板を置いて覆えば通れるはず。
細長い板で、二回通れば壊れそうな位だが……あれ、なにこれ。木の板の裏に何か書いてある。
「この板を持っていくなら、後であの部屋の塗装をお願いね……だって」
「災難ですね、ハルさん。あ、そうです、コウさんが昇降口から外も探して見たみたいですけど、鍵は見つからなかったみたいです。職員室です、鍵は」
無駄骨にならなくてよかった。それになんか、騙されて仕事任されたみたいだし、これで無駄骨だったら笑えない。
「そっか、じゃ、鍵探しに行ってくる。梯子はここに置いとくから、使うときは使って」
「はい、わかりました。じゃ、貰ってきますね」
今井さんは重そうに梯子を持って向こうに歩いていった。僕より力無さそうだな、あの様子じゃ。
今井さんが向こうに行くのを見届けてから、西側の大穴に板を置いてみる。
「通れる……か、と言うかそもそもここ置く必要あったんだろか」
板は大穴に橋を架けることには成功したものの、良く良く考えたら一階の床下って、そこまで深くはないんじゃ。と思って覗いてみると……なにも見えない。
「うぅ……」
背中で冷たい風が吹いた。足ががくがく震える。
浅かれ深かれ、怖いことには変わり無い、慎重に、この橋を渡ろう。
「確か、こうやって手を広げてバランスを……いや、匍匐前進を……? だぁっ! しゃらくさい、走って渡ろう!」
壊れる前に渡れればいい、落ちるよりゃマシだ。
スライムの一件以降、お化け屋敷とかそう言う類いが苦手になってるんだ、忘れてた。
「一、二、三!」
三で全力疾走して、板を中間まで渡った辺りで思いっきり飛んだ。一階西側の地面の感覚が足に伝わる、と同時に気が抜けた。
「渡った、渡りきった、よし」
後ろを振り向いてもう一度怯えた後、ポケットから地図とペンを取り出して、教室を一つ一つ開けていく。
西側の教室はほぼ無事……とも。
今更とは言っても、職員室がぶっ壊れてる可能性もあるのか。
「…………」
すたすたと歩いていく、と。
自分の足音が部屋中に響く。さっきまではクラスメートが居たから一人じゃなかったけど。
「夜の学校、と言えば肝試しとかの定番とも言える奴じゃぁ…………」
勿論今が朝と言う可能性もあるけれど、外は真っ暗で夜と変わりはない。だんだん怖くなってきた。
何か、重いもので思いっきり何かを叩くような音すら聞こえてくるような気すらしてきた。
「…………さっさと行って戻ろう」
職員室へ小走りで行く。幸い廊下は走っても安全なくらいには原型を留めている。職員室の札を見て立ち止まって扉を開け放つ。
「よっし! 原型留めてる、これなら鍵もあるかも」
職員室の机を漁っていく。携帯電話、成績表、日程表、テストの答案、ケーキ、扇風機。取りあえず必要そうなものをポケットに……あれ、火事場泥棒?
いや、使えるかもしれない携帯電話と食料のケーキだし、多分このままだと無駄になるし……と、言い訳する犯人の図。
「あ、鍵。家庭科室の鍵と、体育館の鍵と、倉庫のもあった」
取り合えず、鍵は持ってこう。ケーキは嵩張るからやっぱりおいておくとして、携帯は……電源つけてみるか。
「……電波ある? ネットにも繋げそう……持ってくかな」
念のため借りる趣旨を書いた紙でも置いておこう。
持ってきたペンとそこら辺にあった紙で文字を綴って、さっさと職員室から退室する。
「携帯……と言うかスマホは後でいいか、急ごう」
携帯弄るのは後回しにして、今は扉破るために色々やってる大塚さんが疲れはてる前にさっさと行こう。
来たときと同じように走って来た道を戻り、同じように走って飛んで板を渡る。バキッと音がして板が折れて下に落ちた。
何とか渡りきったは良いけど、板が落ちて、それから板が完全に壊れた音が数秒聞こえなかったのに寒気が走る。
「西側攻略!」
一階探索組のメンバーが何事かとこっちに視線を向け来ていて、恐怖か何かで外れたテンションリミッターが再びかかる音が聞こえた気がした。
その音が聞こえたと同じくして、逃げるようにその場所を走り去った。
――――そして。
「え……えぇ……」
倉庫の前には、破壊された梯子と、破壊された扉があった。つまり……今井さんに貸した梯子で、ドアをぶち破ったと、そう言うことなんだろう。
つまり無駄骨。
「おー、遅かったなハル」
「コウ……ちょっと僕、二階の掲示板に家庭科室の鍵を置いてくるよ、あ、倉庫の鍵、渡しとく」
気力がまるで割られた風船の中の空気みたいに無くなっていく。正直ここに居たくない、と言うかなんだったんだ、さっきまでの僕のテンションは……恥ずかしくなってきた。
「あ、わ、わりぃ、壊しちまって」
「別に気にしてない。元々壊すのが目的で、できれば鍵を手に入れるのが目的だったんだし」
別に怒ってる訳じゃない、何かやる気がなくなってきただけなんだ。と、思ってると。
「ほれ、鏡だ。見てみろよ」
「鏡? 手鏡、倉庫に有ったのか?」
首が縦に動く。
差し出された手鏡で……あぁ、変わった自分の顔を確認しろ、ってこと。
「……ふ……」
肩まで伸びた黒髪は知っている通り……化粧をしていないのに、出来物ひとつ無い白い肌に……
「ぅ…………へへへ」
本当に自分なのか疑うほどに、言いにくいけど……可愛い。いやいや、元真面目な学級委員やロリコンみたいにはなるまい……でも気持ちも判る気がしてきた。
「口許緩んでスッゴいだらしない顔になってますよ」
「はっ、今井さん、ごめん見苦しいもの見せて」
いえ、と首を横に振る今井さん。
四人に見られた……おのれコウ、これが狙いだったのか。
「睨むな睨むな。少しは落ち着いたか?」
「あぁそうだね。じゃぁ、さっさと倉庫から懐中電灯とか探そう」
「いや、懐中電灯はもう見つけた。後は大量の食料をどっかに持ってく。それだけだ」
じゃ、折角鍵持ってるし、家庭科室辺りに置いておくかな……いやでも、持ってく必要あるんだろうか、持ってっても邪魔になるだけじゃ。
「一部だけ持ってって他は置いてこう。全部持ってても邪魔になるし、時間もかかる」
「なら私は、懐中電灯を五班へ持ってくわ」
あ。五班は今、外で待機中だったっけ。確かに懐中電灯は必要かもしれない。
「それなら俺が行くぞ、さっき行ったとき話したし、何やら俺は影操作の関係か知らんが、夜目が利くようになったみたいだ」
大塚さんが持っていた懐中電灯を奪い取ってコウが走り去っていった。アイツ、単に面倒くさかったから楽な役率先してやったんじゃ無いだろうな……
「と、食料取ってこよう……あ。そう言えば職員室で他の部屋の鍵と、携帯電話取ってきたんだけど、何やら電波通じるみたいなんだ」
「電波が……? 妙。電気も水も、妙なのはそうだけれども」
あの一階の穴も、板が落ちてから数秒音がしなかった。かなり深くなってると言うことで、この学校事態、危ういバランスで成り立ってる。何か魔術とかそう言う感じので成り立ってるのかも。
「……あれ、そう言えば阿東さんは……?」
「え? 僕も凄く可愛くなってる? ありがとう、兄さん」
こいつ…………さっきの話聞いてなかったな。
容姿だけとれば、ツーサイドアップの可愛い少女とは言え、独り言に見えるせいで危険人物だ。
さっきの僕も相当だったけど……見なかったことにして、倉庫の中へと足を踏み入れた。
「……狭」
大量の食料に、毛布や懐中電灯、飲料水、コートなどの防寒具とか、色々入ってる。その代わり狭いけど、なかなか豊富。
「先ずは賞味期限が切れそうなものから。それに栄養のバランスなんかや、ストレスの貯まりにくい……普段から食べている様なものからにしてくれ」
「……あれ、文学少女。どうしたんだ、こんなとこまで」
声が聞こえて振り向くと、文学少女が立っていた。何時の間に……他の三人も驚いているように見えるし。
「君をパニックを起こさない性質だと見込んで頼みがある、今井さんも。僕と一緒に、外の探索をしてくれないか?」
「外の探索?」
学校の外の……それは五班に任せた方がいいんじゃ無いか……とも思ったが、パニックを起こさない、とか言ってるところから、出られない可能性があるから、とか。今井さんは能力関係?
「ああ。ちょっと確かめたいことがあって」
文学少女が懐中電灯を一つ取り、光の強弱を確かめる様に電源をオンオフしてから、こちらに渡してくる。それを受け取ると、彼は今井さんにも懐中電灯を渡した。
「悪いけど、食料の移動は大塚君と阿東君の二人でやってくれないか?」
「構わない、けど何を確かめたいの?」
「外の洞窟の大きさ、後出口の有無とかだね。それに、おかしな学校の観察なんか……色々さ」
それを聞き終えると、大塚さんは食料の賞味期限を確認し始めた。そもそも阿東は聞いてるんだか聞いてないんだか。彼の兄が聞いてるだろうけど。
「私は……構いませんが、ハルさんは?」
「あ、別に構わない。探検は好きだし」
「そうか、じゃぁ洞窟の探索ツアー、始めようか」
……………………
………………
…………
学校の外。懐中電灯で照らさないとなにも見えないほどの暗黒の世界。学校の探索を終えて、文学少女と今井さん、そして僕はそこに立っていた。
「天井はここから見て、三十メートル。壁は百メートル程度……くらいです。センチ、ミリは切り捨ててます、必要ですか?」
文学少女が照らした天井に、今井さんが視線を向ける。よく天井まで照らせるな、とも思うが、それ以上に、能力が凄まじい。見ただけでミリクラスまで距離が判るとは。
自分の能力のしょっぱさが凄く判る。
「いや、そこまでは必要ないよ。大体判ればいいさ。じゃあ、あちこち見て、距離がいきなり変わったりしたら教えてくれ」
距離がいきなり変わったら? あ、そうか。距離が判るなら、例えば外に繋がる道があるなら、距離が大きく変わるはず。だからか。
「……いえ、どこを見ても変わりません」
「学校の前には出口はないか……細かい探検は五班へ任せるとして、裏面に向かおう」
……僕が居る意味、有るのか?
てくてくと歩いていく二人に置いてかれそうになって、小走りで着いていく。
「あ」
学校の外周を回り、校舎裏まで歩いていく、と。
何か、光ったような気がした
「ん、どうしたんだい?」
「いや、あれだよ、見て。何かある」
「あ、距離があそこだけ異常な数値を示しています、出口みたいです」
隣を歩く文学少女が、見るからにほっとした様子になる。出口が存在しないことを危険視してたとか? ともかく、道があるならよかった。
「行ってみようか」
見つけた道に向かって文学少女と今井さんが向かう。でも、あの道かなり見つけにくい場所にある……そんなときに役に立つのが僕の能力だ。
あそこまでの道に半径一メートル、目立つ赤色に、色を塗りながら歩いてく。
「ふ、ふふ。この活躍してる感、言い知れぬ快感がある」
「何言ってるんだい、君は」
居たのか、文学少女。何か僕、この世界に来てから独り言を聞かれることが多くなってきた気がするんだけど、気のせいだと良いけど。
「いや、ちょっとね……と、そろそろか」
「ずっと地面に手をつけて歩いて、辛かったりしたら言ってくれ」
「大丈夫、痛くはないようにしているから」
この能力、素手で触れないと色をつけられないのが、なんとも言えない弱点である。そんなことを言ってる間に、出口まで到着した。
「どれくらいの距離?」
「いえ、すぐ先に曲がり角があるみたいで、大体十メートルです」
そう言えば今井さん、ずっと距離見えてるんだろうか。いや、さすがにオンオフが可能か。そうでなきゃ生活すら難しい気がしてくる。
文学少女が腕を組み、考え込んでいる。何かあったんだろうか。
「いや。曲がり角ってことは、迷宮……と言うか、迷路みたいになっているかもしれないって」
確かに。迷宮か、成る程成る程。そうなったら脱出には大分時間がかかるだろう、食料とか、持つかな、脱出まで。
「正直、もう用は済んだんだけど……気にならないかい、この先……どうなってるのか、どんなものがあるのか、ドキドキするよ」
「それはつまり……行ってみよう、ってことか。今井さんはどうする? 僕は行ってみたい気もするけど。凄く怖そうだけど、人居れば問題ないし」
「ふ、ふふふ。気にならないわけ無いじゃないですか、怖いですけどね、文学少女さんは?」
「君までか。と、僕はこういう、未知を知るのが凄く楽しいんだ。好奇心を満たすのがね。二人が反対しても行くよ」
全員行く、と。何故だか今、全員の心が繋がっているような錯覚すら覚える。以心伝心というか。
二人が道に足を踏みいれるのを見ながら、心臓の鼓動を抑えて、自分もソコに足を踏み入れた。
薄暗い洞窟を懐中電灯の光で照らして歩いていく。
お化け屋敷を歩いていく様な怖さがあるが、それ以上に未知への期待が強い。
「全員、止まってください……!」
少しの間歩いていると突然、今井さんの小さな声が響いた。懐中電灯も消して、しゃがみこんでいる。
文学少女も同じようにしゃがみこみ、僕も同じように懐中電灯を消してしゃがむ。
「どうしたの?」
「あの場所、何か居ます、距離がおかしいです。それに何か聞こえますし……ぅぅ、何ですか……」
「確かに、何かの吐息というか、聞こえてくる気がするけど……洞窟に獣なんているものか……?」
文学少女が呟く。
確かに獣の様な荒い息が聞こえてくる。さっさと逃げるべき……だろうか。
「あっ」
「はは」
今井さんが手を滑らせて懐中電灯を落として、懐中電灯のスイッチが偶然入ってしまったらしい。
それと同時に文学少女が懐中電灯をつけて、それを照らした。
「うわぁ、うわぁ……! 未知の生物だよ二人とも、素晴らしいよ! こんなのに遭遇できるなんて」
巨大な目が一つ。鼻はなくて、大きな口がある、そんな人間の顔に数本の細長い触手がついたような生物が光に照らされた。
「ひっ、何これ!? 文学少女! 今井さん! 逃げるぞ、さっさと……!」
何だあれ、何だあれ。
怖いような気持ち悪いような、謎生物だ。文学少女の手を取って振り替えって走る。
「は、はい! わかりました!」
「あ、ちょっ、見えないじゃないか! それに腕引っ張られると走りにく……」
遅れて今井さんが走り出す。
後ろを見てみると怪物が地面に落ちた今井さんが持っていた懐中電灯を触手で拾い食っていた。
「うわぁぁああ!?」
「は、ハル君!? ちょ、手を離してくれ転ぶ、転ぶって、しっかり逃げるから――」
文学少女の手を離して、左の壁に手の平を付けて、能力を使い赤い色に染める。鼻無かったし、血とかと誤認してくれるといいけど。
「っ! 文学少女さん、ハルさん、懐中電灯を消すか、光をつけて投げ捨ててください! 多分あれは、人間と似た五感を持っています!」
後ろに頭を動かして、文学少女が一瞬だけ照らした怪物をもう一度目視すると、赤く塗った壁に触手を遣わしていたのが見えた。
「よし、じゃ……!」
光をつけた懐中電灯を思いっきり怪物へ投げる。
くるくる回りながら懐中電灯は飛んでいって、怪物にぶつかった。
「き、効いてないみたいだ……!」
文学少女の呟きが聞こえる。
道には三人が走る音と懐中電灯を噛み砕く音だけが響いている中。
「文学少女さんも、早く! 足の速さは向こうが上みたいです、懐中電灯投げて囮にしないと死にますよ!」
「懐中電灯投げたら道が」
「じゃ、こういいます。ハルさんの足止めでも、光が有る限り私達は逃げ切れません、つまり、クラスメートのところまでこの怪物を――」
「くっ、解った! そこまで言うなら策があると、そう考えておくよ!?」
文学少女が懐中電灯を投げ捨てる。
微かな光を便りに、曲がり角を移動する。噛み砕く音が再び鳴り、光は今度こそ消えた。
「前方十四メートル先に左へ。大体三十一歩先……今です、曲がって!」
指示にしたがって、左へと曲がる。
何にもぶつからず、曲がり角を曲がれたらしい。
「前方十七メートル先にまた左へ――」
今井さんの声を聞きながら、壁に赤色の塗装を施す。怪物に対する足止めも必要だ。
「今井君、後方の怪物の距離は! ハル君、今すぐ床に線を描けるかい!?」
「っ……怪物、距離は……十四メートル、と、左へ!」
左へと曲がる。今度はすれすれだったが、ギリギリ曲がることには成功した。
「時間は多少かかる、けど線を書くくらい難じゃないよ!」
「今井君、ファーストコンタクトの時の怪物との距離は!」
「四メートル! 充分離してる!」
声を聞きながら、走り続けるのもそろそろ限界かもしれないと思い始めてきた。精精後五十メートル。
「ハル君、立ち止まって線を描いて、色は構わない! 念のため、三、二、一で全員、一旦走りを止めて」
「了解!」
一瞬立ち止まって、床に指で一文字、塗装する。
全員立ち止まったのは、隊列を崩すと今井さんの距離と、自分の距離に差違が発生するからで……
「オーケー! 走って!」
それなら、走り始めるときも同時にやる必要がある。僕の一言と同時に、二人も走り始める。
「よし、結界発動!」
後ろで、何かがぶつかる音がした。
「……成功したみたいだ、多分、もう大丈夫だ」
「はぁ……はぁ……それで、いったい何をしたんですか……大丈夫って?」
「僕の能力だよ。線を描く必要はあるけど、誰も寄せ付けない結界を作れるんだ。一つきりだけどね」
あ、だから一文字の塗装をさせたのか。
何のためにあんなことさせたんだと思ってたけど、理由はあったのか。
「距離を聞いたのは、線を書く時間と、結界が怪物を閉じ込められるかの確認のためだったんですか?」
「その通り。なんとか目論見通りに、上手くいったよ、なんとか」
なんとか逃げ切れたか……二人とも、凄いな、僕がやったのって塗装での撹乱だけだし。
「懐中電灯も無くなっちゃいましたね……と、もうすぐ戻れそうです、後三回曲がり角を曲がれば学校です」
「ゆっくり行こう、大分走ったから足とか疲れて」
「もう学校前集合の時間だね。みんな、慌ててるかもしれないね。ま、あんなものが居るのを事前に知れたのは良かったと思おうか」
あの怪物が結界にぶつかる音は聞こえない。
多分諦めただろうし、ゆっくり戻るとするか、しかし、塗装能力も役に立つときも有るのか。
……………………
………………
…………
「お、ハル、文学少女に今井さんも……何処行ってたんだよ」
「ちょっとした冒険しに、校舎裏に」
校舎前に行くと、クラスメートが……多分……全員集まっていた。その中で、自分達を見つけたコウが笑顔で歩いてくる。
「冒険……?」
「そう、校舎裏に洞窟に続く道があって……ここも洞窟なんだけど、そこで怪物に追いかけ回された」
「怪物!? 大丈夫だったのかよ?」
驚いてる驚いてる。普段驚かされてばっかりだから、こうしてるのは割りと楽しい。
そうしている隣で、文学少女が皆に洞窟のことと怪物のことを説明している。声に耳を傾けてみると。
「怪物……? っても、流石に銃には敵わないだろ? 問題ねーよ」
「おう! 俺の炎で焼き付くしてやるぜ! 怪物なんて奴等に、俺達の情熱は止められねぇ!」
なんか、問題無さそうだ。
もっと怖がったりしそうなものだけど……さっきの僕みたいに。
「取り合えず、今日は一旦休もう、もう一度情報交換をして、あの洞窟の攻略に乗りだそうじゃないか」
そんなこんなで、倒れて性転換して、洞窟に転移して、能力なんてものを入手しての一日目は終わった。