退屈しのぎとは言え、やる事が派手すぎる佐々木氏の戯れ
佐々木氏は夕方の町を見下ろせるこの坂の上が好きだ。
雨上がりでも、暑い夏日でも、冬の日でもこの景色が好きなのだ。
佐々木氏はなるべく早く会社を出れる様に、早朝のフレックス勤務にしてもらっている。
特に何をする分けではない。
ただただ景色を見るのだ。
それも毎日毎日。
佐々木氏の部屋はこの坂を下った団地の3階にある。
4年前に見事抽選に当たり家賃42000円で2DKの間取りだ。
都心まで電車で28分、角部屋だが隣にはグレ倒したヤンキーの子を抱えた家族が住んでいて常に騒々しい。
駅までは歩いて4分、ここは大いに気に入っている。
話を戻そう!
佐々木氏の好きなその坂は彼の通勤エリアには何も関係がないのだ。
何一つかすってもいない。
佐々木氏は毎日、会社の古めかしいタイムレコーダーで15時に打刻する。
打刻の際にローラーの劣化でまるで得体の知れぬ生き物の鳴き声のように鳴る『きゅーみゅ!』という音を頭の中で反芻しながら、佐々木氏は歩く。
丁度、足と地面が接地する際に反芻するタイミングを合わせ、きゅーみゅ!、きゅーみゅ!といった具合に頭の中で遊ぶ。
各駅停車の電車に乗り込み順調にいけば16時頃この町の駅に着く。
そのまま自宅には立ち寄らず町を迂回するかのようなガードレール沿いの道をのぼり、好きな坂の中腹までやってくる。
やや息が切れながら到着して16時半といった時間だ。
佐々木氏は車道の脇にあるバス停のベンチに腰をかける。
この時間にバスを利用する人は殆ど居ない為、
近所を散歩する老人にはすっかり見慣れた佐々木氏となっていた。
彼はまんべんなく町を見る。
左から右、奥から手前と日によって順序は違うが、
まんべんなく見るのだ。
そしてきまって17;30に断崖ぞいに這う様にしかれた鉄さくの上にカメラを置き写真を一枚撮影する。
(真ん中に鉄と鉄の継ぎ目が来る様にカメラを置く事で毎日寸分違わぬデッサンが完成するのだ。)
シャッターは一日一回のみと決めていたが、これまでに何度かシャッターを切るタイミングでカメラをゆらしてしまった事があった。
佐々木氏はデジタル時計の表示が17時0分台の間は再度シャッターを切っても大丈夫という自身で決めたルールの中で慌ててシャッターを切るのだった。なので00分台なるべく早いタイミングで1回目のシャッターを切る様にしている。
撮影された写真はもう2年分はプールされている。
その写真の中には、それまであった家が取り壊され、新しい家が出来上がってゆく様子や、大きなマンションがにょきにょきと出来上がる様子は、この町の平凡なる歴史といえるようなそんな点数になっていた。
ある日の夕方、佐々木氏の姿はその坂に無かった。
あれほど毎日毎日のスケジュールだった筈だが、それがいとも簡単に壊れてしまったのだ。
佐々木氏の姿は成田空港にあった。
彼の行き先はアフリカ ニジェール。
預けた荷物の中には800枚の例の写真がぎっしりと A3サイズにプリントされ積み込まれていた。
佐々木氏はたまりにたまった有給休暇を申請し、8日間の一人旅に出るのだった。
ヨーロッパでのトランジェット、
30時間近い時間をかけて佐々木氏はアフリカの地にやって来た。
空港ではすぐに怪しい連中が近づいてくるが、頼んでおいた現地ガイドと運良く直ぐに接触出来たためスムーズに車に乗り込む事ができた。
佐々木氏はホテルにつくやいなやすぐに出かけるという。
長旅の疲れもみせずタフな男である。
佐々木氏には目的があった。
あの町の写真を使った壮大な人生の暇つぶし計画なのだ。
佐々木氏は暇だったのだ。
暇すぎる故にこのような計画を、意味の無い散歩の途中あの坂の上で思いついたのだ。
それからの佐々木氏は目的をもった暇人だった。
決して忙しいとは言わない。なぜならそれは暇つぶしの為に行う壮大な計画なのだから忙しいと錯覚してはいけないのだ。
佐々木氏は自分の中でルールをつくり遂行する事が大好きだ。
よって人から呈示されるルールを守る事は苦手なのだ。
それは彼の一人っ子であり鍵っ子でありの生い立ちに依るものだろう。
佐々木氏は現地ガイドの日本人とアフリカ人とでパブにいた。
そこで明日以降の自身の計画を熱を帯びながら話していた。
それを実行することに何の意味も見いだせない佐々木氏以外の彼らは
明日以降のキャラバンについて頭を抱えるだけだった。
佐々木氏の話した計画はこうだ。
800枚の例の写真を800人の人たちに持たせるのだ。
晴れの日の写真は笑顔、曇りの日写真はこまった顔、雨の日の写真は泣き顔といった具合だ。
報酬は一人につき日本円で100円。
8万円で佐々木氏の野望は達成できる。
マーケットにはたくさんの人が溢れている。
目的のあるなしにかかわらず多くの人が行き交っている。
「1分の作業で100円の報酬」的な内容が書かれたプラカードを掲げるとあっという間に人は集まってくる。
佐々木氏の計画にはこの労働力と即効性が必要だったのだ。
100円といえばこの国では大きな話だ。
プラカードには800人必要と書いていなかった為に我先にと走り寄る群衆にマーケットは騒然となった。
暇つぶしクルーは一時退散せざるを得なかった。
大きな建物の前の石段の上から「定員800人」をようやく説明する事が出来た。
撮影は順調にすすんだ。
あっという間に終わってしまった。
佐々木氏はLAW データでの撮影にSDカード5枚を使い切り、
満足げに笑顔を見せた。
日本に帰った佐々木氏はそれらの写真を自ら製本所に依頼し一冊の本にした。
部数はたったの一冊だ。
なんと佐々木氏はその写真集を量産せずたった一冊を自分で眺めるだけなのだ。
その旅以降、坂の上にいく事はなくなってしまった。
フレックス通勤もやめてしまった。
佐々木氏のアートは自分自身にむけ完結してたのだ。
外に向かわないエネルギー、人はそれを暇つぶしとよぶ。
だが、果たしてそう言い切れるのであろうか?
私はこの私が作り出した佐々木氏の写真集をぜひ手に取ってみたいし、出来れば所有したいと思っている。
佐々木氏は何処にいるのでしょうか?
追伸、
佐々木氏がニジェールにてシャッタを押す際。
「きゅーみゅ!」という「はいチーズ」的な声かけを800回もしたものだから、現地で写真をとる時にはきゅーみゅ!というかけ声が今でも定着していると、アフリカを旅した友人が僕に教えてくれた。現地ではひらがなできゅーみゅ!と書かれたTシャツまで売られているそうだ。