ゆき=おさなご?
【イフ視点】
ユキの服を調達するために王立研究院のリーフの執務室から飛び出したはいいが、この聖域に幼子はおらず、どうするかと悩んだ俺は守護精の中で1番若く華奢な少年の体の男を思い浮かべる。
風の守護精であるジン・シルフ。
あいつならなんとか上の服だけでも借りれば、小さなユキの体は足首まで隠れるだろうと思案すると風の守護精に与えられた館へと足を向けた。
足を踏み入れるとジンの補佐役、兼、護衛役であるアクラムが訝しげに近づいてきた。
「イフ様。こんな夜更けに何か用か?」
こいつは様付けはしても敬語は話さないという、俺が言うのも何だがずれた男だと思う。
「アクラム。緊急の用だ。通してくれ。お前も共に来てくれるか。」
「・・・分かった。」
必要以上の言葉は話さない男だから説明が省けて助かる。
アクラムと共にジンの私室へと入った俺は、ベッドの中で眠りこけているジンの抱えていたシーツを引っ張ると、ジンはベッドから転がり落ち驚いた顔で飛び起きた。
「なななななんなのっ!?え?イフ?どうしたの?・・・まだ夜中だよね?」
混乱しているジンはアクラムと俺を交互に見比べてキョロキョロと世話しなく視線を動かしている。
「ジン。お前の1番小さなシャツを借りる。出してこい。」
「・・・は?僕の服が欲しいって・・・イフ。頭でも打った・・・?僕の服なんてイフはピチピチで着れないでしょ。・・・ていうか。そんな用事で僕はたたき起こされたの?」
突然のことに混乱しつつもジンは眉を寄せて座り込んだままだ。
このままではユキが守護の印の影響である熱だけではなく風邪をひいてしまうではないか。
細かい説明をする時間は惜しい、それに俺の説明はいろいろとすっ飛ばしているとエイルが言っていただけあって苦手だ。
「王立研究院に今、熱で苦しんでいる幼子がいる。服を着ていない。聖域で1番お前が小柄だからな。服を借りに来た。」
「・・・・。」
やはり俺の説明は簡潔過ぎて理解できないようだ。
ジンは大きな目を更に大きく見開いて理解できないのかぽかんと口を開けたままだ。
「とにかく1番小さな服を出してほしい。」
「あぁ・・・うん。まぁ・・・取り合えず服が必要なのだけは理解したよ。」
まだ納得してない顔でジンは奥の衣裳部屋の中へ入っていくと、少しして数枚の服を腕に引っ掛けて出てきた。
「僕の小さい服っていったら謁見用とか視察用の服の下に着る体にフィットするタイプくらいかな。あとは余裕あるもの着てるし・・・。これなんかは伸縮性があるから伸ばして着なければ結構小さなものだと思う。幼子っていうくらい小さな子なんだったらこれ着るだけで十分いけるんじゃない?」
「ああ。助かる。これは借りていくぞ。」
後ろで控えていたアクラムの横を通り過ぎて出て行こうとした俺を慌ててジンは引き止めてきた。
「ちょ、イフってば。僕も行くよ。アクラム、君はもう休んでいいよ。どうせまた夜更かしして剣の稽古でもしてたんでしょ?」
「・・・分かった。」
アクラムが頷いたのを確認したジンは俺に追いつくと隣りを早足でついてきた。
速度をあげて歩きながらもジンは俺の説明不足はデフォルトだと理解しているのか色々な質問をしてくる。
「イフ。君ってばユキの他にもまた拾い物しちゃったの?この聖域に小さな子供なんていないよね。」
「・・・リーフにも同じことを言われた。だが拾ったわけではない。」
俺の言葉に首を傾げたジンは、言葉を捜すような仕草をする。
「んー?どうなってこんな夜中にこんな騒ぎになってるの?」
「深夜になってユキの熱が上がった。それでリーフならなんとかしてくれるだろうとユキを連れて王立研究院へ向かったんだ。」
「うん。それのどこに子供と繋がる話があるの?」
「聖域の庭園に差し掛かったところでユキが幼子に姿を変えた。」
「・・・ええっ!?」
やっとその幼子とユキが同一の存在だと理解して、事態を把握できたらしいジンは一瞬足を止めたがすぐに俺の隣りまで追いつき歩き出した。
「ってことは、今リーフの部屋で熱に苦しんでる子供ってユキなのっ!?」
「ああ。間違いないだろう。元々人の形に変化できる存在なのかはまだ分からないが、とにかく熱を下げてやらなければ・・・。今はアルフが薬を調合している頃だろうな。俺はユキの服を頼まれた。」
今までの流れを正確に把握したジンは、それで服が必要だったのかと頷いた後、見えてきた王立研究院に向かって足を速めた。
リーフの執務室に入った俺とジンは、薬の調合が終わったであろうタオルで手を拭いているアルフと、なんだそれはという色の固形物なのか液体なのか分からないものが入ったグラスを持っているリーフを見て、なんだかすごく嫌な予感がした。
リーフは俺の手にある服に視線を向けると、次にジンへと視線を移す。
「ジン様もいらっしゃったのですね。事情は・・・大体理解されておられるようですね。」
「ああ・・・うん。なんか信じられないけど・・・。その女の子、ユキなんだよね?」
ジンはソファーに寝かされている苦しげなユキの側まで歩み寄ると、じっとユキの顔を覗き込んだ。
アルフもソファーの背もたれの向こうから同じようにユキを見て頬を緩めた。
「信じられないですが耳もしっぽもありますし、信じてあげないとユキも悲しみますよねぇ。」
間延びした話し方に戻ったアルフの言葉に半分呆れた気持ちになりつつも、アルフの言葉にその通りだと思った。
信じてやりたいと・・・。