しろいの。
王様の前に出たリーフさんは王様へと礼をした後、静かに口を開いた。
「本日はお忙しい中、謁見のお時間を頂きありがとうございます。」
「そう堅苦しい言葉を使うな。王立研究院の長であるお前にも、それぞれの力を司る守護精たちにも私と同等の地位は与えられているのだ。何度言わせる気なのだ?そうだろう?リュウキ。」
柔らかく笑った王様は隣りにいる男の人に話しかけたけど、私はそんな話よりも、王様の側に控えている黒髪黒目の男の人の名前と何かを纏う雰囲気にひっかかった。
『リュウキ』
なんとなく私のいた世界の名前の響きがして、イフさんたちは明らかに外国風な名前なのに、日本人のような髪と瞳の色を持った男の人は、更に日本の名前らしき『リュウキ』と呼ばれている。
それに私の心はざわざわと騒いでいた。
「はい。リーフ様や守護精様方は王と同じ地位が与えられています。」
「そうであろう。だからリーフ。そんなに堅苦しい言葉を使う必要はないのだ。」
「・・・はぁ。分かりました。それでは、今回の本題に入ります。」
溜息をついて苦笑いしたリーフさんは、少しだけ話し方を崩して体を起こした。
「昨夜、イフ様が聖域の森を散策された時、倒れていた小さな獣を連れ帰られました。どんな危険があるのかと警戒してすぐに調査いたしましたが毒を持っていることもなく、小さな牙と爪は確認いたしましたが意思疎通も出来ることもあり、危険はないと王立研究院の長である私が判断いたしました。」
「・・・ふむ。小さな獣か。それは今どこに?」
「・・・ここにいる。」
イフさんは王様の前、リーフさんの隣りまで移動したけど・・・王様にそんな口の聞き方していいものなの?
イフさんは私を手のひらに乗せると王様の方へと向けた。
「・・・おお。愛らしい生き物だ。なんという種族だ?」
「・・・・っ。」
王様は青い空色の瞳を輝かせて私を見つめていたけど、隣りにいたリュウキさんが息を飲んだのが分かった。
・・・・なんだろう?
お胸の奥がむずむずするような感覚・・・。
思い出せそうで思い出せないその感覚に首を捻っていたら、誰にも聞こえないような声でリュウキさんの口がゆっくりと動いた。
『・・・・しろいの』
「っっっ!?」
確かに今、あの人の口が『しろいの』と動いた。
そんな、まさか・・・?
ぴくんと動いた私の耳を見たリュウキさんは瞳を見開いている。
ありえないはず、そんなこと絶対に・・・そう思うのに、ある日、戦に出かけて行って帰ってこなかったご主人様が頭によぎる。
ありえない。ありえないっ。見た目も顔つきも違う。
そう思うのに真っ直ぐに見開かれている黒い瞳から目が離せない。
見詰め合う状態になった私とリュウキさんの不思議な雰囲気に一瞬会話が止まったものの、イフさんは口を開く。
「見たこともない獣だ。新種かもしれない。危険はないとこちらで判断して俺が育てることにした。今日はその許可をもらいに来た。」
「唐突だな。イフ。簡潔過ぎて流れが読めない。」
苦笑いした王様は、私をじっと見てきて、その視線に気づいた私はやっとリュウキさんから目を逸らすことができた。
「名は決めたのかい?」
「・・・ユキ。」
イフさんが私の名前を呼ぶと、視界の端でリュウキさんの体がぴくりと揺れた気がするけど、もう一度視線を戻す勇気は持てなかった。
「ユキか。いい名をもらったのだな。ユキ。意思疎通を出来るというのは本当かい?」
「みぁー。」
「ユキですか。もう名前を決めたのですね。この子は肯定だと1回、否定だと2回と鳴く数で受け答えができるのですよ。」
王様が褒めてくれた後、聞かれた言葉に肯定のひと鳴きをすると、リーフさんは私の名前を確認して、それから肯定否定の鳴く数を補足してくれた。
「おお。そうなのか。ユキ。私も質問してもいいだろうか?」
「みぁー。」
王様はわくわくしながらもイフさんから私を受け取って膝の上に座らせたけど・・・いいのかな?
向かい合って私が王様の膝の上から王様の顔を見上げている状態のまま、王様はにこにこしながら質問してきた。
「ユキ。私とは初めましてだね?」
「みぁー。」
「イフが君を育てたいと言っているけれど、ユキはそれでいいのかい?ここは私の認めたものたちしか生きることの出来ぬ場所。もしユキに家族や共に生きたい者がいるのなら、その者たちとは多分・・・否、きっともう会うことは叶わない。・・・それでも、ここを選ぶ?」
少し言いにくそうに眉を下げて王様は私に聞いてくれる。
選ばせてくれるのだと思う。
そっか、ここにいたら、もう会いたい人には会えないんだ。
でも私の会いたい人はもう元の世界にもいない。
それに命を捨てる覚悟で私はあの空間に飛び込んだんだから、新しい世界でやり直せとあっちの世界の神様がチャンスをくれたんだよね。
だったら私はもう一度、生きてもいいのかな?
新しく始めてもいいのかな?
ここにいたら、絶対幸せになれるのかなんて馬鹿なこと考えるつもりはないけど、幸せになるための努力を出来る機会をもう一度もらったんだね。
「みぃ。」
小さく肯定の鳴き声を出した私に、王様はふんわりと優しく微笑んで『分かった』と頷いてくれた。
「今この瞬間をもって、ユキを正式にこの聖域で生きることを許可しよう。」
王様は凛としたよく通る声を出すと、どこからともなくキラキラとした光が雨のように私の上に降り注いだ。
これ何なにょ・・・っ!?