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6:時記(とき)の刻印

キャラクター紹介


《リエール・シークレン》  21歳 男

本編の主人公。

資格を持つ者。


《フィリップ・マルルーニ》 21歳 男

リエールの親友&ツッコミ役。

好奇心旺盛で、質問が多い。

ある不注意がとんでもない事態に繋がる事を、

今の彼が知る由もない。


《ミュア・アネスト》 18歳 女

容姿端麗。

物語のキーパーソン。

気軽に起こしたある行動が、

大変な事態を招く事を、フィリップ同様に彼女はまだ知らない。


《ニーニャ・ラ・フィロ》 22歳 女

才色兼備。

優秀で明るくて美しい幻導士の一人。

普段はおとなしいが、活発な一面もある。


《エルニー・アトロラーチェ》 22歳 男

文武に長ける美青年。

その美しさから女性と良く間違われる。

声も中性的。


《マルケス・バロウ》 ???歳 男

幻導士の中でも高位の一人。

見た目は30代だが、かなりの長寿。


《ジャスティス・ブラッド・アロン》 ???歳 男

マルケスと同様、幻導士の中でも高位の一人。

マルケス同様、見た目は30代。

しかし、歴史の生き証人。

               時記ときの刻印


幻導士達が拠点として使っているこの広大な敷地は、

当人達の間で[ポストロジー]と呼ばれている。


拠点は世界各地に多数存在するが、

現在リエール達が物見遊山気分で歩いているこの場所こそ、

最大にして最高の設備を誇る[本拠地]である。


そんな彼等が最初に降り立った[泉]を囲む建物は[コートスクエア]。


ポストロジーの中心部に位置するこの施設は、

[世界の置かれた状況]や[幻導士の責務]、

[抗体]、[ガーナ]等について候補者達に講習をしたり、

配属された幻導士達の居住区として使われている。


一角に[郵便局]も設けられており、

[もう一つの歴史]から来た幻導士達のために、

あちらにいる親類や友人等への配達サービスもある。


だが、秘密を厳守するために、

歴史間での郵便物は全て内容をチェックされる上、

近況等は情報改変されてしまう。


そのため、あまり自由なメッセージは送れず、

幻導士側からの歴史間郵便は、

単に生存報告だったり、

仕送り等の目的が大半を占めている。


だが、預金口座の開設や入出金、

一部地域との為替もできるため、利用者は多い。


そんな生活観ある設備とは裏腹に、

コートスクエアの地下には英知と技術の結晶があり、

それこそが、ここを本拠地とする所以でもある。


敷地の東部にあるのは[スィールリバー]。


由来はリクシィ神話に登場する聖なる森を流れる川。


名前からは想像し難いが、歴とした建物の名前で、

通称は[浴場]として浸透している。


そんな異名の先入観で立ち入ると、

大きく裏切られる内装になっているが、

むしろ、その裏切りは心を弾ませてくれる場合が殆どである。


それと隣接した建物は[ドレッサーフォート]。


二階建ての屋内全てが、

大量の服飾品を取り揃えた部屋で構成されている。


ちなみに一階が女性用、二階が男性用。


衣服、靴、帽子、ベルト、アクセサリ、

全て無料で提供されているが、

返却前には必ずクリーニングをするよう義務付けられている。


仕事中は基本的に役職に応じた独特のユニフォームを着用するため、

ストックされているのは[もう一つの歴史]への出張時や、

プライベートでの使用を主とした品である。


それ故、時期毎の流行を汲んで取り寄せる場合も多く、

なかなかお洒落なデザインが目白押しとなっている。


更にドレッサーフォートの北側、

敷地で言えば北東部には[ショッピングセンター]。


とはいえ、洋服はすぐそこで無料提供中なので扱っていない。


主に生活雑貨や幾らかの贅沢品の売買、

仕事に使う器具(武器等も含む)の修理、

幻導士間での依頼や取引の仲介等、

様々な商売が寄せ集まっている。


ポストロジーはウィグリスという国の領土に建設されているため、

トレードにはその国の通貨である[ティルム]が使われる。


ティルムはポストロジーで労働したり任務をこなしたりする事で、

それに応じた額が支給されるシステムになっており、

幻導士達のモチベーションを高める意味でも重要である。


ちなみに、紙幣を刷っていたウィグリス銀行は、

100年以上前にガーナサーヴァントによって破壊されたため、

幻導士達がその跡地から印刷原盤を持ち出し、

独自に紙幣を生産、流通させている。


もし今でも法が生きているなら、

犯罪なんてレベルを超過しているのだが、

彼等はそんな事一切気にしていない。


そして北西部にあるのは[ラボラトリー]。


その名の通り研究所である。


だが、その研究は世俗のそれとは比較にならない程に進んでおり、

もしリエール達が[ラボラトリー]を見学したとすれば、

まるで遥か未来を観ている様な錯覚を起こす事だろう。


その少し南、敷地の西部には[ファーム]。


いわゆる農場。


しかし、一般の形態とは大分異なる。


規模はそこそこだが、ラボラトリーでの研究成果により、

栄養満点且つ数日で収穫可能という夢の野菜に加え、

土で育つ人工肉をも栽培している。


人工肉に関して正確に言うと、

食感と成分を似せただけの[非なる物]だが、

詳細を伏せて食卓に出せば、

食した誰もが肉と認識するであろう。


野菜も[肉もどき]も種類が多々あり、

味良く健康的で低コストなため、

食物事情に関しての心配は一切無い。


そして敷地南西部には[食堂]。


ファームで獲れた新鮮な食材を用いた料理を無償で食べられる。


世界各国の食文化に基づいたメニューが揃っており、

調理担当も職歴の長い一流料理人ばかり。


ただし、朝昼晩の特定の時間にしか注文は受け付けないため、

彼等の料理を食べるにはそれを厳守しなければならない。


だが、ビュッフェスタイルの軽食なら24時間開放されているので、

個人の生活リズムによってはそれを主食にしている幻導士もいる。


注文受付時間にビュッフェを利用するのは料理人への挑発となるので、

自重すべきなのは暗黙の了解としてまかり通っている。


敷地南部には[訓練場]。


これもそのまんまだが、幻導士達が訓練を行う場所である。


ただし、訓練は強制でもないし、肉体的な鍛錬のみでもなく、

頭脳や技術を磨く訓練設備も多くあり、

豊富なカテゴリから自分向けの物を選択できる。


そして、北側にある建物こそ、

リエール達がジャスティスの背中を追った結果、

無意識に近付きつつある[ライブラリー]…、

つまり[図書館]である。




「しかし広いよな、この敷地」


リエールが顔をせわしなく左右に向けながら感想を述べる。


「だな、それに良いセンスしてるよな」


「うむ」


コートスクエアで初めに案内された応接間から観えた庭園は、

予想していたよりもずっと広く、

奥には立派な木々の生い茂る樹林があった。


舗装された道がその樹林の中に一本通っており、

樹林の入口から30メートル程行った所に、

周囲の景観と雰囲気に巧く溶け込んだ、

[ライブラリー]のエクステリアが広がっていた。


立派な石門は植物の影に隠れているため、

通過する直前まで見受けられず、

その奥に建つライブラリーは八角形構造という小粋な形状で、

外周の二階部を取り巻く様にベランダが設けられていて、

それぞれの面には六つに区分けされた窓が二枚ずつあったが、

カーテンの遮りによって、そこから内部をうかがう事はできなかった。


入口の扉は約3メートル程の高さがあり、

その両脇に立つ石柱には、

扉を隔てて向かい合う男女の裸体が彫刻されていて、

右の彫刻より更に右に置かれた台の上に並ぶ鉢植えに、

ニーニャと似た服装をした小さな女の子が水をあげていた。


前を歩くジャスティスは、

その少女とすれ違い様にアイコンタクトを取り、

左扉を少し押して中に入って行く。


少女はそれを見送った後、

横目に引っ掛かった二人組みに焦点を向け、

不思議そうな表情で見知らぬ顔二つを交互に見上げていたが、

やがて彼等が扉の前に差し掛かると、

その少女はにっこりと可愛らしい笑顔を零す。


リエールはその少女に近付き、

フワフワした帽子の上から頭を摩りつつ声を掛ける。


「ナデナデ…」

「君、ニーニャみたいな格好だね、ナデナデ」

「ニーニャ知ってる?」


その少女は言葉による答えの代わりに、

「うふふふふ」と、満面の笑みを返す。


リエールは子供に合わせた口気で、

「なにがおかしいんだ、この!」と、少女をくすぐった。


如雨露じょうろを持ったまま、崩れる様に仰向けにひっくり返って、

「あははははは」と、ジタバタする少女。


リエールとフィリップは、恒例の顔見合わせをしながら笑った。


服が汚れる事など一切気にせずに転げ回っている少女を、

「ほらほら、汚れるよ」と、フィリップが起こす。


そして背中に付着した砂を軽く手で払った後、

ずれた砂塗すなまみれの帽子を脱がせて同様のクリーニングを施す。


帽子を取ったその姿が、まるでニーニャの幼少時代の様なその子は、

落ち着きなくニコやかにピョンピョンと跳ね回る。


リエールが突然、まだ笑いの治まらない少女を持ち上げて、

「可愛いから連れてこうぜ」と、左の脇に抱えた。


「かなりの問題発言だな」


フィリップが言いそうなその台詞が、

門の向こうからリバーブを効かせず飛んできた。


マルケスの声紋と感じたそれに反応して振り向くと、

案の定、マルケスとその前を並んで歩くニーニャとエルニー姿があった。


「やあ」と、リグレットを持つ手を掲げるリエール。


「今、[小型ニーニャ]と遊んでたとこ」


リエールのその言葉に、後続の三人は笑みを零す。


少女を抱えたままニーニャに近寄ったリエールは、

嬉しそうな顔の少女を地面に下ろし、

「これ」と、その頭を摩る。


「ニーニャっぽいでしょ?」

「もしかして妹?」


ニーニャも嬉しそうに、

「ふふ、違うよ」と、反握りの手を口に当てて軽く首を振る。


フィリップが突然柏手かしわでを打って、

「あ~、分かった」と、数回うなずく。


反射的にフィリップを観る一同。


フィリップはエルニーを観ながら、

「エルニーの妹じゃないか?もしかして」と、

確信の無い推理を口述する。


それを聞いたリエールは、

エルニーではなく少女側に確認を取る。


「そうなの?」


少女は真上に位置するリエールの顔を見上げ、

笑顔のままうなずく。


「はぁ~、そうかそうか…」


リエールはエルニーをチラッと見遣り、その容色を比較してみる。


「ああ、エルニーにそっくりだね」


「うん!」


初めてまともに返事をする少女。


「って言うか思ったんだけど…」

「エルニーにそっくりだね」


肩を上げ、頬を骨格で膨らませ、可愛らしい八重歯をみせながら、

「だって、いもうとだもん」と、嬉しそうにゆっくり答える少女。


「ですよね~」

「しかし、この際だからはっきり言うけど…」

「エルニーにそっくりだね」


「分かったよもう」


フィリップはいつもの様にリエールの肩を強く押す。


「三回も言うな」


微笑む一同。


「お兄ちゃん、やさしい?」


エルニーの妹は、再びリエールを見上げて答える。


「うん」

「このまえ、かみのけきってくれた」


エルニーは照れ臭そうに笑みを零す。


「お~、良いね、似合ってるよ、うん」

「君も将来は美人になるぜ」

「お兄ちゃんを見ればわかる」


妙な部分でダシを取られて赤面するエルニーが、

話を逸らす様に開口する。


「あ、これから大事な話あるから、

[コレ]部屋に連れてっちゃうね、騒がれると困るし」

「さ、リューシュ、おいで」


エルニーは近付いてきたリューシュから如雨露を預かると、

それをニーニャに渡す。


「あ、じゃあ、マルケスさん、僕はこのまま勤務に移ります」

「シフトまで半端な時間だし、往復する余裕ないので」


「ああ」


リエールに笑顔を向けながら、

エルニーに手を引かれて去っていくリューシュ。


やがてその兄妹の姿が樹林に隠れると、

ニーニャが如雨露を木の台の下に収め、

振り返って言った。


「ジャスティスさん待ってるよ」

「早く行こっ」


自分の前を通過したニーニャに合わせて向きを変え、

それに続くリエールと、更にその後ろに付くフィリップ。


そして彼女が開けてくれた扉を潜ったリエールとフィリップは、

前置き無しで広がる[壮観]に目を見張る。


無数の巨大な本棚が部屋の内周を覆う様に配置されていて、

それが吹き抜けになっている二階にも見受けられ、

流れで視野に入った天井には、

ローブを着た人々に取り巻かれる神々しい身なりの人物が、

台座の上で演説している様子を描いたフレスコ画があり、

そのクオリティは、芸術に感心が薄い二人でも、

開口したまま見惚れる程であった。


立ち並ぶ本棚は高さ4メートル程の十段構造で、

段が上がる毎に棚の上下幅が狭まっているため、

高さと段数の配分が若干おかしく見えたが、

そのぎっしりと詰まった蔵書の厚さと数がアクセントとなり、

違和感がうまく打ち消されていた。


右奥の角にある本棚の前に、

キャスターの付いた脚立が佇んでおり、

間取りの広さに拘わらず、脚立はそれ一つしか見当らない事から、

需要と供給の比率にアンバランスな印象を受ける。


床の中央のラインには、

左右を仕切る様に帯状の赤いカーペットが伸びていて、

すっかり汚れの馴染んだそれは正面の大きな木製の扉まで続いており、

カーペットを隔てた右手側には、

左を向いた幾つかの椅子が規則正しく並び、

一方の左手側には、

木製の机と椅子のセットが四組配置されていた。


だが、その四組の内、最も手前に配置された物に限り、

リエール達の注意を特別引き付ける要素を含有していたため、

それに気付いた彼等は急にピタリと足を止める。


グループの進行に差し障りを生む程の要素とは、

そこに着席する[顔見知り]の姿であった。


年季を感じる机の上に書物を広げ、

深く椅子に座ってそれを熟読していた[彼女]は、

入口付近に停滞している一団の気配を感じ、パッと振り向く。


視野に入った面識ある顔ぶれに、

驚きと喜びの表情でしばし固まった後、

背もたれを掴みながら立ち上がって叫ぶミュア。


「リエール!フィリップ!」


リエールはリグレットを左手に持ち替え、ミュアに近付きながら、

「よう!」と、右手を挙げて再会の挨拶をする。


続いて、彼女の外見的な変化に触れる。


「何?着替えたの?」


ミュアがそれに答える前に、

「やあ、ミュア」と、リエールの斜め後ろからフィリップが割り込む。


薄紅のボウタイブラウスに、

膝上10センチ丈の濃い赤のチェックスカート、

そんな膝を覆う黒のニーソックス、

足元にはスカートに合わせた濃い赤のハイカットスニーカーという、

前に会った時よりも露出を抑えた服装のミュアは、

包帯を巻いた左手を小さく振りながら笑顔を返す。


その時、低く鋭い声が部屋中に反響する。


「来たか」


全員が一斉に声の発生源と思わしき奥の扉の真上を観ると、

ジャスティスがキャットウォークの手摺に右手を置いて立っていた。


「この扉の奥へ集まってくれ」


言われるまま、鈍い足音を伴わせつつ正面の扉へと移動する一同。


ミュアは読んでいた本を閉じて包帯付きの左手に引っ掛け、

カーペットの上を歩行して来たメンバーに合流し、

フィリップのペースに合わせて左横に並んだ。


数歩程進んだ後、不意にシャツの袖を引っ張られるフィリップ。


そちらを向くと、ミュアがリエールを指差しながら、

「リエールが手に持ってるの何?」と、小声で尋ねてきた。


「[リグレット]だってさ」


フィリップも気を遣い、囁く様なトーンで謎の多い言葉を返す。


ミュアは当然の如く理解していなかったが、

あまり深追いできる空気ではないため、

「へぇ~」と、とりあえず数回うなずくだけに留める。


そんなミュアの後ろからニーニャが追い付いて来て、

フィリップとの間から提言する。


「その本、適当な場所に返しちゃって良いよ」


ミュアは反射的に振り返り、

「あ、そうなの?」と、先程より少し大きめの声で応える。


お互い、[同性で近い年齢]という意識を持ちながらも、

まだ浅い関係を漂わせるやり取りを観ていたフィリップとマルケスは、

彼女達自身もそれを感じているのが見て取れたため、軽くにやける。


移動中の一行が扉の前に着くと、

上からジャスティスがマルケスに質問する。


「エルニーはどうした?」


全員が反応してジャスティスを見上げる。


ジャスティスは誰に対する質問かを表明するため、

マルケスに視線を送り続ける。


「リューシュを部屋に連れて行った」


今度はマルケスが注目を浴びる。


「あいつにも用事があったのだが」


再び一同の注意がジャスティスに向いたその時、

ニーニャはドキッとした。


ジャスティスと目線が合致したのだ。


間髪入れずに指示を飛ばして来るジャスティス。


「ニーニャ、エルニーを呼びに行ってくれるか?」


「あ、はい」と、若干躊躇してから振り返って走り出すニーニャ。


皆がニーニャを見送る中、

その隙を利用して持っていた本を近くの棚に収めるミュア。


「さあ、中へ」


マルケスのその言葉を受け、

リエールが取っ手を掴んで扉を押し開ける。


するとその先には、

灯火に彩られた繊細かつ瀟洒しょうしゃな空間があった。


随所に美しい装飾の施された解放感のある八角形のホールを見回しながら、

後が支えないように扉を大きく開きつつ、

ゆっくりと部屋に立ち入るリエール。


床全体を落ち着いた赤のカーペットが覆い、

赤錆色をベースにした壁は、廻り縁や柱等の随所にカーキーが織り交ぜられ、

先の間と同様、内周に沿って本棚がずらりと並んでいた。


部屋の中心付近は正八角形状に一段低く、

中心点を経由した対角線は10メートル程もあるその八角形の縁には、

一辺毎の間隔で[黄金の手摺]が設けられていて、

天井のシャンデリアから降る灯光を受けたそれが、

鮮やかなライトフレアによって室内をより神秘的に演出する。


そして縁の手前、扉から2メートル程の位置には、

二階の室内バルコニーへと続く階段が左右に伸びており、

部屋の四方にある扉全ての前でそのパターンが併用されているため、

鏡に映したかの様にシンメトリーになっていた。


しかし、誰の目にも際立ったユニークポイントと識別できるのは、

中心に置かれた高さ1メートル程の[八角形の台座]の上に[浮かぶ]、

[青く輝く球体]であろう。


入室した扉からのアングルを正面として、

八角形の台座の斜めに位置する四辺から、

[しなった銀棒]が台座上3メートル程の高さまで伸びていて、

それらが最高地点で纏まる事で[籠]を形成しており、

その中に[青く輝く球体]は収まっていた。


風が渦巻くような音を小さく発しているそれが、

応接間で聞いた[プラネット]である事は明白で、

その青い輝きに見惚れているリエールにミュアが近付き、

「あれ綺麗だね」と、囁く。


リエールがそれに答えようと彼女の方に向き直った瞬間、

ジャスティスが左の階段から下りてきたため、

一同の視線がそれに引き付けられた。


階段に続いて正面の一段も下りたジャスティスが、

黙々と台座横に置かれたテーブルに近付いて行くと、

マルケスもリエール達を抜いてそれに続いた。


そんなマルケスを追うかの様に、フィリップもリエールを抜かして行ったので、

リエールが慌てて抜かし返す。


そして最後尾のミュアが中央の段を下りた頃には、

ジャスティスとマルケスは何やらボソボソと話し込んでいた。


「ルファ様にはいつ目通りを?」


「今はトゥルフに遠征しておられる、直ぐに会わせる必要もないだろう」


そんな話を耳に入れながら、

三人は揃って[プラネット]を物珍しそうに眺めていた。


直径1.2メートル程の大きさのプラネットには、

地球儀の様に地図が映し出されており、

随所に光る[点]が表示されていて、

陸地の部分には大きな点が幾つも確認できた。


その地図はギャラリー三人の知っている物とは異なっていたが、

そこに映っている模様が地図である事さえ彼らは認識しておらず、

謎は謎のまま、ただひたすら興味津々な眼差しをそれに注ぐ。


しばらくすると、ジャスティスがミュアの近くに歩み寄り、

傾けた上体をミュアと台座の間に割り込ませ、

台座に付いているボタンを連続で押し始めた。


とっさに一歩下がるミュア。


「すまない」


スペースが空いた事で体勢を整え、

続けてボタンをリズミカルに押すジャスティス。


ボタンを押す度、

プラネットがフワンフワンと神秘的な音を立てて薄く発光する。


「これが例の信号…、[プラネットサイン]だ」

「今、[リグレット]が引き抜かれた事を、

各地の幻導士達に伝えている所だ」


マルケスがジャスティスの行動をそう解説する。


信号を打ち終えたジャスティスが立ち上がって、

「今に慌ただしくなるぞ」と、言いながらマルケスの横に並び、

右手に左肘を立て、左手で顎を押さえながらプラネットを眺める。


その言葉の数秒後、

プラネット上の幾つかの点がチカチカと点滅し始めた。


マルケスが信号を解読する。


「イーニッドの奴、またふざけてるな…」

「[抜いたのは、うら若き乙女か?]だと」


「あ、凄い」


その声を発したミュアに他全員が注目する。


ミュアは注目された恥ずかしさで、

包帯を巻いた左手を反握りで口に当て、

「遠くにいる人と、お話できるんですか?」と、

マルケスに視線だけ向けて尋ねた。


それを受けたマルケスはプラネットを見ながら答弁する。


「ああ、[これ]を使って各地の支所と情報を交わす事ができる」


「どうゆう仕組みで?」と、リエール。


ジャスティスが体勢を変えずに回答する。


「このプラネットは、言うなれば[重力測定器]の様な物で、

細かい地形が映し出されているのは、

重力にも高低差があるからなのだ」

「正確には、[重力加速度]と言う」


この模様が地形である事を、

今初めて理解した三人の身になって物を言うマルケス。


「そんな説明じゃ分からないと思うが…」


ジャスティスはその意見を流して続けた。


「[バイオエレクトリックカレント]…、という物を知っているか?」


三人はお互いの不思議顔を見渡す。


「[生体電流]ともいう」


「(最初からそっちを言え)」と、内心マルケス。


「どんな動物でも、何か行動する度にそれが体内に発生する」

「分かり易く言うと…、極めて微弱な[稲妻]だ」


再びお互いを見渡す三人。


ジャスティスは続けた。


「抗体が宿る者の場合、抗体がその生体電流に刺激され、

[重力の軽減]を発生させるのだ」

「それは僅かなので、当人は実感が湧かないが、

プラネットの反応を司る機関が、

その現象を感知してこの地図上に表示してくれる」

「プラネットの表面は高純度のガラスだが、

その一枚下は[液体結晶]と呼ばれる物質で満たされている」

「それは液体でありながら固体の性質を持つという物質で、

熱や電極によって光の屈折を変化させる事ができるのだ」

「その仕組みを利用して、こうした表示が成されてるのだが、

この液体結晶の中に、

抗体と似た性質を持つ[ボトム]という物質を溶かし込むと、

プラネット自体に適量のエレクトリシティを流す事で重力の軽減が発生し、

この様に一際目立つサインを発してくれるのだ」


信号の解説を済ませたジャスティスは、

近くの本棚に向かいながら続けて緒言する。


「同時に、これは[時計]でもある」


ジャスティスに固定していた視線をプラネット移す三人。


そして数秒眺めた後、リエ-ルが呟く。


「これでどうやって時間を知るんだろ…」


ジャスティスとマルケスが微笑む。


「時計は時計でも…、時刻ではなく、

[時の流れる速度]を計る装置だ」


今度はマルケスに注目するリエ-ル達。


「時間の流れ方って、どこも同じじゃないんですか?」と、フィリップ。


「ああ、重力が強まれば時の流れは遅くなり、弱まれば早くなる」

「これはあくまで計測上の話で、

高低差によって昼と夜が来るタイミングがずれたりはしないし、

体感でも差を感じる程ではないがね」

「プラネット上に、薄く表示されている部分は重力が比較的強く、

明るい部分は弱い」

「薄い部分のほとんどは、海面より低い低地だ」

「中央を横切るラインに近付くにつれて明るくなっているのは、

地球の自転による遠心力で重力加速度が落ちているためだ」

「その辺は地形を把握しやすいように補正して表示させている」

「補正なしでは赤道付近は明るくなり過ぎるのでな」


本棚から一冊の本を抜き取ったジャスティスが続ける。


「人は時間を誤認しているのだ」

「そもそも、一年は365.2422日」

「その0.2422…、つまりおよそ5.8時間の埋合せとして、

四年に一度[リープイヤー]を設けている訳だが…」

「そもそも5時間49分では×4をしても24時間にはならないし、

何分、何秒、0.何秒かのラグまでは、

調整しきれないままに歴史は築かれてきただろう?」

「しかし、それが何億年も重なれば、かなりの誤差となる」

「それに、今より四憶年も前には、一日は約21時間だったと言われている」

「現代でも、23時間56分4.0905秒という半端さだしな」

「そう前提を置けば、所詮、年号や、日付や、

一日を24分割するという人の定めた時間制度等、ただの[目安]に過ぎない」

「[年齢]だって、肉体や精神の老化度を表すものではない訳だ」


腕組みをしながら、難しい顔で小さく数回うなずくリエ-ル。


「そう…、年齢は老化度に結び付いているとは限らないな」


何故か笑みを浮かべながら呟いたその言葉で、

一同の注目を集めたマルケスは、

プラネットを囲む銀棒を左手で掴みつつ、口演を始める。


「プラネットの液体結晶に溶かし込まれたボトムは、

抗体と違って人体には影響せず、

こうした道具の加工にしか利用されないが、

体内に宿った抗体には、応接間でエルニーが説明した通り、

生命の保護や重力の軽減の他にも幾つかの[特典]が付いている」

「その内の一つが、[老化速度の遅延]だ」

「抗体により、肉体の老化が通常の約1/4程度に抑えられるのだ」

「それ故、私やマルケスなど、もう140歳以上になる」


「えぇ!?」


三人は驚愕した。


リエールが詰まる所に気付いて呟く。


「じゃあつまり、俺達にもその[特典]が…」


「そうだ」と、振り向いてうなずくジャスティス。


「うわ、マジか」と、

半笑いでフィリップとミュアの顔を見渡すリエール。


「どうして抗体があると老化が遅れるんですか?」


いつもながらストレートな疑問をぶつけるフィリップ。


ジャスティスは赤い表紙の色褪せた本を、

燭台の乗ったテ-ブルの上に置く。


「君達も私達も、生きている上でごく自然に行っている[呼吸]が、

実は老化を促している原因だと考えた事はあるか?」


例の如く仰天する三人。


「我々が吸い込んでいる[空気]は、色々な物が混じっているが、

呼吸する上で最も重要なのは、

大気の1/5を占める[酸素]という元素だ」

「酸素は活発な元素であるため、

他の物質からの影響を受けやすい性質を持っている」

「水も元は酸素と水素が化合した物だし、

炎が燃えるにも酸素が必要だ」

「人間の体も、生命力を担うために、

口から取り込んだ飲食物と酸素を体内で結合させ、

それを燃料としている」

「それ程に、酸素というのは幅広く応用の効く元素だ」

「ところが、その燃料を作り出す過程で、

強い酸化力を持つ[活性酸素]という、

人体には有毒な物質が生成されてしまう」

「それこそが、病気や老化の大きな原因の一つなのだ」


扉が開き、エルニーとニーニャが静かに入ってきたが、

だれも反応を示さなかった。


「だが、生体側にもそれに抵抗する力が備わっている」

「[抗酸化酸素]という物質を体内で作り出す事で、

毒性を中和させるのだが、

その抵抗力を上回る分を処理しきれなくなる場合があるのだ」

「それ程に大量の活性酸素が生み出されると、

局所的に酸化して免疫不全に陥り、

そこから病気や老化へと派生する」


ポカンと口を開けたままの新人候補者二人とミュア。


「しかし、抗体の宿主である場合、

その活性酸素さえも力へと変えてしまうのだ」

「[プラスミド]と言って、抗体は直接細胞に取り付いているため、

細胞を攻撃しようとする不安定な活性酸素を安定させ、

更にそれを取り込む事で、

身体の機能と能力を総合的に高める作用をもたらす」

「つまり、本来なら老化に回される分を、

体の中の抗体が有効活用する訳だ」


「なるほど」と、まとめの部分だけ理解できたフィリップ。


しかし、理屈っぽい解説は尚も続く。


「加えて、細胞そのものを保護する効果もあるため、

細胞が傷付きにくくなり、

更に再生による劣化も緩和してくれる」

「だが、老化の要因はその他諸々あるが故に、

抗体があっても老化が止まるとまでは行かない訳だ」

「そして…、抗体を宿す事による最大の利となるのは…」


ジャスティスは無言のリエール達を見渡す。


「[ノウアブルセンス]と呼ばれる能力の体得だ」


ノーリアクションの受講者三人。


「だが、今はそれについては伏せておく」

「それ以前に、確認を取らなければならない事があるからだ」


しばらくの沈黙の後、

ミュアの後ろにいたエルニーとニーニャが、

話に区切りが付いたと解釈し、

ジャスティスに向かって数歩踏み出す。


そんな二人の動き見たジャスティスが再度口火を切る。


「さてと…、エルニー達も来た事だし、本題に入る事にする」


ジャスティスは先程本棚から取った本を開く。


「これを見て欲しい」


各々のペースで、本の置かれたテーブルに集まる一同。


本を覗き込むと、そこには奇妙な形の文字で短文が書かれていた。


「あっ、この文字は!」


リエールが声を張り上げると、フィリップもそれに続く。


「あの本の表紙にあった文字と一緒だ」


連携発言した二人は同時にジャスティスの方へ顔を向ける。


「そうだ」と、うなずくジャスティス。


「[クロック文字]という」

「内容はこうだ」

「悔いを持つ者、記されしいわれ改めんとすれば、

長き導きの末に大成せしそれを振るいて時の扉の封を解く」


場が静まり返る。


「[悔い]とは[リグレット]を指している」

「それを[持つ者]とは、現時点ではリエールだ」


ドキッとする資格保持者。


ジャスティスがリグレットを指しながら、その素性を説く。


「それは[武器]ではなく、[鍵]と考えていい」


リエールがリグレットを見下ろしながら胸の前に運ぶと、

他のメンバーもそれに注目する。


そして強い眼差しをリグレットに固定したまま、

「その[時の扉]ってやつのですか?」と、問う。


ジャスティスは無言でうなずく。


「ただ…、今の状態では鍵として不十分だ」


聞き捨てならない情報を受け、

顔と目をジャスティスに戻すリエール。


「先程も言ったが…」

「リグレットは持つ者の[強さ]に応じて姿を変える」

「それは、肉体的な強さでもあり、心の強さでもあるのだ」

「リグレットを鍵として覚醒させるには…」

「君がその両面に於いて、

充足した水準まで成長する必要がある」


リエールの真剣な表情が、注視を引き付ける。


「そのためには…、[導きの旅]を経由しなければならない」

「まずは君達が過ごしていた[もう一つの世界]を自らの足で巡り、

各地での出会いや経験を元に[人としての強さ]を身に付けるのだ」


ここで、リエールに少し考える間を与えるジャスティス。


若干の沈黙の後、リエールが率直な疑問を呟く。


「なぜ、俺に資格が…」


桁が違う職歴を持つジャスティスが、

かつて幾度も万象に対する達意として援用させてきた事由を述べる。


「[時]が君を選んだ」


表情を固めるリエール、フィリップ、ミュア。


「もし…、箱を開いたのが、君ではなくフィリップだったら…」

「[資格]は彼にあった」


リエールは一瞬だけフィリップの方を向く。


「じゃあ、たまたま俺が開けたから…」


「そうだ」

「それが[時の選択]だ」


ジャスティスのその言葉の後、彼の後ろからマルケスが続ける。


「あの場所にあの様な資格試験が配置された経緯も、

その基幹は意図的な契機ではなく、

あえて偶然の要素を強く含ませた選考手段によるものとなっている」

「つまり、平たく言えば[適当]だが、ふざけてる訳ではない」

「人知を必要以上に関与させない事が重要視されているために、

案じた物でなくランダムな選考を行った結果、

あんな効率の悪い手段をあえて取っているだけなのだ」

「ミュアの開けた量産型の箱も同様の手順で配置されている」


少し間を空けるマルケス。


「一部の漂泊の民族は、

水滴の広がりや、風の流れが作った砂の模様といった、

偶然による形影を観て運命を占うと聞くが、それに近いと言える」

「しかし、人知をどれほど遠ざけようとしても、

きっかけは人の手による物である以上、

その因果を切り離す事まではできないため、

[君の意思]という要素も当然考慮する」

「君だって、[偶然選ばれたから]等という理不尽な言い草で、

自分の意思に関係なく大役を任されては、得心が行かないだろう?」


そこで再びジャスティスが雄弁を振う。


「つまり、無理強いはしないという事だ」

「責任や重圧は取り払い、自分の都合最優先で決めてくれ」

「その結果も我々にとっては偶然の内だからな」

「誰かが受け入れるまで資格試験は続き、

[受け入れた者]こそ[相応しい者]なのだ」

「それ故、君がこの役回りを断ろうと、誰もとがめはしない」


テーブルに広げられた書物に目を向けつつ俯いていたリエールが、

顔の位置を固定したままフィリップに視線を送ると、

その小さな動作に反応して、フィリップもリエールとそれを重ねる。


目が合った二人は、何故かゆっくりとニヤつく。


そしてリエールはジャスティスにその表情を向けて言い放つ。


「この話には、もう一つの偶然…っていうか、

個人的にも利が一致する部分があるよ」

「俺達は丁度、近々田舎を出ようって計画をしてたんだ」

「だけど、タイミングがなかなか掴めずにいた所でさ」


ちらりとフィリップを見遣るリエール。


「[時に選ばれた]…、か…」

「誂え向きの後押しだな」


リエールの志が高まっているのを全員が感じ取れた。


ジャスティスとマルケス、そしてエルニーとニーニャが、

笑顔を見合わせてうなずく。


ミュアは話を良く理解していなかったが、

とりあえず嬉し気な表情をしながらその光景を眺めていた。


ある疑問を胸に留めたままのフィリップが、

空気の変化を感じた勢いで切り出す。


「だけど…、要は[時の扉]ってのを開くにも、まだ未熟だから、

旅に出て色んな経験をしろって事でしょうけど…」

「その[時の扉]を開くと、どうなるんですか?」


「[歴史を書き換える]事ができるのだ」


その即答に目を見開くリエール、フィリップ、ミュアの三人。


「ガーナに関する項目だけを[抹消]し、

浸食により変異した全ての者を、

感染する前の状態に戻す事ができる」

「ただし、当然だが過去は消せない…、その時点での切り替えだ」

「それに至るまでの過程で生まれた物…、つまりお前達の行いや、

それによって発生した影響を矛盾なく残すには、

過去を土台にする必要があるからな」


黙ってジャスティスを眺める一同。


「しかし、[時の扉]と言っても、

君達の想像している姿とは大分異なるだろう」


その発言で注目を引き寄せるマルケス。


「一見しただけでは[書物]としか認識できない」

「そう、君が箱の中から手にしたあの本…」

「[時記]だ」


粗末に扱ったあの本が貴重品だと知り、

恐縮と驚愕が入り交じるリエールとフィリップ。


それを表情から悟って微笑むマルケス。


「時記の表紙の両面に、

白色の宝石が一つずつ嵌め込まれていただろう?」


「はい」と、うなずくリエール。


「あの宝石…、[幻陰石]は、単なる装飾ではなく、

箱を開いた者に[資格]を与えるための核心なのだ」

「無論それだけでは不十分だ、

君の開いた特別製の箱の仕掛けと連動させる必要がある」

「ミュアの開けた量産型の箱は、

内部の奥側の壁に備わった装置からのみコロナが発せられるが、

君が開けた特別製の箱はそれと異なり、

時記の収納のために窪ませた中底にもそれが仕込まれている」

「つまり時記の真下だ」

「中底の装置から発せられたコロナは、

時記の裏側の幻陰石に吸収され、

虫眼鏡を通した太陽光の様に密度を上げて、

時記の内部に浸透する」

「その際、内部に記された[純白の時]の追憶を巡り、

その記録を書き換える資格を対象者に与えるための、

言わば[刻印]を宿しながら本の反対側へと突き進む」

「そして出口となる幻陰石を抜ける際、

より密度を上げて軌道を屈折させる」

「その波長の短い光を浴びた者が資格を受ける訳だ」

「それは通常の場合、

箱の正面に位置する人物に向かって照射されるため、

同じ箱からコロナを浴びたフィリップ君に資格がないのは、

そういった理屈だ」

「そして、幻陰石は強い光が身を通過した直後の一瞬だけ、

反射した光を吸収する性質を持っている」

「先程、三種類のレプリカの中から君が選んだのは、

最も透き通った宝石だと聞いたが、

それは、君が刻印をどれだけ反射したかを示しているのだ」

「つまり、吸収後の幻陰石の色が透き通っている程に、

君自身が刻印をより多く吸収したという事になる」

「言い換えれば、君はそれだけ適正が高く、

優れた素質を持つと示された訳だ」


顔を見合わせるリエールとフィリップ。


「余談だが、もし箱を開けようとする者が[ひねくれ者]なり、

[用心深い者]だったと仮定し、

警戒のために箱の横や後ろから開封を試みた場合、

[刻印照射が外れる]という不祥事を招き兼ねないため、

その予防策として、

あの箱には[感知センサー]という装置が内蔵されている」

「簡単に言うと、人間の体温や動作、

その身に帯びている静電気等を察知する装置だ」

「それにより、刻印が照射される位置に、

一定範囲の体温数値や静電気量、

明らかに人間の物と判別できる動作等が検出されない場合…、

つまり箱の正面に人間がいない場合、

蓋のロックが外れないという仕掛けになっている」


「よく分からんけど、なんとなく凄ッ」


「そして、一度箱の中から時記を取り出してしまうと、

箱も時記と同様に資格の有無を識別する性質に変化するため、

第三者には持ち運べなくなるのだ」

「それとは無関係な者が、

あの床のトラップに嵌まってしまうのを防止するためにな」


リエールとフィリップは顔を見合わせる。


「君達は見事にあの落とし穴に嵌まったらしいが、

あれは箱を開けずに持ち帰ろうとされた場合を想定しての、

二次的な仕掛けだったんだ」

「箱を開けねばならない状況に追い込むためのな」


「ひどッ」


「それなら、箱を固定しておけばいいじゃないですか、

持ってけないように」


フィリップのもっともな意見に微笑むマルケス。


「資格試験を通った者がその勤めを拒否した場合、

あの箱が固定されていると面倒でな」

「資格を取り消すために、

当人に箱と時記をここへと運んでもらう必要がある上、

その後も箱に再び時記を収めて別の場所に配置するため、

固定は余計な手間なのだ」


「あんな落とし穴を掘る方が、

圧倒的に余計な手間だと思うけど」と、リエール。


マルケスは再び微笑む。


「どちらにしても、

地下のミスト部屋を作る際に縦穴のスペースは確保されるからな、

それを有効に利用させてもらった訳だ」


「え?それって、

どっちみち落とし穴に嵌まるしかないって事じゃないですか」


「いや、壁に[四角い窪み]があったろう?」


「あー!」「あ!」と、

そのヒントで大まかな仕組みを理解するリエールとフィリップ。


「あの窪みに時記を嵌めて押し込む事で、

真下にあるミストの充満する部屋から高圧力でミストが噴き出し、

部屋に存在する一定以下の密度を持つ物体…、

つまり人間や、それが着用している服、

一部の装飾品や所持品等を[歴史間移動]させる訳だ」


それを聞いたフィリップが、結果論に顔をしかめる。


「要するに、うちらは嵌まる必要のない落とし穴に、

わざわざ嵌まった訳か」


「んだな」


今度は傍観者一同が微笑む。


「でも、そんな仕掛けをわざわざ作らなくても、

箱開けたら霧が噴出すようにすればいいのに…」


今度はリエールから飛んできたその意見に、

緩んだ顔のままで答えるマルケス。


「それでは、刻印が馴染む時間を稼げないのでな」

「刻印は通常の抗体とは異なり、

浴びた直後にミスト化されると効果が薄れてしまうのだ」

「そして理由は他にもある」

「たとえ刻印を受けた資格者とはいえ、

事情を知らぬ者によってこちらに時記を持ち込まれると、

回収困難な状況におちいり兼ねない」

「壁の穴に嵌め込むという正攻法を引いてくれれば、

時記はそのまま壁に留まってくれるので回収しやすいのだが…」

「まあ、もし下手に携行された結果、

紛失したり、怪物に飲み込まれたなんて事になっても、

プラネットで捜索が可能だがね」

「そういえば訊いてなかったが、

君は[あれ]を落とし穴の中に置いてきたのか?」


「はい、モロ放置してきました」


「そうか、その方がこちらとしては好都合だ」


そこで会話が滞った隙を突き、

未だに損した感を引き摺るフィリップが、

廃鉱で別の選択肢を選んでいた場合の成り行きを予想するため、

データ収集にかかる。


「ちなみに、本だけ持って帰っちゃったらどうなったんです?」


「それはできない」


マルケスが即答する。


「箱を開く事で入口の扉はロックされ、

資格を持つ者が外側の解除レバーを倒さない限りは開かない」

「当たり前だが、その状況では資格を持つ者は室内にいるため、

それは無理だ」

「あれは資格を持つ者が勤めを拒否した場合に使うレバーだからな」

「そして、入口の扉の開閉状況と箱のロックも連動しているため、

扉が開いている状態で箱を開ける事もできない」

「つまり箱を開けるには入口の扉を閉める必要があるし、

箱を開けてしまったら扉はロックされてしまう訳だ」

「そのため、そこから出る術として残される選択肢は、

壁を掘るか、扉を破壊するか、ミストに触れるかという話になってくる」

「だが、そこで考慮すべきなのは、あの壁も扉も、

鉱山ごと吹き飛ばせる威力を持った爆弾でさえ、

傷一つ付けられない程の強度を持っていると言う点だ」


「うへぇ、どうやって加工したんだろ」


「非常に高密度の光を照射して加工するのだ」


「光で?」


「そうだ、厚さ50センチの鋼鉄板でも一瞬で穴が空くぞ」


「うわぁ、そんなの想像つかないわぁ」と、横からリエール。


「壁と扉の接合部分も補強してあるため、

あちらの世界の一般的な道具では突破不可能だろう」


フィリップはそれを聞いて、

かつてあの空間に閉じ込められる寸前まで追い込まれた経験を思い出し、

その仕組みの[粗]と感じる点について追加質問する。


「じゃあ、ただ一緒にいただけの人は、

下手したら閉じ込められちゃうじゃないですか」


次々と飛んでくる指摘に、落ち着いて対処するマルケス。


「もし資格を持つ者だけが穴に落ちたとして、

上の部屋に誰かが取り残された場合、

穴の中にある扉を開くだけで、上の部屋の中にもミストが充満する」

「ただし、出入口がロックされている状態である事が条件なため、

二度目以降…、つまり、

資格者個人か、それを含んだ団体等があちらに帰還した後、

意図的にこちらへと移動する手段として使うのなら、

そのシステムは働かないがね」


「一緒に穴に落ちて、扉に入り損ねた人がいた場合は?」


「それも問題ない」

「(いや、ちょっとはあるな)」

「だが、それに答える前に、少しあの部屋の構造について補足する」

「あの扉の奥は二層構造のミスト貯蔵室になっていて、

上層は噴射のために高圧力な状態だが、

それに対し、下層は0.8気圧…、

つまり、普通より少し低めに設定されている」

「製造されたミストは上層にのみ送り込まれ、

やがて許容量に達した際に[安全弁]が作働し、

そこから逃がされた分が下層に溜まる仕組みとなっているのだが、

扉が開かれる事で、落とし穴内部へと通じた安全弁も機能し始めるため、

中に閉じ込められても脱出は可能だ」

「ただし、その安全弁からミストが流れ込むまでの約三時間、

あの狭苦しい空間で過ごさなければならないがね」

「場合によっては、そこに闇も加わる」


「(うわ、きついし)」


「だがそれだけじゃない」

「安全弁から供給されるミストは穴全体を満たす訳ではなく、

あえて地面から約1メートルの高さまでしか届かない様に設計している」

「極端な話、中の人物が寝転がっていたり、小さな子供だった場合、

脱出できない可能性も考えられる」

「何しろ、穴の中の安全弁が機能するのは、

扉を開けてから、たった一度きりだからな」


「(なんなの、その縛り)」


「まあ、ミストが流れてくる時は大きな音がするから気付くだろうし、

ミストそのものの存在時間も十分にあるし、

なんにせよ、そういった場合には資格者からの報告を受けるので、

いよいよ危険と判断すれば救助に向かうがね」


そこで呆れたような表情のフィリップを観たマルケスは、軽く吹き出す。


「元々そんな制限しなければいいのに、と思ってるだろう?」


揃ってうなずくリエールとフィリップ。


「扉を開ける事で落とし穴内部もミストで満ちる構造にする案もあったが、

そこにも先程話した理由が絡んでしまい、少し複雑になった」

「つまり、下手に時記を持ち込まれないためのささやかな抵抗だと思ってくれ」


「色々と事情があって大変ですね」と、

苦笑しながら小さく数回うなずくフィリップ。


そこで会話が途切れ、浅い静寂が流れたのを機に、

エルニーが軽い口調でジャスティスに問う。


「ジャスティスさん、僕に用事というのは?」


声に釣られて何気なくエルニーへと振り返った迷い人三人衆は、

その姿を思わず二度見する。


彼は先程と様相をガラリと変え、

まるで貴族の様に気品溢れる服飾で身を包んでいたのだ。


ジャスティスは書物を閉じ、

手を差し出してきたマルケスにそれを渡しながら質問に答える。


「お前とニーニャもリエールの旅に同行し、色々と援護してやってほしい」

「お前達にもプラスは多いだろうしな」


エルニーとニーニャは、リエール達の十八番である[顔見合わせ]をし、

何やらひそひそと言葉を交わす。


その間、本を収納するために棚へと向かうマルケス。


しばらくすると、エルニーとニーニャはうなずき合い、

ジャスティスに向かって、

「わかりました」と、ハーモニーを奏でる。


「よろしく頼む」

「ではエルニーよ、支度が整い次第、

三人を[ヒストリーホール]まで案内してやってくれ」

「それまでに、歴史間移動の準備をしておく」


「はい」


ニーニャがジャスティスとエルニーを交互に見ながら、

「あ、じゃあ、鍵取ってきましょうか?」と、

そわそわしながら提案する。


「ああ、すまないが頼む」

「私達は少し所用を済ませてから行く」

「鍵は待合室のテーブルに置いといてくれれば、

後は我々でやっておくから、

君は自分の用意に取り掛かってくれて構わない」


「あ、はい」


そう返して機敏に振り向き、

入った扉から右手側の階段を駆け上がるニーニャ。


そんな彼女を見送る若者四人に対し、

「さて、支度と言ったが、その前に…」と、

視界の外から再び話を切り出すジャスティス。


反射的に声の方へ向き直る一同。


「君達には、まず果たすべき[責務]がある」


自分達に向けられたその台詞に不意のプレッシャーを覚え、

若干ビク付くリエールとフィリップ。


「[入浴]だ」


一瞬で拍子抜けした二人は、

呆気に取られた表情のまま恒例の顔見合わせをする。


「とはいえ、のんびりと湯船に浸かれと言う訳ではなく…」

「特殊な溶液で、体に付着したガーナを洗浄するのだ」

「もっとも、溶液では聞こえが悪いので、

ここでは[聖水]と呼んでいるがな」


すぐに趣旨を理解したフィリップが、

「なるほど…」と、血塗ちまみれの私服を見下ろしながらそれを左手で摘み、

引っ張って弾く。


リエールがミュアに体を向け、紳士気取りで言う。


「お先にどうぞ」


するとミュアは少し顔を左に傾け、

体重を左足に乗せつつ胸の前で手を合わせ、

「あ、私、さっき…」と、遠慮がちに答える。


「あ、もう入ったの?」


リエールのその質問に、

「うん」と、唇を内側に畳みながら顔を戻すミュア。


横から助言と指示を追加するジャスティス。


「その服も[浴場]で洗浄してしまうといい」

「だが念のため、戻る時はこちらで用意した服に着替えてもらう」


リエールとフィリップは、エルニーが現在着用している制服に注目し、

視線を上から下へ流す。


首元に紺のスカーフ、

前身頃まえみごろ胸部に六つのボタンが付いた、

膝裏まで丈のある細身の白いジュストコールと、

腹部から覗く白いベストには、

随所にシルバーのクロスステッチによるラインや模様が施され、

更にその下にも白のスラックスに、白のエナメルシューズ、

おまけに手袋まで白という、

一見、間逆のカラーで纏めたジャスティスへの反発かと思える程に、

徹底した白への執着を見せるそのコーディネートは、

エルニーの着ている様こそビシッと決まっているが、

正直、庶民派なリエール達から見ればコスプレの域だった。


それに気付いたエルニーが、彼等の言いたい事を見抜きながらも、

「何?」と、あえてそれを隠しつつ問う。


ジャスティスも彼等の意図を察して補足する。


「エルニーの着ている物を強制するわけではない」

「第一、それは私服じゃないしな」


「(見りゃ分かるっつーの)」と、内心リエール。


「バリエーションは多彩だ、気に入った物を選ぶと良い」


ジャスティスがそう言ったにも拘わらず、

リエールがエルニーに冗談を交じえて尋ねた。


「エルニーの出身地では、そうゆうのが流行はやりか?」

「(なわけないけどさ)」


エルニーが自らの着ている服を見下ろしつつ回答する。


「ふふっ、これは[仕事着]だよ」

「もうすぐ勤務の予定だったから着替えただけ」


「そっか」

「まさか[旅に出ろ]なんて言われると思わないもんな」


「あははっ、そうだね」


「しかし…、それ…」

「白いな」


「見たまんまじゃねーか」と、突っ込むフィリップ。


微笑みながら[白さ]の理由を説明するエルニー。


「ほら、ガーナの付着に気付かなかったら大変でしょ?」

「一応、液体を弾く性質の強い生地を使ってるから、

怪物の血とかは付き難くくなってるけど、

仮に付いてしまっても目立たせるために白で統一してるんだってさ」

「デザイン的には、僕ももう少しカジュアルにして欲しかったけどね」

「出発前には、また着替えるよ」


その時、突然リエールがハッとした動作を取り、

ジャスティスに切れ良く向き直る。


「そうだ、ミュアを迎えに行ったのは、

ジャスティスさんだったよね?」


「正確には、[君達を]だが」


少し理屈っぽく応答するジャスティス。


「俺のジャケット知らないです?紺のやつなんだけど…」


ジャスティスは浅くうなずき、相変わらず落ち着いた口調で言った。


「ああ、あれは君のか」

「ミュアが被っていたから、ミュアの物だと思っていた」

「道理でコーディネート上、不釣り合いだった訳だ」


エルニーがミュアに小声で囁く。


「あの人、たまにイメージと違う言動を取るんだ…」


ミュアは口に手をあてて微笑む。


リエールが高ぶらせた声でジャスティスに訊き込む。


「それ置いてきちゃいました?」


ジャスティスは少し表情を緩くして返答する。


「安心しろ、回収してきた」

「もう洗浄は済ませて日干ししてある」

「今回洗浄する服と一緒に、後で[小箱]に入れて届けよう」


何故[小箱]なのかは理解できなかったが、

「良かったぁ!」と、とりあえず喜びを表すリエール。


フィリップはリエールの肩をタップした。


「どっか行く時とか、大抵あれ着るもんな」

「そういえば、パジャマ代わりにしてたよな?昨日」


ミュアがその言葉に反応して、

「ゴワゴワして寝難そう」と、リエール向かって言う。


「脱ぎ忘れて寝ちまっただけだよ」


フィリップが続けて質問する。


「一張羅ってやつか?」


「いや、他にもあるけど」


「じゃあ、お気に入りってとこか?」


「だな」

「って言うか、それを今聞くか」

「何年来の付き合いだっけ?俺等?」


そんな中、マルケスの言葉が、

たわいもない会話を交わす二人を越えて、

白服の美青年に当てられる。


「エルニー」


反応してそちらに振り向くエルニー。


マルケスはリエールとフィリップを交互に指差し、

その指を入口右手側の扉に向ける。


エルニーはそのジェスチャーから、

二人を[浴場]まで連れて行くよう指示している物と見受け、

「あ、はい」と、うなずくと、

話し込んでいる二人に向かって踏み込み、

「さ、お風呂に案内するよ」と、

彼等の顔を見渡しながらその間を通り抜ける。


それを機におしゃべりを止め、

スタスタと速いペースで東側の扉へ向かうエルニーを、

少し焦り気味に追う二人。


その時ミュアは、

同世代の面々がいなくなった時の気不味さを警戒し、

今の内にプラネットを眺める事で、それを紛らわそうとしていた。

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