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4:まやかしが秘める希望

キャラクター紹介


リエール・シークレン  21歳 男

本編の主人公。

時に導かれた幻導士候補の一人。

だが、ただの候補としては、若干扱われ方が違うようだが…。


フィリップ・マルルーニ 21歳 男

リエールの親友&ツッコミ役。

幻導士候補の一人。

しかし、彼の候補資格は特殊なパターンの様だ。


ミュア・アネスト 18歳 女

容姿端麗。

物語のキーパーソンだが、今回のエピソードには直接登場しない。


ニーニャ・ラ・フィロ 22歳 女

才色兼備。

優秀で明るくて美しい幻導士の一人。


エルニー・アトロラーチェ 22歳 男

文武に長ける美青年。

ニーニャと同時期に幻導士となる。

今回のエピソードには登場しないが、小さな可愛らしい妹もいる。


マルケス・バロウ ???歳 男

幻導士の中でも高位の一人。

かなり長い職歴を持つようだが…。




       まやかしが秘める希望


フィリップは困惑に支配されていた。


それ故、置かれている状況を把握しようと、

直立の体勢を維持したまま視線を上下左右に流す。


空は青く、陽は高く、

数メートル先に佇む二階建ての構築物には、

一定間隔で立ち並ぶ白い列柱と、

その合間に見られるヴォールト様式のアーチ型天井が印象的な、

二段層のベランダが設けられていて、

今立っているのはそれに属する[庭]らしき場所だったが、

更なる情報を求めて360度見渡した結果、その認識が若干変化する。


というのも、

庭へと張り出た二段層ベランダの建物は予想以上に場所を取っており、

四方を隙間無く囲っていたのだ。


つまり、そこは[中庭]であった。


地面を見下ろすと、

鮮やかな苗色の芝生の中、

平らに切った石材を敷き詰めた歩道が八方に伸び、

紫や黄色や赤の花々が、その合間ごとに植えられていた。


だが、フィリップの意識の主点は別の箇所に向けられた。


奇妙にも、両足が[浅い泉]に浸っていたのだ。


冷たくはないその泉の[底]は不思議と透き通っていて、

底より下に薄暗い[空間]が見えたが、

水面の反射と内部の暗さによって詳細は分からなかった。


[何故こんな場所にいるんだろう?]、

[つい数秒前に何が起きたんだろう?]、

[いや、もしかしたら数時間前だったのか?]、

[リエールやミュアは何処だ?]。


疑問は次々と浮かんで来るが、

正面方向で眼界を彩る[美麗な姿]に否応無く注意が向くため、

フィリップは思考に向ける集中力を確保できずにいた。


ベランダ下層の手摺てすりに腰掛けたその姿は、

白い半袖ブラウスに紺のネクタイと紺のスカートを纏った、

身長165センチ程のスレンダー且つとても可愛らしい女性で、

彼女と視線を合わせる事を避けていたフィリップだが、

横目に感じ取れるその表情に[明るさ]を感じたため、

[彼女にとって、俺が今置かれた不思議な状況は、

極日常的な物なのだろうか?]と、胸中で一存する。


フィリップは少し気が楽になり、

彼女に話を聞こうと泉の外に踏み出した瞬間、

突然、背後から激しい空気の流れを感じた。


振り返ると、そこにはフィリップを更に安心させる光景があった。


同郷の親友が、まぶたを強く閉じた顔を空へと向けつつ、

泉の中で片膝を突いていたのだ。


リエールは周りの静けさと瞼裏の明るさを不思議に思い、

恐る恐るを視野を展開させるが、

直後、角膜に振り注ぐ陽光により、先程のフィリップ同様困惑する。


「ん…?あれ?」


そして、事態を飲み込むために顔を下げると、

すぐに目路の右隅で棒立ちしている人物に気付き、

焦点を合わせて驚く。


「フィリップ!」


そう叫んで立ち上がった彼は、

トラウザーから水を滴らせつつフィリップに歩み寄り、

その左肩に右手を置いて揺さぶりながら歓喜の声を上げる。


「良かった!生きてたんだな!」


フィリップは笑みを零すと、リエールの上腕をタップして、

「どうだかな」と、不確定な返答。


その直後、リエールも疑念をもった顔で[美しい娘]に気付く。


それを見たフィリップも、反射的に彼女の方へ振り返る。


リエールはフィリップの脇に一歩踏み込み、

「誰あれ?」と、顎で娘を差すが、

フィリップもそれを知らない事は、その距離から見当が付いていた。


案の定、黙ったまま首を傾げるフィリップ。


すると突然、[娘]が手摺上で反転し、その向こう側に降りると、

振り返って中庭の二人に叫んだ。


「おいでよ」


建物の奥に駆け込んで行く娘が視界から外れると、

二人はいつもの様に顔を見合わせた。


数秒後、リエールが無言で建物の奥をサッと指差し、

パタッと腕を下ろす。


フィリップも対抗して、リエールを[ご案内]するかの様に、

広げた右手で同じ対象を示す。


リエールはフィリップの肩に置いていた手を少し下げて腕を掴み、

強制的に方向転換させて背後から両肩を押した。


フィリップは脱力してそれに寄り掛かり、ダラダラと前進する。


「まったく、いきなり消えるなよな」


後方から聞こえる声に、フィリップはピンと来る。


「消えると分かってたら消えなかったさ」


「(厳密には[消された]ように見えたけどな)」

「(まあ、多分俺もだけど…、一体どうなってんだか)」


以前とは立場が逆の会話を交わした直後、

二人同時にある事に気付いた。


「あっ!」っと、立ち止まるリエール。


フィリップが振り返り、次の拍子で二人がシンクロする。


「ミュアは!?」「ミュアは!?」


リエールは鋭く泉の方を振り向く。


フィリップもそれに目を遣り、心配そうに見詰める。


その時、先程の娘の美声が、再び中庭に響いた。


「おそいよ~」


驚いた二人は、声の発生源へと向き直る。


「[もう一人の女の子]なら大丈夫だよ~」

「ちゃんと治療を受けて休んでるから」


再び顔を見合わせる二人。


「[もう一人の女の子]って言うと…」


リエールのその言葉を、フィリップが不安気に繋ぐ。


「多分…、ミュア…、だよな?」


しばらく無言の二人だったが、

考えていても仕方ないと感じたリエールが口を開く。


「なんにせよ、今は[アレ]に付いて行くしかなさそうだ」


リエールはフィリップの腕を掴み、再度強制的に方向転換させる。


「[アレ]…」


フィリップがリエールの放言をくり返す。


彼等は娘の視線を気にしながら、白い石の歩道を進み、

一階部のベランダに上がる階段手間まで到達すると、

手摺に凭れ掛かっていた娘が姿勢を整え、

可愛らしく微笑みつつ自己紹介する。


「[アレ]じゃないよ」

「私、ニーニャ」


先頭のフィリップは反射的にそちらを向き、

「あ、どうも」と、会釈をする。


ニーニャも手を前に組みながら、

「初めまして」と、フィリップに会釈を返す。


リエールはニーニャを服装だけで子供っぽいと偏見していたのだが、

その仕種が妙に洗練されていて大人染みており、

持ち前の[軟派精神]が疼いた。


そこでニーニャに詰め寄ると、その勢いで彼女の右手を握り、

「俺はリエール、よろしく!」と、調子良く挨拶する。


ニーニャはリエールの威勢に押されて、

「あ、うん、よろしくね」と、少し引き気味に答える。


そのリアクションに思った程好感触が得られなかったため、

手を放さずに続けるリエール。


「珍しい名前だね」


「そうかな?」


ニーニャは若干困惑した面持ちで、

握られた手とリエ-ルの顔を交互に見ながらそう答える。


「って言うか、思ったんだけどさ…」

「珍しい名前だね」


ニーニャは不思議そうに首を傾げながら、

「…かな?」と、固めに微笑む。


「この際だからはっきり言うけど…」

「珍しい名前だね」


「分かったよもう」


フィリップがリエ-ルの肩を叩きながら、そう介入する。


「三回も言うな」


ニーニャはそこで趣旨を理解し、可愛らしく表情をほころばせる。


リエールはそれを観て幾らか満足し、

手を離してフィリップにそのポジションを譲る。


フィリップはリエ-ルとは裏腹に、

紳士的な態度で自己紹介しようとしたが、

「フィリップ君でしょ?」と、予想外な台詞で先手を取られた。


呆気に取られるフィリップに、

「あ、さっき大声で言ってたから」と、

広げた左手を笑顔でリエールに向けるニーニャ。


フィリップは口を半開きにしたままリエールを見遣る。


「それじゃあ行こっ」


ニーニャは男同士がアイコンタクトを取っている隙に、

軽快な足運びで奥へと走る。


「またお前のせいで、美女の手を握るチャンスを逃した…」


「残念でした」


クレーム処理も程々に、リエールもすぐにニーニャの後を追う。


悔しそうな顔付きでそれに続くフィリップ。


ベランダから入口を潜ると、そこはトンネル状の通路になっていて、

入って間もなく正面と右にルートが分かれており、

右は上へと続く階段だった。


リエールがその分岐点で足を止め、

体を進行方向に固定しつつ右の階段を見上げていると、

「そっち違うよ」と、正面から美声が飛来する。


反応してそちらを見ると、

天井の高い解放感のある部屋の中、

こっちを向いたニーニャが、左側面に陽を浴びながら立っていた。


そこからは通路の壁に遮られて直接は確認できないが、

どうもその部屋の一側面がガラス張りになっている様で、

室内に配置された家具の影が、

陽光によって高級そうな赤い絨毯の上に伸びており、

壁際に置かれた観葉植物の側にいるニーニャより少し手前に、

動く影があった。


どうやら、部屋の中には他にも誰かがいる様だ。


リエールが猫背気味に恐る恐る部屋を覗き込むと、

一人の[男]がソファーに座ったまま背中を向けていた。


ツヤのある長髪を後頭部で纏めたその男は、

組んだ膝の上で手も組みながら背凭れに寄り掛かっており、

その落ち着いた物腰がしっくりくる事から、

少なくとも自分よりはずっと大人であると感じるリエール。


続いて男の右手側に目を向けると、

そちらの一面は案の定ガラス張りになっていて、

透明度の高い池や、よく手入れをされた花々、

珍しい木々が並ぶ立派な庭が一望でき、

その向こうには広々とした芝生の地面と、

洒落た様式の建物が幾つか見えた。


部屋の天井からは、大きな[鳥籠とりかご]の様な物が垂れ下がっており、

高さの異なる四つの鳥籠が密集して団を作っていて、

部屋の手前、真ん中、奥側に、それぞれ一団ずつ確認できた。


ニーニャは男の右側に配置されている小さめのソファーに回り、

素早く且つ優しく座る。


リエールはそんなニーニャを観て、

長髪の男に対する警戒が少しだけ薄れたが、

客が居ると知りつつも振り返らないその男と接する瞬間を考えると、

つい遠慮がちになってしまい、あっさりとは近付けなかった。


それを見た後続のフィリップはじれったくなり、

躊躇しているリエールを抜かして鋭く部屋に立ち入る。


が、ソファーの男の背中を見た途端、

やはりリエール同様にピタリと足を止める。


やがてリエールがフィリップを抜き返し、

男とニーニャを交互に見ながらゆっくりと歩き出したその時、

不意に前方から視線を感じた。


反射的にそちらを見た瞬間、ドキッとして固まるリエール。


奥の壁に大きな鏡が設置されており、

その鏡を通してソファーの男と目が合ったのだ。


イメージより若い容姿のその男は、そのままニヤッと口角を上げ、

「なにを警戒してるんだ?」と、鏡に向けて発音する。


そして、スッと振り返ると、

少し腰を浮かせて向かいのソファーを開いた手で示し、

「まあ寛いでくれ」と、軽く接客する。


リエールとフィリップはいつも通り顔を見合わせ、

言われるままに示されたソファーへ向かう。


そんな彼等を目で追う男に、

「エルニーは?」と、ニーニャが小声で尋ねた。


男はニーニャに顔を向け、無言で天井を指差す。


リエール達はソファーの前に並び、同時にゆっくり腰を下ろす。


「ようこそ、時に導かれたお二人さん」


妙な言葉で歓迎の意を表す長髪の男と、

それが戸惑いの拍車となって一瞬固まる客人二人。


そんな二方の対面を隔てるテーブルの上に、

豪華な[フルーツ盛り合わせ]が置かれていて、

理解不能な弁舌を受け流した二人の視線がそれに集中する。


それを観た男は、フルーツの乗った籠を二人の前に滑らせる。


「空腹が気になっては、話に集中できないからな」


客人二人は重ね重ね顔を見合わせ、ニヤつく。


しかし、この微妙に固い空気に加え、

素性の知れない人物に突然引き合わされた二人には、

さぞ喉を通り難いだろうと思ったニーニャが気を利かせ、

軽い素振りで横からマスカットを一房手に取り、

それを食べて見せる事で二人の遠慮を低減させた。


ニーニャが口をもぐもぐしながら、

自分を観察している青年二名に向かって微笑むと、

釣られて彼等も微笑む。


その影響で肩の力が抜けたリエールは、

バナナの房を手に取って一本捥ぎ取り、

「ん…」と、フィリップに差し出す。


「いや、俺リンゴを…」


リエールは差し出したバナナを引っ込めて皮を剥く。


フィリップはリンゴを掴むと、

「じゃあ、いただきます」と、男に向かってそれを軽く掲げ、

シャクっと丸かじりする。


それを観た向かいの男は微笑みながら言う。


「食欲を感じるなら、

一連の不可思議な出来事にもそれ程の動揺はないと見えるな」


リエール達は同時に口の中の果肉を飲み込み、

お馴染みの顔見合わせをする。


「私はマルケス」

「ここにいるニーニャは、

君達同様に[霧]を経由して[こちら]に来たが、

私は元より[こちら]にいる」


二人がその台詞に含まれた疑問点を口に出す前に、

マルケスが次の声を飛ばす。


「君達の心境を思えば…、

まずは[ここ]が何処なのかを知りたいだろう?」


二人は声を出さずに数回うなずく。


「少し回りくどくなるが…」

「君達は[純白の時]を知っているな?」


リエールが少し考え、バナナを口に含んだままで答えた。


「えーと、細かい年代は忘れたけど…一応は知ってます」


「クロック暦921年の10月からよ」


男衆の注目を受けたニーニャが解説を続ける。


「そこから一年とちょっと間の正確な記録が、

世界中どこにも残っていない事から、そう呼ばれてる歴程の事」

「勿論、後々になって書かれた物なら沢山あるけど…、

どれも空想的で、当時の人々の記憶と噛み合わず、

反論も多いのに、結局決め手となる証拠が一つも無いから、

おおやけには認められていない物ばかりなの」


「そう、事の発端はその空白までさかのぼる」


リエールとフィリップは、ニーニャを興味深そうに見詰めていたが、

その言葉でマルケスに注意が向いた。


マルケスはゆっくりと息を吐くと、思いわずらった様に話を繋げる。


「ある錬金術士が[悪弊あくへい]を作り出したのだ」

「我々はそれを[ガーナ]と呼んでいる」


フィリップが聞き覚えのある名詞に反応を示す。


「昔なんかで聞いたな…、それ」


再度、ニーニャが補足する。


「[リクシィ神話]に出てくる、[邪神]にちなんでるのよ」


「あ~、あれが元ネタなんだ」と、連続で浅くうなずくフィリップ。


「とは言え、実際には空想の邪神等とは似つかぬ代物だが…」


マルケスが注目を戻す。


「その範疇はんちゅうは[伝染病]だ」


渋い表情をする対面の二人に、少し時間を与えるマルケス。


「生命ある存在にガーナが[浸食]し、

どの様な事態を引き起こすのかは、

君達も恐怖の中で見せ付けられたはずだ」


リエールとフィリップはフルーツを口に含みながら、

顎を止めて顔を見合わせる。


「あの怪物達だよ」


その言葉を横面に受け、

無意識に口内を空にしながらマルケスに向き直る二人の来訪者。


だが、その話に合点の行かない部分を見出したフィリップが発問する。


「だって、921年って言ったら…、

え~と…、今から120年くらい前かな?」

「それって大分昔ですよね?」

「なんで今頃、あんなのが出てくるんですか?」


「いや…」


マルケスは肘を膝に置いて手を組む。


「当時からいたよ」

「[こっち]にはね…」


静寂が漂う。


しばらく続いたそれを破る様に、

リエールが[予かねてからの疑問]を遂にぶつける。


「[ここ]は何処なんですか?」


その答えは、マルケスからではなく、その左後方から聞こえた。


「[もう一つの歴史]だよ」


全員の視線がそちらに向けられる。


するとそこには、

襟口の広いアイボリーのカジュアルチュニックに、

スリムストレートジーンズというシンプルな服装ながら、

楚々(そそ)とした雰囲気を漂わせる美しい容貌の若者が立っていた。


「あ、エルニー」


ニーニャは立ち上がってエルニーに駆け寄り、

リエール達の方を広げた手で示しつつ、

「こちら、リエール君とフィリップ君」と、紹介する。


軽く立ち上がって会釈をするリエール達に、

今度は新規参入者側の情報を与えるニーニャ。


「この人、エルニー」

「女の子みたいだけど、男の子だよ」


「誤解のないよう」と、爽やかに微笑むエルニー。


「(マジか!?めっちゃ可愛いし!)」


リエールの心の叫びが物語る通り、

サラサラの栗毛を耳出しショートボブにしたその顔立ちは、

額縁も顎先もバランスの取れた輪郭の中に、

細くすっきりとしたラインを描く眉、

大きくてパチクリとしつつも色気を含んだ二重の目、

尖部せんぶが程よく突き出ている小鼻の下に、

程良く厚みのある艶っぽい唇という構図をしており、

とても男性とは思えない程の美貌を有していた。


内心程の驚きを表に出すまいとしたリエールとフィリップだったが、

これには習慣の[顔見合わせ]をせずにはいられなかった。


ニーニャが笑みを零し、右手で口を押さえながら言う。


「さっきからそれ多いね」


指摘を受けた二人は、

その言葉に対しても[顔見合わせ]をしてしまい、

当の二人を含めた一同が微笑む。


リエールは照れ隠しも込めて表情を少し真顔に近付け、

先程の解説を要求する。


「あ、[もう一つの歴史]ってどうゆう事?」


和んだ空気が逆行するのを感じ取る面々。


エルニーがリエールと目を合わせて答える。


「ここは今まで君等が生活していた世界とは[別の世界]って事」


「(ごめん、意味が分からない)」


心でそうシンクロしたリエールとフィリップだったが、

意識してアイコンタクトのみの反応に抑える。


「正確には、今いるこの世界の歴史こそがオリジナルで、

君等や僕等が暮らしていた歴史が[もう一つ]の方なんだけどね」

「平たく言うと…、本流と支流」

「もしもの時にあらゆる種の存続を可能にするためと、

あわよくば崩壊した歴史を修繕するために作られた、

[箱舟]っていう感じだね」


エルニーはニーニャと揃ってソファーへと歩きながら話を続ける。


「そもそも[純白の時]っていうのは、

その[箱舟]を生成するために設けられた準備期間だったんだ」


話に付いて行けていないが、

とりあえず美しき講師を目で追う受講者二名。


「[もう一つの歴史]は大部分がこの歴史の[複製]なんだけど、

当然、[ガーナ]という汚点は除去しないと意味が薄いので、

様々な史実をもみ消して新しい歴史をスタートさせるとなれば、

そりゃ準備に時間が掛かるよね」

「でも、ガーナを生み出した錬金術師の記録は、

あっちの歴史にも残してあるんだ」

「と言っても、薬品開発分野での功績だけね」

「ガーナについての記録は流石に残す訳に行かないから」


先程の位置へ帰還したニーニャの隣にエルニーが腰かけたタイミングで、

ちょっとした知識のあるフィリップが口を挟む。


「錬金術って、金とか銀を作ろうって学問だよね?なのに薬品開発?」


軽く見開いた目をフィリップに向けてうなずくエルニー。


「うん、確かに元々は金銀の生成をコンセプトに始まったけど、

その研究がある程度進むと、

多くのミスで得たノウハウが脇道に逸れて、

金銀とかそっちのけで独立しちゃって、

それが薬学の方向にも伸びてたんだ」


「へ~、そうなのか」と、顔を縦に小さく振るフィリップ。


エルニーはニーニャの前にあるマスカットを一粒取り、

上品に口へと押し込む。


「実感もあると思うけど、

ガーナが世界に及ぼした影響は生半可じゃない」

「しかし、その錬金術師は本意でガーナを創出した訳ではないから、

それを制御するための[手段]を用意できなかった…」

「でも、それから約半年後、

[幻導士]達が遂にその糸口を見出みいだしたんだ」


「([幻導士]?)」


リエールとフィリップは、そのワードが頭に引っ掛かったが、

とりあえず話を妨げる事はしなかった。


「その[手段]とは、[抗体]…、つまりガーナに対する[ワクチン]だよ」

「未感染体に[抗体]を投与する事で、

感染圏の膨張を防ごうという策略ね」

「だけど、抗体の研究は完成直前で急に行き詰まったの」

「何度実験しても、どうしても足りない要素があって、

それを発見できなかったんだ」

「でも、そうこうしてる内に、タイムリミットが迫ってきて…」

「仮に抗体が完成したとしても、

その力だけでは役不足と言える位に情勢は悪化してたの」

「というのも…」

「抗体は既に変異している生物には効果がないとされてたし、

抗体を宿すための方法も、

理屈の上ではガーナの拡大速度に及ぶだけの効率はなかったから、

落着の決め手とは成り得ない事は目に見えていたんだ」

「窮地に立たされた幻導士達は、

[時の十二使途]の力を借りて[時間を戻し]、

歴史を改善しようと考えて[聖地クロック]に赴いたんだけど…」

「それは森羅万丈に背くものだからと、承服は得られなかった」

「その代わり…」

「383日という時間と、人々の記憶を犠牲にして、

[もう一つの歴史]を作り出すという壮大な計画が持ち上がったんだ」

「そうして作り出されたのが、

君達や僕等が生活していたあの歴史…ってわけ」


そこでマルケスが口を開く。


「[我々]は予期していなかったのだが、

歴史生成に使われた秘術の中に、

偶然、抗体を完成させるための鍵が含まれていてな」

「どうしても発見できずにいた因子を、

新たに[作り出す]という力技に走った訳だ」

「詳細は長くなるから今は省く」


「([我々]って、まるでその場にいた様な言い方だな…)」


フィリップはマルケスの話に脳内でツッコむ。


黙って聞いていたリエールが、

少し考えを纏めてから言葉を出す。


「あんな事がなきゃ、とても信じられる話じゃないけど…」

「つまり、俺達は…」

「人の犯した[歴史的過ち]を放置したままの世界から逃げるために、

人工的に作られた歴史で、記憶まで塗り替えられて、

暖気のんきにあつかましく過ごしてたって事?」


「そんな…」


ニーニャが少し焦った様に主張する。


「こっちがどんなにひどい歴史でも、[本道]はこっちなのだから、

事態を良い方向へ持っていくために、

[幻導士]達は今もまだ頑張ってるんだよ」


今度はマルケスが繋げた。


「そうだ、決して世界を放棄などはしていない」

「もう一つの歴史を作り出した目的も、

[種の保存]より[歴史改善]に比重がある」


リエールは俯き、霞んだ焦点をマルケスの手の辺りに向けていた。


そんな彼を見ながら、エルニーが談話を引継ぐ。


「この歴史だけでは、ガーナに対抗するだけの力がなかったんだよ」

「人材も物量も土地も、完全に不足していたからね」

「そこで新しい歴史から、

君等や僕達の様な[幻導士の素質]がある人物を呼び寄せて、

歴史を修復しようと努力してるんだ」


「ちょっと待って…」


聞き捨てならない言葉を受け、素早くエルニーに向き直るリエール。


「え、何?…俺等もそうなの?」


「うん」と、あっさり二音で済ませるエルニー。


その言い分に不条理を覚えたリエールは、

更にその確信を深めようとする。


「つまり俺等は、

既にその[げんどうし]ってのになるよう義務付けられてるわけ?」


予想していたかの様に、マルケスが素早く答える。


「いや、それは君達の自由だ」


フィリップがその要素を前提にした計算結果を口にした。


「じゃあ、皆さんは自分でその選択を…」


ニーニャが誇らしげに、

「そうだよ」と、微笑む。


リエールは[選ばれた理由]がいまいち納得できず、

素質の有無を勝手に判断している連中に感じた[無責任さ]を、

遠回りに指摘する。


「だって、俺達別に…」

「薬取りに行って、その帰りに偶然あの[箱]を見付けて…」


[箱]という言葉に反応して、マルケスが割り込んだ。


「あの箱を開けた時、

強い発光があったのを覚えているかな?」


「はい、なんか光りましたね」と、フィリップ。


「あれこそ、[ガーナの抗体]なのだ」

「ガーナは空気感染こそしないが、

それを身に宿した生き物の血液や分泌物…、

例えば汗や唾液を始め、

果ては皮脂という微細な物に至るまで、

全てが感染源となる程に危険なウィルスで、

それらが少量皮膚に付着したりするだけで感染し、

ゆっくりと浸食されて行く」

「そう…、その緩慢さ故、

浸食にしばらく気付かない場合も多い程にな…」

「だが、あの光を浴びる事で全身に抗体が宿り、

ガーナが体に浸食しようとしても、

まるで磁石の同極を合わせた時の様に反発作用し、

体から強制退去させる仕組みだ」


リエールが嬉しそうに尋ねる。


「じゃあ、俺達はその浸食ってやつをされる心配はないんだね?」


ニーニャも嬉しそうに答える。


「うん、そう」


「抗体のない人とか動物が、もし浸食されたらどうなるんですか?」


フィリップが興味深げに発したその質問には慣れているマルケスが、

例による感覚でジェスチャーを混ぜつつ説明する。


「浸食された場合、徐々に発熱し、

希にある例外を除いて、大方は肌が黒く変色して行く」

「その後、個体によって差もあるが、

数時間~十数時間で理性を無くし、

狂暴化したそれは周囲の生物に見境なく襲いかかる」

「そうして感染させた生物と感染させられた生物は、

お互いを[同種]とみなし、徒党を組む場合が多い」

「そしてもう一つの大きな特徴は、

浸食されて変異した生物は[命を絶つ事ができない]のだ」

「例え首を切り落としても、五体を分離してもな」

「勿論、身体能力を奪う事はできるが、それでも生き続けているのだ」


フィリップが心配気に質問する。


「でも、動かなくなった怪物は、驚異ではなくなる訳ですよね?」


「それ自体はな…」

「ただ、そうして転がっている感染体や、

まだ達者なそれを襲ってその状態にし、

自らに取り込む事で[形態]を変化させるタイプも無数にいる」


リエールが背筋を伸ばしつつ、腕組みをして言った。


「あの屋根を吹っ飛ばした怪物は、そうやってでかくなった奴だな」


フィリップがその言葉を聞いて、ある疑問点を思い出す。


「そういえば俺達、あの巨大な化け物に襲われて…、

気付いたらここの庭に…」


「それについても説明しなきゃならないね」と、素早く答えるエルニー。


「実は抗体には幾つか[二次的な特性]があるんだ」

「その内の一つなんだけど、

簡単に言うと、抗体を宿した肉体が、

変異体からの攻撃に限らず、極端な衝撃を受けたり、

強引に圧縮されたり、呼吸器官に支障をきたしたり、

急所に深い傷を受けてしまったりと、なんらかの極限状態に陥ると、

全身に宿る抗体が脳からの信号を受けて、

自動的に即席の[ミスト]を発生させ、

ここの[中庭]に宿主ごと移動させる…、という物なの」

「正確には、こっちが誘導してるんだけどね」

「そうでもなきゃ、ピッタリこの場所に来るなんて不自然でしょ?」

「だから、君達が怪物に攻撃されても、岩に押し潰されても、

崖から転落しても、水中で溺れても、[こっち]では全然平気な訳だ」


「そりゃ都合が良いな」


リエールが威勢良くそう言ったのに続いて、

「それじゃ、ミュアも結果的には無事に済んだんですね?」と、

声を弾ませるフィリップ。


それ聞いたニーニャが、眉を浮かせて答える。


「ミュアって?」


「えっ?」


目を見開いたリエールは、情報提供者本人のその言葉に若干焦る。


「さっき、[治療を受けて休んでる]みたいな事言わなかったっけ…?」


何の事か悟ったニーニャは、胸の前で軽く手を合わせる。


「あっ![もう一人の女の子]ね」

「あの可愛い女の子~」


「そうそう、可愛いよね」


ニーニャの意見に即同意するリエール。


「聞いてくれ」


軽くなったムードに重みを引き戻すマルケス。


「[ミスト]による[歴史間移動]が何処かで発生すると、

[プラネット]という装置がその座標を計算し、

点で位置を表示してくれるのだが」


[プラネット]について横から解説するニーニャ。


「ここの[ライブラリー]に置いてある、大きな[珠たま]の事だよ」


マルケスがニーニャから正面の二人に視線を戻して続けた。


「その歴史間移動発生の反応が、

水没都市内で近い間隔を以て六回あり、

内三回はこちらの幻導士の物だったので、

残りの未確認分から[歴史の迷い人]である君達が三人だと判断できた」

「しかし、通常の場合、

抗体を持っている者はそのままプラネット上に表示され続け、

こちら側から常に位置が認識できるのだ」

「ところが、その表示が君達二人分しか無かった…」


リエールと繋がっていたマルケスの目線が左に逸れ、

次にそれを受けたフィリップが核心に迫る。


「つまり…」


同じく、事情を察したリエールが連鎖反応を起こす。


「ミュアには抗体が無かった…」


数秒が空き、やがてニーニャが答え確定させる。


「そうなるね」


「だけど、普通そんな事は有り得ない事なんだ」


その言葉を飛ばしたエルニーに注目する一同。


「[箱]を開ける事で[抗体]が宿る」

「[箱]を開けなきゃ[ミスト]は発生しない」

「矛盾があるでしょ?」


「(ん?)」


リエールとフィリップは、ピンとこないその法則に首を傾げた。


しかし、語り手がマルケスに移り変わって話は続く。


「その後、湖のほとりにて、

二つの反応の内、後に現れた方の点が突然消えた」

「最初に襲われたのは君達の内のどっちだ?」


無言で軽く手を上げるフィリップと、その横で隣人を示すリエール。


「あの辺りには、恐らく君達が観たという大型のガーナサーヴァント、

[プログレプス]が徘徊しているので、

消えたとあれば、まず襲われたと考えるべきだろう」

「となると、抗体のない彼女が襲われれば、助かる見込みは少ない…」


エルニーが用語の補足を挟む。


「ガーナサーヴァントというのは、

ガーナによって怪物化した生物の総称だよ」


リエール達がエルニーに軽くうなずいたタイミングで、

マルケスの弁舌が再開される。


「ここからでも、[時空ミスト]、

つまり、[歴史間を移動するためのミスト]なら、

任意的な場所に発生させられるが、

あの娘がもしガーナに浸食されていたら、

簡単にあちらの歴史へ帰す訳には行かないし、

それ以前に、君達と一緒にいるという確証も無かった」

「勿論、君達と彼女が合流した事は、

プラネットの出現反応で見当が付いていたが、

あくまでそれは八分程の推測に過ぎないし、

状況が良く分かっていない内に[時空ミスト]を発生させれば、

ガーナサーヴァントを歴史間移動させてしまう危険性もある」

「八分程度では、とてもそのリスクと釣り合わないからな」

「だが当然、ガーナサーヴァントとの鉢合わせという事態を考え、

君達がエクイ湖エリアに入った段階で、

比較的その付近にいた[ジャスティス]という幻導士にPSを送信…、

つまり、プラネットの性質を利用したサインで連絡を取り、

保護に向かってもらっていたのだが…」

「結局、彼が辿り着く前にリエール君の表示も消えた」


そこでマルケスが少し間を空けたので、

若干じれったく感じたフィリップが話の続きを促そうと、

ミュアについての質問を喉まで出しかけたが、

これから説明するであろう流れを逆に妨げると感じ、

控える事にした。


「ジャスティスが到着した時、既にプログレプスの姿は無く、

屋根の吹き飛ばされた民家で、あのミュアという娘が無事保護された」

「気絶していたのが幸いして、

動く物に敏感なプログレプスに気付かれなかった様だ」

「だが、ガーナに感染していないかどうか検査した所…」

「左の前腕部及び、左手の中指と人差し指と親指の先端、

それから両脚部の内側に、少量だがガーナが付着していたそうだ」


「え!?」


一瞬だけ顔を見合わせるリエールとフィリップ。


「おそらく、床を這った事と、

[血が染みついたカーペット]に触れたからだろうと踏んでいるが、

どうかな?心当たりはあるかな?」


それを聞いたフィリップが強く責任を感じ、

瞼を強く閉じながら、

「俺が…、指示しました…」と、俯く。


ところが、リエールは慮外な落ち着きを維持したまま、連語を発す。


「その言い方だと、既に手は打ってあるんでしょ?」


救済の光明が見え、マルケスに激しく顔を向けるフィリップ。


「その通り、ジャスティスさんはプロ中のプロだから、即対応してくれたよ」


予想と違って左から来た返答により、

エルニーに意識が引き付けられる客人二人。


「それらの表皮を少し削り取った程度で解決したみたい」

「古くて乾いた血だったのが幸いだったね」

「でも、あと20分遅かったら危なかったかも」


フィリップがホッとする隣で、リエールが腑に落ちない疑念を表に出す。


「だけど、俺等より先にミュアがここに来たって言うのはどうして?」


「ジャスティスがここに連れてきた」


解説者がこまめに切り替わる状況に慣れてきたリエールは、

円滑に対象をチェンジして会話を進める。


「どうやって?」


「丁度、付近に鉄道が通っているので、それを使った」

「まあ、このご時世だ…、社会的には廃線とされているが、

その利用価値は無視できないのでな」

「我々が勝手に私物化している」


自分の持つ疑問の要点を避けた様な回答を聞き、

どうも話の前提がずれている感が否めず、

少し業を煮やした兆候を含みながらバナナの皮をテーブルに置き、

空いた両手でテーマのない小さなジェスチャーを入れつつ、

まだ整理されていない質問事項をぎこちなく説明するリエール。


「えっと、つまり…」

「こっちが聞きたいのは…」

「ほら、俺達は一瞬でここに来たでしょ?」

「なのに…」


「それは[君達からすれば]なんだよ」


毎度の様に、エルニーが横から会話をジャックする。


「実際には、15時間程経過してるんだ」


「うわ、マジか」


「うん、あれ自分では時間を飛び越えた感覚だよね」

「でもほら、いま陽が登ってるでしょ?」


可愛らしい微笑みを客人二人に交互に向けるエルニー。


納得した様に開口したまま無言でうなずくリエールと、

「そういやそうだ」と、微笑みを返すフィリップ。


ニーニャも嬉しそうな笑顔で語る。


「フィリップ君がここに来た時、私が手摺に座って見てたでしょ?」

「あれは、そろそろかな~って待ってたんからなんだよ」


「あ~、そうかそうか」


僅かな静寂が漂い、それが沈黙へと発展しない内に、

エルニーがリエール達を気遣った展開に運ぶ。


「複雑な話を一気にしちゃって、

分からない用語とか色々あったと思うし、

こっちも曖昧に済ませちゃった部分もあるだろうから、

この辺でいったん整理しよう」

「何か質問があればどうぞ」


それを聞いたリエールが、

ここぞとばかりに謎要素の解明に乗り出す。


「今頃聞くけど…」

「[げんどうし]ってのはなんなの?」


エルニーとニーニャは、目を丸くして顔を見合わせ、軽く吹き出した。


「そう言えば、教えてなかったね」

「[幻導士]っていうのは、

古来から、超自然を脅かすくらいに規模の大きな事件が起こる度に、

その解決に貢献してきた人達の事だよ」


「事件を、まるで[幻]であったかの様に解決する事から、

[幻に導く者]という意味を込めて、そう呼ばれているの」

「ちなみに私達もそうなんだよ、かっこ良いでしょ?」


「うん、かっこ良いね」


リエールのその台詞の後、

フィリップも内心に保留していた疑問が再浮上した。


「さっき、俺達にその素質があるとかって言ってたけど…」


エルニーが素早く返答する。


「あの[箱]を開ける事ができた人には、その素質があるって事」

「言ってみれば適正テストだね、人材発掘のための」


それに大きな矛盾を感じるフィリップ。


「でも、俺はこいつと一緒にその場にいただけで、

開けたのは俺じゃないんだけど…」


不思議な事に、その言葉で三人の[幻導士]は突然硬直した。


数秒間、それぞれが抱く共通の[疑問]を、

目配せで認識し合った幻導士達の代表として、

「え?ちょっと待って」と、エルニーが話を切り出す。


「フィリップ君はどうやってこっちに来たの?」


「こいつを追って霧に触ったんだけど?」


「追って触った?」

「という事は君達二人とも[同じミスト]で来たの?」


フィリップがリエールの方を向いて、

「だよな?」と、同意を求める。


リエールは黙ってうなずく。


「え?箱を[一回]しか開けずに?」


「うん」

「ん?それが何か関係あるの?」


それを聞いたマルケスが、少し驚いた雰囲気で講じる。


「普通、[箱]から発生する[ミスト]で二人以上が移動する場合、

サイズは基本的に一人用だから、対象それぞれが伝導体になる様に、

不自然なまでに密着する等の方法を取らないと無理なんだがな…」

「それに、出現に時間差があったのも奇妙だ」


フィリップは再度リエールに向かって、

「[箱]から…、じゃないよな?」と、不思議そうに確認する。


リエールはフィリップの方を向いて再度うなずきながら、

その時の情景を思い出す。


そこで、不意にある要素が心に引っ掛かり、

顔をエルニーに向けて何気なく尋ねる。


「[本]は何だったの?あれ」


「あ、そうそう、あったな」と、相槌を打つフィリップ。


しかし、その質問を受けた幻導士達は奇妙な反応を返す。


[本]というキーワードを発したリエールに驚愕の表情を向けたまま、

数秒間硬直したのだ。


「なんだって…?」

「[本]…、があったのか?」


マルケスがリエールの証言を再確認する。


「え?」

「うん、中見ようとしたら開かなかったけど」


今度はニーニャが念を押す。


「[箱]の中に?」


「うん」


そして、エルニーがもう一歩踏み込む。


「ひょっとして…、[宝石の嵌った本]…?」


リエールとフィリップは口を揃えて、

「そうそう」と、エルニーを見ながらうなずく。


一層顕著になった[驚き顔]を互いに見渡した後、

そのままそれをリエールの方へと戻す幻導士三人。


「で、いきなり穴に落とされて…」


続けて事の次第を報告する最中、

まるでそれが耳に入っていないかの様に無反応で固まっているマルケスが、

妙に仰天を含んだ眼差しを自分に向けている事に気付いたリエールは、

彼から視線を逸らした先にいた美男美女からも同様の眼差しを受けたため、

「え?あの…」と、若干たじろぐ。


次の瞬間、幻導士達が一斉に立ち上がり、

ビクッとしたリエール達を他所に、突如として場の空気が慌ただしくなる。


「私は、[ルファ]様に報告する、

ニーニャは[レプリカ]の用意を頼む、

エルニーは[リグレット]まで二人を案内してくれ」

「確認はそこでする」


「はい」「分かりました」


エルニーとニーニャはそわそわしながら同時に答える。


「さ、二人とも付いてきて」


急な展開に戸惑う[歴史迷い子]の二人だが、

もっと不思議な風物を観てきた彼等にとっては、

適応に時間は掛からない問題だった。

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