表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

19:印象推移

舞台紹介


《ニューイータ》


かつて奇病の蔓延もなかった頃、

小さな集落であったテセメタ(現在のヴィタリバーウォール)では綿花栽培が盛んで、

質と値段と生産量のバランスから、加工貿易の素材として優秀であるそれは、

ベルゲンテ国の属するルーマミア大陸各地の産業先進国で需要が高かった。

テセメタから南の荒野と山岳地帯を越えた先に位置するフィーペリアは、

当時、大陸内貿易の中心地と呼ばれる程の大都市で、

各産業先進国との貿易ルートを引くキャラバン達の拠点だったが、

大量に買い付ける場合、仲介を通さない方が利率が高いので、

直接荒野を縦断してテセメタを目指すキャラバンも多く、

そんな彼等ために、荒野を通る一本道の途中、[休憩所]が設けられていた。

小さな井戸を中心に建つ、幾つかの宿舎と飲食店、

それらを囲む木製の防護柵、獣や盗賊を警戒するための見張り櫓。

飾り気のない最低限の設備のみではあるが、

キャラバン達からは非常に重宝され、云わば荒野のオアシスだった。


時は変わり、世にガーナが広まって数年後、

フィーペリアより東の[イータ]と呼ばれる街が、

東西からガーナサーヴァントによる不意の襲撃を受け、

防衛も空しく、街は壊滅状態となる。

だが、北のバニュアコーン山脈へと続く細道を知る狩人の先導により、

一握りの民は辛くも逃げ延びる事に成功していた。

山脈を反対側に抜けた頃、疲れ果てた民達が眼下に広がる荒野を見渡すと、

闇夜の大地にぽつんと微かな明かりがあった。

悲しみと途方に暮れていた彼等には、

その弱々しい光でさえ、神より差し伸べられた救いの手に見えた。

怪我や疲労を忘れ、一路そこへと向かう老若男女の一団には、

まだ一人として[知る者]はいなかったであろう。

それが彼等の[新天地]となる事を。



用語解説


《アメンカージット》


抗体宿主は、体内の炭素原子に独特の配列で+α(←個人によって異なる)する事で、

オリジナルの元素を生成できるという特性を持ち、

それによって作り出された元素、

又はそこから二次三次と副産される元素を総称して[アメンカージット]という。

その元素と抗体による様々な作用の調和が生み出す現象が[ノウアブルセンス]である。



ノウアブルセンス紹介


ファード・アネスト

《ウェアリングソリッド》


ファード独自のアメンカージットを礎とした抗体との調和効果により、

大気中一定範囲の元素からマイナス電荷を取り除き、

さらにアメンカージットの配列をモデルとして共有結合させ、

強制的に昇華(気体が一気に固体化する事、またはその逆)させる。

出現させた固体は氷結状態ではなく、

宝石の様に美しく透き通った硬い結晶となっている。

能力発動時、基本的に固体はファードの身に纏い付く形で現れるが、

取り外したり、触れている他の物質に纏わせる事もできる。

意図的に逆昇華をさせなければ、固体を出したままにする事も可能であり、

その生産的、嗜好的価値や、応用性は計り知れない。


レッシュ・ウィニア

《ストリングスレイ》


掌(左右どちらでも)から黄金色に発光する[弦]を出現させる。

一本一本は直径2ミリ程の細さで、強度はあまりないが、

編み込む事で縄を形成する事もでき、

太さによってはかなりの強度になる。

(数本組み合わせればトン単位にも耐え得る)

発生した弦に独立性は無く、本体であるレッシュが操作しており、

弦のどの箇所からどの方向にでも力を加える事ができ、

引き締めて棒状にする事も、ゴムの様に伸縮させる事も自在。

ただし、切断などで彼女との繋がりが途絶えた部分は強制解除される。

編み込むほどに力の強さも増すが、

あまり太くすると瞬発力が損なわれるので、

用途によって太さのバランスを調整しないと、巧く活用できない。

伸ばせる最大距離は50メートル程で、

弦そのものにはほとんど重量がないため、

引き締めた状態であれば、真横や斜め上方向に伸ばす事もできるが、

そのやり方では伸びる速度が非常に遅い。

しかし、彼女はある方法でそこを巧くフォローしている。(本編参照)

軽量であるにも拘わらず、出せる力は強く、

普段は非力な彼女が力仕事に使う事もあり、

周囲からもなかなか頼りにされている。

だが、支点が本体を含めて複数なければ、

弦自身に力が加わってしまうので、

活用には[何か]との組み合わせが重要である。

固体に見えるが、その実、固体なのは極細の芯の部分のみで、

ほのかに温かいジェルの様な硬めの液体がそれを包んでいる。

弦を形成できるのは、その液体は酸化性が強く、

酸素に触れると強く固まるので、表面が硬質化しているからである。

そのため、水中で発現させても固まらないが、

既に固まった状態であれば水に入れても問題ない。

黄金色に発光するのは、弦の液体に含まれる第三アメンカージットが、

操作に使われる脳からの電気信号程度でも激しく励起する性質のため。

時は少し遡り、微かに残った陽光を遮る防壁の影が、街全体を包んだ頃、

まだ地面の舗装も成されていない北門前広場では、

敵勢力による門の打破を阻止すべく尽力する歩兵第27連隊の姿があった。


だが、破城槌を携行したヒュージスピディアの重々しい衝突が、

容赦なく門扉もんぴに繰り返される中、右扉の木製部分中程に、

敵雑兵てきぞうひょうによる斧を使った執拗な打撃で穴が空けられており、

大人一人がようやく通れるサイズのその穴を、

次々とハイヒューグが潜り抜けて来ていた。


門扉を押さえる兵達を尻目にして行われるその非効率的な侵入法に、

出る杭を打つかの要領で対処する弓兵達。


だが、矢を数本受けた程度ではひるまないハイヒューグは、

撃たれる事に恐怖さえも見せず、

むしろ、我先にとひしめきながら強引に押し通る。


やがて二体三体と侵入を許した事でハイヒューグの通行が勢い付くと、

流石に矢の装填が間に合わず、

ついには門を押さえる兵に刃が向けられてしまった。


それを受け、仕方なく門の防護を放棄し、

本格的な戦闘体勢に突入する歩兵部隊。


「ここで食い止めるぞ!」

「皆、奮起せよ!」


ゼカの激を含んだ命令が部下達に下された直後、

破城槌を背負ったヒュージスピディアによる体当たりで、

轟音と共に門が崩壊した。


だが、現行犯であるヒュージスピディアの姿を目視した兵達は、

身構えるより先に驚いた。


奇妙な事に、そのおぞましい巨大蜘蛛の胴体が小さく[破裂]し、

肉片が飛び散った後、背負った破城槌の重量で潰れたのだ。


そのおかしな現象に心当たりのあるゼカは、

根源が背後にあると直感して振り返る。


案の定、そこには右手を前に突き出したクウェナの姿があった。


「クウェナ様!」


クゥエナは反応する事なく、今度は両手を使って、

水平より少し下に傾斜させた角度に[空間]を連続投射する。


後続のハイヒューグ達が押し寄せようとしている中、

狙うべき対象から大きく逸れているその軌道に疑問を持ったゼカ達は、

クウェナの意図を探るために[放たれた空間]の行き先を目で追うが、

それはどう見ても[地面]を通り抜けており、

彼女に対する疑問をより深めた途端、答えが光景となって明かされる。


雪崩れ込むかと思われたハイヒューグの軍勢の先頭数体が、

突如として[地中に吸い込まれた]のだ。


尚もクウェナの空間投射は続き、

やがて破られた門扉の下に、幅5メートル、深さ2.5メートル程の穴が空く。


「クウェナ様、これは…」


「地下2メートルと4メートル程の箇所に空洞を作り、二重に陥没させた」

「この掘りがあるだけで、奴等の足はかなり鈍る」


彼女はそう言うと、門の近くまで距離を詰め、

外側の地面に向かって再び空間を乱射し始める。


攻め入るガーナ軍の姿に隠されたその結果について、

ゼカの元へと戻りながら軽く解説するクウェナ。


「これで門前の足場は相当悪化した筈だ」


ゼカは自分に歩み寄るクウェナと目を合わせていたが、

そんな彼女の視線が不意に自分の後方に逸れ、

釣られて振り向こうとした次の瞬間、

背後から高さ幅共に2メートル程の[巨大な岩]が飛来した。


そしてその影に身を縮める歩兵達を越え、

門の下に空いた穴の中に重低音と振動を伴わせながら降着し、

そこにいたハイヒューグ数体を潰す。


反射的に振り返る一同の中、

唯一事前に詳細を把握していたクウェナが、冷静な口調で言う。


「遅いぞ、アヴァン」


「すみません、クウェナ様」

「奴等の投げてきた岩で、手頃なのがなかなか見付からなくて」


「まあいい、お前は引き続き門を塞げ」

「いや、門というより、あの穴の縁を囲う様にバリケードを作れ」


「了解しました」と、早速近くの崩れた建物に走るアヴァン。


「さて、私は壁に上り、残った攻城櫓を処理してくる」

「射程が届く様ならヒュージスピディアもな」

「まだ機能している功城櫓の位置は?」


「北西と北東に着けてきています」

「どうやら、先のトレビュアー撃退時、

門楼と壁の固定砲台は射程が見切られたようで」


それを聞いたクウェナは門楼に目を向け、

内部の階段を経由して防壁上の通路へと上がるルートを視線でなぞるが、

東ルート西ルート共に行き着く先が敵味方入り乱れた状態であったため、

「下から行く方が早いな」と、軽く移動方針を纏める。


その言葉の後、東へ走り出そうとしたクウェナを、

ゼカが焦った様に呼び止める。


「あ、クウェナ様、お待ち下さい!」


「ん?」


スタート体勢を取ったまま振り向く彼女に対し、

その向きに逆らって西側を指差すゼカ。


「あれを」


彼の指し示す先に振り向くやいなや、

薄暗い中に見受けた異様な景観に、目を細めるクウェナ。


そこから約300メートル程先、真西に伸びた防壁の軌道が西南西に曲がる箇所、

防壁と高低差を付けずに設けられた補強用コーナータワーの上に、

[二つの動く炎]と、体高7メートル程の[巨大人型生物]の姿があったのだ。


「何だあれは」


[奇妙な鉄の筒]を被ったその未確認ガーナサーヴァントは、

長く太い両腕の先に松明たいまつを持ち、

それを使った[仲間への信号]らしき動作を繰り返す。


「とりあえず、我々は奴を[シリンダーヘッド]と呼ぶ事にしましたが、

奴の一連の行動から考えて、どうもガーナ軍の[司令塔]と思われます」


「なに?」


顔を戻したクウェナに、引き続きジェスチャー付きで説明するゼカ。


「まだトレビュアーが投石の体勢に入った頃…、あたりでしょうか、

奴が突然壁に歩み寄ってきて…、

あ、これは直接見た訳じゃありません、報告を受けただけですが、

壁に近付いて平坦な表面を脅威的な握力で無理矢理掴んでよじ登り、

長い腕で並み居る兵をなぎ倒してあの場所を確保したそうです」

「それ以降は私も見ていましたが、

あそこから下りてくる気配もなく、攻撃してくる気配もなく、

ただああやって仲間への合図の様な動作を繰り返しています」


クウェナは何かに気付いた素振りを見せた後、小さく呟く。


「そうか、下調べだけにしては狙いが的確過ぎると思っていた」

「あいつがあそこで街を見渡しながら、

地理やリアルタイムの情報を味方に送っていたのだな」


彼女の小声を聞いたゼカは、そこに含んだ疑問点を挙げる。


「しかし、奴等があんな場所に登ったとて、

街内部の情報を詳細に掴める程の視力があるのでしょうか…」


「ああ、あの妙な兜の下は、恐らく[頭]ではない」

「[眼]だ」


「え?」


「そのままでは過剰に光を受けてしまうので、

あの筒で光量と侵入角度を調整し、遠方を見易くしているのだろう」


「なるほど…、良くは解りませんが奴の視力は人以上という事ですね」


「ああ、しかし…」

「いくら夜目が利くにしても、

あんなものをこの暗さの中で被り続けているのは妙だな」


「視界の確保が前提ならば、おかしいですね」

「明かりがある場所は分かるにしても、

そこにばかり目が行くのは逆に隙が生じますし」

「今は単に統率の目安としてだけ動いているのでしょうか」


声無くうなずくクウェナを見て、本題に戻すべきと判断し、要件に入るゼカ。


「それはさておき…、

当然、放置しては不利になるので我々から攻撃も仕掛けましたが、

ヴァルヒューグ以上に表皮や筋肉が硬く、位置的にも砲台が使えないので、

恥ずかしながら我々では手に負えない状態です」

何卒なにとぞ、お力添えを」


再度シリンダーヘッドの方へ振り返り、

観察しながらクウェナ。


「わかった、私が何とかしよう」


そして顔を戻すと、

「お前達の健闘を祈る」と、握った右手の親指を立てる。


それを聞いたゼカはかかとを揃え、背筋を伸ばして胸に握った右手を当て、

ベルゲンテ国軍式の敬礼の形を取る。


「は!有り難きお言葉!」

「ご武運を!」


クウェナは爽やかに美しく微笑むと、

「ありがとう」と、小さくを右手を上げ、北西の見張り塔へと駆け出した。







防壁を上り下りするための階段は、各門楼と見張り塔にのみ設けてあり、

北門から600メートル程離れたそこに向かう途中、クウェナは考える。


「(暗い中でもあの兜を被っている理由…、差し当たって思い付くのは…)」

「(おそらく、兜の下は表皮程に硬質でないため、

単純に防護目的…、といった所か)」

「(ま、私にかかれば表面の硬さ等は関係ないがな)」

「(しかし、ヴォイドプロジェクションの射程は約30メートル…)」

「(防壁の高さは目見当で25メートル強…)」

「(真下なら届かない事もないが、対象の位置が分かりづらいな…)

「(どっちみち壁には上るから、壁の上から攻撃する方が得策か)」


やがて、シリンダーヘッドの立つコーナータワー付近に達し、

振り回される松明に照らされた腕や筒の一部を見上げながら通過するクウェナ。


「(近くで見ると流石に巨大だ)」

「(声は出していない様だが、この息遣いの聞こえ方…、

反響からして呼吸口は筒の中か)」

「(てっきり胸部辺りに脳と呼吸口を移したと考えていたが、

そのまま頭に付いているとなると…)」

「([頭部]が…、というより[眼]が大き過ぎて、

元の頭部との位置関係から、眼を前方に固定するのが困難であるために、

あの筒で矯正しているのかもしれないな)」

「(要は、外したくても外せないという訳か…)」


思考を巡らせながら600メートルを走破する事、僅か一分半いっぷんはん

息もまったく乱れない135歳だったが、

その勢いは見張り塔の手前で停滞する。


そこで初めて目視できた塔の出入り口に問題があったからだ。


攻城櫓で壁に乗ったハイヒューグ達が塔内部の螺旋階段を経由し、

下層部の出入り口から次々と湧いて出ていたのだ。


それを観たクウェナは素早く影に隠れると、

何故か見張り塔に背中を向けてしゃがみ込み、地面に両手を当てる。


そして、地中から刳り貫いた空間を持ち上げる様にして立ち、

振り向いて塔の上層に狙いを定め、それを放つ。


だが、塔の上層内部に開放された空間に込めた彼女の期待は、

イメージ程の成果を上げる事はなかった。


「…」

「こないし」


クウェナの計画では、地面を刳り貫いて直径1メートルの[土団子]を作り、

それを螺旋階段に落として転がす事で、

中のハイヒューグを薙ぎ倒すという流れだったのだが、

どうも土団子の耐久性が思ったより弱く、途中で崩れた様だ。


彼女は足元を見下ろしながら原因を考える。


「(乾いてるしな)」

「(ちょっと考えれば分かったな)」


もどかしげに脇を縮めて小さく地団駄を踏んだ後、壁を見上げるクウェナ。


「(まあ、うまく行っても突破口とまでは行かなかったろう)」

「(というか元々悪戯のつもりだったし)」

「(仕方ない、あれをやるか)」


クウェナは壁に近付くと、

胸の高さ程の壁表面を小さく刳り貫き、直ぐ横にそれを捨てる。


次に、そこより左上、50センチ程高い位置を刳り貫く。


続けて、そこから50センチ程右上を…、といった具合に、

クライミング用のポケットを次々と作りながら、

それに手足を掛けて壁をよじ登るクウェナ。


「(ただ上がるだけなら、最初からこの方法で良かったが)」

「(今スカートだし、恥ずかしさと手間に甘えて、

つい優先順を下げてしまったな)」


クウェナは半分登った所でふと移動を止め、辺りを見回す。


「(誰も観てないよな…)」


周囲の騒ぎと暗さに加え、建物の影に包み隠された姿は、

例え近くに人がいても気付かれ難いにせよ、

とりあえず自分に注意を向けている存在が見当らない事を確認した彼女は、

ホッと一息吐いてから、クライミングを再開する。


「(上がり切る時に感付かれると厄介だ)」

「(一時いっときでも地の利を相手に与えるからな)」

「(気付かれる前に安全を確保して、急いで上がらないとな)」


登頂間近の所で一旦上昇を止め、

そっと下から顔を覗かせて通路上の様子を探るクウェナ。


するとそこはモロに攻城櫓の正面で、

櫓を上ったガーナ軍勢が次々と防壁上通路に押しかける場景があったが、

その片隅で、明らかにその流れを妨げている一体のハイヒューグが、

手に握った[鎖]を使って、後続の[何か]を引率していた。


だが、その[何か]の姿はあまりにも浮いていて、

否応無く視界に入るそれの正体は、

基礎知識のあるクウェナよって一瞬で特定された。


「(また厄介な物を持ち込んだな)」


それは、身の丈2メートル以上のスレンダー体型に、

腰まで伸びる黒い頭髪、

縦幅50センチ程の顔面は、目と口の上下間隔が極端に広く、

骨と皮だけの様な長い手足を鎖で繋がれた状態の、

狂暴且つ俊足で知られる女性型ガーナ、[シビュレー]であった。


「(ここまでは奴の姿を見なかったし、

後方待機していたのが前線に出てきたか)」


両脚を繋ぐ鎖のせいで歩幅の狭いそれが、

引率に従わずに突っ張っているのを見たクウェナは、

壁に張り付いている自分の体の支えを左手と右足のみに任せ、

右手で斜め下方の空間を限界サイズまで刳り取る。


「せっかくだが…」


次の瞬間、放たれた空間が攻城櫓の中腹の一角を吹き飛ばす。


その弾みと最上段の重量によって中層が押し潰れ、

轟音を響かせながら折れる様に倒壊する櫓。


「出番は与えない」


鎖を握っていたハイヒューグも、

櫓に飲まれたシビュレーに釣られて眼下へと引き摺り込まれ、

通路に残ったヒューグ達も慌てふためくその隙に、

ツィンネ(のこぎり状に凹凸した縁壁)を華麗に飛び越えて通路に舞い降りたクウェナは、

身近な敵を瞬時に大きく刳り貫き、

その空間を別の敵にぶつけて吹き飛ばす。


相手に反応する暇さえ与えず、

スタイリッシュな動作で繰り返される攻撃により、

ものの数秒で付近を一掃した美女は、

続けて見張り塔の中段入り口方向に残るヒューグ達の真っ只中に、

1メートル大の空間を二つ出現させ、その圧力で集団ごと八方へ吹き飛ばす。


その内一体が自分の方へ飛来したため、

それを右足で左方向にボレーシュートした後、

周囲を見渡して一通り片付いた事を確認し、

シリンダーヘッドの方へ向き直るクウェナ。


「さて、次だ」


そう呟いた彼女が迅速に駆け出し、

ターゲットへの距離をどんどん詰めていたその時、

突如として街の外側から[飛来]した黒い物体が、

クウェナの前に立ちはだかった。


「なに!?」


反射的にブレーキをかけ、身構えるクウェナだが、

前方で動く松明の光を遮るその影は、ガーナの様ないびつな体型ではなく、

身長180センチ程のしっかりした人型だった。


だが、次に入った情報が、クウェナの心構えを大きく逸らす。


逆光で一瞬分からなかったが、

奇妙な事に、立ちはだかったと思われた[それ]はクウェナには対峙しておらず、

シリンダーヘッドの方に体を向けていたのだ。


フード付きの黒いチュニックを纏ったその背中を見ながら、

クウェナは冷や汗をかく。


「(こいつ…、今どうやって…)」

「(明らかに放物線を描いていたが…)」

「(まさか、この高さを跳躍で…)」


クウェナの胸中にそんな疑問が湧いた次の瞬間、

[それ]は凄まじい勢いでシリンダーヘッドへと疾走し、

その接近に気付かず合図を送り続ける巨体の頭へと飛び付くと、

一瞬で[鉄の筒]ごと首を引き千切った。


力無く崩れる胴体を尻目に、

巨大な鉄の筒を軽々と外側に放り投げる[それ]を見て、

余りの[離れ業]と[あっけなさ]に驚愕するクウェナ。


「(馬鹿な…、奴の強靭なすじをあれ程あっさりと…)」

「(重量だって、兜と合わせて1トンは下らないはずだ)」


そんなクウェナの視線を感じたのか、

正体不明の[それ]がゆっくりと振り返る。


倒れたシリンダーヘッドの手から離れた松明の灯火に浮かぶその姿は、

頭から膝下までを黒いチュニックで包み、

フードから垣間見える顔の下半分も黒い生地のマスクで覆っており、

そんな徹底した掩蔽えんぺいぶりに加え、

下からの光を受けているにも拘わらず、

影の様に黒ずんだ顔の左半分と虚ろな左目が何とも不気味で、

クウェナ程の手練でさえ、威圧に飲まれそうな勢いだった。


だが、後退りしかけた彼女に、

次の瞬間、身が軽くなった様な錯覚が走る。


きっかけは、[彼]の右目だった。


その右目は人間のそれの様に輝いており、

しっかりとした眼力の奥に、[優しさ]や[物悲しさ]を感じたのだ。


それを受けたクウェナが目を見開きながら緊張を解くと、

[彼]はまるで理解を得られた事に満足したかの様に顔の筋肉を少しだけ動かし、

再び防壁の外側へと飛び立つ。


複数の原因から成る[鳥肌]がまだ収まらないクウェナは、

[彼]のマスクの下に微笑みを見た気がした。







ヴィタリバーウォールからニューイータへと送られた約三千の援軍の最後尾に、

ファードとレッシュの姿があった。


レッシュは昼間と同様、

防具と呼べる物は胸当てのみの、高い露出度を誇るセクシーな軽装、

ファードに至っては、先程寝ていた時の服装そのままという、

普通に考えたら戦場をナメてるとしか思えない二人。


月は既にバニュアコーン山脈の向こう側へ隠れていたが、

街全体が火影に包まれる程の燭光によって、

数キロ四方の荒野が深緋ふかひに染まっており、

視界の確保には事欠かなかった。


しかし、街がそれだけの痛手を受けていると物語る景観であるため、

二人の顔は意図せず引き締まる。


防護壁はレッシュが想像していたより大分崩壊が少なく、

北側から見た限り、敵の侵入を許す程に崩れた部分は、

門楼の左手側(方角は東側)に一箇所しかなく、

報告に聞いた敵戦力から想像すると、考えられない結果だった。


その内側では、もはや策も陣形もない乱戦が行われていて、

壁の外側には、大砲で潰されたトレビュアーや、

街から大分離れた位置で破壊された攻城櫓の残骸、

何より、引き裂かれたハイヒューグの体がやたらと大量に横たわっており、

未だ敵勢力として機能しているガーナは周囲に殆ど見当たらず、

それに乗じて安易に街へと進軍する事ができた。


しかし、それを観たレッシュは腑に落ちない点を心に持つ。


「(なんだろう、壁の外側に倒れているハイヒューグが随分多いけど…)」

「(原形の留め具合から見て、クウェナ様の仕事ではないみたいだし、

大体は砲撃だとかの痕跡でもないし、白兵戦?の様だけど、

それにしては一方的だわ)」

「(何より、倒れているヒューグの装備から観て、

人間の兵がガーナ化した図式が見当らないわ…)」

「(ここの軍ってそんなに強かったのかな…)」

「(あるいは、[第三勢力]の仕業…、とか?)」


そうこう考えながら北門の100メートル手前に着いた頃、

急に進軍が滞り始めた。


というのも、何故か門の前数メートル付近は70~100センチ大の穴が多く、

それだけでも進み難いのだが、

門の下には更に巨大な深い穴が空いていて、

取り外された門扉がその大穴の中に立てかけられており、

どうも穴を越えるための足場として利用されている様だった。


それに加え、穴の向こうにはやたらと瓦礫が散乱していて、

一部切り開かれているものの、

流石に交通が詰まってしまって援軍が思う様に進めず、

見晴らしも瓦礫によって狭められていたため、

最後尾のファードとレッシュの位置からは街の状況が把握できなかった。


もう一つの入り口である崩壊した壁の方に流れる者も多かったが、

そちらも積もった石材によって足場が悪く、

結局、どちらの入り口も渋滞しており、

[援軍馳せ参ず]といった雰囲気とは程遠いその仕様に、

軍の士気が若干低下しつつある中、

大きな剣を携えたファードが、前方に立つレッシュに尋ねる。


「さて、街に入った後、俺達はどう動く?」


レッシュはファードの方を振り返って提案する。


「まずは軍に加勢しながら、クウェナ様を捜しましょう」

「頼まれた[小箱]を渡さなきゃだし」


彼女の方を見ず、渋滞先を観察しながら答えるファード。


「わかった」

「手分けするか?」


「いえ、基本的にチームとして動きましょう」

「お互いの背後をカバーし合う感じで」


「(素人に背中を預けるとはな)」

「期待に応えられるよう努力する」


軽く吹き出すレッシュ。


「うふふ、大丈夫、自信を持ってください」

「抗体があるだけで、思考や反応の速度、

身体能力等に恩恵が受けられるから、

そのままでも普通の兵より強いと思います」

「例えばその[剣]…、軽々と持ち上げてるみたいですが、

対大型用に設計された物なので、17キロもの重量があるんですよ」


レッシュに驚き顔を向けるファード。


「なに?随分軽く感じるが…」


「勿論、基本的な能力に+されるだけなので、

元が非力な私にはその剣は重過ぎますけどね」


レッシュはファードが肩に乗せた鞘付きの大剣を見上げて何故か微笑む。


「(だからって[扱えない]という訳でもないけど…、うふふ)」


ファードはそれに釣られて、剣の柄を持つ右手を一瞬見遣る。


「ちなみに、抗体から得られる恩恵は、それだけじゃありません」

「[ノウアブルセンス]の発現こそ、最高にして最重要の恩恵と言えるでしょう」


「なんだそれは?」


「平たく言えば、[特殊能力]の事なんですが、根元から大まかに説明すると…」

「そうね…、人の体の中には[マクロファージ]というすっごく小さな[掃除屋さん]がいて、

抗体はその掃除屋さんにも多大な恩恵を与えているのだけど…」


質問者のファードは表向きこそポーカーフェイスだったが、

いきなり開始された妙な説明に戸惑う。


「普通の人間の場合、骨髄中に存在する[赤芽球せきがきゅう]という、

言うなれば[未加工の血液生成素材]は、

その[マクロファージ]の周りに密集する事で鉄分等の物質を供給してもらい、

血を赤くする成分である[ヘモグロビン]を合成するんですが…」

「抗体を持つ場合の[マクロファージ]は、

供給物の中に[光鉄ひかりくろがね]というオリジナルの物質を含むんです」


「ほう」

「(まったくわからんが)」


「赤芽球がその光鉄を与えられると、

γ(ガンマ)サブユニットを持った[フェログリティン]という成分を作り出します」

「その第三のサブユニット、[イティン]がこの話の鍵になってますが、一旦置いといて…」

「[フェログリティン]の性質は[ヘモグロビン]とほぼ同等で、色も赤いんですが、

それを合成した赤芽球から成る[赤血球]を含む血液は、普通の血液と違って、

静脈血じょうみゃくけつ中の二酸化炭素の一部と結び付き、

なんと分解してしまうんです」


それがいかに大それた事か、

当然ながらファードには理解できなかったが、

とりあえず黙って聞き入る。


「当然、二酸化炭素も体には必要ですし、

多少なりとも血液中の分圧が変化しますので、

抗体による重炭酸緩衝系の強化…、

つまりpHペーハー調整力アップ効果があっての物種ですけどね」


「(どっちにしてもわからん)」と、内心ファード。


「光合成に似てますが、

分解した後の炭素の利用法がより複雑になっていて、

先程言った[イティン]に含まれる[光鉄]が炭素と結合し、

[リグオン]と呼ばれる物質を形成します」

「そして次の循環の際、

体中を巡る[リグオン]は、特に何かに取り込まれたりはしませんが、

細胞にプラスミドとして存在する抗体と共鳴するかのように、

微弱な信号のやり取りをしながら流れます」

「その信号の強弱は、体の特定箇所に意識を集中する事で調整が可能で、

それが発現のスイッチとなる感じですね」


「…」


「意識を集中して信号が一定値まで強くなると、

その部位の細胞が相対的に激しく反応し、

体の中の炭素と、抗体によって生まれる様々なオリジナル元素が結び付きます」

「どんな性質の元素がどう結び付くかは人によって千差万別で、

数多くいる幻導士の中でも、

被っている例は未だに聞いた事がないくらいに種類が多く、

その殆どが、まるで魔法の様な常軌を逸した現象を生み出します」

「正に、無限の可変性を秘めた物質同士が織り成す幻想的コラボレーション…」

「それが[ノウアブルセンス]です」


「…」


反応の薄過ぎるファードに対し、

レッシュの講習は尚も続く。


「ですが注意点もあります」

「系統にもよりますが、[ノウアブルセンス]はノーコストで使える訳ではなく、

体内の炭素を消耗するんです」

「消費量は能力によってまちまちで、

大体の場合は極微量しか使いませんが、

何しろ正確には測れないので、

調子に乗ってたら突然息苦しくなった、なんて事もあります」

「抗体宿主の場合、寿命を迎えた赤血球が脾臓や肝臓内で処理される際、

余った[リグオン]から炭素を回収してリサイクルする事ができますが、

まだ抗体が宿ったばかりだと、新たに生成された赤血球の寿命が長いため、

基本的に炭素は食事でしか補給できません」

「約四ヶ月くらい抗体を馴染ませない内は、

多用は控えた方が無難です」


「…」


明らかに困惑による[沈黙]に微笑むレッシュは、

そんな無言のファードに体ごと向け、本格的なレクチャーに入る。


「じゃあ、基本的なやり方を説明します」

「先に言っておきますが、発現方法にも個人差があります」

「例えこのやり方で出来なくても気にしないで下さいね」


彼女はそう言うと、開いた右の掌を上に向け、ファ-ドの前にそれを突き出す。


「呼吸を整えて、血液の流れを感じ取る様に、意識を集中します」


その言葉の直後、レッシュの掌が発光し始める。


黙ってそれに見入るファード。


レッシュが掌をゆっくりと閉じ、直ぐ様それを激しく開いたその時、

広がる風圧と共に、細い[光の弦]の様な物が掌上に数十本出現し、

ふわりと優雅に広がった後、ゆっくりと軽やかに垂れ下がり、悠然と風に靡く。


それに驚くファードと、何事かと振り返った兵達の顔を、

神秘的な黄金色の光で照らしながら解説を添える。


「例えるなら、掌から強く息を吐くような感じでしょうか」


その美しさに捕らわれた男衆の視界の中、

彼女が力を抜きながら色っぽく吐息を漏らすと、

広がった光弦が手中へと一気に吸い込まれる様にして消えた。


周囲の明度が下がり、それに目が慣れて行く中、レッシュは続ける。


「最初はやりやすい部位…、

えっと、そうね、血液の折り返し地点で、神経が集中していて、

尚且つ意識も通わせやすい所…、

それら全ての条件を満たす[利き手]が、一番おすすめです」


ファードは剣を左手に持ち替え、

先程のレッシュと同じ様に、掌を上向きにした右手を前に突き出す。


そして、彼女の手本と助言から得た感を頼りに、ノウアブルセンスの発現に挑む。


意識を掌に集中するファードの横で、

「これが楽しみなんですよね、この人にはどんな能力があるのかな…って」と、

戦いの前にも多少のリラックスを見せるレッシュ。


だが、彼の掌が青白く発光し始めたのを見て、興味深げに注視する。


「あ、凄い」


やがて青白い光が手全体を覆ったタイミングで、

先程のレッシュのデモンストレーションに従い、

ゆっくりと掌を閉じ、続いてそれを勢い良く開くと、

一瞬の間に直径40センチ程の球体状に空間が歪み、

その内部に微細なスパークが幾つも発生した後、

ファードの手を[光沢のある透明の固体]が包み込んだ。


「これは…」


レッシュがじっとそれを見詰めながら解説する。


「[氷]…?を具現化する能力…?なのかな」


その言葉の後、レッシュがなぜかクスッと微笑む。


「クールな性格にピッタリですね」


ファードはその洒落には反応を示さず、自分の状況について報告する。


「不思議と冷たくないんだが…」


「自分の細胞に悪影響が出ない範囲で発現されるので、

基本的に使用者自身には免疫があるんです」

「他の人にはちゃんと冷たさが伝わりますよ」


そう言ったレッシュが、ファードの手を包む固体に指先で触れるが、

「あれ?」と、何故か首を傾げる。


「どうした?」


「ほんとに冷たくないですね」


レッシュは少し考え込む。


「[氷]ではなく、[宝石]に近い構造なのかも」

「仮に宝石だとしたら凄いですね、

磨いてもいないのにこれだけ表面が滑らかで、輝いてるだなんて」


感心するレッシュがまじまじとその固体を観察する中、

切実な問題について問うファード。


「どうやって消すんだ?」


「意識の集中を解除してみてください」


「とっくに解除しているつもりだが」


「あれ」

「じゃあ、生産タイプですね、エルニー君と一緒だ」

「意識している間の出現ではなく、出しちゃえばずっと出てる系の」

「でも、もう一度の集中で消す事はできるはずです」

「逆にそれを消すつもりで意識を集中してみてください」


ファードは言われるまま、もう一度意識を通わせる。


するとその直後、青白いフラッシュと供に、

その固体が超高速で表面から溶けて行く様に気体と化す。


「きゃっ」


思ったより随分早いタイミングでの逆昇華と閃光に驚き、

可愛らしく身を縮めながら仰け反るレッシュ。


「びっくりした」


そんな彼女に追加の質問を飛ばすファード。


「あれだけの塊だったのに、殆ど重さを感じなかったが、

それも免疫の内なのか?」


「うーん」

「気体を強引に昇華させてるみたいな印象だったからなあ」

「素材が気体なら、それ程重くはないですね」

「突然昇華するなんて、二酸化炭素くらいしか考えられないけど、

見た目はドライアイスとはまるで別物だったし…」

「発現元となる[アメンカージット]の…、

あ、つまり、[ファードさんオリジナル元素]が、

凄く固い共有結合になっていて、その配列をモデルにしてそう」

「形成素材は、周囲の酸素や窒素の電子を無理矢理奪って引き寄せて確保し、

[オリジナルの元素]がそれらの間に入って接着して固めちゃってるとか」

「観た限り、現在確認されている固体酸素六種のどれとも似てないし、

固体窒素よりもずっとクリアだったし」

「なにより、常温常圧であれだけの結晶を作れるのだから、

[ファードさん独自の元素]は神懸かって素敵な性質かもです」


レッシュは、これだけの長話をしてもまだ渋滞している門へ向かって足を踏み出しつつ、

彼の立ち位置とは逆方向に追加で声を飛ばす。


「それに、幅広く応用が利きますよ、使い方を色々考えてみてください」


突然目覚めた能力に、期待と不安の入り混じるファードは、

自らの掌をしばし見詰めた後、彼女の背中を追い掛けながら更に問う。


「幻導士と呼ばれる連中は、みんなこの魔法みたいな能力があるのか?」


「ええ」


「リエ-ル達にもこの能力が?」


「ええ、あるはずですよ、どんなタイプの能力かは聞いてませんが」


「他にはどんな能力を持つ奴が?」


「そうね、核融合を起こしたり、光の屈折をコントロールしたり、

離れた空間を振動させたり、物を分解したり、

あとユニークなのは、自分の体の骨格や体脂肪などを一定範囲で調整できて、

姿を変える事ができる幻導士もいます」


「ほう、人間離れした連中だ」


軽く微笑んだ後、滞った進軍が思ったより深刻である事に議題を移すレッシュ。


「だめだわ、これじゃまだまだ掛かりそう」

「壁を越えましょう」


それを聞いたファードは、東側の崩れた壁を見る。


「あっちも随分混んでるようだが」


「いえ」


その言葉で視線をレッシュに戻すファード。


「向こうからです」


そう言って、一切崩れていない西側を指すレッシュ。


「…」


言葉の意図がわからない彼を尻目に、

ポーチからなにやら取り出したレッシュは、

「じゃじゃん!」と、それをファードに向かって突き出す。


「この中に入ってください」


「…」

「(正気か?)」


彼女が可愛らしい笑顔で差し出した[小箱]を見て、

ファードは言葉に詰まる。


レッシュは軽く吹き出すと、[小箱]の蓋を開く。


風の様な音を立てながらその中に浮かぶ[小さな黒い球体]を確認して尚、

「(どっちにしても正気か?)」と、疑問の拭えぬファード。


若干警戒する彼に、その概要を告げるレッシュ。


「これが[救援用の小箱]です」

「中は大部屋一つに、お風呂とトイレしかありませんが、

大部屋には食料や薬や衣類や毛布等が大量にストックされてます」

「その気になれば宿泊もできますが、

基本的に、内部は一般には開放禁止となってますので、

泊まれるのは幻導士だけです」


「(中…?大部屋…?宿泊…?)」

「(というか俺も[一般]の範疇だと思うが…、いいのか?)」


「でも…」

「今回の様な緊急時には流石にそんな悠長な理屈は通りませんから、

一般の避難用に使われた例もありますが、

普段はこの利便性を知った心無い人達による悪用を避けるために、

各支部にしか配布されていないし、持ち出しも管理されているので、

ここの様に、支部のない街では[箱に避難する]という選択肢がまずありません」

「固定型で各都市に配置しようという案もあったのですが、

そもそも、この[小箱]の素材が非常にレアな…」

「あ、これ[クロックストーン]という石材で出来ているんですが、

複数繋ぎ合わせると、お互いへの干渉が強過ぎるので、

単体を加工して作るしかないのだけど、

このサイズは非常に貴重であるにも拘わらず、

大勢の収容が目的となると、それなりに大きい石か、数が必要なのです」

「当然、[小箱]自体の生産数も少ないのに、そんな余裕なんてありません」

「それなら、ここの様に地下に避難所を作っちゃう方が、

定員も多いし、避難効率も良いし、人の社会的地位も選びませんから、

余計なトラブルの回避にもなりますので、固定型の案は却下されました」


「(熱心な説明なのにすまないが、

[小箱]の中に[泊まる]だの[避難]だのという意味が未だにわからん…)」


まるで彼の考えが聞こえたかの様に、

彼女はニーズに応えたヘルプに移行する。


「あ、ごめんなさい、一見に如かずですよね」

「この球体に触れると、中に入れます」

「外に出る時は、両扉を開くと[空間に空いた穴]がありますので、

そこを潜ってください」

「奥のドア二つは、それぞれお風呂とトイレです」


サラッと奇天烈な事を言う彼女に対し、

ファードは少し疑問を持つ。


「(というか、俺も幻導士になる事が前提で話が進んでるような…)」

「(ま、そのつもりだがな)」


そんなファードが無言で球体に手を伸ばしたその時、

何故か焦った様に箱を引っ込めるレッシュ。


「あ、そうだ」

「呼びに行くまで中で待っていてくださいね」

「おそらく一分くらいだと思います」


ファードはその間に彼女が何をするか気になるが、

詮索を控えて無言でうなずく。


そして再び差し出された箱の中の球体に躊躇無く触れた彼は、

吸い込まれる様に姿を消す。


それを確認したレッシュは箱の蓋を閉じてポーチに収納すると、

小走りで西側の壁へと向かう。


「(どっちみち、上から様子を伺いたかったから、一石二鳥ね)」


周囲に散らばる潰れたヒュージスピディアが発す悪臭を堪え、

まだ門前でくすぶらされている兵達の目が向けられる中、

彼女は壁際より5メートル程離れた位置でツィンネを見上げる。


そしておもむろに、右腕を壁の頂上目掛けて伸ばすと、

その掌から[縄]の様に編み込まれた光の弦が発射され、

ツィンネに向かって美しくゆっくりと伸びて行く。


角度を考慮すればその距離は30メートル以上あるにも拘わらず、

かなり余裕を持って目標へと届いた光の弦は、

まるで意思があるかの様に、自らツィンネに巻き付く。


少し弛んだその弦に、レッシュが右腕を絡ませると、

それは更に奇妙な動きを見せた。


なんと弦自体が彼女の背後に回ってUの字型ループ線の形を取り、

直線部が腰と膝窩しっか(膝の裏)にピタリと当てられると、

その美体を優しく抱える様にして引き上げ始めたのだ。


まるで壁から生えた触手かと思わせる程、

滑らか且つ複雑な動作で彼女を壁上へと運ぶ光の弦。


赤暗い背景に浮かぶ黄金の弦と、

それに抱えられる美女という神秘的な構図に、

ポカンと口を開けて見惚れる兵達。


だが、壁の高さを越えても尚、上昇を続ける光の弦は、

やがて彼女を壁より10メートル程高く持ち上げる。


そこから広範囲を見渡すレッシュだったが、

立ち昇る煙によって遮りを受けている場所が多く、

あまり参考にならなかった。


「むー」

「ちょっとよく分からないなあ」


だが、そう呟いた直後、

教会方面にある広場の東側で暴れるヴァルヒューグの姿が一瞬見えた。


「あ、まだ残ってるんだ」

「よし、あそこへ救援に向かおっと」


レッシュは当面の目標が定まると、

腰を支えている光の弦に左手を突いて体重を掛け、

揃えた両足を右にずらして膝裏の支えを外す。


そして半時計回りに身を捻り、

光の弦を腹部に一周巻き付けて体を固定した後、

上昇時の倍以上の速度で壁の反対側へと下降させる。


地面ギリギリでブレーキを掛け、負担無く地に足が着くと、

即能力を解除し、再びポーチから小箱を取り出す。


素早く蓋を開きながらそれを地面に置き、

ファードを呼びに行くレッシュ。


20秒程の後、先に箱から出現した美女が、

振り返ってファードを出迎えようとしたその時、

西側のかなり近い位置から甲高い悲鳴が聞こえた。


レッシュが驚いてそちらを見ると、

数歩先程の距離から身長2メートルもの骨と皮だけの女が、

息を荒げて猛進して来ていた。


顔の縦幅が50センチ程もあるにも拘わらず、横幅が15センチ程しかなく、

細い目は額に位置しているにも拘わらず、

穴だけの鼻と唇の無い口は顎先に付いているという極端な顔立ち、

そして、両腕と両脚に鎖を巻かれているにも拘わらず、

信じられない程のスピードで走るその女は、

まるで正面に立つレッシュを通過点と見ているかの様に、

彼女の手前でより勢いを付けて突進してくる。


瞬時に回避行動に入ったレッシュだが、同時にある事に気付く。


「(いけない!ファードさんが)」


このままでは出現したファードが危ないと判断したレッシュは、

咄嗟に回避を中断し、右手で箱に軽く触れてその向きを変えた。


直後、レッシュに衝突するシビュレー。


「きゃああぁ!!」


ほぼ同時に箱から出現したファードの視界の外で、

時計回りに横一回転しながら吹き飛ばされ、

地面に美体を打ち付けるレッシュ。


彼女の叫び、そして倒れる音、

そして自分の右後方から前方へと走り抜けて行った奇妙な後姿を確認したファードは、

右に向けた視界の中で地に伏すレッシュを見て、一連の辻褄を合わせる。


「レッシュ!」


「う…、く…」


側面が砂まみれになった体を震わせながら、

弱々しく立ち上がろうとする彼女に、

折り返してきたシビュレーが更に迫る。


ファードが鞘に納まった武器を抜いて攻撃する時間はない。


それ以前に、剣による攻撃で止まる勢いではない。


彼女自身も軽い脳震盪を起こしていて、避けられる状態ではない。


それらを踏まえたファードが、

レッシュとシビュレーの間に割って入る。


だが奇妙な事に、彼はシビュレーに正面から対峙しておらず、

何故か左側面を向けていて、

容赦なく加速するシビュレーを鋭い眼光で捕らえながら、

左肘を張りつつ握った左手を右の鎖骨辺りに添えていた。


そして、衝突直前というその時、

シビュレー側に左足の爪先を向けて大きく踏み込み、

上半身もそちらに傾けながら膝を曲げた左足に体重を強く乗せ、

右足をレッシュ側にピンと伸ばしつつ、

それと同じ角度(約40度)で左手を対象に突き出すファード。


次の瞬間、強烈な青白い光が彼の体の広範囲から放たれ、

鈍く湿った音と供にシビュレーの突進が止まった。


朦朧とする意識の中、レッシュが見た光景は、

美しくも凄惨な物だった。


彼は自己の右足と左手の直線上に沿って[透き通った固体]を太く纏っていて、

その左手の先にある末端は鋭く長く突起しており、

シビュレーの腹部を貫いていたのだ。


よく見ると、刺さった箇所の手前に鉤爪かぎづめの形状が見られ、

それ以上のインサートを止める工夫が施してある事に加え、

右足の先に纏う固体が地面に突き刺さって体を固定しており、

その要素から、ファードが自分自身を強固な[杭]に仕立てた事を理解するレッシュ。


そんな状態にも拘わらず、尚も前進しようとするシビュレーだが、

腕に付けられた鎖が[結晶の杭]に引っ掛かり、

それを外そうとして激しくもがく。


だが、直ぐにそれも止む事となる。


か細いウエストに大穴が空いている事を一切考慮せずに暴れた結果、

無残にも上半身が千切れたのだ。


横倒れになる際に半回転した事で、

鎖が[結晶の杭]に引っ掛かかったが、

それでもあがく事をやめないシビュレーを見たファードは、

体に纏う固体を解除し、

それに付着していたジェル状の血液が一気に重力に引かれる脇で、

持っている大剣の鞘を取り払う。


そして、まだ動くその上半身を強く蹴って、レッシュから少し遠ざけると、

弱りつつある呼吸で自分を見上げる怪物の頭部に狙いを定め、

一気に剣を振り下ろす。


どす黒い液体が小さく飛び散ると同時に、

シビュレーの動きは細かい振動のみに限定された。


思ったよりも返り血の範囲が随分と狭かったため、

レッシュまで飛ばさずに済んだどころか、

自分の衣服にそれを浴びる事さえ無かったファードは、

振り返ってレッシュに歩み寄り、

「大丈夫か?」と、屈み込む。


レッシュは薄く開いた目をファードに向け、

「はい…」と、小さくうなずく。


「ハァ…、ハァ…」


言葉とは裏腹の激しい息遣いから見て、

彼女の回復にはまだ時間が掛かると判断し、

立ち上がって小箱を拾い上げ、

「この中で少し休んだ方がいい」と、それを差し出す。


「そうね…、ごめんなさい…」


レッシュは素直に球体に触れる。


ファードは周囲を警戒しながら、

小箱を壁際の影になっている場所まで運ぶと、

自分も中に入った。


すると、彼女は出現したファードが自分に躓かないように、

少し離れた箇所で膝を折り曲げながら仰向けになっていた。


それを見たファードは、携帯していた大剣を床に置き、

直ぐに物資の積まれた場所へと足を運んで、

役立つ物はないかと物色し始める。


そして、丸く畳んだ状態で積まれた毛布を見付け、一つ手に取った彼は、

寝そべった美女の側まで戻る間にそれをほぐして二つ折りにし、

仰向け状態の彼女の上体を優しく起こして下に敷く。


「ごめんなさい…」


二度目のその言葉に、

「気にするな」と、微笑むファード。


「どこか痛むか?」


「いえ…、クラクラするだけ…、です…」


「そうか」

「俺も仕事中、仲間の押す台車にぶつかった事があるから、よく分かる」


小さく微笑んだ後、目を閉じて呼吸のリズムを整えるレッシュ。


そんな彼女の休息中に、何かしてやれる事はないかと考えたファードは、

その美しい肌に付着した砂を見て何かを思い付き、

素早く立ち上がって曇りガラスが張ってあるドアに向かう。


しばらくして、濡れタオルを携えた彼が戻り、

目を瞑る彼女の顔に付いた砂を、軽いタッチで拭き取りに掛かる。


不意の冷感に、ピクンと揺れるレッシュ。


だが、直ぐに状況を把握し、再び目を閉じて力を抜く。


ファードに砂を除去して貰いながら、

小声で呟くレッシュ。


「あの…」

「さっきはありがとう…、助けてくれて…」


「それはこっちの台詞だ」


予想に反した答えに、彼女は目を見開く。


「あんたは俺をかばってくれたからな」

「(そうでなければ、あんたがあんなの避けられない訳が無い)」


レッシュは無言で微笑みを返す。


「(わかっていてくれたんだ)」


しばらくは沈黙が流れる。


正当な理由があるとはいえ、

女体を拭くという大胆な仕事中に漂う静けさは流石に気不味く、

砂だけでなく、その雰囲気も払拭しようと試みるファード。


「しかし考えたな」


突然の声に、薄く開いた目をファードに向けるレッシュ。


「俺を箱に入れて、その間に壁を越えるなんて」


「ええ…、あれって…」

「私みたいな…、[移動に利用できる能力]を持つ幻導士の間では、

結構基本とされている方法で…、それに沿った感じです」


大分言葉もはっきりしてきた彼女を見たファードは、少しホッとする。


「そうか」

「ほんとに自分を活かすのが巧い連中だ」


彼女の美しい肌に付いた砂を一通り拭き取った頃には、

濡れタオルが砂だらけになっていて、

それを漱ぐため、ファードは再び浴場へ向かう。


そんな彼の背中を見詰めながら、レッシュは思った。


「(それにしてもすごいわ…、まだ能力を使い始めたばかりなのに…)」

「(手だけじゃなく、足や、お腹にまで発現できるなんて)」

「(いくら自分の能力を知った後で、少しイメージしやすくなったと言っても、

僅か二回目で咄嗟の一瞬にあれ程複雑な発現ができる人なんて、

聞いた事もないわ…)」

「(更に、優れた判断力と観察力…、稀に見る逸材かも)」







数分後、レッシュはすっかり回復したものの、

出発するにあたって念を押すため、

今度はファードが先発で箱から出現し、周囲を警戒する。


安全を確認した後、箱の穴に向かって合図を送るファード。


それを受け、元気且つにこやかに続くレッシュ。


「さて、クウェナさんを探すんだろう?」


「ええ、でもその前に…」

「教会方面の広場付近にヴァルヒューグがいたので、

救援に向かいましょう」

「ひょっとしたら、そこでクウェナ様に会えるかもだし」


そう言って、北門正面の広場へと軽快に移動した彼女は、

徐にナイフを引き抜き、比較的付近で戦闘中のハイヒューグに向かって、

「えいっ」と、投げる。


約30メートル先で激しく動くハイヒューグの頭部を的確に捉えたナイフは、

柄から光の弦を帯びており、直ぐに持ち主の許へ帰還する。


「うん、調子は戻ってるみたい」


それを見たファードは、最近の[ある記憶]について、前提条件の変化を感じる。


「そんな事ができるなら、俺にナイフを抜かせなくても良かったんじゃないのか?」


振り返ったレッシュは、一瞬何の事かと思ったが、

カルターンで初対面の時のやり取りだと直ぐに気付き、

「ふふっ」と、微笑むと、ジェスチャーを混ぜて説明する。


「あれはヒューグの動きを止めるために深く刺したし、

無理に抜こうとしたら、ヒューグごと引き寄せちゃうなあと思って」

「支点をもう一箇所増やせば抜く事もできたけど、

あの状況で時間掛けて抜くのも、ムキになってるみたいでカッコ悪でしょ?」


「まあな」

「だがそれなら、直接弦で掴んでしまうというのはどうだ?」


「うん、それもいいけど、この能力は少し複雑な仕組みで、

私が単独の支点となる場合は、狙った方向に伸ばすために、

ある程度弦の身を引き締めないと、すぐフニャってなっちゃうので、

[弦自身が持つの力の一部]を、[弦自身の硬直]に回している状態なんです」

「なので、長く伸ばす時は、あんまりスピードが出ないの」


「なるほど、それで投げたナイフに引っ張ってもらって、

余計な力を込めずに早く伸ばすという仕組みか」


「そうそう」

「何気に、投げ方にも工夫があるんですけどね」

「こうやって…」と、右手で弱めの握り拳を作り、

親指側を上にしてファードの前に差し出すレッシュ。


何が始まるのかと思った彼が、それに顔を近付けて見ていると、

親指と人差し指の間から[光の細縄(弦を編んだ状態)]が四本伸び出てきて、

内二本は人差し指の第一関節前で垂直に二つ編みで何度か交わった後、

その先で枝分かれして音叉おんさの様な細長いUの字を形成する。


そして残り二本の光の細縄は、

先程二つ編みにした箇所を左右から挟む軌道で前方に回った後、

細長いU字の内側を通って反対側(手首側)へ伸びて行き、

手根骨の上辺りで末端を帯状に結び付け、[ラケット型ループ線]を形成する。


「ほら、前のここ(U字部)には、ナイフの刃を当てて固定&怪我防止、

後ろの輪っかには柄尻えじりを当てて…」


レッシュは現物を使った方が説明しやすいと思い、

左手で引き抜いたナイフを光の細縄で拵えた[仕掛け]にセットする。


「この時、この空いてる部分(U字の口)を、刃に巻き付けちゃいます」

「そうすると、更にガッチリ固定されて、力も伝わりやすくなるので」


彼女は言葉通りにして見せた後、

後ろに踏み込んだ右足に体重を乗せながら、

右腕をゆっくり振り被る。


すると、刃に巻き付いた部分が、ナイフを強い力で後ろにスライドさせ、

後方の帯の部分を押し伸ばす。


そこで一時停止した美女は、

「こうやって勢いを付けて…」と、更に足を広げて上体を後方に傾け、

「遠心力+弦の収縮を加えて…」と、投擲体勢を取った後、

体重を前方の左足に素早く移動させ、

頭の振り、腰の捻り、肩の捻り、肘の捻り、スナップ、

そして伸びた弦の弾性率、更に先程言った遠心力と収縮、

それら全ての力を一気にナイフへと伝達させる。


「ピュン!って」


まるで、空間に黄金の直線を描くかの様に、

神秘的な輝きを放つ尾を引きながら飛翔するナイフは、

25メートル程先にあった雑貨屋の木製吊り看板に突き刺さる。


そのスピードと正確さに、口を開けたまま驚愕するファード。


「…すごいな」


彼が率直な感想を漏らすと、

レッシュは右腕を伸ばしたまま彼に振り返る。


「今のはパフォーマンスだから、オーバーに投げましたけどね」


だが、彼女の腕の先から伸びた弦が、

ナイフを通して看板の[振り子運動]を強制停止させたのを見て、

ファードにちょっとした疑問が湧く。


「抜けるのか?」


それを聞いた美女は、ニコリと口角を上げる。


「ふふー、この弦の力、とくとご覧あれ」


棒読み口調でそう言うと、ピンと張った光の弦を掌に吸い寄せるレッシュ。


だが、結果はファードの予想とも彼女の予想とも異なっていた。


なんと、看板のつがい部分が外れ、

ナイフが[鞄のマークが描かれた板]と同伴した状態で手元に戻ってきたのだ。


「やばぁ、器物破損しちゃった」


その言葉に微笑むファードは、

「(確かに、すごい力だ)」と、胸中でツッコミながら、

手でナイフを抜こうと試みるレッシュの側に歩み寄り、

彼女の握るナイフのグリップに無言で手を添える。


能力を使えば簡単に抜く事ができるレッシュだったが、

あえてその心遣いに甘えて彼にその役を託し、

両手で板の対辺をそれぞれ掴んでファードの方にグリップを向ける。


片や刃物、片や看板を握った両者が、

互いに背中側に体重を掛け合うと、

あっさりその二つの結合が解かれた。


ナイフの刃部分を摘み、彼女にグリップを向けて差し出すファード。


「二度目だな」


レッシュは軽く吹き出し、看板を地面に落としてそれを受け取る。


「毎度、お手数お掛けします」


ナイフをシースに収納する彼女に、ファードが感心を表す。


「しかし、投げ方一つに見事な工夫だった」

「最初は、投げる時に前の二又が引っ掛かって邪魔じゃないかと思ったが」


「ふふっ、そう思ったでしょ?」と、キュートなスマイルを見せながら、

小さく前に屈んで指摘者に上目を向けるレッシュ。


「どうせ回収前提で投げるし、固定と絡めを両立しちゃおうかと」

「弦を延長で発現する速度はナイフの進行速度より早いから、

伸ばせる限界までなら、途中で伸び切って止まっちゃう事はないですし」


「良いアイデアだ」


「普通に投げて、ナイフに回転されると弦が絡まりますからね、ふふっ」


「(まあ、[矢]の方が狙いが定まるような気もするがな)」


そんな彼の考えが、またもや聞こえたかの様に、

「攻撃オンリーなら、こうやって…」と、

左手から発した光の弦を複雑且つ瞬時に編みこんで、

美しい[弓]を形成してみせるレッシュ。


そしてその弦を引いたり離したりしながら続ける。


「これで矢を撃った方が狙いやすいですが…」

「流石に本物の弓の程の精度がないですし、

弦を絡めてナンボなのに、矢だとそれが絡め難い上に、

勢いこそあるけど重さがないから牽引力が弱いし、何より[見た目]!」

「以上の理由から、ナイフをチョイス!」

「単純に道具としても使いますし」


レッシュは発現した弓を解除し、

「さ、そろそろ行きましょう」と、教会前広場へ歩み出す。


ファードは微笑みながら数回うなずくと、

その生き生きとした彼女の後に続きながら、

しみじみと思った事を口にする。


「それにしても、回復が早いな、あんたは」


周囲の状況に注意を向けて進んでいた彼女は、

「ん?」と、可愛らしい笑顔を再びファードに向ける。


「これも抗体の力です」

「多分、あなたの方がずっと回復力あると思いますよ」

「男性ですし、血液も多いですからね」

「あ、でも、今ならどうかな、まだ抗体を宿したばかりだから、

過信はしない方がいいかも」


「そうなのか」


レッシュは一旦前方に顔を戻したが、

自らの発した[回復力]という言葉によって、ある人物を連想し、

「あ、そうだ」と、三度みたびファードに振り返る。


「幻導士ではありませんが、この街に[人の傷を癒す能力]を持った方がいますよ」







怒り、悲しみ、切なさ、後悔…、

多様な感情に飲まれ、だが同時に、それらの支配を頑なに拒むルダは、

未だに入り乱れた白兵戦のたけなわにいた。


目に付いたガーナ軍全てを攻撃対象と見なし、

乱心の現れの様な烈々たる剣撃を振う、血塗ちまみれの元聖職者。


身のこなしは流石に付け焼刃ではあったが、

それを補う基礎体力によって戦闘能力は兵士達より長けており、

周囲から見た彼の戦いぶりは、

まるで普段から練武を積み重ねているのではないかと疑う程に見事で、

容姿とはミスマッチなその印象は戦いの専門家達を刺激し、

延長で味方の士気を高める効果を発揮していた。


本人も自身のそれに多少の戸惑いを感じてはいたが、

抗体の存在さえ知らない彼は、

[自分は感染している]という誤解から投げやりになっており、

命さえ惜しまず、没我の域に達した結果による、

一種の[火事場の馬鹿力]と思い込んでいた。


そのためか、街を徘徊しながら八時間は戦い続けている彼だが、

疲労感が無い事や、感染症状が出ていない事を不思議に思うどころか、

変に悲観や恐怖心を煽られない分、好都合とさえ考えており、

おかげで、[心有る内にできるだけガーナを倒す]という目標にだけ集中できた。


現在、彼は教会前広場に六度目の推参を果たしているが、

その教会を始め、避難所はもはや三箇所とも崩れ落ち、

街中の民間設備は殆どが原形を留めていない状態にあった。


しかし、戦う術を持たぬ民達の安否を、

軍の人間は然程心配していなかった。


というのも、過去、街の規模が小さかった頃、

当時の防壁周りを囲う予定で作られた[堀]に水を張るため、

5キロ離れた東の湖から人工の川が引かれた事があり、

防壁の規模拡張のために掘の工事は中止されたが、

人工の川は今でも街の水源の一つとして東側に残っていて、

その地形の遮り効果と、歩兵第12連隊の活躍で、

ガーナ軍による街の包囲だけは免れたため、

生き残った民は南からの脱出に成功していたのだ。


だが、仮にそうでなくとも、民を心配する余裕等、元来無かったかも知れない。


兵力は今でこそ援軍の加入で増強されたが、

戦闘開始当初は四千以上いた兵も、僅かな時間で半数に減り、

北門に続いて西門が破られ、一気に敵の侵入を許してしまってからは、

防御陣形を固めて時間を稼ぐという消極的な作戦さえも困難な状況だったのだ。


にも拘わらず、この数時間、殆ど兵の減少なく乗り越えられたのは、

クウェナ達と、[謎の第三勢力]の介入に依存した要素が多く絡んでいた。


特筆すべき理由は、

クウェナとアヴァンによる戦闘援助と敵軍鈍足化工作、

シリンダーヘッドの撃退による、敵勢力の纏まりと戦略性の欠如、

何より、[謎の第三勢力]による、敵兵の大量排除等が挙げられるだろう。


だが、八時間戦いっぱなしのルダの貢献度も、

地味ではあるがかなりの物で、

何百という敵を切り裂いた剣は、とうに切れ味を無くしていたが、

まるで、その[憎悪甚だしい形状]を折ってしまおうとでも考えているかの如く、

鈍い刃を荒々しく対象に叩き付けていた。


そんな調子で、広場にいた僅か数匹のハイヒューグを一掃した彼が、

明らかに数の減少が目立つ敵軍の残兵を探して、

次の巡回場所へ移動しようとしたその時、

豪壮な振動を伴った、間隔の短い連続的な[衝撃音]が、

右後方から聞こえてきた。


高速で近付いてくるそれに向かって彼が振り返った矢先、

大きな風切り音を纏った巨大な曲刀が、頭上から振り下ろされる。


[抗体]によって思考回路と反射神経、そして運動能力が発達していなければ、

ルダにそれをかわす事はできなかったであろう。


しかし相手側は、[背後からの攻撃を避けられた]という事実に一切動じる事なく、

二回三回と続けて武器を振り回す。


それらをことごとく回避し、四発目に繰り出された真上からの一撃の際、

かわすついでにバックステップで間合を取ったルダ。


対峙する怪物が、そこで一度攻撃に区切りを付けたため、

元聖職者はその巨体を注意深く観察する。


身長4.3メートルに対し、2.2メートルという異常な肩幅は左右均等ではなく、

右肩から右手の先までが左の倍近くも膨れており、

首の右半分がその肩に飲まれて顎と一体化していた。


顔の面積は広く、丸く見開いた赤い両目、横長に潰れた鼻、平坦に広い口、

それらが作る表情は読み取る事が困難で、

不気味に微笑んでいる様でもあり、怒りを具現している様でもあり、

眉間と頬のガードが付いた鉄兜によって更に拍車が掛かっている事に加え、

その隙間から垂れる乾いた長髪が顔に掛っているのも相俟って、

かなりの威圧感と不気味さを醸し出していた。


やたらと分厚い胸囲には、

鉄クズを寄せ集めて雑に溶接しただけのブレストプレートを装着し、

プレート越しでも筋肉の強靭さが見て取れるにも拘わらず、

ウエストサイズがその半分程しかなく、

更にそこから急激に広がる腹囲は、骨盤が左側(向かって右)だけ拡大していて、

そこに装着した腰巻下に見る左脚は、右脚の倍の太さだった。


両腕の偏り具合をモデルに、その逆のパターンと思える比率の両脚だが、

脚の長さと足のサイズは左右がほぼ均等であり、

左足首に関しては括れがないため、象のそれの様になっていて、

両脚とも履物は着けていなかった。


石畳を砕いた巨大曲刀を持ち上げながら、

重低な声を轟かせる巨体。


「なかなかの動きだ」


ルダは剣を構えて呟く。


「ヴァルヒューグか…」


今度はその重々しく幅の広い刀を両手で持ち、

先程より豪快な風切り音を飛ばすヴァルヒューグ。


それらを回避する度、周りにあるモニュメントやベンチや街灯など、

その広い攻撃範囲にあるもの全てが破壊される。


「どうした小僧、逃げ回るだけか?」


そんな挑発は聞き流し、そのまま攻撃を避け続けながら考えるルダ。


「(動きは見えるが、あの得物の長さと手数…、

こちらの攻撃が届く距離まで近寄るのは難しい)」

「(何か手段はないのか…)」


その時、ヴァルヒューグが奇妙な仕種を見せた。


突然、曲刀のスイングを止め、

刀を左手一本に持ち替えて下ろすと、

右の前腕を気にし始めたのだ。


何事かと思ったルダが注意深く観ると、

ヴァルヒューグの丸太の様な固い右腕に、

鋭く輝くナイフが突き刺さっていた。


それを表情一つ変えずに引き抜き、地面に投げ捨てると、

首の回らない怪物は、飛来してきた方向に上体ごと向ける。


ルダもそれに釣られてそちらを観ると、見覚えのある二人が立っていた。


そしてその内の片方、ナイフを飛ばしたと思われる美女の名を叫ぶ。


「レッシュさん!」


「え?」


レッシュはその呼び声に反応するも、その男が誰なのか分からず、目を細める。


それを隙と見て、ヴァルヒュ-グの一撃が彼女に飛ぶ。


だが、レッシュはそれを横目で捕らえ、

身軽な跳躍であっさりとかわしながらもルダに近付く。


「あ…」

「もしかしてルダさん?」


「あ!危ない!」


質問は警告となって返って来た。


しかし、視野の外からのその攻撃さえヒラリと回転しながら身をかわしたレッシュは、

その動作のついでに投げ捨てられたナイフも拾い上げる。


「イメチェンですか?」


ルダの気持ちや事情など全く知らない彼女に、

「おしゃべりとは余裕だな」と、横からヴァルヒューグ。


「だが確かに…、お前達は他の腑抜けた雑魚どもとは違って、随分骨がある様だ」


そう言うと、ヴァルヒューグは腰を落とし、

全身に力を込めて小刻みに震え始める。


そして、屈んだ体勢を伸ばすと同時に、大地を揺るがす程の雄叫びを上げると、

身に付けていたブレストプレートと肩当の接合部が筋肉の膨脹によってはち切れ、

周囲に吹き飛んだ。


破片は三人の方には飛んでこなかったが、

反射的に身を屈めた彼等が次に観たのは、

驚愕の光景であった。


露出したヴァルヒューグの上半身には皮膚が無く、

凄まじいまでに強靭で分厚い筋肉で覆われており、

腕も先程よりも更に一回り膨れ上がっていたのだ。


「これは、甘く見ない方がいいですね」


大きく息を吐き、一瞬の間を開けると、

突然、猛スピードでレッシュに押し寄せ、

離れた間合から刀を振りかぶる怪物。


レッシュは、相手の軽量化がその速度に及ぼす影響を瞬時に計算し、

早々に回避体勢を取る。


予想通り、先程より遥かに早くなった突進からの剣撃を、

なんとか右に避けながら、ナイフを持った右手を発光させるレッシュ。


そして、光の弦を使った[スリング投法]で、

鋭いナイフに強烈な勢いを乗せて発射する。


狙いこそ見事に怪物の首の左側面に突き刺さりはしたが、

それはあくまで先端のみであって、

右側面よりは薄いと言ってもやはり肉厚なため、頚動脈までは程遠く、

尚且つ、ナイフは弦で支えてなければ落ちてしまいそうだった。


だが、それを予想していたかの様に、

光の弦の推力によって、グリグリとナイフを押し込もうと試みるレッシュ。


しかし、ヴァルヒューグは慌てる様子も無く、

「小賢しい!」と、曲刀を持ったままの右手で光の弦を掴むと、

その豪腕で一気に引っ張る。


だが、レッシュが一瞬早く能力を解除したため、

その細くて軽い体が怪力に引かれる事はなかった。


高い金属音を立てて石畳に落ちるナイフを見て、

「ダメ…、硬くて通用しないわ…」と、小さく後退りするレッシュ。


ヴァルヒューグは不敵に笑う。


「筋力を増したと言う事は、肉体の硬度も増したという事」

「その程度では、我の体を通す事等叶わぬ」


「ならこれはどうだ?」


相手が油断しきっている背後から、

ファードが大剣のフルスイングを比較的細身の腹部に浴びせた。


ボコッ!っとまるで大木に斧を入れた様な音が響き、

ファードの剣の刃が肉体に食い込みはしたが、それはほんの数ミリ程でしかなく、

ゆっくりと左後方に振り返るヴァルヒューグの物腰に、

ダメージなど微塵も感じられなかった。


「お前に背を向けていた理由がわかったか?」


ヴァルヒューグは曲刀を握ったまま、右拳をファ-ドに向かって振り払う。


ドガッ!


人としてはある程度大柄のファードが、17キロもの剣と共に容易く吹き飛ばさる。


しかし、レッシュはある事実を目視したがため、

ファードを心配していなかった。


彼女の思った通り、すぐに立ち上がって服の埃を払うファ-ド。


「凄い…、あの一瞬で…」


ファードは攻撃を受ける瞬間と、石畳に叩き付けられる瞬間それぞれで、

内力の発生する箇所に[結晶]を纏い、

それを盾にしてショックを軽減させていたのだ。


更に、攻撃を受けた際の盾には鋭い突起まで仕込んでおり、

相手の力を利用したカウンター効果によって、それは怪物の右手の中指を貫通し、

その指は皮一枚で何とか繋がっていたため、垂れ下がってプラプラと揺れていた。


「便利だな、この能力は」


立ち上がったファードがそう呟いた次の瞬間、

ヴァルヒューグは自らの怪我など全く気にする事なく、

その重々しい体からは想像できない程の速度で、

振動を伴わせながら彼に迫る。


それを見ても相変わらずのポーカーフェイスを保つファードは、

意外にも突進を避けるどころか、逆にそれに向かって走り出した。


ファードの不可解な行動にビクつくレッシュとルダだったが、

次の光景で、それが感心へと変わった。


このザラザラした紙鑢の様な路面にも拘わらず、

ヴァルヒューグの股下を素早いスライディングで滑り抜けたのだ。


それは、地面と体の接点に、

丸みを帯びた結晶を発生させて摩擦を減らすという、

彼の能力ならではの回避行動だった。


それに意表を突かれたヴァルヒューグは、そのまま近くの建物に激突し、

降りそそぐ瓦礫の下敷きになる。


「凄い!凄いわ!」

「ファードさん、もう能力を使いこなしてる!」


ファードはレッシュ達の側で立ち上がると、微笑んでアイデアの出所を説く。


「さっき吹っ飛ばされた時、肘を擦りむいてな」

「それを教訓にした」


クスッっと微笑むレッシュ。


「正に、[転んでもタダでは起きない]ですね」


「危ない!」


ルダが突然声を張り上げてファードの横に付き、飛来してきた物体を剣で叩き落とす。


舞い上がった埃に包まれたままの崩れた建物から、次々と飛んでくる壁の破片。


それらは当て推量に投げられていたので、特に一つ一つ避ける必要もなく、

ただ立ち位置を変えただけで当たる心配は消えたが、

次に見た光景には多少焦りを露にする三人。


なんと、埃の中から鈍重に姿を表したヴァルヒューグが、

まだ形を留めている建物の二階の一部を持ち上げていたのだ。


「あいつも[タダでは起きない主義]の様だな」


「でも、多分投げるだけですよね」


案の定、高々とその屋根を放り投げるヴァルヒューグ。


「ほら」


それを難なく避ける三人だったが、


レッシュの避けた先に、ヴァルヒューグの狙い澄ました一撃が飛ぶ。


その40センチ大の破片を[受け]、レッシュの体がのけ反る。


しかし、彼女に一切のダメージは無かった。


と言うのも、飛んできた瓦礫を避けながら、

両手から伸ばした弦を網状に編んで[受け止めた]からだ。


そして、衝撃を弦の伸長で和らげつつ、

遠心力の方向を変えた作用で体勢を整え、

その瓦礫を包んだ網の両端を掴んだまま、

ハンマー投げの様に回転し始めるレッシュ。


そして充分に勢いを付けると、タイミングを見計らって能力を解除し、

瓦礫を怪物に飛ばし返す。


その直撃を受けるも、石像の様にまるで反応を返さないヴァルヒューグ。


「あの硬さは非常に厄介ですね」

「一点集中の攻撃を当でさえ、ちょっとやそっとでは弾かれてしまうし…」

「それに、決め手となるだけのダメージを与えるには、

かなり条件が絞られてしまいますね」


彼女は怪物の姿を上から目線でなぞる。


「眉間は兜で守られてますし、首筋も硬く、脇の下も厚く、

心臓なんてあの大胸筋の前では論外…」


三人の目線が、自然とヴァルヒューグの腹部に集中する。


鳩尾みぞおち…、しかないな」と、ファード。


「ええ」

「あの辺りなら筋肉の隙間を通るかも」

「でも、あの間合いの広さ…、正面からの接近は難しいですね」


敵を前に堂々と開かれる作戦会議に、その敵が介入しない筈も無く、

今度はファードに瓦礫が飛んでくる。


彼はそれを避けながら、

「遠くから狙おう」と、涼しげに発案する。


その言葉を発したファードを見遣るレッシュとルダ。


レッシュを見詰め返し、やがて微笑むファード。


「特大の[アレ]でな」


それを見た彼女は彼の考えを汲み取り、微笑を返す。


しかし、直ぐに問題点に気付き、

「だけど、肝心な[弾]は?」と、発問。


今度は黙ってルダの持つ[ロザヴェグ・クリス]を指差すファード。


そのタイミングでルダへと飛翔する大きめの瓦礫。


彼はそれを右に避けながら答える。


「よく分からないが、この剣はもう刃毀はこぼれが…」


それを聞いたファードは口調を強めて言う。


「[サイズが丁度良い]」

「それだけだ」

「先端は補強するさ」

「(俺の結晶でな)」


瓦礫攻撃をやめ、再び高速でファードに接近してきたヴァルヒューグによって、

位置取りを乱される三人。


度々邪魔が入る会議効率の悪さから、今度はレッシュが別の提案をする。


「一旦、[小箱]に入って具体的に打ち合わせましょう」


そう言って左手一本でポーチから小箱を取り出したレッシュは、

その蓋を開けて右手で作った[スリング]にセットすると、

ヴァルヒューグに注意を向けているルダに向かって飛ばす。


次の瞬間、それに気付く間もなく箱に吸い込まれるルダ。


直後、瞬時に箱を手元に戻したレッシュは、

ヴァルヒューグの背中側からファードを狙う。


箱の入り口には目的別にそれぞれ許容サイズがあるので、

この小箱がヴァルヒューグに当たっても吸い込む心配はないが、

丁度巨体の影にファードがいるため、

直接は狙えないと判断した彼女は、

とりあえず、ヴァルヒューグの左前方に箱を飛ばす。


光の縄は当然目を引くので、

ファードは即気付いたが、同時に怪物も気付く。


するとヴァルヒューグは、ターゲットをファードから光の縄へと変え、

刀を振り下ろして切断してしまった。


ファードは無事に箱へ入ったが、箱と彼女を繋ぐ弦が切れたため、

直接回収に行くしかないレッシュ。


「いやん、もー」


だが、先程の中指の件から、

最も敵対心を強く向けていた男が消えた事に気付いたヴァルヒューグは、

彼への執着心から周囲を探し始め、

近くの建物(といっても20メートル程先)の影に彼がいるものと思い込み、

猛ダッシュでそこに向かい、建物ごと破壊しはじめた。


その隙を突き、石畳に散らばっている小さな瓦礫を一つ拾い上げたレッシュは、

それに光の弦を絡めて小箱の方に飛ばし、弦をそちらに移して回収にかかる。


だが、その光によってレッシュの動きを悟ったヴァルヒューグは、

もう一人の男も見当らない事と、わざわざ小箱を回収するという行為から、

何らかの繋がりがあると判断し、唯一残った彼女をターゲットと認識する。


ギクッとするレッシュは、

何故か箱には入らず、崩れた教会へと走る。


「(こんな所で入ったら、出た途端にまた不意打ちされかねないわ)」

「(でも、直接入る所を見られたら箱が破壊されてしまうかも…)」


そんな思考を巡らせる彼女の背後から、

とてつもないスピードで追ってくる巨人型ガーナサーヴァント。


どう見ても教会に辿り着く前に追い付かれそうなその勢いを見たレッシュは、

走りながら再び小さな瓦礫を拾い上げると、

「逃げるだけなら簡単だけど」と、立ち止まって振り返る。


そして、高速接近してくる巨人の顔に狙いを定め、

瓦礫を普通に手で投げた。


それを避けようとも弾こうともしない怪物。


だが、次の瞬間、そんなヴァルヒューグの視界から彼女が消えた。


その人間以上の可視光範囲を持つ眼に、

突然強い光が侵入してきたのだ。


勢い余って派手に転んだ怪物は、

[黄金の光]の後遺症に悩んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ