18:破戒の逆十字
キャラクター紹介
ルダ・ファグザ 20歳 男 169センチ
子供の頃はもう一つの歴史で過ごしていたが、
ある女性が絡んだ運命的な事件がきっかけで、
信仰が盛んな街であるニューイータに[出現]し、
現在の大司教ハマウによって拾われる。
同じ教会のシスターであるアイラとは非常に仲が良く、
文字通り妹の様に思っている。
ノウアブルセンス
《レストレスリポーズ》
生きた細胞の修復力や再生力を激しく活性化させ、
傷や怪我を数秒で治癒できる能力。
ただし、治癒のきっかけを与えているだけで、
癒すために消耗する栄養素等は、
対象の体に蓄えられている物が使われる。
そのため、重症を治すにはかなりの栄養がなければならず、
誰でも助けられるという訳ではない。
クウェナ・ミース 135歳 女 162センチ
年齢なんてどこ吹く風、
顔立ち、スタイル、肌の質、全てに優れた美女幻導士。
抗体の力により、若さと美貌を保つ。
だが、姿が若いと心も若くなり、
そのためか計算上の老化具合よりも大分若く見える。
ノウアブルセンス
《ヴォイドプロジェクション》
空間そのものを刳り貫いて、一時的にダークエネルギーに変換し、
別の場所へとドラッグできる能力。
だが、一度に刳り貫ける範囲は広くはなく、
最大でも直径1メートルの球体程度。
移動先にペーストした時、移した空間が強引にその場に発生するため、
元々存在した空間をとてつもない圧力で吹き飛ばす。
ダークエネルギー状態となった空間は物体を貫通するため、
壁の向こうに何らかの物資を送ったり、
地面にいきなり空洞を作る事もできるが、
有効距離は約30メートル以内に限られ、
それ以上ドラッグしようとしても強制的に解除されてしまうので、
目測での遠距離ペーストはかなりの危険を伴う。
しかし、ほとんどの場合、
刳り貫きもドラッグもペーストも自己の感覚のみで行うので、
刳り貫き時もペースト時も余計な物を巻き込み易く、
あまり細かい作業には向いていない。
そのため、クウェナ本人はこの能力を奥の手としており、
なるべく使わずに済む解決策を優先する。
生物を運ぶ事も理論上は可能だが、
ダークエネルギー状態が生物にどう影響するか明白でないため、
自粛している。(マウスを使った実験では特に問題はなかった)
尚、ダークエネルギーとの境界は物質世界側に残っていて、
大気内を移動中はそれが粒子と衝突するため、
場に応じた色と強さの光や、熱や、風圧を放つ。
その光を目印に、ドラッグ中の空間の位置を把握する。
アヴァン・マイレン 63歳 男 181センチ
クウェナの側近。
紳士的な物腰とは裏腹に、
なかなかワイルド系のイケメン顔。
クウェナからはアドバイザーとしても頼られている。
ノウアブルセンス
《ユニラテラルベクトル》
手で触れた物体に対し、陽でも陰でもない電荷、
[ガンマチャージ]の性質を与え、
全ての物質に対して斥力を発揮させる。
尚且つ、その物体に掛かった力は100%の反力を受ける。
地面にその性質を持たせ、そこにコインを置いたとすると、
始めはコイン自体の重さで小さく揺れる程度だが、
次第にその反発が乗算で大きくなり、激しく弾みだす。
もし効果が永久で、その範囲を外れる事がなければ、
やがて重力による加速の限界を迎え、延々と弾み続けるか、
コインの耐久性を越え、破損してバラバラになるだろう。
ただし、あまり広範囲に効果を出せる訳ではなく、
せいぜい1平方メートル程の範囲のみで、
効果時間も実際は5秒程。
尚、自身は自身の能力に対して耐性があるため、
直接手に持っている物体であれば、
持っている限り効果をキープできる。
その性質を考慮し、本人は常に手袋を携帯している。
効果を与えた物体に加わった力は、
その角度に拘わらず全てそのまま対象に反射するため、
吸収される事も他に伝達する事もなく、
巨石が振ってきても片手で簡単に払い退ける事もできるし、
着ている服を一時的にだが無敵の鎧にする事もできる。
自身に対して効果を利用したい場合は、
予め効果を与えた物体に直接触れずに、
衣類やらを通して効果を受ければいい。
(例えば地面に効果を与えてから、靴を履いてそこに乗る、等)
光子が媒介するため、
作用するごとに力の大きさに相対した強さの光を放つ。
能力の発動までに約10秒程の集中が必要であり、
それが安全装置となるので、日常生活に支障はない。
ニューイータを囲む防護壁には、
北東、北西、南東、南西の四箇所に見張り塔が建っている。
時刻は六時頃、この季節では日没まで少し間がある暮れの方、
夕日に染まりつつある街並みと、その外側に広がる荒野、
そして南に聳えるバニュアコーン山脈を一望できる南西の見張り塔の上で、
ある若い一兵士が不精な態度を露骨に出しつつ、
過去の経験上では退屈でしかなかった筈の任務に就いていた。
背中にはクイバー(矢筒)、手にはショートボウ、
頭部を覆うチェインコイフ、銅製のブリガンダインの上にレザージャケット、
軽装とは言え、長時間の立位から来るかったるさから、
まともな警戒をしていない状態の彼だったが、
毎日繰り返す単調な時間であるがために、
突如、ちょっとした変化に気付く。
「何だ…?」
いつもと異なる肌合いを感じ始めた兵士は、
もはや飽き飽きしている景色を眺めながら呟く。
「風が妙に血生臭い…」
兵士は北西の見張り塔に通じる伝声管に向かって叫んだ。
「おい、そっちから何か見えるか?」
若干のラグを伴い、隣の塔からの応答が届く。
「なんだ突然?」
「何か見えたら教えるから、いちいち大声で聞かなくていいぞ」
「なんか血ぃ臭くないか?」
「こっちかなり臭うんだが」
「…ああ、さっきからなんか臭うな」
「だが特になにも…」
「…って、なんだあれ」
「どうした?」
それに対する返事は無かった。
だがしばらくの後、伝声管によって[拾われた]音声が飛来する。
「あの砂煙は…」
「えっ?」
「砂煙だ」
「北に砂煙が立ってる」
通信がしばし途切れ、伝声管を見詰める兵は唾を飲む。
「こ、こいつは大変だ…」
そこで見た事態を認めたくないのか、はたまた信じられないのか、
再びそこで会話を区切る北西の見張り兵に対し、軽く業を煮やす南西の兵。
「なんなんだ、はっきり言えよ」
だが次の瞬間、答えより先に張り詰めた[通達]が返って来た。
「半鐘を鳴らせ!」
「ガーナの大軍がこっちへ向かってる!」
「なに!?」
「先頭に[ヴァルヒューグ]三体確認、
後続に[トレビュアー]、[ヒュージスピディア]、
[攻城櫓]もわんさかいやがる!」
「そいつは大変だ…」
「いや待て…、ヴァルヒューグらしき姿がもう一体…?いや違う」
「あんな奴、今まで観た事ないぞ」
その曖昧な知らせを聞き流し、
金槌を取って半鐘を激しく響かせる南西の若い兵士は、
立ち止まってこちらを見上げる街の人々に、衝撃的な音信を報ずる。
「ガーナ軍の襲撃だぁ!」
一瞬、気持ちの切り替えができず、硬直しつつ戸惑う人々。
「みんな、早く緊急時の非難場所に向かえぇ!」
その指示で、半鐘の音を霞ませる程のどよめきや悲鳴が辺りを包む。
パニックになりながらも走り出す南西部見張り塔付近の民衆達は、
三箇所ある緊急時の避難所の内、最寄りである[教会]に向かっていた。
街の北側に広がるガーナの軍勢は、
鎧の擦れる音や、獣の荒々しい息といったノイズを放ちながら、
ニューイータの外壁の前に整列していた。
武装したハイヒューグ達の数は目測で一万は下らず、
そんな彼等によって黒く染まった北の荒野に、
一際目立つ物体も数多く混ざっていた。
高さ30メートル強の攻城櫓が八挺、
破城槌を荒縄で体に括り付けられた巨大蜘蛛、[ヒュージスピディア]が十体、
サイズだけならそれを軽く超える程の巨体(約20メートル)を誇りながら、
右半身しか持たないため常に横寝状態の巨人型ガーナ、[トレビュアー]が八体、
肉のパーツを継ぎ接ぎして強引に[馬]の姿を形成した様な、
体長3メートル、体高2.5メートルにも及ぶ[ドルフォス]に跨った、
身の丈3メートル程の巨漢、[ヴァルヒューグ]が三組。
だが、防壁の上でその圧倒的な戦力にたじろぐ兵士達の注意を特に引いたのは、
三体のヴァルヒューグの後方で、一回り巨大なドルフォスに騎乗した、
体高7メートルにも及ぶ未確認形態のガーナサーヴァントであった。
一目でヴァルヒューグベースの個体と判断できる風貌だが、
たった二つの相違にて、恐ろしく[奇妙]で謎に満ちた姿へと化けているそれは、
存在だけで相手方の士気をごっそり削ぎ落せる程に、
ガーナ軍の中でも際立って異色なインパクトを放っていた。
第一に奇妙なのは、[体格だけ]見れば、
前方三体のヴァルヒューグと[同規格]であるという点だろう。
しかし、首から上は間近にいる比較対象とは大きく異なり、
頭部が約4メートル程の[直径]を持つ[球体状と思われる形]になっていて、
[二頭身未満]というかなり不均衡な体型だったのだ。
にも拘らず、前後左右にせわしなく体をグラつかせる様な事もなく、
むしろ、いびつにサイズアップされたドルフォスに騎乗した状態ながら、
微動だにしない程の安定性を以てずっしりと構えていた。
というのも、太くて筋張った両腕が地に着く程に長く、
更に1メートルはあろう巨大な掌による接地面積の広さを活かし、
おかしい重心を力で無理矢理調整していたのだ。
第二に奇妙な点は、頭部の形が[球体状と思われる]だけで、
[球体である]と識別できない所以にあった。
どういった動因なのか、その未確認ガーナサーヴァントは、
巨大な頭部を覆う様に[鉄製の黒い筒]を被っているのだ。
デザイン性の無いその筒は、縦に被っているのではなく、
筒の中程、腹の部分を刳り貫いて空けられた穴から頭を通しているため、
角度は水平、向きは体のそれに従っており、
首から後方に約2.5メートル、
前方に約3メートル程伸びるその筒の形状と、
支点や重心や首の動きに対する筒の連動具合から見て、
頭部が球体状であると推測できる訳だが、
筒の口には金網が張られているため、
影になっている内側の暗さも相俟って、顔面までは確認できなかった。
人間側の目線が無意識にその怪異へと集まる中、
立ち並ぶ侵攻軍から一騎のヴァルヒューグが門の方へと踏み出し、
重低音でありながらも、とてつもない声量で叫んだ。
「聞けい!罪科に染まりし人間どもよ!」
「これは[報復戦]だ!」
「我等の領内を侵し、
多くの同胞を手に掛けたその嘲弄、
事無く済むと思ったか!」
「浅慮に我等を見縊った愚劣、後悔の中で思い知るが良い!」
低く濁ったその声は、街の隅々まで響き渡り、民は身を震え上がらせた。
ヴィタリバーウォールやニューイータが属するバニュアコーン地区には、
三個師団から成る軍の方面隊が駐屯しており、
現在危機的状況下にあるニューイータには、
ベルゲンテ国軍第三師団が配置されている。
しかし、師団とは言え、流石にこのご時世での規模は小さく、
一個師団につき僅か6000人程の構成のため、
ガーナ軍に攻め入る余裕はなく、防衛をメインとしているが、
普段、バニュアコーン地区はガーナの勢力圏としては落ち着いている風潮があり、
条件のバランスで見れば悪くないため、人々は比較的平穏に過ごせていた。
が、それ故に生じた油断がこのタイミングで難局を招く。
単調な近況から、まさか侵攻を受ける等と想像もしなかった軍は、
ニューイータの兵力に余裕があると過信し、
師団長を始めとした一個旅団を他の街へと援助に回したため、
あろう事か、ただでさえ少ない兵力がこの状況下で60%程しかないのだ。
その人事に付随して軍事物資がストックダウンしているという追加懸念もあって、
今回の襲撃に対する戦力不足は誰の目にも明らかであった。
そう言った前提からも民の不安に拍車が掛かり、街がすっかりパニックに陥る中、
第一大隊兵舎の会議室に各科連隊長と大隊長達が召集され、
作戦会議が開かれていた。
歩兵第27連隊長であるゼカは、急な収集に少し遅れ気味になり、
廊下を早歩きで進みながら、後ろに続く副連隊長に疑問をぶつけていた。
「奴等の言う[報復]とは何の事だ?」
ゼカの後頭部に向かって推測を飛ばす副連隊長。
「誰かが、からかい半分で奴らを扇動したのでしょうか?」
「馬鹿な」
「いくら奴等でも、単なる冒涜の恨みにしちゃ大袈裟だ」
「ったく、誰だか知らんが余計な事をしてくれたな」
会議室の扉を勢いよく開くと、[会議]といった情景とは思えない程に、
雑な位置取りをした面々から、一斉に注目を浴びるゼカ。
そんな彼に対し、歩兵第12連隊長のブラッドが、
議決済みの項目について簡潔に説明する。
「ゼカ、我が隊は東西両サイドを固め、敵による街の包囲を阻止する事に決まった」
「従ってお前は街の北側での迎撃配置になる」
「遅れて来たんだ、異論は無いな?」
「ああ、元より北門防衛の職分を望む所だ」
「異論を唱える時間もないだろうしな」
ゼカはその言葉の後、壁際に立つ幕僚副長に目を向けて尋ねる。
「援軍のアテはあるのか?」
「師団長達は急いでも二日かかる位置にいる、彼等はない物として考えるしかない」
「ヴィタリバーの軍なら万全の体制をすぐに整えられるが、
やはり数ではこちらが圧倒的に不利だ」
「北側に陣取られているから、伝令だけでも大分遠回りになるし、あまり期待は持てんな」
「第一、ヴィタリバーにも奴等の攻撃が及んで無いとも言い切れんし…」
「そうだな」
「仮に援軍を要請できるとして、どれくらいかかりそうだ?」
「伝令は既に出したが、今言った通り、かなりの回り道をするから、
到着だけで四、五時間はかかる」
「そこから軍が準備し、最短ルートで敵後方に攻め入るまで四時間近くかかるだろう」
「烽火は?」
「既に上げているが、ヴィタリバー方面も、ジムーン方面も、
フィーペリア方面も反応がない」
「どうやら事前に押さえられたな、かなり計画的だ」
「そうか、援軍の到着があるにしても早くて明朝だな」
「ったく、北の監視が甘いとあれ程指摘したのに」
「北は荒野だし、最寄まで早馬なら二時間の距離だと高を括っていた様だ」
「まさかその北から堂々と攻めてくるとはな…」
「それも日暮れ前に」
「ああ、そこは妙だ」
「大規模な進軍ならばヴィタリバーから目視できるし、
烽火が駄目でも報告が先に届く筈だ」
「奴等の言う[報復]の定義が広い物なら、
ヴィタリバーとここを同時攻撃の可能性もある」
「仮にあっちを素通りだとすると、
奴等は一体どうやってあれだけの軍を気付かれずに接近させたのか…」
「トレビュアーまでのサイズならどうにか隠せるかもしれないが、
思ったより攻城櫓の梱包技術が優れているという事か」
「かもな、だがそれだけじゃない」
「わざわざ奥にあるこの街のみを侵攻するなら、
それ相応の理由があるはずだが、そこに疑問がある」
「今言った[報復]ではないのか?」
「ああ、しかしこれほど大規模な侵攻にも拘わらず、
誰に対する報復かを明確にする情報がない」
「奴等は自分達の領地が何者かに荒らされたという趣旨を怒鳴っていたし、
それをそっくりやり返すつもりなら、この街の人間そのものが対象という事になるが、
逆に言えば、奴等はこの街に特定の報復相手がいると確信しているとも取れる」
「ううむ、奴等の領地に乗り込んで荒らし回り、
感染する事無く帰還できる程の武勇を持つ者…、か」
「この街にそれをやってのける人物や組織がいるとは考え難いが…」
「何にせよ、今は付近から兵をかき集めるしかないな」
「ああ、今近場の援軍要請に向かう人選をしていたところだ」
自分の台詞で本来の業務を思い出し、
無駄なおしゃべりの時間を取り戻すかの様に、
テキパキと部下に指示を出し始める幕僚副長。
「クライア、お前はフィーペリアの担当を頼む」
「了解しました!」
「南にはまだ敵は確認されていないが、
念のためにバニュアコーンの麓に沿って行け」
「はい!」
「ヒュージスピディアの確認数は当てにならん、
恐らく後方にもまだ数体が待機していると見た方がいい」
「そう考えれば、防護壁はもってせいぜい五、六時間程だろう」
「できるだけ急いでくれ」
「お任せください!」
幕僚副長は直ぐ様別の部下に振り向く。
「おい、感染防止スーツは余っているか?」
「はい、約3000程は余分に用意してあります」
「キフィム、酒場にヒマな傭兵が集まってるはずだ」
「彼等とお前の部下で避難所の防衛隊を組織し、それぞれに配置してくれ」
「了解」
命令を受け、部屋を出ようとしたキフィムと鉢合う様に、
一人の兵が部屋に駆け込んで叫ぶ。
「敵後方に攻城櫓を更に数挺確認との報告が!」
それを聞き、北側の防衛を委託されたゼカが呟く。
「次から次へと用意周到な連中だ」
「スピディアの体当たりも開始され、トレビュアーも投石の体勢に入っています!」
ゼカは脇に抱えていた兜を被り、出口に向かいつつ指示する。
「スピディアには炸裂矢、トレビュアーには砲台で応戦しろ」
「特にトレビュアーは手早く潰すのだ」
「民の犠牲を極力抑えたいからな」
「それと…」
「まだ何かあるのか?」
「どうも今回は未確認のガーナサーヴァントがいる模様です」
「ほう、特徴は?」
「聞いたところによると、体はヴァルヒューグですが、
それにしては頭と腕がやたら大きく、鉄の筒を被っていると」
「鉄の筒?大砲か?」
「いえ、筒の口には金網が張られているそうなので、
砲身の類ではないと思いますが」
「今の所、これといった動きは見せていないそうです」
「そうか、データを取りたいが、今は余裕がない」
「動かない内に遠慮なく仕留めてしまえ」
「了解」
廊下に出て足早に進むゼカに、また別の兵士が吉報を運ぶ。
「ゼカ隊長」
「今度は何だ?」
「クウェナ様がこの街にいらしていると言う情報が入りました」
「先程、兵舎の入り口で伝令と話していたそうです」
「おお、それは心強い」
「是非ともご協力…」
その時、付近の建物が轟音を伴いつつ崩れた。
「うわぁー!」「きゃあぁぁ!!」
窓から飛び込んでくる悲鳴を追いかける様に、更なる轟音が鳴り響き、
振動で体制を崩す兵士達の頭上から砂埃が降り落ちる。
「もう投げて来たか…、かなり統率が取れている様だ」
「準備が済むまで待てと言いたい所だが、こちらが時間を融通するしかないな」
ゼカは早歩きから走りに切り替える。
「よし!作戦に移るぞ!27連隊は主に北門の防衛だ!」
「それぞれ戦闘配置に付け!」
「アヴァン、おかしいと思わないか?」
クウェナは教会内で民衆をまとめ上げる中、ふと不審の念が浮かんだ。
「どうかされましたか?」
「トレビュアーの狙いが、一発目から不思議と避難所にニアミスしている」
「街の地理に精通した敵がいると思って良いだろう」
「となると、もはや建物の中でも安全とは言えない」
「[地下]へ避難させよう」
「[地下]ですって?」
「ああ」
「劇場と役場、それからこの教会の三ヵ所を結ぶ地下通路があるのだ」
「何しろ緊急の避難経路だから、存在を知る者さえ少ない」
「それ故、普段は一切誰も立ち入らないから、
今は苔が生えてクモの巣だらけかも知れんが、
ここよりは安全度が高いだろう」
「建物が投石にやられても、地下なら安全だろうしな」
「確かに」
「ですが、崩壊した建物の瓦礫が入口を塞いでしまうかもしれませんね」
「それはそれで、逆に繰り合わせができる」
クウェナは身を寄せ合って震えている民衆の方に向き直って叫んだ。
「皆の者、聞いてくれ!」
一言ではざわめきが静まり切らなかったので、
「聞いてくれ!提案がある!」と、先程より声を高めて叫ぶ。
すると、ほぼ全員が沈黙してこちらを向いた。
「三ヵ所の避難所には、それぞれを結ぶ地下道がある」
「建物の下敷きはご免だろう、これから教会の者が地下へ先導するので、
皆迅速かつ落ち着いて地下へ移動せよ」
[落ち着け]と念を押しても、予想していた通り混雑する礼拝堂内の片隅で、
恐怖に震えるアイラはルダにくっ付いていた。
そんなアイラを、自らも不安を感じながらも励ますルダ。
「アイラ、そんなに怯えるな」
「地下なら多分安全だから」
「うん…」
アイラは俯いていた顔を上げ、ルダを上目使いで見ながら、
「神様が、守ってくれるよね?」と、微動を含んだ声で尋ねる。
ルダはその質問には素直に答える事ができず、
「さあほら、みんなについてくぞ」と、誤魔化してしまった。
だが、慌しい人の流れになかなか入れず、
結局最後尾に続くルダとアイラ。
そして避難民達は、
地下へと続く[落とし戸]がある調理場に誘導され、
その狭い入り口から次々と中に入って行く。
地上に残る予定のクウェナとアヴァンは、
円滑で安全な避難のため、
且つ全員が避難した事を確認するため、
ざわめく民衆達の交通を整理する。
その長蛇の最後尾に、ルダとアイラが付いているのを見て、
「落ち着いて動くのだぞ」と、笑顔で助言するクウェナ。
しかし、気持ちに余裕のない両名は、不安そうな表情を返す。
それを見たクウェナが、ルダの背中を叩いて言った。
「そんなに弱気になるな」
苦笑してうなずいたルダは、
アイラを先に落とし戸に入れ、その後に続く。
そして地上に未練があるかの様に入り口を見上げるが、
アヴァンによって入り口が閉じられ、差し込んでいた光が遮断されると、
怯えるアイラの手を取り、
冷たい空気と闇の漂う階段を一歩一歩下り始めた。
地下通路は広く、壁に長い間隔で掛けられた松明の灯が、
その床や壁や天井を橙に染め上げる。
それに照らされた前方には、
先程教会から降りてきた民衆が身を寄せあってざわめく光景があり、
ある者は親類の名を呼び、ある者は神に祈り、ある者は狂った様に泣き叫んでいた。
だが次の瞬間、地下道に金切り声が鳴り響く。
そして、前方から事態を把握した者が逆流し始めるという不測の事態が起こった。
「どうしたんだ!?」
「奴等だ!地下に奴等がいるぞ!」
「なんだって!?」
余りにも予想外の発言に戸惑うルダとアイラ。
時を同じくして、教会から大分離れた通りで戦闘態勢を取っていたクウェナに、
他避難所で異変に気付いて逃げてきた民からの情報が入った。
「なに!地下にもガーナが!?」
それを受けたクウェナは、
ガーナ軍が中途半端な時間に攻めてきた理由に気付く。
「(まさか…、これ見よがしといった具合に明るい内から攻める事で、
非武装の民を地下におびき寄せ、内部から感染を広めようと…)」
教会の方へ振り向き、強く駆け出すクウェナ。
「そのために地下通路を的確に掘る技術まで身に付けていたとは…」
「いや…、それ以前に街の情報に詳し過ぎる」
「奴等がそれだけの諜報機関を持っているというのか」
後ろに続くアヴァンが、それを聞いてハッとする。
「どうやら…」
「強烈な臭いを纏わせ、定型の肉体を持たないガーナ達に、
高度なスパイ活動は無理だという思い込みが、視界を曇らせていたようです」
クウェナは走りながら振り向く。
「どうゆう事だ?」
アヴァンはペースを強め、質問者と並走しながら答える。
「つまり、我々なら小細工を仕込む方向に考えが偏りがちですが、
街の地形を把握する[だけ]、穴を掘る[だけ]なら、単純な問題で済みます」
「例えば地形ならば、奴等は上から街を観ただけじゃないでしょうか?」
「なに?空からか?」
「いえ、もっと単純に…」
「[山]からです」
「馬鹿な、奴等の[眼の構造]は人とは違う」
「可視光範囲だけは人より広いから夜目こそ利くが、
角膜も水晶体も濁っているし、
ジェル状の血液を通すために網膜血管も太くなっている分、
視神経が圧迫されているんだぞ」
「第一、最寄の山でさえ間に荒野を挟んでいるんだ」
「人間でも肉眼では街の地理を把握するのは難しい」
「ええ、ですが、[眼球そのもの]が巨大化したため、
角膜や水晶体の濁りが薄れ、
網膜血管の太さとの釣り合いが取れたとしたら…」
「いやむしろ、それ以上の回路にまで進化したとしたら?」
それを聞いて脳内イメージするクウェナも、一つの心当たりに行き着く。
「ヒュージスピディアか」
「そうです、いや、正確には…」
「ヒュージスピディアの[眼球]です」
「なるほど、ドルフォスを作り出した技術…、
奴等お得意の[コンペルフレシュリーユニオン](強制肉体融合)か」
「ええ、ヒュージスピディア自体は知力は低いし、
情報伝達能力を持ちませんが、あの視力はガーナ随一」
「ならば、パーツだけを他の固体に…、
例えば、体格、知能、運動性に優れるヴァルヒューグに備え付け、
広い視界を確保して諜報機能を高める…」
「ああ、あのタイプなら誂え向きだな」
「先程、烽火が抑えられたという報告を聞いた時から、
おかしいと思っていたんです」
「ここ数十年、バニュアコーンで烽火は上げられていないのに、
なぜ奴等の目で烽火の位置が的確に分かったのか」
「うむ、それならば説明が付くな」
「まあ、この仮説が外れていたとしても、
ガーナ軍は我々が思っている以上の[望遠]が可能と思われます」
「人間用のレンズでは奴等の目には適合しませんから、自分達で発明したのか、
それとも単に、[進化]で鷹の目になっただけなのかは定かではありませんが、
奴等がそれを手にしたとなれば、我々の見解も大幅に修正しないと」
クウェナは表情を引き締める。
「そうだな、これが済んだらポストロジーにも報告を入れよう」
「しかし、地下を掘る事も単純に説明が付くと言ったな?」
アヴァンは軽くうなずく。
「敵の大軍に直前まで気付かなかったのも、
おそらく北西のソマ森林から[地下に大規模な通路]を掘り、
北の荒野の適当な位置に地上への出口を作ったと推測できます」
「いやむしろ、地上への出口こそ後から作られた物なのでしょう」
「侵攻前に通路を街の中心目指して掘り進めた所、
たまたま普段は使われて無い地下避難用の通路とかち合い、計画を変えた…」
呆れた様な口振りで返すクウェナ。
「トレビュアーや攻城櫓が随伴してるんだぞ?」
「櫓は後で組み立てるにしても、
そんな規模の長距離トンネルは人間だってそう簡単に掘れない」
その指摘を、妙に正面から受け止めるアヴァン。
「ええ、そうです、[人間には]難しいでしょうね」
「そうとも、いくらなんでも馬鹿げてる」
「ええ、馬鹿げてます」
「まるで計画的な行き当たりばったりです」
「金の流通する[人間社会の常識]からすれば、
それだけの労力は確保が困難な上に、仕事も非効率的ですから、
その発想すら有り得ません」
「しかし、奴等は人間とはまるで前提条件が異なります」
「それは決して劣勢の方向にだけではないのですよ」
クウェナが何かに気付き、見開いた目をアヴァンに向ける。
「何分、身体能力と[繁殖力]だけは人を凌駕する連中です、
数と力に任せるなんてお手の物、そのやり口に疑問など一切持たないでしょう」
「同時に、奴等にとってはそれがベストなのです」
それを聞き、今度は深くうつむくクウェナ。
「なんという事だ…、気付くための要素は充分揃っていたのに…」
「奴等の技術と諜報レベルばかり気にして…、性質と数と力を完全に甘く見ていた」
「大誤算だ…、私の責任だ…」
地下で襲撃を受けた民衆は、既に殆どが地に伏していた。
前方を武装したハイヒューグに遮られ、
後方の出口は瓦礫に塞がれるという追い詰められた状況の中、
残された民も次々とガーナの攻撃を受け、
もはや立っているのはルダとアイラの二人だけになっていた。
そしてその二人も、塞がれた教会の脱出口を見限って、
一か八か、敵をやり過ごしながら役場の出口を目指すと計画するが、
出鼻でガーナに行く手を遮られ、進退あぐねる場にあった。
「も、もういやぁ…」
恐怖からルダの背中に顔を伏せ、泣きじゃくるアイラ。
それをかばう様に身構えるルダは、迫り来るハイヒューグに対して、
まだ希望を捨てていない目付きを維持していたが、
内心は恐怖に支配される寸前であった。
だが、事態はルダ達の心構えとは逸れる局面へと発展した。
突如、背後から飛来した謎の発光体がルダの顔をニアミスしたのだ。
風圧に熱を帯びるその[青紫の発光体]が、
顔の横を通った事に驚いて身をのけ反らせたルダは、
その勢いでアイラごと倒れる。
が、彼等が地に着くより先に、その発光体が前方のハイヒュ-グに直撃し、
その上半身を肉片サイズまで吹き飛ばす。
「いやぁぁぁ!!」
アイラの悲鳴を切り裂く様に次々と飛来する発光体は、
この暗い通路の中でも的確にハイヒュ-グを捕らえていた。
ヒューグ達の荒々しい呼吸音が静まり、
アイラの鼻を啜る音と引き付けを起こす音が際立つ中、
それに混じって一人分の軽い足音が聞こえた。
「無事だった様だな」
その聞き覚えのある声にルダの警戒が解かれる。
「クウェナ様…」
安心したアイラが、一層強く泣き叫ぶ。
「今のは一体…?」
「お前の持つ能力と同じ物だよ」
「我々はこれを[ノウアブルセンス]と呼んでいる」
「私と…、同じ…?」
「のんびり説明している状況ではない、さあ立って」
クウェナはアイラの腕を掴み、そのアイラがしがみ付いているルダごと立たせる。
「そこに倒れている者達はかなりの重傷の様だ」
「あれでは至る所からガーナウイルスが侵入してしまい、
それによって傷を癒そうと細胞が働きかける」
「そして数分で怪物と化すだろう」
そう話した後、突如、深々と頭を下げるクウェナ。
「すまない、私の判断ミスだ…」
その物腰に焦るルダ。
「いえ、そのような…」
状況が状況だけに、
クウェナは不本意ながら謝罪を早々に切り上げ、次なる指示を飛ばす。
「ここはまだ危険だ、お前達は上の物置にでも避難しなさい」
「大丈夫、トレビュアーは一掃された様だ」
「もう投石は止んでいる」
「はい」
「さあ、上に戻るとしよう」
振り返って歩を進めるクウェナだが、
まだ恐怖の抜け切らないアイラは歩く事さえままならず、
そのペースに付いて来れない状態だった。
「ハァ…ヒッ…グスッ…」
「仕方ない、彼女はお前がおぶってきてくれ」
それに従って身を屈め、アイラを背中に乗せるルダ。
そのまま出口へと向かいつつ、
少し安心したルダは前を行くクウェナに質問する。
「しかし、どうやってここに入ったんです?」
「そっちは瓦礫が入り口を塞いでいたはずですが」
「それを退かしたのだ」
その軽くて単純な答えに疑問が解消される筈もなく、
目を丸くするルダ。
だが、質問を控え、
「は、はあ…」と、とりあえず会話を締める。
地上への階段に着くと、入り口の落とし戸が上がっていて、
光が差し込んでいた。
それによって、床に血塗れで倒れている民衆や、
クウェナが来る時に倒したであろうハイヒューグ達が照らされ、
アイラは恐怖で目を背ける。
だが、出口に近付く過程で、ルダの意識は別の要素へとじわじわ向いていく。
先程から、非常に重い物体の激突音とそれに伴う強い振動が、
短い間隔を以って連続で地下に伝わって来ているのだ。
「(投石は止んだと言っていたけど…)」
「(まあ、投石にしては軽い音だ)」
「(しかし…、なんだこの近さは)」
それが出口に近い位置から発せられている事には三人とも気付いていたが、
にも拘わらず一切の躊躇無く外に出ようとするクウェナに、
「あ、あの…」と、ルダが小さな警告を入れる。
クウェナは振り返り、
「大丈夫だ」と、美しく微笑むと、勢い良く外に出る。
ルダはそんなクウェナを信じて続きたい気持ちはあったが、
念のため、開いている落とし戸から顔だけを恐る恐る地上に出し、
辺りの様子を探る。
既に街の中までガーナの侵入を許している様で、
通りの方から飛来する激しい戦闘音をバックグランドに、
もはや見る影もない[元調理場]をゆっくり見渡していると、
直ぐ背中側の地点でまた重々しい音と振動が木霊する。
アイラを背負ったまま、ビクンと肩を上げるルダ。
反射的にそちらを向くと、不思議に光る[手袋]をはめたアヴァンが、
とても一人では持ち上げられそうに無い目方の瓦礫をいとも軽々持ち上げる姿があった。
そして、その崩れた天井の一部と思わしき瓦礫を、
まるで無重力であるかの様に抵抗感なく奥にポイ捨てするアヴァン。
「(うわ、すっげーパワーだし)」
再び響く重い衝突音の後、
「もういいぞ、アヴァン」と、クウェナ。
咄嗟に振り返るアヴァンは、ルダ達に気付いて微笑む。
「おお、二人とも無事だったか」
ルダは先程からの重低音の正体が判り(詳細は知る由もないが)、
ホッとした素振りを見せてから、アイラを背中から一度降ろす。
それを見て、スッと手を差し伸べるクウェナ。
アイラは相変わらず引き攣った顔を涙で濡らしたまま、
その手を無言で握り、助力を受けて床に這い上がる。
そんなシスターの直ぐ後に、自力で素早く上がるルダ。
そして立ち上がったルダに、アイラが再びしがみ付こうとした時、
彼女は足元にあった壁の破片に躓き、少しバランスを崩す。
「おっと」
ルダは直ぐにそれを受け止めるが、
アイラがまだ脱力状態である事を感じたクウェナが檄を飛ばす。
「しっかりしろアイラ、今はとにかくちゃんと自分を持て」
アイラは鼻を啜りながら体勢を整え、
「はい…」と、弱々しく答える。
クウェナはその力なき声にため息を付き、
やれやれといった表情を見せる。
「まあ、とにかく…」
「アヴァン、ここは塞いでおいてくれ」
「中は感染者で溢れていたからな」
そう言って地下への入り口を足で閉めるクウェナ。
「わかりました」と、アヴァン。
「では、私はこの二人を物置まで送って行く」
「その後、北門に加勢するから、そこで合流しよう」
「了解」
クウェナはアイラの横に付いてその腰に手を回し、
軽く押す事で出発の合図とする。
しかし、それに対する反応が鈍かったため、
「ほら、行くぞ」と、結局言葉も添える。
「はい」と、力強くルダ。
そんなルダにしがみついて、返事を返さずに項垂れるアイラ。
偵察も兼ねて少し距離を取る形で先導するクウェナを追い、
[元調理場]を力ない足運びで出て行く聖職者二人。
三人を見送ったアヴァンは、
とりあえず落とし戸を塞ぐのに手頃な瓦礫を物色するが、
サイズの大きい物は手当たり次第に放り投げてしまったため、
周囲には小さい破片ばかり転がっていたので、
先程放り投げた巨大な瓦礫を再び拾いに行く。
その瓦礫は着地の衝撃によって半分程の大きさになっていたが、
半分ずつを二つ重ねる方が体積による抑圧効果が高まるので、
両手にそれぞれ半分ずつの瓦礫を持ち、落とし戸の前に戻る。
だが、いざ塞ごうと地下入り口を見下ろした矢先、
床に落ちているペンダントに気付く。
「おや?」
「確かこれは、ルダが大事にしていたカメオ…」
アヴァンの脳裏に、
先程よろめくアイラを受け止めたルダの姿がリピートされる。
「そうか、あの時に」
右手に持った瓦礫を一旦床に下ろし、
はめている手袋を顎と首で挟んで引き抜いた後、カメオをを拾い上げるアヴァン。
「(後で返しておくか)」
彼はそれをズボンのポケットに収納して再び手袋を右手にはめるが、
それを使わず左手だけで二つの瓦礫を二度に分けて落とし戸の上に放り、
地下への入り口を隠す様に塞ぐと、
何故か右手を強く広げて意識を集中し始める。
そして10秒程それを持続した後、クウェナを追って北門へと走った。
ルダはクウェナの護衛を受けながら、
腰の抜けそうなアイラを引き摺る様にして廊下を進んでいた。
物置の前にようやく辿り着き、クウェナが重々しい扉を押し開けると、
灰の様な香りの漂う、蒸し暑い空間がそこにあった。
「さあ、ここに隠れていろ」
言われるままに物置の中へ立ち入って振り返るルダとアイラ。
「中からしっかり鍵を掛けておけよ」
そう言って一通り周囲を警戒した後、
軽く振り返って物置の中の二人に微笑みながら小さく手を上げ、
北門へと走るクウェナ。
その姿を少し目で追ってから扉を閉め、
内側から施錠を済ませて一息吐いたルダは、
まだ若干震えているアイラの肩に手を掛ける。
「アイラ、いい加減落ち着けよ」
「ここなら多分安全だから」
「(さっきもそう言ったけどよ)」
「うん…、きっと平気だよね…」
「(さっきは安全じゃなかったけど…)」
「ああ、俺には捜さなきゃならない人がいるんだ」
「こんなところで…」
その時ルダは、何か思い詰めた時に無意識に起こす[癖]を取るが、
いつもとは何かが足りない事による違和感を覚え、
「あっ!」と、大声を上げて自らの首元を見下ろす。
「カメオがない…」
「えっ?」
「ガキん時から持ってたカメオだよ!」
「まさか、地下に…?」
考えるより先の勢いで、
物置の棚に置かれていたランプとマッチを手に取ると、
扉の解錠にかかるルダ。
「何してるの?」
ルダの行動理由をうすうす気付いてはいたが、
まさかと思いつつ、その質問をぶつけるアイラ。
「捜してくる!」
予想通りの答えを聞き、腰に精一杯力を込めてルダの元へと駆け寄ったアイラは、
「ちょっと、やめてよ!」と、その腕を掴む。
「あれは唯一、親類を捜す手掛かりなんだ!」
振り返ると同時に扉を開けたルダは、アイラの手を振り切って走り出す。
「まって!行かないで!」
アイラの叫びを背中に浴びながら、地下への入口を目指すルダは、
忘我の中、置かれている状況に意識が向く筈はなかった。
元調理場まで辿り着いたルダは、
地下への落とし戸の上に二重に被せられた瓦礫の内、
上段の一つに手を掛け、目一杯力を込める。
サイズが半分になったとは言え、
それでも片側を少し浮かせるのが精一杯な上、
摩擦抵抗も強くて押す事も回転も出来なかったため、
とりあえず力を抜いて手を放し、
撤去に使えそうな道具を探し始めるルダ。
だが、重いものを動かすとなると、
やはり直ぐに浮かぶのは梃子の原理くらいな物なので、
棒状の何かが無いかと見渡した所、
窓枠に使われていた木材がバランスの悪いL字型になって落ちていたので、
それを拾い上げてブロックの破片で支点を作り、
木材を下側の瓦礫にセットして体重を乗せる。
持ち上げるというより、
少しずつ横にずらす様にして二重の瓦礫を一度に動かし、
入り口が全容を現した途端、木材を投げ捨てて荒々しく戸を開き、
早々に地下へと降りたルダは、
まずカメオを落とした場所の見当を付ける。
「(考えられるのは、クウェナ様が飛ばした球に驚いて倒れた時か)」
ランプに明かりを灯し、先程クウェナに助けられた箇所まで急ぐルダ。
経路上も深い注意を払いつつ進み、
やがて心当たりの場所に到着した彼は、狂った様に周囲を見回すが、
それらしきものは一切発見できず、
成果の無い事への焦りとイラ立ちを露骨に表面化させ、
「くそ!どこだ!」と、近場に倒れていたハイヒューグの体を蹴とばす。
そんな彼がもう一度来た道を探しながら戻ろうと振り返った矢先、
その背後から甲高い奇声が飛んできた。
ルダが再び体勢を反転させると、
そこには想定内ながらも極力避けるべきだった事態が待ち受けていた。
先程まで共に避難していた街の住民達の変わり果てた姿が数体、
ルダを睨み付けていたのだ。
そしてそれらは、おぼつかない足取りでルダに迫る。
後退りするルダは、もしも自分が走り出した場合、
途端に怪物達も走って追いかけてくると分かっていたので、
その行動に今一歩踏み込めないままでいた。
だがそのままでも飛びかかってきそうな威圧感から、結局思い切って走り出す。
案の定、背後から濡れた靴で走っているかの様な足音が、多数追跡してくる。
振り返らずに全力疾走するルダは、急いで地上への階段を掛け上がり、
その勢いのまま出口から這い出ると、焦った様に落とし戸を閉め、
持てる範疇の瓦礫を幾つも入口に被せて塞いだ後、
乱れた息を整えようと中腰になる。
そして、まだカメオを諦めきれない自分に、
「(事が落ち着いたらもう一度探そう)」と、言い聞かせ、
早急に物置へと向かう。
だが、物置の扉が見える位置に到達した時、ルダは奇妙に思った。
その扉が何故か開いているのだ。
急いで物置に駆け込んだルダは、その光景を観て愕然とした。
床に散乱した書物、割れた陶磁器の破片、倒れた棚、潰れた木箱、
そして横たわる黄金の十字架。
ひどく荒らされたその部屋の壁際には、
赤く濡れた黒い修道服の女性と、
砕けた神像に潰されたハイヒューグが倒れていた。
「アイラ!」
仰向けのアイラに駆け寄り、後頭部に腕を回して揺するルダ。
「アイラ!そんな…」
声に反応して、ゆっくりと目を開けるアイラ。
「ル…ルダ…」
「見て…、私…、怪…物を、やっつけた…、よ」
ルダはアイラがまだ生きている事を確認すると、
その傷を癒すために急いで傷口に手を当てる。
「あ…、触っちゃ…だめ…だよ…」
「私…、か…怪…物に…」
ルダはそんな事等一切気にする事なく、質問を返す。
「アイラ!なぜ鍵を掛けなかった!?」
アイラは微笑む。
「あなたが…、戻って…きた時、も…もし、追われていたら…、
直ぐに…入れ…ない…でしょう…?」
「そんな…」
「この馬鹿!くだらねえ心配してんじゃねえよ!」
アイラは後悔に満ちたルダに弱々しく笑顔を向けるが、
その表情は長く持たず、頬を涙が伝う。
「ねぇ…、私…、怪物に…なんか…なりた…く…ないよ…」
「アイラ…」
「今度こそ…、今度こそ安心していいぞ…」
「ほら、俺もお前に触ってる」
「怪物になるのは俺も一緒だ」
アイラは涙を溢れさせて微笑んだ。
「か…、怪物に…なっても…、また…仲良く…してね…」
ルダもそれに答える様に、涙と微笑みを返してうなずく。
「あたりめーだろ…」
そして、アイラはゆっくりと目を閉じた。
「ア、アイラ…」
ルダはアイラを強く抱きしめ、声を上げて泣き叫ぶ。
戦場の中で剣が交わる音や、兵達の雄叫び等、
今のルダの意識の中にはまるで入っていなかった。
後悔と悲しみ。
それだけがルダの心を支配していた。
「俺はなんて馬鹿なんだ…」
「おまえを一人にするなんて…」
ふと、目の前に落ちていた黄金の十字架に目をやった矢先、
ルダの悲しみは怒りへと変わった。
「神…、神よ…」
「俺はてめえを許さねえ…」
ルダはアイラを離し、その黄金の十字架を拾い上げる。
「何が神だ…、自分を信じた人間を、こうもあっさりと…」
十字架を握りしめて怒りに震えるルダは、叫びと共にそれを壁に叩き付けた。
「なぜ俺は…、こんなに無力で…、愚かなんだ…」
その時、ルダは不思議な光景を見た。
先程投げつけた黄金の十字架が、妙な形で[伸びて]いたのだ。
それは、ロザリオの下部のみが長くなっていて、
その延長分が何故かおかしな角度で折れ曲がっており、
伸びしろを融通した原形部分には銀色の輝きが露出していた。
ルダは、それが何であるかに気付き、
ゆっくりと無言で歩み寄り、拾い上げる。
「[剣]…?」
ルダは半端に抜けている鞘を引き抜き、[剣]の全容を曝す。
「なぜ聖職者が戒めを受けた[剣]が教会に…」
「それに、十字架がそのまま[剣]になっているなんて…」
「まるで神を皮肉っている様だ…」
その時、ルダの背後で物音がした。
反射的に振り返ると、肌が焼け焦げた様な黒に染まった血塗れの女性が、
赤く濡れた髪を垂らしながら立っていた。
「ア…アイラ…」
いつもの元気さや、可愛らしさなど微塵もなく、
見る者に畏怖の念さえ抱かせる程の不気味な雰囲気を放つアイラを見て、
後退りするルダ。
そんなルダとの距離を保つかの様に、
アイラも震える足付きでルダに歩み寄る。
やがてルダの後退は、壁に背をぶつける事で止まった。
硬直するルダに、尚も迫り来るアイラは、
突如顔を上げ、赤く鋭い眼光で獲物を捕らえながら、奇声を発してそれに飛びかかる。
とっさに腕で頭を覆いながら身を屈めるルダ。
腕に遠心力と体重を乗せて、横からルダを薙ぎ払う様に迫撃するアイラ。
ルダはそれを受け、体ごと飛ばされて横倒れになり、
その際、持っていた剣を離してしまった。
そこに、更なる追撃として、アイラの跳躍からの踏み付けが飛ぶ。
しかし、それをいち早く察知し、紙一重で回避するルダ。
だが、アイラの攻撃は依然として激しく継続し、
立ち上がったルダに、拳でも手刀でもない、
ただ左右の腕を闇雲にぶつけている様な乱打を浴びせる。
「やめろ!アイラ!」
ルダのその声には反応せず、休まず攻撃し続けるアイラ。
このままではラチが開かないと感じたルダは、
攻撃をかいくぐって、アイラにタックルを決め、
倒れ込んだ所を抱きつく様にして取り押さえた。
しかし、力は大した事はなかったが、間接が人のそれとは思えぬ程に柔軟性があり、
軽々と押さえ込みをすり抜け、トリッキーな動きでルダと上下位置を逆転された。
背中を取られ、細い腕で首を締め付けられるルダ。
体が逆に反れる中、ルダは持っていた鞘でアイラのみぞおちを突くが、
期待していた程の効果は得られなかった。
一瞬力は弱まったが、すぐに回復を見せたのだ。
だが、その一瞬のおかげでルダは体勢を変える事ができたため、
うつ伏せ状態から、膝を体の下にもぐり込ませて正座の様な形になった。
そこで、か細いアイラを首にぶら下げたまま前屈みで立ち上がると、
そのまま仰向けに倒れ、アイラを床に叩き付ける。
そして、反動で締付けが弱まった隙を突いて首に絡まる腕を外し、
起き上がって間合を取るが、
その際、何か重量感のある金属に躓き、無意識に足元を見下ろす。
床に横たわるその[剣]が視界に入った時、
ルダの脳裏に[アイラの言葉]と[受け入れ難い考え]がよぎる。
「(怪物になっても仲良くしてね)」
その約束の解釈が自分の中で変化するのを感じ、
寒気を伴う程のそれが、
同時にアイラへの[救済]の意味を含む事から、
胸中に葛藤が生まれる。
「理性もなく…、そんな姿になってまで生き永らえる事が、
おまえの望みでないのなら…」
彼の言葉など気にする事なく、
無表情で次の一撃を繰り出すアイラ。
ルダはそれをかわしながら力強く剣を拾い上げ、
間合を取って尚も呟く。
「これが[仲良し]として、果たすべき義務か…」
更に追撃の姿勢を取るアイラの[生彩なき目]を見て、
既に彼女が過去を持たぬと実感したルダは、
一気に涙を溢れさせ、悲しみに震える声を出す。
「アイラ…、つらいだろう…?」
「今、その苦痛から解き放ってやるからな」
アイラは当然ながら疑問符には反応せず、
言葉を投げ掛けてくる相手に余裕を感じたのか、
より激しくルダに襲い掛かる。
だが、ルダはその攻撃に抗わず、
涙に遮られた視界でアイラを見詰めたまま、あえて受け続けた。
そうした中で、彼女と過ごした日々を思い起こしていたルダは、
やがて目を閉じ、荒らかに敵意を示すヒューグロウを優しく抱擁した。
気にせず暴れるアイラの耳元に、ルダが囁く。
「ありがとう」
「おまえのお陰で、ここの暮らしも悪くなかったよ」
その言葉の後、彼女を壁に向かって思い切り突き飛ばすルダ。
石壁に背を強打し、か細い体を壁伝いに沈めるアイラを前に、
この世界で最も彼女を慕い、最も彼女を想う男は、
暖かくも沈痛に溢れた目線をその変わり果てた容態に注ぎながら、
友として…、家族として…、兄として…、
無機質な十字による[救済]の意を決す。
だが次の瞬間、強くぼやけたピントが捉えたゆくりない光景に、
ルダは意図せず目を見開いた。
それはただの気のせいなのかもしれない。
自分にとって都合の良い思い込みなのかもしれない。
だが、彼の目には確かに見えた。
壁に凭れたアイラの、
虚ろで生気の無い濁った瞳から、
一筋の涙が零れ落ちたのを。
極短い時間、時が止まった気がした。
ルダは彼女に垣間見た[人らしさ]を受けて、
泣き崩れそうになるが、
それを抑えたのは同時に燃え上がった使命感だった。
その情勢にて、はっきりとした[覚悟]を身に宿したルダは、
熱く潤った瞳と凜然たる面持ちでしっかりとアイラを見据えながら、
小刻みに震える切っ先を彼女へと向ける。
「俺は、涙にこれほど感謝した事はない…」
「おまえの姿を霞ませてくれるから…」
その言葉を身に受けつつゆっくりと立ち上がったアイラは、
情なき顔に[笑み]とも取れる僅かな緩和を含ませながら、
張り詰めた肉体に[落着]とも取れる微かな間を与えた後、
攻撃の意思を欠片も纏わぬまま、目前の心友へと飛び掛かった。
「(じゃあね…)」
決して相手に届かないその言葉と、
ルダの慈しみが衝突した次の瞬間…、
純朴で美しい二人の絆は、鋭く輝く[十字架]にて断ち切られた。
「…」
ただひたすらの哀…。
やたらと熱い頬。
剣に残る赤黒い血と切断の感触。
静寂はないはずのその空間に、それを感じられた。
後悔もあった、しかし安心もあった。
あらゆる思考が揉み合い、それぞれの想いが意識を妨げ合う中、
静かに崩れ落ちるアイラを瞼の向こうに見たルダは、
ゆっくりと剣を下して呟く。
「神よ…」
「己を信じて奉仕した者達をも救えないのか…」
「それとも、これが貴様の望みなのか…」
強い悲しみから意識を逸らすため…、
癒える事のない傷の痛みを和らげるため…、
どんな理由だろうと構わない、
とにかく今は[すがる物]が欲しい。
混雑した頭の中でそれを探したルダは、
やがてある決意を心に固める。
そして素早く顔を上げると、
力強い眼差しで礼拝堂の方へ振り返り、
胸を張って一歩一歩踏み締める様に進み始めた。
そう、横たわるアイラに焦点を当てない様に、
しっかりと目に力を込めながら。
暗い空の見える礼拝堂で、傾いた神像の前に跪くルダの姿があった。
「俺は怪魔へと転化しても、破戒としてこの剣を護持するだろう」
「例えこの悲しみと怒りが、人である内の追認となろうとも…」
ルダは十字架を模った剣、[ロザヴェグ・クリス]の切っ先で、
右の手の平に妙な模様をを描く。
「この[逆十字]が肉体に刻み込まれている限り…、失念は魂にまで至らない!」
「今より、聖は我より離れる!」
ルダそう言ってキャソックからカミソリを取り出すと、
髪を剃り落とし始める。
怪物化が迫り来る不安や恐怖はなく、
意識ある限り、人としての仁義を貫こうとする強い決意が、
迷いを打ち消していた。
数分後、すっかり髪を剃り落としたルダは、剣を携えて立ち上がる。
そしてその背後で、数体のハイヒューグ達が迫り来る気配を感じ、
目を閉じたまま剣をゆっくりと引き抜くと、それを神像へと向けて言い放つ。
「神よ!見ろ!」
「血塗られた導きが生んだ、この愚かな男の姿を!」
ルダは振り向き、
赤く染まったロザヴェグ・クリスと悲しみの逆十字を握りしめながら、
戦火へと駆け出した。




