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13:紅の季節風

地名紹介


《カルネラ》

ナティッドから汽車に乗って一つ目の駅がある街。

駅周辺には色々な店が多いため、

リエール達も時々気軽に買い物に出かけている。


《ティート》

ミュアの兄が出稼ぎに出ている街。

人口はトーテスとほぼ同じだが、

港があるため、商業的には発展している。


《フェスタス》

ティートに隣接した工業地区中心の町。

二つの港町に挟まれ、尚且つ鉄道も他に通っているので、

効率よく資材が運ばれてくる。

労働者が多く、

それを対象にした数ある酒場はどこも景気が良い。


《カイトバレー》

ミラディアで最も大きな港町で、人口も一番多い。

世界中からあらゆる品物が運ばれ、市場は毎日賑わっている。

ナティッドからは距離が遠いため、

日帰りだとほとんど見て回れないので、

リエール達は普段この街を敬遠しているが、

年に数回は貯金をはたいて足を運び、

泊まりがけで買い物するのが彼等の行事になっている。

随分と陽も昇った頃、夢現ゆめうつつながら自室の窓に振動音を察知したリエールは、

それを[警告]として体が受け止め、無意識にベッドの上から退避していた。


案の定、不法侵入者フィリップが激しくベッドに飛び乗って埃を立てる。


「元気そうだな、フィリップ」


寝ぼけ眼で掠れ声を飛ばし、

床に胡坐をかいたまま欠伸と背伸びを同時にするリエール。


フィリップはその言葉が明らかに昨夜の悲劇を前提とした物と悟り、

「うむ…」と、今一つ控えめな返事を返す。


家族の事情に関しては、

親友のリエールにさえ触れられるのが気不味いフィリップだが、

裏腹に気を遣わないで欲しいとも思っていた。


だが実際は複雑で、何処までの範囲を笑って流せるかに自信がなかった。


「バターカップに行こうぜ」


結局その空気を維持できず、早々に状況更新を促すフィリップ。


「ああ…」

「だけどその前に雑貨屋ベイツへ行っていいか?」


「うん」


そう答えたフィリップは、先程侵入口として使った窓に歩み寄り、

枠に乗り上げて身を反転させつつ梯子に足を掛けるが、

その際、未だ床に座ったままのリエールが目に付いたため、

「ん?何してんだ、早く来いよ」と、手招きする。


リエールは慌てる様子もなく、

「玄関から出るよ…」と、立ち上がりながら答え、

ラックに下がった女性用ベストとバンダナを取って手際よく装着し、

振り返らずに髪を摩りながらドアを開ける。


「考えてみりゃ、玄関から出るのは当たり前だな…」







シークレン宅の前で合流した青年二名は、

のんびりした足取りでバターカップへと進み出す。


「エルちゃん達、もう出ちゃったかな…」


「多分な…」

「なにしろ時間が時間だからなぁ」


「え?お前も遅く起きたの?」


「まあ…、寝るのが遅かったからな…」


「…そうか」

「(なかなか寝付けないのも無理ないか…)」


二人は日を跨いだ事でお互いにテンションが落ち着いたせいか、

何気ない言葉のやり取りにさえ、つい妙な心馳せを含めてしまうため、

いつもと違ってギクシャクした感触が否めない点から慎み深くなり、

結局、カムカスター橋を渡るまで会話も無く並び歩いていた。


だが、当初は第一の目的地だった筈のバターカップを横切ろうとした時、

フィリップが無為自然に疑問を尋ねる。


「どうしてベイツに行くんだ?」


「お菓子でも買ってってやろうと思って」


「なるほど」


「( )(カッコ)自分が食いたいだけなのは内緒だったりするが」


「大丈夫、分かってるから」


「流石だな」


多少調子を取り戻した事で歩行ペースが意図せず高まった彼等は、

そのまま100メートル程先の雑貨屋まで黙々と歩き、

店の前で幾らか速度を弱めつつ、足並みそろえて敷居を跨ぐ。


が、入店間もなく、横目に違和感を捉える新参者達。


そんな彼等が反射で視線を向けたその先に、

雑然とした空間とは不整合な程の秀麗さを放つ女性が立っていた。


「あ、ニーニャだ」


フィリップのその言葉で、店内にいたニーニャも二人に気付く。


「む!」と、リエール。


「むむ~!」


微笑みながらノリ良く応対してきたニーニャに、

「なにしてるの?」と、フィリップ。


「買い物~」


「そりゃそうだ」


「じゃあ、俺等にも何か買って」


「こらこら」


露骨な[たかり行為]に走るリエールの腕を隣人が掴む中、

「いいよー」と、あっさり要求を呑むニーニャ。


「いいのかよ!」


そんな突っ込みの弾みで解放されたリエールが、

早速お菓子コーナーに足を運びながらニーニャに尋ねる。


「エルちゃんとミュアって、もう出かけた?」


「とっくに行っちゃったよ」


「早いね」


「もう、お昼前だよ」


リエールは時間感覚の狂いを指摘されつつ商品の物色を開始し、

箱入りショートブレッド、袋入りクランペット、

カラフルな飴玉が数個入った小瓶、紙に包装されたガム三個、

板チョコレート二枚といった品々を円滑な動きで手中に収め、

それらを無人のカウンターに運んで雑に広げる。


続いて、そんな散らかった天板に身を乗り出した彼は、

カウンター裏の棚からアップルサイダーの瓶を取って清算品に加え、

フィリップに振り返る。


「お前、家で何か食ってきたの?」


「いや、時間が半端だったから食わずに出た」


そう答えながら、少し埃の付着したクッキーの缶を手にしたフィリップは、

「これ、いつのだ?」と、細めた目で入念にそれを検視する。


そして表面を一通り調べた後、缶を耳元で小さく振りながら呟く。


「ここ、お菓子の年代物を取り扱う店だから、慎重に買わないとな…」


丁度、売場に出てきた店主が、その聞き捨てならない台詞に反駁はんばくする。


「それは先週仕入れた品だぞ」


「先週仕入れた品を、あたかもアンティークの様に演出する…」

「この店ならではの芸当にして最大の魅力たる要素さ」


小規模且つ曖昧なコマーシャルを発したリエールに向き直る店主。


「それは、褒めてるのか?」


フィリップとニーニャは顔を見合わせて微笑んだ。







ベイツを後にした一行は、折り返しでバターカップへと舞い戻る。


先頭のリエールが宿の玄関扉を中央から押し開けるや否や、

露骨に精神疲労が浮き出ている受付嬢の姿が視界に入り、軽く怯む客三名。


狭いロビーに置かれた観葉植物の傍にしゃがみ込み、

力無い素振りでその手入れをしている彼女は、

少し気不味そうに近付いてくる面子を弱々しく見上げる。


そんな受付嬢と視線が合ったリエールは、即座に表情を明るくし、

「やあ、調子はどう?」と、小さく手を振る。


爽やかなその挨拶に、

「うん…、大分落ち着いた」と、苦笑で答える受付嬢。


続くフィリップは無言で彼女に微笑み掛け、

ニーニャは彼女とすれ違い様に会釈を交わす。


かような調子でフロントを通過した三人は、

広くて快適な六号室ではなく、あえて小規模な二号室に立ち入ると、

未だ配置されたままのテーブル上に各々手持ちの荷物を置き、

それぞれ馴染みのある席へと腰を下ろした。


そして早速、雑貨屋で買った品々をガサガサと漁るリエール。


そんな彼の右隣に位置するフィリップが、

状況的な反射から不意に思い浮かんだ人物についてニーニャに発問する。


「そういや、シーザさんは予定通り出発したの?」


「うん、朝早く出たよ」

「元々、別の仕事中だったし、あまりのんびりできないみたい」


「そかそか」


そう答えながら、ふと部屋の異変に気付くフィリップ。


「っていうか部屋が綺麗になってるな」


反応したリエールが、

ショートブレッドの箱を袋から取り出しつつ周囲を見渡す。


「マジだ…」

「かつて無いほど綺麗じゃん…、なんだこりゃ」


彼等の疑問に対し、事情を知るニーニャが解説を入れる。


「ふふっ、さっきまで処理班が来てたからね」


聞き覚えのあるワードについて詳細を求むリエール。


「それって一体なんなの?」


「簡単に言うと、ガーナを残さないように徹底して掃除する人達」


「へぇ~」


「昨日の夜には来るはずだったんだけど、予定より集合が遅かったみたい」

「本格的に作業が始まったのはエルニー達が出た頃で、

宿全体をクリーニングするっていうから、

私もここにいたら邪魔かなと思って買い物に行ってたの」


「なるほど」


会話に区切りが付いた所で、

フィリップがリエールとニーニャを交互に見ながら、

どちらにともなく問い掛ける。


「で、そのエルニー達が帰って来るまで何してる?」


数秒の沈黙後、リエールが真顔で考えを発表する。


「[おままごと]なんていかが?」


「えっと、君いくつ?」

「というか男の遊びでもねーし」


ニーニャはそんな下らないやり取りをする彼等に微笑みながら、

「じゃあ、戦闘訓練でもする?」と、突拍子もない提案をする。


目を丸くしてニーニャの方を向く男二人。


「昨日もちょっと話したけど、

ジャスティスさんから受け取った[これ]を使ってみようよ」


そう言って、二つの小さな長方形の箱をバッグから取り出し、

卓上に乗せるニーニャ。


それを見てピンと来たフィリップが呟く。


「ああ、これが昨日言ってた[小箱]ってやつか」


「うん」

「正式には[簡易空間の小箱]って言って…」

「狭いけど[一つの世界]がこの箱の中で活動してるの」


突然始まった謎だらけの話に、

リエールとフィリップは困惑を色濃く表面化させる。


「この箱はクロックストーンで出来てるから、

[ヒストリーホール]と近い仕組みだね」

「でも、これはもっとシンプルな分、色んな用途に使えるんだよ」

「例えば、こっちは…」


ニーニャは男性陣から見て左側、ダークブラウンの箱を指す。


「危険指数の低い人工の怪物達を閉じ込めた訓練用の世界になってるの」

「その怪物達はガーナに似た特性を持ってるけど、

[ガーナそのもの]じゃないから、

この中で服を汚して戻っても、そこから感染が広がる心配はないし、

再生能力はガーナより高いくらいだから、何度も遠慮なく訓練できるよ」


「へぇ~」「へぇ~」


受講者によるデュオの後、

続けてもう一方、象牙色の小箱に手を乗せるニーニャ。


「それで…、こっちは倉庫として使うやつ」

「ここに、たーくさんの物を収納出来る上に、このまま持ち運べるし、

重さも変わらないんだよ~」


「マジか」「なにそれ、すげーな」


前者より後者に対して強く感心を表した男子二名の内、

比較的薄いリアクションを返したリエールだったが、

頭の中の情報がじわじわと整理されて行くにつれ、

不意に箱の利便性が想像以上に大きいと気付く。


「え?つまり、その中に荷物を全部入れれば、

俺等はほとんど手ぶらで動けるってこと?」


「うん」


「やばいくらいナイスな代物じゃん」


「でしょ~?」


箱への興味は津々だが、

とりあえず別の疑問から処理しようとするフィリップが横から割り込む。


「でも、なんで訓練を?」


フィリップと視線を合わせたニーニャは、

少し真剣寄りの表情で答える。


「今はのんびり旅をする事になってるけど、

もし[あっち]から[招集]がかかったら、

なにかと怪物が絡んだ仕事をこなさなきゃならないからだね」

「あなた達は戦闘要員を請願した訳じゃないにしても、

幻導士なら最低限の自己防衛技術は身に付けておかないとだし」


それを聞いたリエールは、不敵にもわくわくした雰囲気を纏いながら質問する。


「そっかあ、その[招集]っていうのは、いきなりくるの?」


「うん、[あっち]で緊急事態が起こった時とか、

解決策を取るのにたくさん人員が必要になったりするから、

とにかく幻導士みんなを集めちゃえって感じ」


「その解決策ってのには、怪物との戦いも含まれるの?」


「もちろん」


物騒な問い掛けにあっさりうなずくニーニャを見たフィリップが、

「それは、訓練しないとなぁ…」と、少し不安げに呟く。


「是非、訓練しよう!」

「エルちゃんみたいに強くなろう!」


気合いと意気込みを見せるリエールに、順序を示すニーニャ。


「倉庫に色んな武器が入ってるから、まずは倉庫から行く?」


「武器!?」


急に目の色を変えたフィリップは、

横にいる生き生きとした男と顔見合わせをする。


「そいつはチェックしないとな!」

「行こう行こう」


ニーニャは早口で急かすリエールを見て、

「じゃあ…」と、[訓練用の小箱]を少し横に退かし、

[倉庫用の小箱]の止め金を外して蓋を開ける。


それを興味深そうに覗き込んだ矢先、

のっけから驚愕するリエールとフィリップ。


箱の内部、赤い中敷の上に[小さな黒い球体]が浮かんでいたのだ。


微かな風音を放つそれは、

箱の角度や動きに拘わらず、常に中央の位置をキープしており、

明瞭な円のラインは見る者に[球体]という認識こそ与えるものの、

表面の質感が曖昧で、立体感は薄かった。


「おおー、ヒストリーホールの小型版だな」


フィリップが最近見た類似品を挙げると、

横のリエールも無言でうなずく。


「だね、これに触ってみて」


ニーニャのその言葉で、ゆっくりと箱の中に手を伸ばしたリエールは、

黒い球体に触れた瞬間、例によってフッと消える。


ちらりとニーニャの方を向いた後、

「続けー!」と、躊躇なく異空間へ突入するフィリップ。







倉庫用小箱の中はまるで高級ホテルの一室の様で、

バターカップの二号室よりも遥かに沖融ちゅうゆうたる時を過ごせそうだった。


カーテンの付いた大きなベッド、窓際に設置されたアンティーク調の机、

それにマッチした椅子、白い壁に掛けられた風景画、

ソファーが囲むテーブル上の花、差し込む陽を浴びる観葉植物、

落ち着いたボルドーのカーペット。


「倉庫って言うよりスイートルームだなぁ…、モロに」


リエールの率直な感想に、フィリップも同感を表す。


「言えてる」


その時、急に部屋の気流が乱れ、ニーニャが突然空間に現れた。


それを見ても特にリアクションの無いリエールが、

出現際の彼女に声を掛ける。


「水の中に出る訳じゃないんだね」


「うん、造りがシンプルで小さい世界だから、

ちょっと無茶なルールでも安定させれるメリットを活かして、

こうゆう仕様にできたみたい」

「再現性の強い世界では、自然法則が狂っちゃうから無理だけどね」


「ふむふむ」

「(よくわからん)」

「で、何処が倉庫なの?」


「あ…、ここじゃなくて…、こっちだね」


部屋の中に唯一確認できるドアに振り向き、

素早く近付いてゆっくりと開くニーニャ。


そして、奥の部屋に数歩踏み入った所で立ち止まった彼女は、

「ほら、あれ」と、壁際の武器棚を示す。


「おお!」「おお!」


ワインレッドの絨毯の敷かれたその部屋には、

入ってきたドアの他に二つのドアがあり、

絵画や盾が掛けられている真っ白な壁の前に、

様々なデザインの革製防具を纏ったトルソーが立ち並んでいたが、

それらをまるで気に掛ける様子も無く、

一直線に武器棚へと駆け寄る青年二人。


「どれでもお好きなのをどうぞ」


そこには、長さ不揃いの剣や槍、戦闘用の斧、棍棒やハンマーに加え、

弓、クロスボウ、スリングといった遠隔用武器、

鎖の先に鉄球の付いたフレイル等、多種多様な武器が揃っていた。


「すばらしい」「すばらしい」


男性陣が高揚した声でそう合唱する。


「お前、どの系統にする?」


槍を物色しながらリエールにそう尋ねるフィリップだったが、

正直、彼が剣のコーナー以外には目もくれていない事は気付いていた。


「剣だろ、やっぱ」


予想通りの返答をきっかけに、フィリップも自分の趣向を明かす。


「俺も剣か…、もしくは槍かな」

「どっちでも良いんだけどさ」


彼のマルチな腹案を知り、

「今回は槍にしたら?」と、露骨に被り防止策を取るリエール。


「まあ、そうだな…、槍にしておくか…」


「あ!これ良い!」


その大声で注目を集めたリエールは、

グリップに些か派手目な装飾の施された曲刀を手に取り、鞘から引き抜く。


雅やかなラインで湾曲したその鋭い刃は、薄紅の光沢を以て妖艶な輝きを放ち、

美術品と見紛うその麗姿の裏に、

実戦での裨益ひえきを配慮する職人の妙技を感じられた。


あまつさえ、その身の丈にも拘わらず重量感が殆どなく、

柄の形状も、正に持ち手と一体化したかと錯覚させる程に、

どんな角度へと加えられた力でも無駄に逃がさない工夫が施されていた。


「あ!もしやそれって…」

「[アイリーン]じゃないか?」


予想外の言葉を耳に受けた傍らの二名は、

驚愕の面持ちを発声者のフィリップに向ける。


「そうそう!すごーい!よく知ってるね」


まさかの肯定陳述を聞いた男達がニーニャに注目すると、

彼女は少し照れながら説明を始めた。


「かの有名な刀匠、[オスカー・ウィンダミア]の一振りだね」

「製作に用いられた素材は、

リダムにあるクルファラー山の風穴から採れる赤い鉱石らしいの」

「その中でも、特に色鮮やかで希少な物だけを使ったんだって」


「ヴァニアローズね」と、補足を挟むフィリップ。


「そう!それそれ」


「気取った名前だが、

実は[赤鉄鉱]に付着した[金紅石]なだけだったりするけどな」


「うんうん」


ニーニャは少し勢い付き、嬉しそうに続ける。


「その鉱石の成分を混ぜて作られた合金は、

重さが鉄の約半分で、引張強度は鋼以上で、耐食性も高いから、

かなり幅広く有用できる金属として注目されてるんだよ」


リエールは口を開けたまま、

「へぇ~」と、浅くうなずく。


「でも、そう聞くと良い事尽くめに思えるけど、欠点もいくつかあって、

その中でも特に問題なのが[加工の難しさ]ね」

「一般的には、こっちの世界でさえ未だに実用化されてなくて、

ポストロジーの技術でも結構大変なくらいなのよ」

「なのに、純白の時よりも前にこれを作ったオスカーは、

化学者としても天才だったと言われてるわ」


そこでフィリップが再び介入する。


「うん、あの人は色々と逸話があるよな」

「芸術家としても有名だし」

「その剣のデザインだって他じゃ見掛けないもんなあ」

「名前も洒落てるしさ」


「言われてみれば、

剣に人みたいな名前付けるなんて変わってるな」


そんなリエールの言葉に対し、ニーニャが豆知識を被せる。


「風穴から取れた素材で作ったという事から、

その地方に吹く季節風にちなんで、

[アイリーン]と名付けられたそうよ」


それを聞き、握り締めた曲刀を嬉しそうに見下ろすリエール。


「へぇ…、ナイスな由緒付きか…、気に入った!」


「はい、それに決定!」と、脇から拍手するフィリップ。


それにノリ良く加入するニーニャ。


「OK!よろしくな[アイリーン]!」


快活に高々と剣を掲げたリエールだが、その直後、

「うわ、はずかしー」と、テンションを上げ過ぎた事を後悔する。


その様子を見たフィリップとニーニャは小さく噴出す。


そんな二人に挟まれながら、

半笑いで剣を鞘に収めようとするリエール。


「あ、まって」


反射的に手を止めた彼がニーニャへと振り向くと、

彼女は鞘から露出した刃部分を指しながら、

更にいくつかの情報を付け足す。


「ちなみにね…」

「いくら金紅石が赤いと言っても、

加工すれば当然赤さが消えるから、この薄紅は着色なんだよ」


リエールは再びアイリーンの全貌を晒し、改めてしみじみと観察する。


「あと、これってリグレットより古い剣だから、

いくら[チタン合金]と言っても流石に大分痛んでたので、

ポストロジーで修復したの」


「そうかあ、だから今でもこんなに綺麗なんだ」

「にしても…」


そこで一旦言葉を止めたリエールが、

先程からやたらと詳細な解説を入れてくる美女を見ながらにやつく。


「君詳しいな」


一瞬、目を丸くしたニーニャは、可愛らしく微笑みながら理由を明かす。


「あ、うん、あのね」

「先輩にそうゆう趣味の人がいて、散々聞かされたから覚えちゃった」

「ちなみに女の子」


「うへえ、珍しいタイプだな」


「うん、だけど凄く良い人で、今も仲良しだよ」

「あ、でも…」


そこでフィリップに向き直るニーニャ。


「フィリップも詳しいね」


幼馴染を親指で示しながら事情を語るリエール。


「こいつは図鑑とかカタログのマニアで、

子供の時からそんなのばっかり読んでたからな」

「武器だけじゃなく、動物とか植物なんかにも詳しいぞ」


「博識なんだぁ」


リエールはその評価に若干ジェラシーを覚え、

焦った様に否定動作を取る。


「いやいや、そんなカッコ良いもんじゃないって」


エルニー同様、自分に対する称賛系の話題はどうもむず痒いフィリップは、

「じゃあ、俺はこれかな…」と、かなり地味な槍を手に取って話を逸らす。


「なんだそれ?名も無き槍か?」


親友のチョイスに少し気抜けするリエール。


「まあ、特別な名前は無いだろうな…」

「だけど、有名な槍だって見た目は地味だったりするし、

全金属製でこの重量なら、多分これもチタンだから、

悪くないと思うよ」


フィリップが浅い知識を得意気に披露する事で槍の価値付けを図るも、

まだ物足りないリエールは、期待を込めて更なる情報を求める。


「ニーニャ、その[武器に詳しい先輩]は、

これに関して他に何も言わなかったの?」


「そうね、これといって何も」


「ふうむ、そうかあ…」


リエールは少し俯いたが、すぐにハッとして素早く顔を上げる。


「そうだ、俺がその槍に名前付けてやろうか?」


どう考えても自己満足のお節介としか思えないその提案に対し、

「いや…、遠慮しようかな」と、歯止めを掛けようとするフィリップ。


「[フィリッピア]ってのはどうだ?」


「うわ、微妙だし」


オブラートな拒否を無視してまで踏み切ったにしては単純過ぎる命名を聞き、

フィリップは掲げていた槍を苦笑しながら下げる。


「その上、メッチャ安易ときてるし」


「良いじゃん、地味だもん」


「まあ、練習用だから…、これくらい地味なので丁度いい」

「名のある武器なんて、いまの俺には勿体ない」


自分への当て付けの様なその言葉に、

「謙遜しやがって」と、フィリップの肩を押すリエール。


そんな会話を交わす二人を他所に、

特に特徴もない木製の短い弓を手にするニーニャ。


それに気付いたリエールによる、

「ん?」という声にフィリップも反応し、彼女の方を見る。


「ん?」


同じ発音で振り向いたニーニャに、

「君はそれ?」と、リエールが尋ねる。


「うん」

「怪物に近付くの怖いから…」


ニーニャは納得の理由を述べつつ、

矢筒に矢を20本程入れて肩に掛ける。


「なるほど」


それぞれの使用武器も決まり、

部屋を後にしようとするリエールとフィリップだったが、

ある重要な知識が欠けていたため、ピタリと足を止める。


「どうやって戻るんだ?」


困った表情をニーニャへと向けてヘルプを要請するリエールにつられて、

フィリップも同様のモーション。


「そっちの部屋のクローゼットを開けてみて」


「OK」


リエールは足早に隣の部屋へと移って内装をチェックするが、

それらしき物は確認できなかった。


しかし、今潜ったドアの向かい側、

壁寄りの一角がパーテーションによって仕切られているのを見て、

その裏側にクローゼットがあるのだろうと容易に想像できた彼は、

仮定の確証を得ようと、パーテーションの裏側を覗き込む。


案の定、そこで開き戸型の木製クローゼットを視界に捕らえるリエール。


だが同時に、予想外の問題とも直面した。


クローゼットは一つではなく、横並びに二つ連なっていたのだ。


左手側はホワイト、右手側はブラウン、

カラーの異なる二つの木製クローゼットを前にしたリエールは、

若干硬直した後、とりあえず憶測でホワイトへと一歩踏み込む。


だがその瞬間、彼の背中におかしな声が飛来した。


「うわ…」


不思議に思ったリエールが、

のけ反らせた上半身をパーテーションから露出させつつ、

「どうした?」と、幼馴染に尋ねる。


だが、フィリップはそれに反応せず、黙ったまま窓の外を眺め続けていた。


何事か探るため、最寄りの窓から外を観たリエールは、その喫驚の契機を悟る。


「なにこれ!」


それは奇妙極まりない光景だった。


外から明かりが差し込んでいるにも拘わらず、

窓の向こう側、数メートル先は闇になっていて、

芝生の地面がそこでくっきりと途切れていたのだ。


「あの暗くなってる所が[果て]なんだよ」と、説くニーニャ。


窓を開けて、空を見上げるリエールとフィリップ。


すると、そこに見慣れた空は無く、ただ漆黒のみが広がっており、

今いるスペースは、まるで闇をくり抜いて作られたかの印象で、

遠近感のなさから、[天の果て]までの高さは分からなかったが、

発光する小さな球体が建物の斜め上数メートルの位置に浮かんでいて、

どうやらそれが唯一の光源の様だった。


その光は太陽のそれと性質が酷似しており、

丁度良い加減で降り注ぐ温もりは、

伴う陽の香りとの相乗で実に心地好かった。


「不思議の雨あられだな、ここんとこ」


「だな…」


ニーニャは彼等の感想に微笑みつつ、

「さ、出ようよ」と、クローゼットに向かう。


男性陣は慌てて窓を閉め、早足で彼女を追い掛ける。


後続二名の到着を確認した美しき先導者は、

白いクローゼットをゆっくりと全開にし、左に半歩立ち退く。


「うお!」


先にその内部を見たリエールが、驚きの声を上げる。


クローゼットの中にぽっかりと開いた直径60センチ程の穴の先に、

建物の天井と見られるパネルパターンが、

まるで魚眼レンズを覗き込んだかの様な歪みを伴いつつ広がっていたのだ。


「あれ、バターカップの天井だよ」

「ここでは、私達が小型化してるの」


リエールはニーニャの解説には触れず、

「こっちのは?」と、もう一つのクローゼットを示す。


「そっちは[ミスト]が入ってるの」

「安全のためにカギかかってるけど」

「カギはベッドの横の棚の中にあるよ」


「へぇ~、ここからあっちに戻れるんだぁ…」


フィリップのその呟きで、何かに気付くリエール。


「え?ちょっとまって…」

「じゃあ、始めからこの箱を持たせてくれたらいいのに…、って話じゃん」

「昨日、わざわざ白い扉まで行った苦労は何だったのよ」


その言葉に小さく噴出したニーニャが、微笑みながら事情を説明する。


「最初はマルケスさんがエアコートと一緒に渡す予定だったんだけど、

さっきの武器棚とか、この部屋の家具のセッティングとか、

ついでに返すはずだった[あなたの上着]とかが準備できてなかったから、

私かエルニーが[時記]を回収して戻ってきた時に渡そうとしてたみたい」


「(あー、[小箱]に入れて返すって言ってたもんな)」

「(こうゆう事だったのか)」


「だけど、もしそれがトランスファーベースからズレちゃってたら、

後で何かしらの接触があった時に渡す事になってたの」

「結果的にはジャスティスさんが届けてくれたけどね」


何故かそこで表情を曇らせるニーニャ。


「でも…」

「今だから言えるけど、[準備ができてなかった]って言うのは建前なの」

「本当は、準備係が[わざと小箱を渡さなかった]だけなの」


「え?」

「なんでそんな意地悪を?」


ニーニャはリエールの単純な誤解を、

「ううん、ちがうの」と、小さく矯正してから解説する。


「私が[時記]を持って帰ったタイミングは、

あなた達がポストロジーに着くよりずっと前だったから、

その時点でマルケスさんやジャスティスさんにミュアちゃんの感染を伝えると、

大変な矛盾を生みかねないでしょ?」

「なので、マーヤさんとレナードさんっていう偉い人に事情を言って、

問題を荒立てずに協力してもらったんだけど、

まだその段階ではエルニーの書いたメモしか判断材料がなくて、

そのメモを解析したマーヤさんから、

小箱はこの問題に持ち込まない方が無難と言われたの」

「横着してここのミストを使うのは高リスクと判断したんだと思う」

「このクローゼットの中のミストは廃鉱のミストよりブレ幅が狭いし、

便利だけど逆に時間を無駄にしてしまう可能性も高いからね」

「そして何より、メモの中でも小箱を使う余裕がないと表記されていた事と、

あの廃鉱のミストを使うよう促す文が含まれてたのが大きいかな」

「そこに大きな意味があるから、素直に従うべきだと…」

「それを聞いたレナードさんが、

多少強引だけど小箱の準備を遅らせるように手を回してくれたし、

マーヤさんも、干してあったリエールの上着をラボに持ち込んで、

わざわざ回収に来るのを待ってからゆっくり精密検査したり、

[洗っても落ちない新種のガーナが付いていた]なんてウソの名目で、

ラボ勤務の人員じゃなく準備係の人達を駆り立てて、

浴場の洗浄跡を調べるお芝居まで打って準備の遅延をしてくれてた」

「中途半端に小箱を使って矛盾を生まないようにね」


「なるほど…、複雑な理由だ…」

「意地悪じゃなくて、むしろ気遣いだったとはな…」


リエールは自分の見解の甘さを痛感し、

腕組みをしながら神妙な面持ちで俯く。


だが、そこで何故か小さく噴出すニーニャ。


その動きに反応して顔を上げたリエールが、

「ん?どうしたの?」と、目を丸くして問い掛ける。


「でも結局、マーヤさんのお芝居が裏目に出て、

私達の出発が少し延びちゃったけどね」

「(まさかあんなに洗濯物が出るなんて…、ふふっ)」


何の事か分からず、顔見合わせをする男二人。


「あと、ジャスティスさんとマルケスさんは、

何かあるなとは気付いてたみたい」

「二人ともキャリアが長いからね」


「だよなあ、100年以上やってるんだもんね」と、リエール。


それを聞いたフィリップがしみじみと呟く。


「桁が違うわあ」


微笑みながら一瞬クローゼットに向いたニーニャは、

「あ、じゃあ行こっ」と、穴を潜る。


すると彼女は穴へと吸い込まれた様に姿を消し、

数秒の後、その穴から特大サイズの美顔を覗かせる。


実際にはそれが標準スケールであると分別済みとはいえ、

やはり初めて目の当たりにした衝撃は大きく、

「うわ!」「おお!」と、激しいリアクションで驚いた二人は、

余りに理解の及ばない体験の連続から、

一瞬だけ意識の遠退きを覚えた。


かくも著しく起伏する彼等の動静など露知らないニーニャが、

穴の向こうで後退しながら手招きの動作を取ると、

それを見たフィリップは即刻気持ちを切り替え、

「出てこいってんだろ」と、リエールの背中を押す。


その勢いに任せて穴に突入したリエールは、

先程のニーニャと同様、吸い込まれる様に姿を消した。


だが、当のリエールは、ただ穴を潜ったとしか認識しておらず、

寸法が変化した感覚など毛頭無かったため、

しばし口を開けたまま呆然と立ち尽くす。


ニーニャはそんな彼の腕を掴んで箱の前から立ち退くよう促すが、

彼が動く前に後方からフィリップが現れ、その背中に衝突する。


「いてっ!」


「おっと、ごめんよ」


幸いな事に、フィリップは槍を肩に担いでいたので、

刃先が後方に向けられていたため、

石突きがリエールの腕に当たっただけで済んだ。


「これ、反対だったら大変な事になってたね」と、ニーニャが槍を軽く叩く。


「あー、そうだよな、悪い悪い」と、頭を掻くフィリップに対し、

リエールがキョトンとした様子で沈黙を返したためにリズムが乱れ、

一瞬、場が硬直する。


「あ、じゃあ次行こう」


仕切り直したニーニャは、訓練用の小箱を開けながら注意点を述べる。


「気を付けなきゃならないのは…」

「入口から出口までは、ちょっと距離があるの」

「フロア構造になっていて、初めの部屋はセーフティエリアだけど、

出口のあるフロアまでは五つのフロアを通らないとだから、

一度入ったら、そう簡単には逃げ出せないよ」

「倉庫用の箱がこっちの中でも有効なら、そこに逃げれるけど…」

「小箱同士が重なると[多重空間現象]っていうのが起きちゃって危険なの」

「簡単に言うと、合わせ鏡みたいにループしちゃう現象ね」

「でも、この中は抗体が有効だから、

危なくなったら自動で外に出されちゃうので平気だよ」

「それと、さっきも言ったけど、怪物には再生能力があるから、

しばらくしたらまた蘇るの」

「だけど、すぐに再生する訳ではないので、

一回の訓練中に同じ怪物と二回戦う事はないはずだよ」

「あと、さっきも説明したけど、

[怪物]と言っても[ガーナ]ではなくて、

[仮想ガーナ]の細胞を金属の骨格に纏わせた人工物だから、

傷付けても出血はしないし、

体や洋服に細胞が付着しても気にしなくていいよ」

「いちお、最後にクリーンルームもあるし」


リエールがどこかで聞き覚えのあるフレーズに食い付く。


「クリーンルームってなんだっけ?」


「体に付着した仮想ガーナの細胞だとかを除去してくれる部屋の事」


「ああ、ヒストリーホールの前にあったやつか」


「うん、それそれ」


「あんなのまで用意するなんて気が利いてるな」


「仮想ガーナは抗体なしでも感染はしないけど、念のためにね」

「じゃあ、準備はいい?」


「うん」「OK」


開かれた箱の穴を見ながら、それぞれの返事をする男性陣。


「それじゃ、入ろ」


それを聞いて一歩踏み込んだリエールが、

仲間達の方を振り返って気合いを入れる。


「よし!みんながんばろう!」


「おう!」「うん!」







日も暮れた頃、

旅の用意を引っ提げたミュアがバターカップの二号室に帰還した。


「ただいまー」


「あ、おかえりー」「おかえりー」


ニーニャとフィリップがオーソドックスに彼女を迎える中、

「あれ?用意はたったそれだけ?」と、疑問系から入るリエール。


ミュアは背中の小さなリュックを振り返りながら答える。


「着替えと日用品を少しだけ」

「あとなにか必要になったら旅先で買うから」


それを聞いたリエールが、何故か踏ん反り返って足を組み、

わざとらしく態度を膨らませる。


「ふふふ、どうやら[倉庫の小箱]という便利グッズをご存知ないと見える」

「その10倍の荷物でさえ、

ポケットサイズにして持ち運びが可能だと言うのに」


彼の話が良く分からないミュアだったが、

とりあえず荷物が少ない事への突っ込みだと判断できたので、

その方向で反論する。


「あんまり持ってきちゃうと、

もう一人の私に泥棒が入ったと思われるから」


リエールは尤もな意見を聞いて態度を改める。


「あ、そうですよね、すみませんでした」


その豹変ぶりにフィリップとニーニャは笑みを零す。


「ささ、どうぞお座りください」


腰の低いノリを維持するリエールに言われるまま、

ニーニャの隣の席へと移動するミュア。


それを嬉しそうに迎え入れるニーニャは、

そこで始めて欠けている人員について触れる。


「エルニーは?」


ミュアは立ち止まってドアの方を振り向きつつ、

「地図を買ってくるって」と、返答。


「そかそか」


リュックを下ろしながら腰掛けたミュアに向かって、

「これどうぞ」と、ショートブレッドの箱を差し出すリエール。


「あ、おいしそー」


嬉々としてそれを受け取ったミュアだが、

直後、その箱をリエールに向かって投げ返す。


「中身入ってないじゃない!」


再び微笑むフィリップとニーニャ。


「その通り!中身なんぞ、とっくに全部食っちまったわ!」

「単にゴミを押し付けただけさね!」


何故か逆切れ風味なリエールに、ミュアも反笑いで対抗する。


「ひっどーい、見損なったわ!」


それを聞いたリエールは、またもや急激に態度を改める。


「そりゃ困る」

「お詫びにこちらを献上いたします」


そう言って紙袋から飴玉入りの小瓶を取り出し、

ミュアの前に滑らせるリエール。


今度はしっかりと中身が目視できるため、

悪戯ではないと判断したミュアは、

「あ、ありがとう」と、嬉しそうに小瓶をキャッチすると、

早速蓋を開けて中の飴玉を一つ掌に落とし、

ニコニコしながら口に含む。


だが次の瞬間、リエールが上向きに広げた手をミュアに向かって伸ばす。


「?」


ミュアは笑顔のまま口内で飴玉を転がしながら、

突き出された手と彼の顔とを交互に見る。


そんな彼女に向かってリエールから奸計かんけいの一声が飛ぶ。


「20スティになります」


「!?」


口に物が入っているミュアの代わりに、

「タダじゃねーのかよ」と、横からフィリップが介入する。


「当たり前さね!誰がタダと言った?」


「お前、さっき[献上いたします]って言ったよね?」


それを聞いたリエールは、

「あ、言いました」と、素早く手を引っ込める。


自分で自分に粗を作っていた彼がツボに嵌ったのか、

女性陣は顔を見合わせて本格的に笑う。


リエールはそれを見て調子付き、

もう一度ミュアへと手を伸ばして、こじつけ染みた抗弁をする。


「そうだ、あれは瓶の事であって、中身は別だもん!」


「やかましい」


隣席の男を引っぱたくフィリップ。


「[そうだ]ってなんだよ、完全に後付けの証明だろが」


より大きな笑いを再発させるミュアとニーニャ。


それに満足し、

「どうもすみませんでした」と、おふざけの幕を下ろすリエール。


その矢先、廊下からスマートな足音が聞こえ、

続いて部屋のドアが開く。


「ただいま~」


全員に笑顔で振り向かれ、

釣られて頬を緩めるエルニー。


「おかえり」「おかえり」


呼吸の乱れていた女子達は、

男子二人から数秒の遅れを取りつつ、

「おかえり~」「おかえりなさい」と、若干笑いを含んだ声を発す。


エルニーは室内に漂う随分と明るい雰囲気が気になり、

「なに?どうかしたの?」と、誰にともなく尋ねる。


「今ね、ミュアを相手にぼったくろうとして阻止されたとこ」


その言葉にまたもや噴出すミュアとニーニャ。


現場にいなかった人物にはピンと来ないその報告を、

「そなんだ」という軽い返答で処理したエルニーは、

リエールとミュアの間に立って、今度は自分側の報告をする。


「これ買ってきた」


折り畳まれた地図を一瞬掲げてから、

テーブルの上に置くエルニー。


「なんだ、地図ならうちにあるのに」


椅子に凭れ掛かり、顔だけエルニーに向けてそう呟くリエール。


「うちにも」と、同じような状態のフィリップ。


「おまえんちのは古いだろ?」


リエールがフィリップに向き直ってそう指摘する。


「まあ、古いけど、一応去年のやつだから、

ノープロブレムの範囲ってやつだ」


「なんだ、うちのより新しいじゃん」


そんな会話の最中、

彼等の発声がどこか控えめな事に違和感を持ったエルニーが、

「なんか君達疲れてない?」と、尋ねる。


リエールがテーブルの隅に置かれている小箱を指して答える。


「この中で調子に乗り過ぎた」


「ん?」


エルニーは示された対象を見て、言葉の意味と繋ぎ合わせる。


「ああ、簡易空間の小箱だね」

「おお~、じゃあ、二人はあの訓練やったの?」


「うん」「やったやった」


「楽しかった?」


「うん」「楽しかった」


「ちなみに武器って何を使ったの?」


「俺、[アイリーン]」


ここぞとばかりにお気に入りの武器名を口にしたリエールは、

続いてフィリップの方を親指で示す。


「こいつ、[フィリッピア]」


「それ承認されちゃったのね」


彼等の個人的なネタを聞いて反応に詰まるエルニーに対し、

「あ、エルニーの言った通りだったよ」と、横からニーニャ。


「ん?なにが?」


「リエール、ほんとに凄い身のこなしだった」


「おお!やっぱそうでしょ?」


「うん」


そんな会話を耳にした本人には、そこまで称賛される心当たりが一切無く、

冗談で大袈裟な評価をしている物として解釈する。


「そうかな?俺的には人並みだと思うけど…」

「むしろ、フィリップのがいい動きしてなかった?」


フィリップは小さく苦笑してから答える。


「いやいや…、まあ、お前に対抗して頑張りはしたが…」

「悔しいけどお前には及ばないと感じたよ」


「えー、そう?」


そのやり取りを見ながら考えるエルニー。


「(やはり、リエール君は体がアクティブな状態の時、

意識というか神経回路というか…、

その辺が尋常じゃない度合いで研ぎ澄まされるみたいだ)」

「(しかし、普通は体がそれに付いて行かなそうな物だけど…)」

「(どっちにしても、僕やニーニャの様な[具現タイプ]のセンスではなく、

[能力強化タイプ]かな)」


リエールは自分ばかりが評価されている状況がしっくり来ない為、

仲間に対して抱いた感想を主観的に述べて話を広げる。


「ニーニャの弓だって、半端ない腕前だったじゃん」


「ふふ、ありがと」


彼女の技量を良く知るエルニーが、用語交じりの解説を入れる。


「だってねぇ、ニーニャはねぇ…、

[多重レンズ]による[スコープ]とか、[エアバレル]とか使えるからねぇ」


「ん?何それ?」


説明が複雑になるため、今はそれを避けたいのか、

大雑把に答えるエルニー。


「空気中の飽和水蒸気ほうわすいじょうきを、

気圧のコントロールでレンズ状にする…、

とでも考えてくれると解り易いかな」


「(いえ、全然わかりません)」と、内心リエール。


「普段はそんな使い方しないけど、

能力を戦闘に応用したニーニャの知恵だね」


「うん、戦うのは好きじゃない」


少しだけ頭を働かせたフィリップが、大まかな解釈を発表する。


「よくわからんけど、抗体関連の個人別特典みたいなもん?」


「そうそう」


「ほー、そうかそうか」


そこでリエールが、フィリップをターゲットに横槍を入れる。


「じゃあ、お前は、

[隣の家の晩飯を嗅ぎ付ける能力]を戦闘に応用しろ」


「どう活かすのよ」


再来した彼等の個人的なネタは放置して席に付いたエルニーは、

折り目だらけの地図を卓上に撫で広げ、まず現在地を探す。


「えーと…、ここの駅が…、これか」

「だから…、ここからこうきて…、川があって…、橋がこれだから…」

「ここがバターカップか」


リエールは少し重そうに上体を起こし、彼の指し示す地点を覗き込むも、

大きな縮尺での記載は土地勘との照合が難しかったため、

若干硬直した挙句、脱力感満載で背凭れに寄り掛かる。


裏腹に、興味深く地図を眺めるフィリップは、

新たに更新された箇所に気付き、嬉しそうな顔で口に出す。


「あ、テキアの鉄道、かなり進んでるじゃん」

「開通は近いな」


それを聞いた事がきっかけで、

別の鉄道敷設地の経過にも関心が湧いたリエールであったが、

横着から自分で地図を確認せず、声にて情報を得ようと験する。


「北側の終点はどうだ?今もカイトバレーのままか?」


「えーと…、そうだな、こっちもそろそろ開通はしそうだが」と、フィリップ。


「ここの駅から終点まで、どれくらいかかるの?」


エルニーの質問に対し、リエールが体勢を維持したまま答える。


「んー、午前中の列車は九時くらいに来て…、

大体いつも日暮れ前後に着くから…」

「10時間…くらい?じゃないか?」


回答者の横で何度かうなずいたフィリップが補足を挟む。


「その間、駅が三つあるぞ」

「はじめカルネラで、次がティートで、そん次がフェスタスだ」


「ティート!?ティートに行くの!?」


突然嬉しそうに高声を出したミュアに視線をむける一同。


「兄さんに会える~」


ミュアは無邪気にも高揚を前面に出す。


その光景に仲間達が表情を綻ばせる中、

[兄さん]という言葉がまだ少し精神に響くフィリップだけは、

若干憂いを帯びた微笑みに留まる。


「リュトン行きの船に乗るだけなら、トーテスの港の方が遥かに近いし、

仮にカイトバレー経由で向かうにしても、ティートは通過点になっちゃうけど」


ミュアの喜びに水を差すつもりは無いにせよ、

計画がまだ未定である事を指摘するリエール。


「あ…、そうだよね」


残念そうなミュアを見たエルニーが、そこで一肌脱ぐ。


「だけど、もし急ぎじゃないなら、まずは国内観光も悪くないんじゃない?」

「僕とニーニャにとっては海外旅行だから、その辺も興味あるしさ」


続いて彼は、地図を指でなぞりながら、

さり気無くティートへの経路取りを促す。


「それにほら、ティートにも港はあるよね」

「カイトバレー経由よりはリュトンまで遠くなっちゃうけど、

港はティートの方がいてるかも」


リエールは正直な所、

最初から国を離れる前にミュアを兄と会わせるつもりだったため、

エルニーの小細工に喜んで嵌る。


「そうだな、アネスト兄妹を再会させるのも面白そうだ」


それを聞いたミュアの顔が緩む。


「え?それじゃ」


彼女に微笑み掛けながらリエールが続ける。


「ああ…、という訳で…」

「トーテスから船に乗ろう!」


「こら!」


間髪容れずにリエールの後頭部をひ引っぱたくフィリップ。


「ティート行かんのかい!」


基本的なボケに噴出す一同。


「わかりましたよ!ティートに行きゃあいいんでしょ!行きゃあ!」

「ええい、この際だ!ティートから船に乗ってやるぜ!ちくしょうめ!」


わざとらしく突っ張るリエールの言葉に、満面の笑みを浮かべるミュア。


「やったぁー」


そんな彼女の悦楽に触発され、小さな拍手をするエルニーとニーニャ。


「逆ギレなのが引っ掛かるが」


盛り上がった場に紛れてフィリップがそう呟いた直後、

ついさっきまで高いテンションでボケていたリエールが、

何故か突然、謹慎を持った様にため息を吐いた。


それに気付いたエルニーが、控えめな声量でリエールに尋ねる。


「どうしたの?」


エルニーが一斉に注目を引き付ける中、

自分も引き付けられた側のつもりでいたリエールは、

不意に対象者と視線が繋がったため、驚いて聞き返す。


「ん?俺?」


「うん」

「なんか、急に気が重そうになったけど」


今度はリエールが注目を浴びる。


「いやさ…、母さんに話さなきゃならないだろ?旅の事を…」


「あ…、そうだね…」


室内の五人が発する雑音が途切れ、

ここが閑静な町である事を実感できる[自然音]が、窓から流れ込んできた。


精神圧迫を伴う[説得]を後に控えながらも、

場に漂った一瞬の安息に有り難みを感じるリエール。


しかしその直後、逃げ出したくなる程の緊張が再び張り詰める。


非日常的な会話を、いかにして切り出すか…、

その時、どんな表情をすればいいのか…、

そしてそれが、よく知る親類にどんな印象を与え、

どんな対応が返ってくるのか…。


次々と浮かぶ不安と、自分がやろうとしてる事への懐疑。


リエールはその緊張から早く開放されたい衝動にかられ、

不意に席を立ってドアに歩み寄りながら言う。


「じゃあ、ちょっくら帰って話してくるよ」


明らかに空元気だと分かる笑顔で振り返る彼を、

複雑な面持ちで見上げる一同。


「はい、気を付けて」


本人の心理状態を気遣い、

あえてシンプルに送り出すエルニーとは裏腹に、

「がんばって」と、明るく応援するニーニャ。


「がんばれ~」と、それに釣られるミュア。


無言で俯くフィリップ。


そんな仲間達に小さく手を挙げながら前方に向き直ったリエールは、

渋々ドアを開けて廊下に一歩踏み出す。


その時、フィリップがふと顔を上げ、友の背中に言葉を飛ばす。


「一緒に話してやろうか?」


リエールは再び微笑みながら振り向く。


「サンキュー」

「だけど、これは俺の問題だから」


廊下を強く蹴るその足音には、リエールの固い決心が込められていた。







「ただいま」


自宅の玄関を潜りながらバンダナを外すリエール。


「あら、おかえり」と、台所で洗い物をしているレイラ。


ダルそうな物腰で席に着いたリエールに、レイラが背中を向けながら問う。


「マルルーニさん家、旅行にでも出かけたのかしら?」

「あんた、何か聞いてない?」


「あ、ああ…」


リエールは一瞬答えに詰まるが、遠回りに事実を述べる。


「きっと日頃の苦労を忘れて、

どこか別の世界を気ままに旅してるんじゃないかな…」


「なによそれ」


食器を棚に収納しながら鼻で笑ったレイラは、

エプロンで手を拭きながら今度は風呂場に向かう。


「それから…」

「俺も旅にでるよ」


忙しい素振りのレイラに対し、

軽くない話題を、あっさり且つタイミング悪く振るリエール。


「え?」


レイラは動きを止め、若干の間を空けた後、

「何?旅行?」と、エプロンを放す。


「いや…、[長い旅]だよ」

「仲間達と…」


あまりに突然の事態を、理解していないのか、それとも理解したくないのか、

立ち止まって緩い表情のまま息子を見詰めるレイラは、

口調から冗談とは思えないその言葉が、まだ精神に響かない内に、

「えぇ?…、いつ?」と、再び体を動かし始める。


「明日かな…」


レイラはそれに反応する事無く薄暗い風呂場に入ると、

タライの中の水に浸けてあった洗濯物を、

力強くウォッシュボードに擦り付け始める。


リエールは席を立ち、開けっ放しの浴場に向かうと、

ドア穴の縁に手を突き、そこに体重を掛けた。


「もう決まったんだ…」


互いに次の言葉が続かず、場のムードが固まって行く。


母が聞かぬ振りをして誤魔化そうとしているのかとリエールは思っていたが、

やがてレイラは手を休めて大きく一息吐き、

落ち着いた口調で息子の意思を確かめる。


「あんた、こないだもそんな事言ってたけど…」

「今度は本気みたいね…」


母の背中を見下ろしながら、

「うん…」と、うなずくリエール。


答えを得るも、再び無言で洗濯を始めるレイラ。


しかし、その仕種にまるで根が詰まっていない事から、

リエールは母の当惑を読み取る。


止めようか…、行かせてあげようか…、

息子が選んだ道、思い通りにさせてやりたい親心、

だが、それに伴う寂しさ、そして心配…、

結論への到達を妨げ合う一対の心理。


何らかの[後ろ盾]が欲しい…。


そう思ったレイラは、

彼が日常から抜け出そうとする意義について問い詰める。


「その旅の目的はなんなの?」


リエールは少し考えてから、[納得させるための理由]ではなく、

[自らが受けた宿命]を、飾らずに答えた。


「[成長するため]…、かな…」


それを聞いても尚、レイラは沈黙したまま弱々しく作業を繰り返す。


そんな母の心境は痛い程分かっているにせよ、

自分が[資格]を受けた理由には納得していないにせよ、

世界の救済という大儀を担った実感など皆無であるにせよ、

友のため、友の家族を救うため、

「行かなきゃならないんだ」と、静寂を打ち破るリエール。


その強い言葉を聞いた母は、

寸刻の後、自らの不安定な想いを押し切って言い放つ。


「わかったわ…」

「遊びじゃないなら、行っておいで」


予想外にすんなりと承認を受け、

リエールの胸中で安心と申し訳無さが入り混じる。


[望んでいた旅の許可は下りた]、しかし母の心から感じ取れる[迷い]。


そう…、[望んでいた結果]なのに、いざそれが表面化すると胸に残る切なさ。


気持ち良く旅に出たい…、だが、旅の中でも時折心をさいなむであろうその想い。


[許可は下りたんだ…]、[許可は下りた…]、[正当化していいんだ…]。


「まったく…、その突拍子もない所はお父さんそっくり…」


無言で立ち尽くしている息子の中のやりきれない気持ちを感じ、

レイラがそう呟く。


「ふふ…」

「血は争えないわね…、

まあ、あの人みたいに前置きなく消えないだけマシだけど」

「後から手紙で謝ったりして…、その手紙も最後に来たのは二年以上前…」


リエールが旅立ちの報告を切り出し難かった最大の理由であるその事実を、

彼も意識していると分かっていながら、高ぶった気持ちの勢いで口に出す母。


帯びていた憂いを断ち切り、瞬時に凛とした顔へと切り替えたリエールは、

母を安心させるには不十分だが、本当に安心させたいという一念を込めて、

母の背中に強く言葉をぶつけた。


「おれは必ず戻ってくるよ」


レイラは再び鼻で笑うと、ゆっくり振り返って口を開く。


「当たり前さ」

「戻ってこないなら行くんじゃないよ」


二人はしばらく視線を合わせて硬直していたが、やがて互いに微笑んだ。

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