表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/21

11:知りえる感覚の片鱗

用語解説


[ノウアブルセンス]

抗体を持つ者それぞれに宿る特殊能力。

能力のタイプ、発現させる術やきっかけなどは個人により異なる。

詳細な説明は本編にて後述。


[ヒューグ]

人間がガーナに感染して変異した姿の基本的な呼称。

変異したばかりで理性も知性もないヒューグは[ヒューグロウ]と呼ばれ、

他の変異体を取り込む事で理知を持ったり、

異常な運動能力を得たヒューグは危険度も高くなり、

[ハイヒューグ]、[ヴァルヒューグ]等、様々な種類に分別される。

リエールは自宅玄関の戸板を引き剥がす様な粗略さで開け放つと、

過剰なまでの音量で母を呼号しながらリビングに駆け込んだ。


「母さん!!」


唐突に帰還した息子の声と勢いに驚き、

椅子に座ったまま身を仰け反らせるレイラ。


「何よ!?」

「びっくりするじゃない!」


母の無事を確認して一気に緊張が解け、

脱力した様相で中腰になるリエール。


さぞ切迫した用件がありそうな素振りを見せておきながら、

そこで言葉を止めた彼に拍子抜けしたレイラは、

まず気になった点について自分から問い掛ける。


「何その服、買ったの?」


呼吸を整えながら玄関に引き返したリエールは、

開扉時の反動で中途半端になっていたドアをきちんと閉めた後、

その質問とはまるで関係のない答えを返す。


「ここらに変な奴いなかったか?」


「え?」

「あ!そうだ」

「あんた、今朝、床をびっしょりに濡らして行ったでしょ!?」


事の重大さを把握してよう筈もないレイラに対し、リエールは口調を強める。


「変な奴いなかったかってば!!」


「変な奴?」


その時、いきなりノック音が響いたため、咄嗟に玄関へと振り向く親子。


扉の近くにいたリエールが、警戒しながら取っ手を押すと、

狭いポーチに息を切らしたエルニーが立っていた。


レイラはテーブルに手を突き立てて来訪者を覗き込むが、

薄暗さ故に顔がはっきりとは確認できなかったため、息子に情報を求む。


「どちらさま?」


その声に反応し、リエールの影からリビングに視線を向けるエルニー。


母と客とを隔てる位置にいたリエールは、気を遣って横に半歩立ち退き、

エルニーを右手で示しながらレイラに紹介する。


「この人は、エルニーと言って…」

「友達だよ」


紹介を受けた美青年は一歩前に出ると、

女寄りの中性声を添えて丁寧にお辞儀する。


「こんばんは」


照明範囲に入った客人の美顔を目にし、喫驚した面持ちで会釈を返すレイラ。


「はい、こんばんは…」

「(わぁ…、凄く綺麗な子…)」


息子と交友関係を持つ人物は全員把握しているつもりでいたレイラは、

地元標準を凌駕した美貌と上品な振るい舞いを兼ね備えたエルニーが、

それとは似つかぬリエールといかなる経緯で親善を築いたのか想像できず、

露骨に戸惑いの色を出す。


「よかった、お母さん無事だったんだね」


エルニーは微笑みながらリエールにそう囁く。


「ああ」

「悪かった、勝手に出てきて」


「あ、いいよいいよ」


立ち話している二人にレイラが呼び掛ける。


「あがってもらったら?」

「そんなとこで話してないで」


そう言ってキッチンへと向かうレイラだったが、

「あ、またすぐ出るから」という息子の一言に立ち止まって振り返る。


「え?どこ行くの?もう遅いじゃない」


答えに詰まり、一瞬エルニーと顔見合わせしてから、

「治安維持のパトロールってとこかな」と、回りくどく事実を述べるリエール。


その時、エルニーがリエールのシャツの袖を摘んで引っ張り、

反射的に振り向いた彼に再び囁く。


「この辺で変わった事はなかったか訊いてもらえないかな?」


リエールは今しがた吹き込まれた台詞を、そのまま母に伝える。


「この辺で変わった事はなかった?」


レイラは少し考えた後、浴場の方を指差しつつ答えを返す。


「なんか、さっきお隣がドタバタと騒がしかったけど…」

「甲高い声で叫んだり…、窓を叩いたり…」


それを聞いた途端、素早く道に出て隣家の様子を検視するエルニー。


しかし、調査対象の物件は宵闇に包まれており、

光源と言えば正面二階左隅の部屋から漏れる薄明かり程度で、

遠目だけでは内部の詳しい情報までは掴めなかった。


一方、突然出て行ったエルニーを見てポカンとするレイラに対し、

「戸締まりはきちんとしておいて」と、念を押したリエールは、

入ってきた時とは裏腹に、ゆっくりと玄関を閉めてから自宅を後にする。


道の真ん中にて引き続きフィリップ宅をうかがっていたエルニーは、

リエールの合流を横目に捕らえると、

偵察態勢のままで二階の明かりを指差しつつ、意見と方針を述べる。


「人影は確認できないけど、あの部屋に誰かいるかもしれない」

「フィリップ君達が来てから踏み込もう」


「わかった」


仄かな残光の中、蛙の鳴き声があちこちから飛んできた。


そこに吹きつける清涼な風。


恐らく避けては通れぬであろう錯雑な葛藤を前に、

緊張や不安とは隔たった雰囲気の中で一時の安らぎを覚えつつ、

気を抜かない程度に力んだ精神を落ち着ける二人。


「お、いたいた」


大気に広がるその言葉を耳に捉えたリエール達は反射的に振り返る。


するとそこには、明かりも持たずに走って来るフィリップと、

その後ろでぼんやりとだいだいに顔を染めるシーザがの姿があった。


「レイラさん、大丈夫だったか?」


足を止めずにそう発問したフィリップは、

「ああ」と、うなずくリエールを素通りして自分の家に向かう。


そんな彼を顔と目線で追い掛けているエルニーの後ろから、

「ほら、これ」と、長さ2メートル程の細いロープを二本差し出すシーザ。


声に向かって振り返ったエルニーは、一瞬間を置いてからロープに気付き、

「あ、はい」と、慌て気味にそれを受け取る。


そうこうしている内、フィリップが惰性だせいのまま家宅侵入に至ったため、

未だ路上の三人は思いの外早い展開に焦り、

スタンスを[慎重]から[大胆]へと切り替えて先鋒を追う。


そして後続三名が玄関を潜った頃、

フィリップは闇が漂う急角度の階段を、

体に染みた[慣れ]任せで駆け上がっていた。


「フィリップ君待って!」


変異体が家の中にいると仮定した場合、普通は声を潜める所だが、

フィリップの立てる騒音が家中に響いてしまった後では無用の気遣いと判断し、

抑制のない大声で叫ぶエルニー。


しかし、要望空しくそのまま二階まで達す足音。


そんな彼の身を案じた隣人のリエールが、

入口で立ち尽くすエルニーを退けて前衛に立ち、

幼少より頻繁に出入りしている物件にて仲間を引率する。


「こっちだ」


黙ってそれに続く初訪問の二人。


ランプを携帯するシーザが最後尾な故、

目下、自分とエルニーの影が差し障りとなっているリエールは、

幅が狭い上に傾斜のきつい階段に手を着けながら上っていたが、

踊り場での折り返し以降は普通に二足歩行で進む事ができた。


というのも、階段上の右手側から薄明かりが注がれていたのだ。


燈のあった部屋がフィリップによって開放されたためなのか、

元々開いていたのかは定かでないが、

条件の好転に勢い付いた二陣の面子は急いで階段を上り切る。


すると案の定、突き当たり右手側にある部屋のドアは全開にされており、

そこから弱々しい光が漏れていたが、

なぜかその向かいに位置する部屋のドアも開いていたため、

先頭のリエールは一瞬足を止めて左右の入口を見渡した後、

とりあえず明度基準から右の室内へと駆け込む。


が、いきなり棒立ち状態にあるフィリップの背中が視界に入ったため、

急ブレーキを掛ける後続隊の先導者。


間取りの大部分を占有しているダブルベッドが物語る通り、

その部屋はマルルーニ夫妻の寝室であったが、

ベッド右脇のサイドテーブル上で微かに揺れる灯火が浮かべる光景は、

[夫妻の寝室]という前提にしては奇妙な要素を含んでいた。


呆然と硬直を続けたままのフィリップが見詰める先で、

彼の父、[トルキス]と思しき人物が床に膝を落としたまま、

ベッド上の乱れた毛布に作為無く顔をうずめていたのだ。


それは一見しただけで意識を持たぬと分かる程、

糸が切れた傀儡かいらいの如く脱力した様相で、

上着の半袖から伸びる彼の腕は、

先程変異体として現れたユリアのそれと相似的に、

[焦げ]と見紛う域まで黒ずんでいた。


だが、そこにフィリップの母であるケイトの姿は確認できず、

渦巻状に捻れたシーツには大きな汗の染みが出来ていて、

床にも濡れタオルや空の洗面器を始め、分厚い本、木製のトレイ、

妙にいびつな形をした金メッキの懐中時計等が散乱しており、

多量の水を零した跡も見受けられた。


贔屓目ひいきめにも良いとは思えない部屋の状況に面したリエールは、

それ以上踏み入る事に若干抵抗を感じたが、

後ろから続々と立ち入ってきたエルニーとシーザに圧迫され、

押し込まれる様に親友の左横へ立ち退くと、

その親友同様、神妙な面持ちをトルキスに向ける。


そんなリエールとは裏腹に、

エルニーは気兼ね無い素振りでトルキスへと詰め寄り、

彼の感染進行具合を外観から一通り探る。


「(首まで変色が進んでいるか…、もう変異間際だ)」


その情報を胸三寸に留め、

「ここは、ご両親の部屋?」と、何食わぬ顔でフィリップに振り向くエルニー。


フィリップは眉間にしわを寄せつつ、黙ってうなずく。


「ケイトさん、今日はパートの日か?」と、横からリエール。


「いや…、今日は家にいたはずだ」


それを聞いたエルニーは、情を捨てて職務的な提案をする。


「じゃあ、まず家の中から捜そう、外に出たにしても痕跡があるはず」


「ひょっとして、変異はしてないんじゃないか?」


円滑とは言えないリズムで介入してきたリエールに視線を向ける他三人。


「だってほら…、パッと見た限りトルキスさんは無傷だし」


始めて聞く名だが、該当者が一人しかいないため、

特に疑問を持たずに答えるエルニー。


「そうだね、でも…、言い難いけど、

ヒューグロウは動かない生物に対して反応が薄いんだ…」

「状況から見て、お父さんがお母さんを看病していたと考えるのが妥当だし、

このシーツに残った汗の量…、変異前高熱の痕跡だと思う…」


エルニーの見解を聞いて一時俯くフィリップだったが、

今は落ち込んでいる場合では無いし、

自分がしっかりすれば仲間に無駄な配慮をさせずに済むと考え、

気持ちに鞭を打って勢い良く顔を上げると、

「どっちにしても、急いで捜そう」と、仲間達を見渡す。


「うん」「だな」


だがその直後、唯一返事をしなかったシーザから提案が飛ぶ。


「フィリップ君には申し訳ないが、お父さんは今の内に縛るのが賢明だと思う」


「はい」


特に心の乱れを見せないフィリップの即答を聞き、

シーザはトルキスへと歩を進めながら、あえて慎み無く続ける。


「俺が彼を縛っておくから、まずは君達三人で家の中を調べてくれ」


「わかりました」


そう答えたエルニーがシーザの持っているランプに手を伸ばす。


「それじゃ俺は自分の部屋から捜す」


フィリップは向かいの部屋を指差しつつそう言うや否や、

周囲の反応を待たずに早足で退室する。


シーザからランプを受け取りながらそれを見たエルニーが、

「じゃあ、僕等は一階を捜そう」と、リエールに立言しながら出口へ向かう。


目の前を横切る彼にうなずいたリエールも、すぐ後に続く。


だがその矢先、

「おい!来てくれ!」という声が突然正面から飛来し、

一階調査係二人の進行は中断される。


驚いたリエールとエルニーが声の方を見ると、

向かいの部屋から発言者のフィリップが手招きをしていた。


誘導に乗ったリエール達が詰め寄って来た所で、

フィリップは部屋の奥側、裏庭を見下ろせる窓を指しながら、

「あれを見てくれ!」と、二つ目の要求を出す。


それを受けた客分達が彼の示す先に注目すると、

両開き型の格子窓が左側だけ開いており、

窓ガラス経由で差し込む月光によって床に映し出された影の中に、

奇妙な[ジグザグ模様]が混じっていた。


「窓が割れてる…」


その時、先程の大声を変異体発見報告と誤解したシーザが、

作業を止めて後ろから駆け付けたが、

エルニーが小声で発したその情報を聞いて黙々と引き返す。


そんな彼を尻目に、窓の周囲を良く観察する捜索係の一同。


六等分された格子窓は、左右共に二枚ずつ割れていたが、

床にガラスの破片が殆ど落ちていないという状況を見て、

内側から断続的且つまばらな力が加えられた結果と判断したエルニーは、

声無く推理する。


「(鍵は付いてないのに開き方が粗過ぎる…、明らかに普通じゃないな…)」

「(それも一度の強い衝撃で円滑に行ったのではなく、

整合性のない複数の衝撃でこじ開けた感じだ…)」

「(大方、窓の外に虫か何かの動きを察知して狩り立てられたが、

透明な板と格子状の枠によって遮蔽を受け、

苛立って乱打した結果…、ってところかな)」


「普段お前の部屋に入るのって、俺とユリアくらいだよな?」と、リエール。


「ああ」


「ユリアの部屋は一階だから…、つまり…」


リエールはハッとして、その言いかけた分析を飲み込むが、

フィリップは素直に可能性を認めて話を繋げる。


「母さんの仕業だとしたら、なんで俺の部屋に…」


「この匂い…、最近お酒でも零したでしょ?」


エルニーに心当たりを突かれ、顔をしかめるフィリップ。


「それが原因か…」

「昨日、こいつんちで晩飯食おうと思って、土産に用意した酒だ」

「でも、こいつが家にいなかったから、結局一人で空けちまって…」


一瞬沈黙する三人。


「しかしまずいな…」


窓に歩み寄りながらそう呟くエルニーは、

枠に残った鋭利なガラスの断面をよく調べた後、

しゃがんで床のガラス片を一枚摘む。


「もしこれで体に傷でも作っていたら…」


直後、自分の呟きによって閃く発声者。


「いや…、それはそれで追跡できるかも…」


エルニーは立ち上がって窓から裏庭を見渡す。


やがて振り返った彼は、

「裏庭に下りて血痕がないか捜そう」と、提言し、

リエール達を避けて部屋の出口へと走るが、

狭い廊下に出た所で不意に足を止め、

フィリップに視線を送りつつ注文を発す。


「あ、できれば君達二人もランプを持って来て欲しい」

「一人一つずつ持っていた方が効率上がるし」


「わかった、リビングと台所にあるやつを持ってく」


「ありがとう」

「じゃあ、先に裏庭へ行ってるから」


再び身を反転させ、俊敏に階段を駆け下りて行くエルニー。


一瞬顔を見合わせてから、慌ててそれに続くリエールとフィリップ。


逸早く一階へと降り立ち、

開いている玄関から屋外へと飛び出したエルニーは、

若干の冷や汗を伴わせながら考えていた。


「(血痕なんて無い方が良いんだけど…)」







裏庭で合流した三人は、芝生にばら蒔かれたガラス片や、

その周辺に血痕が付着していないかを念入りに調べる。


一通り捜索をした後、しゃがんでいたエルニーが腰を上げて言う。


「うーん、血痕は見当たらないね」

「手がかりは掴み損ねたけど、

むしろ禍根を広げずに済んだのは良かったと言える」

「遺漏なく点検するのは難しいからね」


エルニーはそこで軽く周囲を見渡す。


「よし、この辺一帯を手分けして捜そう」


「わかった」と、うなずくリエールと、無言でうなずくフィリップ。


「なるべく明るい所で激しく動いたりして誘き寄せるのも手だよ」


「ほう、試してみるかな」と、軽く準備体操を始めるリエール。


次の瞬間、フィリップとエルニーは奇妙な光景を目にした。


マルルーニ家の方を向いて体をほぐしていた筈のリエールが、

突然、凄まじい速度で2メートル程バックステップし、

直後、彼が立っていた場所に謎の黒い物体が降って来たのだ。


しかし、奇妙なのはそれだけに留まらなかった。


唐突過ぎて状況を把握できていないフィリップとエルニーを他所に、

リエールは既に黒い物体をヒューグロウと認識して身構えており、

傍観者が気持ちを切り替えるより早く飛び掛かってきた怪物を、

迅速且つ最少の動きであしらったのだ。


そして更に、

超凡に柔軟なヒューグロウが次々と繰り出す変則的で素早い攻撃を、

微塵の危な気も含まずにことごとく回避するリエールは、

一瞬の隙を突いて相手の懐に踏み込み、

みぞおちに重々しい左の肘打ちを決める。


それによって吹っ飛んだヒューグロウは家の外壁に叩き付けられたが、

全くのノーリアクションで機敏に起き上がる。


突然過ぎるヒューグロウの登場のみならず、

明度、彩度共に低い状況下で、

運動と思慮のかせとなるランプを携えたままのリエールが展開した見事な攻防に、

唖然とするフィリップとエルニー。


「二人とも、何ボサッとしてんだ!」


当事者からの指摘を受けた彼等は、目が覚めた様にハッとする。


だが、そのタイミングで、ケイトは再びリエールへと飛び掛かり、

苛立ちの唸りを上げながら躍起になって腕を振り回す。


リエールは武術の経験が一切無いとは思えぬ程、

風の如き軽やかな挙動でそれを避け続けるが、

突如、大振りな一撃を掻い潜った流れでケイトの背後に回り込み、

何故か絶好の反撃チャンスを見送って間合を空ける。


「ちくしょう!さっきはつい反撃しちゃったけど…」


修羅場に不似合いな弁舌のリズムなどお構いなく、

ヒューグロウは振り向き様にリエールへと跳躍蹴りを放つ。


それを無駄なくかわしながら、

「ケイトさんとは戦い難い!」と、複雑な胸の内を語るリエール。


その直後、突然ヒューグロウがリエールの左手方向に吹っ飛んだ。


リエールが反射的に横槍の介入した方向を見ると、

腰を深く落として左掌を前方に突き出すエルニーの姿があった。


「僕に任せて」


ロープとランプを地面に置き、ブルゾンの両袖を捲るエルニー。


無言で彼に場所を譲るリエール。


「フィリップ君ごめんね、少し手荒くするよ」


ヒューグロウが起き上がると、

エルニーは舞う様な東洋武術の形を披露して自分に注意を向かせ、

両の掌を力みなく広げつつ猫足立ちで構える。


一連の行動からエルニーを敵対者と認識したヒューグロウは、

3メートル程の距離から軽い跳躍で一気に彼との間合を詰めつつ、

下降ついでに不恰好な右手振り降ろしを放つ。


エルニーは右に半歩動いてそれを避けると、

そのまま左足を軸にして身を時計回りに反転させ、

勢いと体重の乗った右肘をケイトの横っ面に入れる。


着地際という衝撃を逃し難いタイミングでのヒットに、

鈍さと鋭さを併せ持った打撃音が響く。


流石のヒューグロウも膝が折れる程よろけたが、

地に背中が着くよりも早く腕を直角に背後へと回し、

[仰向け四つん這い]の形になって頭側に3メートル程進むと、

早くもダメージを回復させたのか、腕のバネだけで機敏に起き上がった。


「キシャァァァ!」


張り裂けるような叫びを上げながら体位を低くし、

類人猿の様に手と足で地を駆ってエルニーに詰め寄るケイト。


そして仇なす美青年に掴み掛かろうと両腕を振り上げたその出鼻、

エルニーが彼女の顎を縦方向に蹴り上げた。


美しく半円を描きつつ垂直に上がった長い右脚は、

足首を伸ばしたまま元の軌道に沿って滑らかに降ろされる。


それが地に着いた瞬間、反動を活かして地面を蹴った彼は、

怪物の右側面へと素早くステップインすると、

踏み込んだ左足を軸に時計回りにターンし、

腰を落としつつ右の手刀で怪物の後ろ首を払う。


頭部に連続して強烈な打撃を受けた事によって、

意識が遠のくヒューグロウ。


エルニーはそんなケイトの右手首を掴みながら、

自身の左肘を彼女の顎下に潜り込ませる。


続いて、左脚を相手の右膝裏に掛けつつ肘に力を加え、

巧く体重移動しながら怪物をうつ伏せに押し倒すと、

間髪入れずにその右腕を腋固めで極めて動きを抑制し、

リエールに向かって叫ぶ。


「今の内に拘束しちゃって!」


先輩幻導士の鮮麗な戦いぶりに見惚れていたリエールは、

揺らぎを含んだその声で我に返り、

慌てて二本のロープを拾い上げ、フィリップに一本放り投げる。


「お前は腕を」


複雑な心境で一連のやり取りを眺めていたフィリップは反射が遅れ、

飛来したそれを掴み損ねて肩に受ける。


彼は心の乱れを悟られまいと、すぐに気持ちと顔付きを切り替え、

母を捕縛するために急ぎ距離を詰めるが、

その母を押さえ込んでいる美青年により、

「足から」と、後手に回される。


その指示通り、

「おっけ」と、ケイトの両足を拘束する作業に取り掛かるリエール。


「二重縛りでいいよな?」


エルニーはヒューグロウの右手首を掴んだまま寝技を解除し、

「外れなければなんでも」と返しながら素早く姿勢を起こすと、

即座に彼女の腰椎と胸椎を両膝で押さえ付ける。


そして次に、未だ暴状にある怪物の左腕を大人しくさせるため、

比較的ぶれ幅の狭い上腕部を鷲掴みにして取り押さえた後、

そのまま腕を辿る様にして手首まで掴み目をずらすと、

既に掌握済みの右手首と一緒に上へ強く引っ張って交差させ、

「ここを縛って」と、フィリップに依頼する。


「わかった…」


覚悟していたとは言え、

掠れ声で唸りながら知的感無く振舞う母を目の当たりにした衝撃は大きく、

隠し切れない動揺を表情に反映させながら、

なるべくケイトの姿を直視しない様に仕事をこなすフィリップ。


「発見できたみたいだな」


突然頭上から降って来た声に驚く裏庭の三名。


そんな彼等が素早く発生源を見上げると、

二階の割れた窓からシーザが上体を乗り出していた。


「はい、屋根の上にいたみたいです」


「そうか、近くにいるならと思い、

窓から明かりを振って動きを見ていたんだが、

屋根の上じゃ反応が無い訳だ」

「ともあれ、家の前で合流しよう」


シーザは相手の返事を待つ事無く、家の中に引っ込む。


腰に手を当てつつそれを見送ったエルニーは、

地べたで足掻くケイトに視線を戻し、

「じゃあ、運ぶ前に出血はないか調べよう」と、先程手放したランプを拾う。


「何回か攻撃しちゃったしな」と、リエールも灯明を掲げる。


それを聞いたエルニーは、ケイトの傷の調査と並行して、

人間とは異なるガーナの性質について解説を始める。


「うん、でも基本的に、ガーナはちょっとやそっとの傷では、

人間ほど派手には出血しないんだ」

「まず、変異体は緩衝系がおかしくなってるから、

アシドーシスが…、あ、つまり血液の酸性化が強めなために、

血液が少し粘っこいジェル状になっていて、

その条件では毛細血管を通り難いどころか、

血管の壁を傷める事さえあるので、

変異の過程で循環系を作り変え、

血液中の炭酸ガスによる膨張も利用して、

真皮に巡る血管の一本一本を太く補強するんだけど…」


ロープを外そうとするケイトを膝で抑え付けながら、

その左側面を調べ終えた解説者は、

彼女の体を反転させ、再び膝で抑え付ける。


「それによる代謝の変化が、

並外れた柔軟性と丈夫さを兼ね備えた肌を作るの」

「簡単に過程を説明すると…、まず、ガーナ感染体の場合、

血液中に余りある炭酸ガスは真皮しんぴ内の基質に一部吸収されて、

感染細胞がそれを使って独特の養分を生成する」

「で、表皮の基底層にいる感染細胞がそれを栄養源として、

また独特の有棘細胞ゆうきょくさいぼうへと分裂する」 

「で、次にその細胞が炭酸ガスを一度分解して炭素を取り出す…」

「ここまでは光合成に似てるよね、

現に、彼等が食事を取らなくても生きていられる理由の一つだし」


「(ピンときません)」と、内心リエール。


「だけど、異なるのはここからで、その取り出した炭素と、

分解した元素の一部を、もう一度[別の配列で組み替えてしまう]んだ」

「要するに、人間なら[ケラチン]というタンパク質を作る場所で、

ガーナは配列を組換えた独自の素材を使って別の物質を作る…、って事」

「何ができるかはタイプによってマチマチなので、

いちいち特定の名前は付いて無いけど、

その物質が表皮の顆粒層かりゅうそうと角質層を形成するの」


既に出血の調査は済ませ、次の行動に移行すべきタイミングではあるが、

説明を半端に打ち切るのも小気味悪いエルニーは、

この話題にあまり反応を示さない二人に対して軽く恐縮しつつ、

若干表情を強張らせながら話を続ける。


「その根本となる炭素は、かなりの可能性を秘めた元素だよ」

「良くも悪くもね」

「(説明し始めたらキリがないくらいに…)」

「そんな炭素をベースにしたガーナの独自素材は、様々な性質になるから、

岩みたいに固い肌の場合もあれば、しなやかで弾力性に優れる場合もある」

「なんにせよ、ガーナの皮膚は防護作用が強いって事」

「尚且つ、筋肉とかもその独特な素材で作られるから、

とてつもない瞬発力だとか、異常なまでの剛力といった特性が生まれる」

「ただ、代謝をそうゆう形で有益化する構造とはいえ、

アシドーシスによる脳への影響は流石のガーナにとっても不利益なんだ」

「それに対処するために、例えば人型変異体の頚動脈なんかは、

人間より一本多い三又状で、その一本が耳の後ろの[えら]に繋がっていて、

脳へ巡る血液中の無駄なガスを抜いているの」

「炭素を活かし、炭素を避ける…、一見めちゃくちゃそうなガーナも、

かなり複雑な仕組みを持ってるんだ」

「基本的に、僕等の[抗体]も、

炭素との繋がりが非常に大きいという点は似ているよ」


相変わらずノーリアクションの傍聴者達。


「…まあ、それはさておき、今の説明は単体変異のケースであって…、

あ、つまり、まだ他と融合していない状態での話であって、

ガーナは体の構造を変化させる余地が無限大だから、

条件はその都度変わるので万事に言える訳ではないけど、

あくまで基礎として頭に入れておいてください」


締め括っても尚、無言を決め込む二人を見て、

空気を読まなかった事の後悔が少し湧き、

長話の言い訳をするエルニー。


「ごめん、話が長くなっちゃったけど、

今後、こっちに感染が広まったと想定したら、

出血に関しては知っておいた方が良いから」


リエールがそんな彼の心境を感じ、

理解できた範囲でフォローする。


「つまり、血管に傷が到達するまでの猶予が広いって事だね」


「うん、そう」

「さっきの攻撃は出血しない程度に抑えたけど、

流石に窓ガラスの破片で傷を作っていたら楽観はできない」


ケイトの顔がランプで照らされた時、

エルニーから得た情報と合致する点に気付くリエール。


「ほんとだ、顎を蹴られたのに口から血が出てないな」


「うん、どれくらいの衝撃で出血するかの感覚は教習で養われるからね」

「だけど、彼女は変異して間もないので、加減が難しかった」


「ほう」


「唾液や汗に関しては面倒見切れないけど、

そっちは乾いてしまえば感染力がないし、血液程危険視しなくても大丈夫」

「まあ、それはそうと、まずはバターカップまで運んで、

念のために再点検しよう」


そう言ったエルニーがケイトを抱え上げようとした矢先、

不意にフィリップが彼の肩に手を置き、落ち着いた口調で囁く。


「俺が…」


エルニーはフィリップを見上げながら少し硬直した後、

「はい…」と、出願人に場所を譲る。


そんなエルニーと入れ替わりでしゃがみ込んだフィリップは、

怪物と化した母を平静な物腰で肩に担ぐ。


そして彼が起立の動作に入った時、

子供の頃から家族ぐるみで世話になっていたリエールも想う物が湧き、

背後からケイトの体に手を添えて支援する。


「すまん」


フィリップのその言葉以降、

沈黙を保ったまま歩みを進めていた三人が路地に出ると、

そこにはトルキスを左肩に載せたシーザが立っていた。


「怪我はないか?」


「ええ、僕等は平気です」


「いや、そのヒューグロウにだ」


自分の発した言葉に不謹慎な表現が含まれている事に気付き、

チラリとフィリップの顔を見遣るシーザ。


フィリップは気にしていなかったが、

シーザ側の心の内に引っ掛かった物を感じたため、面持ちに困る。


「さっき何度か攻撃しちゃったけど、出血は確認できませんでした」

「でも、バターカップで再点検します、ここじゃ暗いので」


「そうだな」


「僕は一番後から行きますね、もし血が滴ってたりしたら大変だし」


「ああ、頼む」


若干間が空く。


「じゃあ…、行きましょう」


シーザは右手にランプを携帯しているため、

トルキスを左腕一本でラフに抱えていたが、

その身内であるフィリップへの配慮から、少し丁寧に抱え直し、

意図してゆっくりと進行方向へと身を翻す。


微妙にぎこちない彼の挙動を見たフィリップは、

未だ自分が無意識に纏う陰鬱なオーラが、

周囲に余計な気苦労を生じさせている物と感付き、

互いに利の無い[心理的窮屈さ]の根源を、

緩めた口先で取り払おうと試みる。


「ま、これで気兼ねなく旅に出られるな」


リエールはそれを聞いてフィリップの意図を汲み、

「だな」と、あえて不謹慎な相槌を返した。







バターカップのカウンターに上体を伏せていた宿の主人は、

先程騒がしく出て行った一団が帰還した音に反応して顔を上げるも、

彼等が担ぐ[奇妙な怪物]と[意識不明者]を目にしてビク付く。


まるで怪物の運搬は日常茶飯事と言わんばかりの顔で通過する面々の中、

最後尾にいたエルニーが突然駆け足で先頭に立ち、

ユリアを監禁している部屋のドアを開く。


まだどこか憂いを含んだ表情のミュアと、

その傍らにいたニーニャが咄嗟に振り返る。


「箱は?」


エルニーはニーニャにそう問い掛けるが、

「そこに」という指差しを伴った答え以前に、

ユリアの正面に置かれた箱に気付く。


トルキスがドア枠につかえないよう、体を傾けて入口を潜るシーザ。


彼と同様のやり方で続くフィリップの肩に、

激しく暴れるヒューグロウが載っている様を見たニーニャは、

驚いて両手を口に当てる。


ミュアはユリアの側に下ろされたトルキスの虚無感を目の当たりにした事で、

罪の無い三名の男女を[処理の対象]にしてしまったと認識し、

希薄ではあったにせよ、心の拠り所としていた[彼等の無事]という救済が、

厳しい現実によって容赦なく摘み取られた実感から、スッと涙を零した。


僅かな涙の動きが横目に付いたリエールは、

ケイトをフィリップのみに託してミュアの右隣にしゃがみ込み、

「大丈夫だから」と、肩を優しく摩りながら囁く。


「フィリップはもうほとんど受け入れてるし、君のせいとも思ってないから…」

「ミュアも強くなろうぜ」


リエールの督励とくれいを受け、一応はうなずきを返したミュアであったが、

胸中では以前にも増して状況を悲観していた。


重い罪悪感をあえて欲す程、落ち込みの壺に嵌まっているかの様に、

泣き疲れさえ意に残らぬ程、自ら立ち直りを拒んでいるかの様に、

激励が苦痛となる程、むしろ責め苛まれる事を望んでいるかの様に…。


そんな胸中を見抜き、適度な距離感で接してくれる仲間の心遣いに、

[自分はやはりお荷物なんだ]というネガティブな確信を深めて行く悪循環。


[皆の言葉を受け入れて、素直に笑えたらいいのに…]。


そう思えど、もう一歩踏み込めない歯痒さも、自虐に拍車を掛ける。


そんなミュアを気に掛けながら、

父と妹の間に暴れる母をゆっくり下ろすフィリップ。


「お父さんはまだ変異してないから、拘束を解いてエアコートを着せよう」


エルニーはそう発案したと同時に二号室へ走り、

棚の上にバランス悪く積まれたエアコートのパックを一つ取って早急に戻る。


それに反応したフィリップが、トルキスのロープを解きに掛かる。


その間を利用し、リエールがミュアの辛気解消を目的として、

彼女の向こう隣にいるニーニャに雑談を振った。


「いや~、エルちゃんって強いんだね」


トルキスにエアコートを羽織らせていたエルニーは、

丸めた目でリエールを見る。


「エ…、エルちゃん?」


リエールにパッと振り向いたニーニャは、

すぐにリエールの意図を読み、話に応じる。


「エルちゃん強いでしょ~」


「うん、びっくりしたもん」


エルニーは自分の話題に少し照れながら、

感染者三名からの出血について最終確認を開始する。


ただでさえ重要な仕事に、少し過剰な忙しさを演出する事で、

質問を受け付けない雰囲気を意図して纏ったエルニーだったが、

「あれって、どこで習ったの?」と、

リエールによる弁えの無い一言があっさりそれを貫通した。


美青年は小さく溜息を吐き、

何の事か分かっていながら、あえて再質問を求める。


「ん?なに?」


「あの拳法」


点検を済ませたエルニーは、

エアコートを着せたトルキスの手を、隣にいるケイトの脇の下に挟み込むと、

ヒューグロウ二体とトルキスの正面に置かれた箱の後ろに回り、

それを彼等の方にズリズリと少しずつ足で押して距離を調整しながら返答する。


「あれは習ったと言うか…、

僕、暇な時にライブラリーの本をよく読むんだけど」

「そうゆう本があってさ、その…、格闘術のレクチャー本って言うのかな」

「当時は訓練場で違う武術の基礎を受けてたけど、

本に書いてあったやつの方が面白そうでさ」


「なるほど、あの華麗な戦いぶりは君に似合ってたよ」

「武術なのに気品があるっつーか、

優雅で、華やかで、鮮やかで、軽やかで、優雅で」

「あ、二回言っちゃった」


微笑むニーニャとフィリップ。


フィリップの笑みが視界に入ったミュアも、

ほんの少しだけ心にゆとりができた。


「ありがとう」

「あれは劈掛掌ひかしょうと言って、

東の方にある[リンゼイ]という国で発祥した武術なんだ

「遠心力をうまく取り入れてるから、

力のない人でも、近い間合いでも、技に威力が篭るの」


「へぇ、カッコいい」


リエールのその相槌の後、

「開けるよ」と、躊躇なく箱を開くエルニー。


白く濃厚な霧が、寄り添った二体の異形生物と、

まだ[人間]の範疇とされる一体をあっさり吸い込み、

すぐ様空気に溶け込む。


そんな光景を前にフィリップに、もはや悲しみは無く、

その眼差しには運命を受け入れる覚悟があった。


リエールは先程まで雑談をしていたテンションだったにも拘わらず、

良く知っているつもりでいた親友が見せたその[強さ]に鳥肌が立った。


[明らかに成長している]。


彼は大人びたフィリップに良い刺激を受けた。


「よく、庭で拳法の真似してたね」


そんなリエールやフィリップの内心とは異なり、

何事もなかったかの様にリラックスして先の雑談を掘り起こすニーニャ。


一見、空気を読んでいないとも受け取れる様な所作だが、

本分は[やがて取り返しが付く事]を前提としていて、

過剰な意識は空回りを生むと知るニーニャなりの配慮があった。


「うん」


単純にうなずいたエルニーだったが、直後ハッとしてニーニャに振り向く。


「っていうか見てたの!?」


ニーニャも驚いた様に返す。


「え?秘密特訓のつもりだったの?」


そんな会話を聞く内、フィリップは彼等の思慮をありがたく思い、

自分もそのテンションに合わせようと、静かに大きく息を吐く。


「しかしエルニー、ほんとにカッコ良かったな」


フィリップの会話乱入に一瞬だけ驚いた一同だったが、

すぐに彼の努力を受け止める。


「そ、そうかな?」


そこで親友に便乗し、気持ちを切り替えて流れに乗るリエール。


「んだ、カッコ良かった」

「悠々たるも豪快で…、狼藉たるも艶っぽく…、粛然たるも躍動的…、

まるで昨日の事の様にはっきりと覚えてるぜ」


「いや、ついさっきの事だから」


噴出したニーニャとエルニーに釣られ、シーザも微笑む。


ミュアは自分より深い悲しみを背負っている筈のフィリップが、

他人を気遣い、堂々と戯れる姿に感化され、

彼の前でこれ以上塞ぎ込む事に恥じらいさえ覚え、

素早く涙を拭って姿勢を正す。


「エルニーは武器の扱いに関しても同期でトップレベルだぞ」


シーザから提供された情報にリエールが感心する。


「へぇ、武器の技術もあるのかぁ」


その言葉を発したリエールに何気なく目を向けたエルニーは、

ふと気になる事を思い出したため、

照れ臭い話題を逸らす意図も込めてそのネタを切り出す。


「そういえば、リエール君もかなりの身のこなしだったじゃんか」


それを聞いたフィリップも、素早くリエールに顔を向け、

「そうそう、お前いつの間にあんな能力を身に付けたんだ?」と、共感する。


「え?なんかしたっけ?」


目を丸くするリエールに、エルニーは小さく鼻で笑う。


「相手の不意打ちを一瞬で避けたし、

その後もあの激しい攻撃を全部避けたじゃん」

「それもあの暗い中で」


「えー!すごーい」と、ニーニャ。


「ん?だって、相手メッチャ動き遅かったじゃん、

誰でも避けれるんじゃない?」


一瞬、リエールが謙遜してる物だと思い、

「いやいや、あの動きは超人的だったよ」と、続けるエルニー。


「そ、そう?」


リエールは苦笑を返すが、とぼけているにしては芝居臭くもなく、

本気で納得していない様子が伺えたためか、

場の空気が微妙に静まり返る。


しかし、それが長引かない内に、

エルニーが胸の前で掌を合わせながら次のステップに展開させる。


「さて!まだ仕事が色々残ってるから、やっつけちゃおう」


「ほいよ」「よし」「うん」「はい」「…はい」


「とりあえず、ミュアちゃんが泊まった部屋へ」


箱を抱え上げ、先陣を切って部屋を出たエルニーは、

後ろにゾロゾロと仲間を続かせながら考えていた。


「(リエール君はああ言ってるけど、あれは人間の反応速度じゃない…)」

「(まるで[彼だけ時の流れの外にいたかのような]…)」

「(あれが彼の[ノウアブルセンス]の片鱗だとすれば、

あの口ぶりからして、無意識にあれ程の能力を発揮させた事になる…)」

「(そう観ると、彼は凄いポテンシャルを秘めてそうだ…)」

「(時に選ばれたというのも、単なる偶然じゃないのかもしれない)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ