春一番
「ん〜……っ」
ふわんっと暖かな風に、あたしはうんっと手を伸ばした。
目の前にはどこまでも青く澄み切った空。眠る頃にはもう冷たい風が吹き始めていたけれど、今髪を撫でるのは、ふんわりとやわらかい穏やかな風だ。
どんくらい寝てたんだろ。最後に空を見たのは、冬将軍が目を覚まして動き出したばかりの頃だった。
「おっひさま〜。ねえねえ、あたし、どんくらい寝てましたー?」
ずぅっと上の方で、にこにこ笑って世界を眺めてるお日さまは、あたしの問いには答えてくれなかった。
んもうっ。
お日さまっていっつも笑っててくれるから、見てるだけでとっても楽しい気分にしてくれる。けど、でも、返事がないのはちょっと寂しいよねえ。あんまり上のほうにいるから、声もなかなか届かないみたいなんだ。
ま、いいやっ。
とにかく今はものすっごく気分が良い。穏やかな風にのってずぅっと空高くまで飛び上がったら、下に見えるのは色とりどりの春の色。
なかでもイッチバン綺麗なのは、淡いピンクの桜色。そーか、桜が満開の時期なんだ。
……やだなあ、もしかして寝過ごした?
急いで仕事に行かないと。
「えーっと……あれ?」
あれ?
「あっれー? あたし、あれ、どこにやったっけ?」
風がいっぱい詰まった袋。あれがないと風を吹かせらんないようっ。
えーっと。寝る前は確か手の届くとこに置いといたはず……なんだけどなあ。
とりあえず、下に降りよう。寝てたとこに置きっぱにしてきちゃったかも。
「いやーんっ。なぁいっ!」
周り一面畑だらけの中にどかんっと建ってる大きな建物。ちいちゃな子供たちが毎日、黒いのとか赤いのを背負って、黄色い帽子をかぶって来る建物。そのまん前の大きな広場の片隅にある、キンモクセイの傍で寝てたんだけど。
……ないんだなあ、これが。
「ねえねえ、キンモクセイのおじさまっ。あたしの袋、見なかった?」
キンモクセイの枝が、さわさわと揺れる。
「あっちのほう? どうもありがとー」
ピインっと羽を広げて、春の空気に押し上げてもらって。そうして、キンモクセイのおじさまが教えてくれた方向に行ってみた。
「あ〜あ」
どーやら寝てる間にカラスさんに持って行かれちゃったらしい。
ヒカリモノでもなんでもないあたしの袋持ってってどうするっていうんだか。
「ちょーっとごめんなさいね」
巣にはちょうど誰もいなくて、仕方がないから不法侵入。
ごそごそっと袋を引っ張り出して先っちょに花びら模様がついたリボンを解く。
「問題なしっと」
さてっ、袋も戻ってきたし。お仕事お仕事。
なんかちょっと時期外したような気がしないでもないんだけど……ま、これくらいはご愛嬌ってことで。
「春一番、いっきまーすっ♪」
すこーし遅い、春の到来を告げる強い風が、空を渡って広がった。