4章:狂気
「おい、雄二」
呼び止められて雄二は振り向く。俊介だ。昨日のことがどうしても彼の脳裏を過ぎる。雄二も何も考えなかったわけではない。しっかりと俊介の境遇を模索しながら、迷っていた。何にしても、俊介の母と彼女はバスの事故で亡くなったのだ。
「ああ……俊介……って、どうした? 怖い顔して」
戸惑いながら、考えてきた謝罪の言葉を連ねようとしたが、鬼のような俊介の顔に怯む。確かに自らが配慮に欠けた部分もあることは認めるが、このような憎悪の感情を向けられる理由はなかった。
「どうしたって……ふざけるな。俺の志保が死んだってのは昨日知っただろう? それに対してのお前のぞんざいな態度。怒りが沸かないわけないだろう?」
想像通りの返答に内心ホッとする。これに対する答えは、模範をしっかりと考えてきた。
「……すまなかった。それよりお前、大丈夫か? 昨日より更に具合悪そうだぞ。志保さんが死んで、登校するのも苦労してるんじゃないのか?」
「え……?」
俊介の目が何故か一瞬生気を帯びた。何か不自然なことを言ったか? そんなことを思った瞬間、いきなり俊介が走りだした。
「あ、おい、ちょっと待てよ!」
突飛な行動に思考が追いついていかない。とりあえず制止の声を張り上げたが、その声が俊介に届くことはなかった。
あの日から今日までの僕の毎日はじゅうじつしていた。失ったと思った母さんと志保が、とつぜんかえってきたんだから。今までと同じ、いや、それいじょうにじゅうじつした毎日を送っていた。
まず、母さんに話しかけるひんどが上がった。あれからというもの、だれかといっしょに食事をとることが楽しくて仕方がなかった。一人で食べる辛さを知った。
志保とも良いかんけいをきずけていると思う。家にさそっても遊びに来てくれる。デートでは、たいがいまちに出る。なじみのきっさ店に入ったり、買い物をしたりだ。
ただ、二人ともあまりしゃべらなくなった。事故のこういしょうなんだろうけれど。あまり気にしないことにした。
今はただ、二人がかえってきたことにまんぞくしている。
今日も、ぼくと志保でいつものきっさてんに入った。ここのきっさてんは昔ながらのレトロなふんいきが気に入っている。
アイスコーヒーが手元にとどいた。持ってきたてんいんさんが少し顔をしかめた。何かおかしなことをしてしまっただろうか? 志保と話しながらストローを口にふくむ。ふと、志保が僕の手をにぎってきた。僕はとてもてれくさくて、赤くなりながらも手を握り返した。すると――
グジュッ、というぶきみな音が聞こえた。どこからか。どこから? 僕がにぎった右手から。志保の右手から聞こえたような気がした。
見てみると、志保の手はとけていた。ぐじゅぐじゅに。かわがはげてベロベロになっていたのがいんしょうてきだった。僕ははきそうになった。志保はどうしたんだろうか。
いたいはずなのに、志保は何も言わなかった。僕はうすうす、なぜ志保がかえってきたのかきづいたきがした。