その6
「ねぇ、カーチェ。あの子がいなくなればきっと王太子も目を覚ますわよね?」
きれいな、きれいなお姫様。
見えることがすべてなんて限らないでしょう?
だけど、自分に見えるものだけを信じている貴女が私は大好きなのです。
ねぇ、おろかな、おろかなお姫様。
+ + +
「ふふ、ご機嫌はいかがですか」
いつまでこの暗闇にいればいいのだろうか、とそんなことを考えていたら、そんな声が聞こえてきた。
どこから聞こえてくるのかは、いまいちわからない。なんか空間全体に反響しているみたいでちょっと聞き取りづらい。
「いい、と答える人がいたらその人の神経を疑うけど。客への待遇は考慮しなおしたほうがいいんじゃないかしら」
「招かれざる客にまで心地いい待遇を用意する必要はないと思いませんか?」
「そうね、強引に招かれた客には心地いい待遇が必要だとは思うけどね」
打てば響く会話。どうやらすぐにわたしをどうこうしようというつもりはないらしい。もっとも、何かするつもりがあるならとっくにやっているとは思うけれど。
「それで、あなたはわたしに何をしにきたの?世間話でもいいけれど、せめて明かりと飲み物くらいは欲しいわ」
「おやおや、わがままなお客様ですねぇ。今の待遇に満足していらっしゃらないとは」
「この待遇で満足するっていえるなら、あなたの神経イカレてるわよ。それに、あなたのご主人サマほどわがままではないと思うけど?」
暗に、黒幕はわかっているのだ、と伝えれば、はははははは、と軽やかな笑い声が聞こえてきた。何がおかしいのかさっぱりわからないけれど、犯罪者の気持ちがわかっていいことなんて何一つないから、興味はない。
「大胆な方だ。あなたは今、無力でしょうに。それとも、なんにも考えていないだけでしょうか」
クスリ、とまた笑い声がする。
言っていることは、わたしをバカにしているような内容だが、声を聴く限りだと、別にバカにするつもりはなさそうである。思ったことを素直に述べた、といったところか。
「そうねぇ。残念なことにわたしは魔力があってもそれを使う術も知らなければ、仮に使えたとしても、それに体は耐えきれない。いつもそばにいる精霊さんたちもいないから、絶体絶命といえばそうなんでしょうね」
「おや、そこまでわかっていて冷静なのはなぜですか?」
「取り乱して余計な体力を使うほうが莫迦らしいからよ。泣いて喚いてあなたに縋れば、ここから出してくれるってんならそうするけど」
「泣きわめいて私に縋ってくれるあなたというのは見てみたい気もしますがね」
相手の返答にうんざりする。まさかこの国には変態しかいないんじゃなかろうか。あの精霊さんたちを出し抜いてわたしをこんなところに閉じ込めたのだから、相当力ある術者だと思うんだけど、ドSの匂いがひしひしする。
力ある術者は基本的に国に帰属する。
と、いうのも、術者は一人で千を超える人間に相当する力を有することがあり、国に反旗を翻されたりすると厄介だからだ。
なので、わが国において、魔力を持っている、もしくは精霊を見たり、精霊と会話することができる人間は必ず国に届け出をしなければならない。その代り、一定の保護を与えられたり、職を与えられたりとインセンティブが用意されている。力ある術者ならなおさらだ。
ドSなら王太子とくっつけばちょうどつり合いがとれて、平和なんじゃなかろうか、とふとそんなことを思う。変態度合が同じくらいならプラスとマイナスでちょうどゼロ。わたしも追っかけられずに済むし、みんなハッピーになれる気がする。
あ、でも王太子はロリコンだからロリ顔じゃなきゃだめなのか。そこは魔法とかでなんとかすればいいよね、うん、万事解決!
そんなに物事が上手くいくわけがなく、万事解決なのはわたしの頭のなかだけだった。
「っと。あんまりおしゃべりしている時間もなさそうですね。ここで死にますか?それとも私のお人形になってくださいますか?」
「念のため聞くけど、あなたのお人形になる、っていうのはどういうこと?薬打たれるとか、そういう実態実験の被験者になれっていうお誘い?」
「まさか。そんなもったいないことにあなたを使ったりはしませんよ。そんなのは奴隷で十分です。お人形というのはね、私だけを見て、私だけに反応して、私の言うことをちゃぁんと聞く存在のことですよ」
「それって奴隷とどう違うの?」
「うーん、奴隷には一切口答えは許しませんが、お人形になってくださるのなら、たまに反抗してくださっても結構ですよ。それはそれで可愛らしいと思いますしねぇ」
初めてわたしは恐怖を覚えた。
背筋がすーっとする。きっと鳥肌が立っているんだろう。王太子と会ったときも変態だと思ってたけれど、この術者のほうがもっと変態だ。これって絶体絶命のピンチってやつじゃん、とわたしはようやく自覚したところに、聞きなれた声が。内容はちっとも歓迎できなかったけれど。
「よう。悪いけどな、こいつはもう俺らのものだ」