その5
残ったのは苦い後悔と、弱いこころ。
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その日、何があったのかを正確に知る人は少ない。
わたしがそれを知っているのは、たまたまその場にいて、巻き込まれたからに過ぎない。あのあと、わたしたちは誰一人として、そのことについて口を開こうとはしなかった。噂話だけが広まっていったけれど、やがてそれも季節の流れとともに消えて行った。
何が悪かったのだろう、と今でも考えることがある。
女の子は単に幼馴染のことが好きだった。
幼馴染には彼女がいて、二人は相思相愛だった。
女の子が彼女を刃物で刺してしまった理由は、なんだったのだろう。
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「わたくしは、わたくしはっ。この国の王妃となるべく、呼ばれたのでしょう?なのにっ。あの女がいたからね。忌々しい。口では違うなんていいながら、なんて浅はかな。絶対に許さない。カーチェ、カーチェ」
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しばらくは町に出るのもよしたほうが良さそうね、と風華がいうので、家でのんびりしているわたしです。炎樹は風華の言葉にぶーぶー文句垂れてたけど、風華におだまり、と言われて反論もできずに口をつぐんでいた。炎樹ってもしかしなくても精霊さんたちのなかでは最も弱いかも。
「うっせー、別に俺は弱くなんかないぞ」
「えー、でもさ、炎樹っていっつも誰かに言い負かされてるじゃん。この間だって、白飛に睨まれて逃げてたでしょ?」
「おまっ、ちょっ、なんでそんなこと知ってんだよ。いや、まあそれはどうでもよくてだな、そもそもお前、白飛相手に勝てる相手がいると思うのか?」
「うーん、それは難しいところだぇ。実際さ、精霊さんたちのなかで最強って誰?」
「精霊としての力ならやっぱり精霊王の二人が強いよ。光と闇なんて俺らにはどうしようもないし。でもなぁ、それ以外だと難しいな。柊青とか緑藍も腹黒だからなー」
「誰が腹黒だと?炎樹、いつから君はそんな子に?」
「げっ、緑藍」
「私もいますよ」
「あれ、緑藍も柊青も今日は何かすることがあるって言ってなかった?」
「ええ、少しやることはあったんですが、早めに終わったので、こうしてきてみたのですよ」
「そうしたら都合よく、炎樹が僕らの悪口を言っているところに遭遇した、って感じです」
緑藍と柊青の登場に、ひぃ、と顔を引きつらせる炎樹。反応が素直だから、こうして遊ばれまくってんだろうなあ、とカップに手を伸ばし、お茶を飲む。うん、美味しい。
いつもと変わらない風景がそこにはあった。
だけど、それは精霊さんたちが必死に守っていてくれた日常なのだと知る。
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「えーと、ここはどこでしょうか?」
おかしいな、昨日の夜はいつも通り自分の自室で寝たと思ったんだけど。起きたら見たこともない部屋、というか暗すぎて何も見えない。普段、寝るときであっても小さな明かりはつけたままにしてあるから、真っ暗な部屋であるということはイコール自分の部屋ではない、ということ。
しかも、どうもいつも近くにいてくれるはずの精霊さんたちの気配もしない。なんてこったい。
暗闇のなかでは、自分が立っているのか、それとも横になっているのか、それすら覚束ない。両足に体重がかかっているような気がするから、おそらく立っているのだろう。しかし、まったく見えない。暗闇恐怖所などではなかったことに感謝はするが、これでは気が狂うのも時間の問題だろう。
先ほど発した声は、どこかへと吸い込まれてしまった。きっとこの分だといくら声を出しても無駄のような気がする。それにむやみに声を出して体力を消耗したくない。
この真っ暗な世界でどれだけ「自分」を保てるかわからない。今、とにかくできることは、何ができるかを静かに考えることだけ。暗闇のなかで息を整える。ここが暗闇だというのならば、できることがある。
「夢に取り込まれたな」
黒翼の言葉に、精霊たちは眉間にしわを寄せた。
自分たちの愛し子であるリリーナの姿が見えなくなったのは、ほんの少し前。数分にも満たない間、目を離してしまったばかりに、彼女の姿は消えてしまっていた。
気配を探るには、闇が最も適している。よっぽど特殊な場合を除けば、影がないことはないからだ。よって黒翼がリリーナの気配を探っていた。
「夢、か。また厄介なものだね。黒翼、君は干渉できるかい?」
白飛の言葉に黒翼が、できなくはないが、と答える。
「しかし下手するとリリーナを巻き込む。まずは術師を探して場を安定させなければ」
「目星はすでについているわ。あのわがまま姫のそばにいた術師が怪しいと思うの。こちらで拘束するわ。柊青も来て。あんたが拘束したほうがてっとりばやい」
「そのようですね」
柊青と風華がそう言って、姿を消した。
「俺は何をすればいい?」
「炎樹はとりあえず、見張りだな。あまり大事にしたらあとでリリーナが嫌がる。緑藍は裏で手回し、我々の愛し子に手を出したことを後悔させてやろう」
「ええ、もちろん」
炎樹はのちに言う。
このときの白飛と緑藍は、死ぬほど恐ろしかった、と。
彼らだけは絶対に敵に回してはならない、と炎樹は認識を新たにしたのだった。