その4
なぜ、なぜ、わたくしがあの方のお怒りを買わねばならないの。
わたくしはあの方のために動いたのに。
+ + +
「それで、なぜあなたがここにいるのかお聞きしてもよろしいでしょうか」
いつも会うたびに結婚を迫る王太子なのだが、今日は違った。どことなく怒っているような感じもする。
「なぜ、と言われても。不可抗力だわ。それに原因の一端は王太子さまにあるのではなくて?」
副声音にすれば、お前のせいだろ、ばーか、といったところか。
「ええ、それについては申し訳ありません。しかし、私が聞きたいのはなぜ、あなたが外に出ているのか、ということです。あなたはご自身が外に出られることの危険性をわかっておられないのか」
「そうね、わたしが公爵家の末娘でわずか10歳ほどの身体しかもたないとなれば、それは格好の餌食でしょう。王が善政をしいているとはいえ、貴族に反感を持つ者もいるでしょうし。ですが、それはあくまで一般の話。わたしは常に精霊たちと行動しております。現に今だって四大精霊と精霊王らがついてますよ?そんなわたしに危険が及ぶとでも?」
わたしの冷ややかな目線にも負けず、王太子はそれでも、です、と反論した。
「リリーナ嬢が精霊たちに愛され、守られているのは十分承知です。でもだからといってまったく心配しないわけがないでしょう?」
以前のわたしなら、王太子の言葉に絆されていたかもしれない。中身がロリコンな上、えむ疑惑もある変態であっても、外見だけみれば美形。美形の口説き言葉というやつの威力はおそろしいものがある。
しかし、だ。
王太子とっては残念なことに、わたしはこの手の言葉に最近、慣れつつあった。理由はもちろん、精霊さんたちだ。
精霊さんたちのなかでも特に、白飛、緑藍、柊青あたりがやばい。炎樹はお子様なところがあるし、黒翼はどちらかというと態度で表すので、あまりそういった言葉は言わないのだ。風華はどちらかというと同性の友人といったところだし。
さらりと照れもせずに、口説き文句をしょっちゅう連発する彼らがずっとそばにいるのだ。慣れないはずがない。それに、精霊さんたちだけでなく、なぜかわたしの家族はわたしを溺愛している。兄様なんか本当に、こんなんで仕事できるんだろうかと心配になるくらい、でろでろしてることが多い。
なので、わたしは反撃に出ることにした。
「答えになっておりませんわ。わたしがここに来ることになったのは、ひとえに王太子さまのせいですよね?」
本当はこういうことを言うときはオブラートに包んだ方がいいんだろうけれど、面倒だし、直球で勝負することにする。だって、原因が王太子にあるのは、はっきりしているし。
答えに窮している王太子になおも畳み掛けるようにいう。
「この離宮は王の持ち物の一つで、現在はブランジットの姫が住んでいらっしゃるのですよね。ブランジットのアルジーナ姫といえば、王太子さまの御妃候補ではありませんか?」
少しの沈黙のあと、王太子はため息を吐いてから口を開いた。
「なぜ、それを?」
「わたしも貴族の一員ですもの。知っていて当然ではなくて?」
わたしの言葉に、王太子は苦笑して、そうだな、と言った。
「そうか、公爵家であれば知らぬはずはないな。ただ、訂正しておくが、アルジーナ姫は別に私の妃候補なぞではないぞ。勝手に言いふらしている輩がいるだけで。実際のところ、ていのいい人質なんだがな」
最後の方は、ほとんど掠れるような声だったので、はっきり聞こえなかったけれど、王太子が何かにうんざりしているのだ、ということはわかった。王太子の姫に対する態度からしても、別に姫に対して特別な想いを持っているというわけではないのだろう。
ここに長時間いても何もすることはないし、アルジーナ姫のことはこちらで処理するから、どうか忘れて欲しい、と王太子がいうので、面倒事に巻き込まれるのも厄介だし、お任せします、と答えてから、わたしたちは別れた。本当は王太子がわたしを家まで連れて帰りたかったようだが、彼も忙しいらしい。わたしとしては王太子がいないほうが気が楽だけど。
「あー、疲れたー。でも町も結構面白いね」
夜、自室でのんびりしていると、風華は今日は大変だったわね、と言った。
「うん、あれがなければもっと面白かったはずなのに」
「でも今日はいろんなことがあったから疲れたんじゃない?あんまり無理すると明日に響くわよ?」
「そだねー。こんなに歩いたりしたの久しぶりだもん。しっかし、まあ、まさかあのオヒメサマが本物のお姫様だったなんてびっくり」
「ふふ、そうね。ふつうならば会うこともなかったでしょうし。あのね、もう会うこともないとは思うけれど、あのお姫様には注意してね」
「どうして?」
「あのお姫様のオツムが足りなさそうなのはよくわかるんだけど、それだけに、なにをしでかすかわからない怖さがあるから。あのお姫様、変態に本気で惚れてるわよ」
「あちゃー。それはまずいね」
「そう、まずいのよ」
風華の言葉にわたしは思わず顔を顰める。
わたしがまだ、日本という国で生きていたころ、お姫様のような女の子を見たことがある。女の子は幼馴染の男の子が好きで、好きでたまらなかったのだけれども、幼馴染の男の子には彼女がいた。
わたしはその男の子の彼女とたまたま友人で、ノロケなどをたまに聞く間柄だったのだけれど、あるときから相談を持ちかけられるようになる。
彼氏の幼馴染である女の子に嫌がらせをされている、というのだ。
最初は勘違いかと思っていたのだけれど、勘違いなどではなく、嫌がらせはだんだんエスカレートしている、という。
本当ならば、彼氏に相談すべきことなのだろう。
だけれど、彼氏は彼氏なりに幼馴染を大事にしているし、その女の子の気持ちが自分もわからないではない。なので、穏便にことを収めるにはどうすればいいか、と相談されたのである。
そのとき、わたしはたぶん、それでも彼氏に相談すべきではないか、と言ったと記憶している。彼氏ならば幼馴染の女の子がどういう性格だとか、知っているだろうし、そういうのを聞いたうえで解決策を考えた方がいいのではないか、と。
彼氏にすべて解決を委ねてしまえば、余計悪化する可能性があることを、わたしも彼女もわかっていた。なので、彼女は内密に彼氏に相談したらしい。
ここまでは何の問題もなかった。
問題が起こったのはそのあとだ。