その3
普通さ、他人に因縁ふっかけるときって、自分の身元がバレないようにやるのがセオリーだと思うんですが。
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いつの間にか広場に横付けされていた馬車にのり、揺られること数分。わたしと緑藍はとある屋敷へと連れて行かれた。
お嬢様の使用人に対する態度などを見ていると、どうやらここはふだん、お嬢様が生活しているお屋敷らしい。もっとこう、隠れ家みたいなとこに連れて行かれるんだとわくわくしていたのに、がっかり。
緑藍にわたしの考えていたことが伝わったのだろう。不謹慎だ、と心話で伝えてくる。
だって、しょうがないじゃない。ほんとにつまらないんだもん。それに、精霊さんたちがいるのにどういう危険に巻き込まれるっていうの、って感じだ。
でも、人生何が起こるかわからないのは確かだし、お嬢様の身元を確かめておく必要もあるよね、ってことで、風華にこっそりこの屋敷の持ち主だとかを調べてくるよう心話でお願いする。なんで、俺に頼まないんだよー、とぶつぶつ炎樹が呟いているが無視。第一、風華以外は人間社会に興味なさすぎて、役に立たない情報しか調べられない可能性が高い。その点、風華だとわたしが人間だからってことで、いろいろ人間社会についても詳しく勉強したらしいから、安心してこういうお仕事を任せられる。
わたしたちは今、なぜか出されたお茶を優雅に飲んでいる。緑藍もお茶には満足しているらしい。精霊さんたちは基本的に飲み食いはしないんだけど、やろうと思えばやれるらしい。空腹感とかもない代わりに、満腹感もないんだって。人生損してるよね、って一度言ったら、味はわかるから問題ない、って黒翼に言われてしまった。そう、彼らは必要ないくせにびっくりするぐらい舌が肥えているのだ。
お嬢様は、ふぅ、と小さなため息を吐いて切り出した。
「先ほどから言っておりますけれども、あの方に近づくのはやめていただきたいの。あの方は本当に素晴らしい方で、お優しいからあなたに対して否定的なことは何一つおっしゃらないと思うのだけれど、迷惑ですわ」
優しい、ねぇ。
お嬢様の言葉を聞いてあの王太子を思い浮かべるが、優しいという形容詞は似つかわしくないような気がする。いや、変態っぷりが落ち着けばもしかしたら優しい、というのも当てはまるのかもしれないけれど、わたしにしてみれば、あの王太子が変態じゃないところなんて見てないから、そんなこと言われてもわからない。
それに。
王太子であるということは、次代の王であるということだ。王たるもの、優しさだけではどうにもならないのではないだろうか。それこそ、日本人ならNoと言えなくても多少困るくらいですむけど、王がNoと言えなくて困るのはこの国の民、ひいてはわたしだ。
あの変態が王太子だってときも、この国の未来が心配になったけれど、本当にお嬢様のいうようにNoともいえないようなへたれだったら他国に移住することも将来計画のすみっこにいれておかなければならない。
そこまで考えて、ふ、と思い出す。
あの変態、めげないな、と。
Noと言えないかわりに、めげないのならそれはそれで一種の才能かもしれない。
そんなことをつらつらと考えていると、風華が探索から戻ってきて、耳打ちしてきた。
風華の言葉に思わず、舌打ちしたくなる。
やっぱり、このお嬢様、おばかだった。ついでにこういうお嬢様には乙女フィルターというなんとも厄介なスキルが備わっていることをわたしは忘れてはいけなかったのだ。なんてこったい。
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「で、説明していただきましょうか。アルジーナ姫、どうしてここにリリーナ嬢がいらっしゃるのです」
顔だけはにっこり笑っていかにも麗しい王太子、といった感じだけれども、纏う雰囲気はブリザードだ。白飛が怒っているときと少し似ている。
お嬢様は王太子の姿にうっとりしながらも、甘ったるい声で、もちろん、貴方様のためですわ、と答えた。
「わたしのため?」
アルジーナ姫の返答を王太子は軽くあしらった。
しかし、王太子の冷たい態度にアルジーナ姫はめげる様子もみせない。それどころか、さらにうっとりとした表情をして、その通りですわ、と言葉をつづけた。
「その通りですわ、ラインハルト様。ラインハルト様はこの国の次の王となられる方ですもの。些細なことにその御手を煩わせることなんてありませんでしょう?だからわたくしが」
「あなたはご自分の立場をご理解なされていないようだ」
姫の言葉を途中でさえぎって話す王太子は、王太子っぽい。
ただの変態なだけじゃなくて、ちゃんと王太子してたんだなぁと安心する。この分だと、この国に住み続けるくらいならなんの問題もないかもしれない。他国に移住するっていうのも魅力的だけど、やっぱりずっと住むってなると大変だもんね。
そんなことをつらつらと考えていたら、いつの間にかアルジーナ姫がぽろぽろと涙を流していた。
「なぜ、そんなことをおっしゃいますの。わたくしはただ貴方様のためだけを思って」
「それが迷惑だ、と言っているのです。ディン、連れていけ。部屋から出すなよ。ああ、姫についてた騎士は拘束しておけ」
なぜ、なぜ、と繰り返し泣くアルジーナ姫を一顧だにせず、冷酷といっても良さそうな表情で部下に姫を軟禁するよう指示を出す王太子。その横でのんびりお茶をすするわたし。
それが、アルジーナ姫にどのように映っていたかなんて、わたしには知る余地もなかったのだ。
終わらなかったのでいっそ連載します。