その2
礼もとらないなんて、とお嬢様が言うので、略式の礼をする。気位だけはものすごく高そうだし、下手に逆らうのも面倒だ。
わたしが略式とはいえ、頭を下げたのでそれに気をよくしたのか、ふん、まあまあですわね、とかなんとか言っている。このお嬢様、馬鹿なのかしらん。
「そんなことより、あの方の前に二度と姿を見せないと誓いなさい。ここで誓うのであれば、あなたが今後生活できる程度の金子は差し上げてよ」
うぉー。
さすが、お嬢様。高飛車ですね。
ででん、と宣言したお嬢様に内心拍手を送る。ここで、「断る!」とか言ったら面白そうだけど、余計な体力を使う羽目に陥ったら後が大変だから今回は我慢しよう。もうちょっと成長したら、堂々と断りをいれる、というのをちょっとやってみたい。Noと言えない元日本人が、転生先ではNoと言えるようになりました、っていうのも興味をそそられるじゃないか。
ぐるぐると目まぐるしい速さでわたしのなかでは考え事をしていたのだけれども、端から見ると無表情で、下手するとにらんでいるようにも見えたらしい。おバカなおじょーさまは高飛車なだけあってわたしの対応が気に食わなかったのだろう。
「なぜ何も言いませんの?もしかしてあなた、口がきけないとでも?そんな輩があの方のそばにいるなんて汚らわしい。さっさとどこかへお行きなさい。邪魔だわ」
お嬢様の言葉に緑藍をはじめとする精霊たちがいきり立つのがわかった。最初はにやにやしつつ、事を眺めていたようだけれど、汚らわしいとかわたしが言われたのが我慢ならなかったらしい。
(怒らないで。大丈夫。ちょっと勘違いしちゃっただけのお嬢様に本気で怒るなんてむしろこっちの品位が疑われるよ)
お嬢様に聞こえないように、心話で精霊たちに話しかけると、だが、許せん、という声が黒翼から帰ってきた。
(礼儀知らずに礼儀を叩き込むのも必要ではないか?)
(そういって、黒翼はただ暴れたいだけでしょ。とりあえず、必要になったらちゃんとお願いするからそれまでは黙ってみてて。大丈夫、危険なことはしないわ。それにこのお嬢様、ちょっとオツムが弱いみたいだし、なんとかなりそうよ)
わたしの言葉に、やれやれというため息が聞こえた。
(ひとまずは黙って見てるけど、危ないと思ったら有無を言わさず介入するからね)
(はーい。ありがと、白飛。みんなも)
しぶしぶとではあるが、精霊さんたちも納得してくれた模様。彼らは理屈をこねることはあっても嘘は言わないので信用できる。
しかし、だ。面倒なことには変わりがない。
精霊さんたちはたいそう過保護なので、いつ危険だと感じて介入してくるかはわたしにだってわからない。彼らが介入してきたら、ここら一帯は吹き飛ぶだろう。彼らはわたしを大事にはしてくれるけど、わたし以外の人間は屁とも思ってないから、被害がどうとかはおそらく考慮してくれない。そういうことを考えるとうんざりする。
つまりは最終的にドンパチになっても大丈夫なところに移動しないと駄目だってことだ。問題はどうやってここから移動するか、なんだけど。
「と、いうより、あなたのいう『あの方』というのが誰かわからないのですが」
まずはそこよね、ということで素朴な疑問を口に出してみる。とはいえ、家族以外でわたしに会いに来てるのなんてどっかの王太子くらいだから、わたしにしてみれば単なる確認程度の質問。だけど、お嬢様にとっては侮辱されたかのように感じたのだろう。
「あなた、そんなこともおわかりにならないのっ?」
ふるふる震えるお嬢様。あー、これはマジ切れ寸前っぽいですね。でも仕方ないんです。いろいろとあるんだよー。移動のための布石としては、この質問がないと駄目なんです。怒らないでね、と言っても聞いてはくれないだろうけど。
それでもそこは腐ってもお嬢様。わたしの質問にはきちんと答えてくれた。この分だとなんとか移動できそう。
「ラインハルト様のことに決まっているでしょう!」
あ、王太子、ラインハルトっていう名前なのね。今まで気にしたことがなかったから名前なんてさっぱり。まあ、覚える必要もないからすぐに忘れると思うけど。
「はぁ。しかし、こんなところで言い争いをしているのがラインハルト様にバレるのはあまりよろしくないのでは?できれば場所を移して話し合いをしたいのですが。それに、あなたのような方がいらっしゃるのですもの。わたくしだなんて必要ありませんわね」
わたしのヨイショにお嬢様は気をよくしたらしい。そうでしょう、と鷹揚に頷く。素直といえば素直だけれど、この人、大丈夫なのかしら、とやや心配になる。馬鹿な子ほどかわいいというあれかもしれません。
「あなたもたまにはいいこと言いますわね。移動いたしましょう。仕方ありませんけど、同じ馬車に乗ってよくってよ」
「ありがとうございます」
お嬢様の言葉に愛想よく答えておく。これで広場がぶっ飛ぶ心配はほぼなくなった、と。お嬢様は貴族っぽいし、貴族の屋敷が吹っ飛んでもなんとかなるだろう。
次で終わると思います。たぶん。