その1
なんとなく思いついたので。
「見つけましたわっ、この泥棒猫っ」
いきなり罵られたんですが、どうするべきでしょうか。
+ + +
ある日のこと、いつものように部屋でおとなしく本を読んでいたら、不健康だとかなんとか炎樹がいうので、そうかなぁ、といいつつ、城下町に出ることに。体力ないからあまり気のりはしなかったのだけれど、いざっていうときは、風華が転移させてくれるというので、まあいいか、ということで。
初めて来た城下町はさすがに王都ということだけあって、とてもにぎわっていた。活気のある町を見ているのは単純に楽しい。たまには外に出てみるものだな、という気にもなる。まあ、でもわたしの身分とか体力とか考えると、あまり城下町をうろつくのは推奨されないと思うけど。
しかし、冷静に考えると、わたしに危険が及ぶなんてことはほぼないんじゃなかろうか。光と闇の精霊王がいて、四大精霊まで常にそばにいる相手にけんか売るなんてふつうの人なら絶対無理。死亡フラグですよ、とみんなに教えてあげたい。まあ、本当にそんなことしたら、むしろわたしがやばいことになりそうだから黙っている。自分の身は誰だって大事ですよね!
雑貨屋さんやら文房具屋さんを一通りひやかしていると、お腹がすいたので屋台が集まっている時計塔広場というところへと移動する。あまり大人数なのも目立つけれど、わたしくらいの外見の子どもが一人なのも不自然、ということで、今日は土の精霊である緑藍が実体化してとなりにいる。
実は今朝、誰が実体化してわたしのそばにいるか、ということでモメたんだけど、いつの間にか緑藍に決まっていた。緑藍は土の精霊だから割かし無口なんだけど、怒らせたら怖いのかもしれない。まあ、わたしに対して緑藍が怒ることはないんだけど。
手をつないで歩いていると、兄妹で仲良しねー、という声をあちこちでかけられる。そのたびに、姿を消してついてきている黒翼たちの機嫌がどんどん悪くなっていくのがわかるので、言うのやめてほしいのだけれど、精霊が見えないひとたちにそんなこと要求できない。その一方で緑藍は嬉しそうだけど。
緑藍は本当は深い藍色の髪に緑色の瞳をしているのだけれど、今日は兄妹という設定なので、髪と瞳の色をわたしとおそろいにしている。髪の毛と瞳の色が変わっても、美形は美形だってよくわかりました。
時計塔広場につくと、いい匂いが充満していた。じゅうじゅうと何かを焼く音も聞こえてくる。どれにしようかなぁ、ということで、お肉と野菜をパンで挟み、ヨーグルトソースのようなもので味付けしたトドラという食べ物と、桃に似ているチーラという果物のジュースを購入。
広場にはいくつかベンチやテーブルが設置されていて、そのうちの一つに座って食べる。トドラは初めて食べるのだけれど、食べごたえがある上にソースの酸味が美味しかった。大満足だ。
「緑藍は、本当に食べなくてよかったの?」
「食べることもできますが、リリーナが食べてるところを見ている方が嬉しいので」
うおっとー。出たよ。こんな美形にそんなこと言われたらふつうの女の子ならころっといっちゃうところだ。というか、わたし相手に口説くのをやめなさい、と言いたいところだけど、これで口説いてる意識がないらしいから性質悪い。
「それより、リリーナ。あっちで甘い揚げ菓子のようなものも売っていましたが、デザートにどうですか?」
「揚げ菓子?気になるっ。持って帰れそうだったらお土産にしたいな」
「ふふ、みなさん喜ばれますよ、きっと」
緑藍はわたしを甘やかすのが上手だから困っちゃうところだ。でも、悪い気はしないからいいんだけど。
甘いものを売っている屋台が立ち並ぶスペースに足を向けたときだった。
泥棒猫、などと言われたのは。
見事な金髪を縦カールにしたお嬢様。淡いピンクのドレスがよく似合っているけれど、これはダメだ、と本能が警告している。絶対、面倒くさい人種に決まっている。そうと決まれば三十六計逃げるにしかず、ということで、くるり、と方向転換しようとしたところだった。
「お待ちなさい」
この無礼者、とでも続きそうな高飛車さで少女は言葉を放つ。
あーもー、これ、絶対面倒なことに巻き込まれてる、ということで嫌になる。なにこれ、わたしの日頃の行いが悪いってのかしら。
とりあえず、待て、というから、そのまま少女と向き合う。でも言葉は発しない。対応を少しでも間違えれば火に油を注ぐことになるのは明白だし、このプライド高そうなお嬢様に真向から対決するのは得策ではない、と考えたからだ。
ところがどっこい。
お嬢様にはわたしが何もいわないのもご不満だったらしい。
「いやだわ、礼儀も知らないの?わたくしを前にして礼の一つも取らないとは、あなた馬鹿なのかしら」
面倒事、確定。