後
「すみません、遅くなりました」
そう言って部屋に入ってきたのは、いつぞや名前を聞かれたきらきらした美形だった。美形な上に王太子なんて肩書きがあれば結婚相手なんてよりどりみどりなんだろうけど、やっぱりロリコンだとそれも難しいのだろうか。少し、王太子とやらに同情する。
「おう、遅かったな。とりあえず、お前がリリーナ嬢に求婚した理由を知りたいとさ」
訂正。
ロリコンじゃなくても、この人が父親でしかもこの国の王様っていうだけでいろいろと大変そうだ。
しかし、やはりそこはずっと親子だったせいか、王太子は一つ軽い咳払いをした後、色が見えたからです、と言った。
「色?」
王太子の言葉に首をかしげるわたしたち。そりゃそうだ。色が見える、ってふつう色は見えるし、わたしだけが色つきなわけじゃない。
「ええ。これは他言無用に願いたいのですが、私は色が見えません。生まれつきです。まあ、とはいえ魔力がありますので、それでいろいろと補っており、不自由はありませんが。私にとってはそれが救いとなったのです。というわけで、リリーナ嬢、結婚してくださいませんか?」
あの日、名前を聞かれたときとは大違いな丁寧口調だった。やはり、王太子ともなると仮面をかぶるのはお手のものらしい。
わたしが自分の思考にはまり込んで返事をしないせいで、気まずさを感じたのかお父様がなにやらごちゃごちゃ言っているようだ。つまりは、わたしの成長が遅いとかそういうの。
「そういった外的な要因ではなく、リリーナ嬢の気持ちとしてはどうなんだ?」
王様の言葉にようやく思考が浮上する。
「そうですねぇ、ロリコンと結婚するのはご遠慮申し上げたいな、と」
わたしの後ろで姿を隠している精霊さんたちがいっせいに吹きだしているのが聞こえたが無視だ。どうせ精霊さんたちの声なんてのもわたしにしか聞こえない。
「ろりこん?ロリコンとやらはなんだ?」
王様の言葉に、あ、そうかと思い至る。ロリコンってのは現代日本では立派に通用する言葉だけど中世ヨーロッパにファンタジー要素をてんこもりしたこの世界じゃ通用しないに決まっている。
「幼女趣味、はペドフィリアですね。ええと、少女趣味?幼い女の子に欲情する変態さんのことです」
「誰が変態だっ」
「え、それは王太子さまが」
「俺は断じてそのろりこん?とやらではないっ」
「でもわたしと結婚したいのですよね?それって立派なロリコンだと思います」
どうでもいいけど、ろりこん、ってひらがな発音するともっと変態くさいよね。やっぱり本物の変態さんにもなると発音にもこだわりがあるのかしら。
「別に俺はリリーナ嬢が幼い姿だから結婚したいわけではないっ」
「まあ建前はそう言わざるをえないですよねぇ。だって次の王様がロリコンだなんて外聞悪いですもの」
わかってますよ、とうんうん頷いて見せたら、王様ががははははと豪快に笑い、王太子はがっくり肩を落としていた。
「それに、結婚するつもりは一生ありませんし。別に王太子さまがロリコンじゃなくてもですね、結婚はしないと思います」
「ほぅ、そりゃまたなんで?王太子の嫁にでもなれば、この国で最も高貴な女性になれるし、ある程度の願いは簡単にかなうぞ?」
まだ落ち込んでいるらしい王太子に代わって王様に問いかけられる。わたしはやれやれ、とため息を心の中で吐いてから切り出した。
「わたしは今ですら公爵家の末っ子ですから大抵のお願いは通りますし、わたしがお願いするのなんて書物かお菓子がせいぜいでそれ以上はいりません。王太子妃になればそれだけ責任が課されることになりますし、わたしはそんなのお断りです。それに」
とわたしはそこでちらりとあたしの周りにいる精霊さんたちに目配せをした。精霊さんたちはわたしの意図を正しくくみ取って顕現する。
「彼らが、結婚しちゃダメだって」
だから結婚はしません、と続けるつもりだったのに、ガタガタっという大きな音がして、いつの間にかわたし以外の人が跪いている。
あれ、みんななにしてるの、と口に出す前に、闇の精霊でもありあたしの周りに常にいる黒翼が、いつもとは違い威厳に満ちた声で面を上げよ、と言った。
「さすがは賢王と呼ばれる者が統治するだけあって見事である。しかし、そこまで我にかしこまる必要はない」
黒翼の言葉に続いて光の精霊たる白飛が言葉を続ける。
「その通り。我らはただ精霊のいとし子につき従っているだけで、そなたたちとは何ら関係もあらぬ。四大精霊とて、それは同じ」
白飛の言葉に、四人(?)の精霊さんたちもうんうん、と頷いている。
普段、忘れがちだけど、あたしの周りにいる精霊さんたちって上位精霊だからなー。上位精霊ともなると一国の王様より偉いらしい。この国に生まれてから15年が経つけれど、まだまだわからないことばかりだ。やっぱり、人間の家庭教師を一人お父様にお願いするべきかしら。人間の社会についても精霊さんたちは博識だから彼らに家庭教師のようなこともしてもらっていたのだけれど、精霊さんと人間ではやはり尺度が違うから、彼らから学ぶだけじゃ足りないのかもしれないなぁ。
などと、のんきに考えていたら、お母様に、そういうことは早く言いなさいと言われてしまった。
「そういうこと?」
「あなたのいう精霊さんたちが四大精霊と精霊王だってことよ。うちで精霊が見えるのはあなただけなんですから」
「え、精霊さんたちそんなに偉かったの?そこそこ偉いかなぁとは思ってたけどさ。そうか、それは困ったな。うーん、残念だけど、精霊さんたちうちへの出入り禁止ね」
笑顔で彼らに宣言すると、精霊さんたちが一斉になんで?とわめきだした。
「だって、そんなすごい精霊さんたちがそばにいたら面倒だもの」
「それってひどくない?俺らずっとそばにいたのに」
「そうよー、リリーナちゃんの面倒をずっと見てきたのはあたしたちでしょ?勉強だって教えてあげてたし」
「ここまで尽くしてきた俺らを見捨てるのかよー」
「うーん、そうかぁ、やっぱりだめ?」
「駄目だな、認められん」
偉そうに答えたのは黒翼だった。
白飛も、にっこりした笑顔でそんな提案許すわけがないでしょう、などとのたまっている。
「それに、基本的に私たちはリリーナが望まなければ人の前に顕現することもありませんから、リリーナが心配するほど面倒事にはならないと思いますよ」
「いや、でも王様にばれちゃってる時点でどうよ」
「記憶を消せばいいんですよ」
それってどうなの、と突っ込みたくなるくらい爽やかな笑顔で白飛が言い切る。光の精霊とかいう割には腹黒だよね、白飛って。
「さすがに我々も記憶を消されるのは遠慮申し上げたいのですが」
王様が苦笑いで口を挟む。その言葉にどうする、と聞いてきたのは黒翼だ。
「どうするって言われてもー。あー、じゃあ交換条件にしましょう。わたしの周りにいる精霊さんたちについて強制的には記憶を奪わないので、自主的に忘れたことにしてください。ついでに王太子さまの求婚もなかったことに」
「それはできない。今すぐ結婚というのが難しいのはわかっているが、せめて婚約して欲しい」
先ほどまで落ち込んでラルフ兄様にこっそり励まされていた王太子がいつの間にか復活していた。なるほど、王族というのは図々しくないとだめらしい。確かに日本の歴史でもトップに立った人たちは図々しそうというか肝っ玉が据わっている感じの人が多かった。それは西洋でも変わらないのかも。
「お断りします。断固拒否です」
「だったらそれもまだいい。でも恋人になってくれ」
「それって結局、恋人、婚約、結婚のフルコースですよね?お腹いっぱいなのでご遠慮申し上げます」
「いやいやいや遠慮するな。リリーナ嬢には恋人も婚約者候補もいないと聞いている。だから私の恋人兼婚約者になっても問題ないはずだ」
「大有りです」
なんなの、王太子ってバカなの?こんなのが次の王様でこの国、大丈夫なの?
てか、結婚は認めないとか言ったくせに、精霊さんたちはげらげら笑っている。ほんと、こんなのが精霊王?とか四大精霊?とか世の中間違ってると思う。あ、間違ってるから転生とかもまかり通るのかなぁ。
わたしは、きっ、と王太子を睨んだ、つもりだった。
のに、王太子はなぜか顔を赤らめている。
え、まじで変態さんなの?さっきまでも変態だとか言ってたけど、さらにオプションでえむ、とかそんなのもあるの?
「お父様、本当に無理です。こんな変態のとこに嫁ぐなんて絶対にいやです」
無理無理無理。超無理。わたしは涙目になりながらお父様に抱き着く。王宮は魔物だとか書いてある書物をいくつか読んだけど、あれは本当だったんだ!王宮って怖いところだって噂も本当だったんだ!
「そこは俺らに抱き着けよー」
などとのんきな声を出すのは、四大精霊で炎の精霊である炎樹である。
「炎樹は信用ならない。さっきからげらげら笑ってるし」
「では私は?」
「柊青?んー、柊青ならまだマシ?」
まだですか、とつぶやいて水の精霊である柊青ががっくり肩を落とす。こういう仕草ってすっごく人間臭いんだけど、それはやっぱり四大精霊ともなると、長年生き過ぎて、人間っぽい仕草が移ってしまったのだろうか、とふと疑問に思う。まあ、でも今はそんなことはどうでもよくて。
「お父様、お母様、リリーナは家に帰りたいです」
切実な願いを口にする。それを阻むのはもちろん、変態王太子だ。
「帰らないでくれ。帰ったら二度と王宮には顔を出してはくれぬのだろう?だったらせめて口説かせて欲しい。無理強いはしないと約束するから」
王太子の懇願に眉がよる。
えむの人は無理強いされる側でする側じゃないんだから、無理強いしないなんてのは当然だ。人としても無理強いはちょっとどうかと思う。それに、わたしはえすじゃないし。
「それも無理です。だって、王太子さまはエムだもの。わたしはエスじゃないから到底お相手できないと思います。むしろ隣国のお姫様はお姫様なのに一部の貴族からは女王と呼ばれているそうですよ?そちらの方と結婚なされた方が王太子さまにとってもいいし、国としても幸せで良いことづくめですよ!」
王太子に口説かれるなんてそれは何の苦行だ!
いいえ、そりゃあわたしも女だもの。生前というか現代日本においてこってこての少女マンガにあこがれたこともありましたよ、ええ。王子様に見初められるなんて一度は夢見るのではないかしら。
でも現実でそんなことあるわけないし。あっても逆に面倒だということをわたしは学んだのだ。
面倒事お断り!
+ + +
それからもぐだぐだ攻防が続いていたのだけれど、案の定、10歳程度の生育しかしていないわたしの体が限界を迎え、いつの間にかわたしは寝ていた。
ということに表向きなっているけれど、本当は風の精霊である風華が現実逃避したいと願ったわたしのためにこっそり眠らせてくれたのだということをわたしは知っている。まあ、バレなきゃいいんだ。それに王宮にあれ以上いるのは耐えられなかったし。やっぱり、わたしにはお姫様なんて向いてないんだろう。いや、今の家族も大好きなんだけど。家族を好きなのと、それはやっぱり別だから。
ただ、ちょっと間違ったなと後悔するのは、フラグをきっぱりぱっきりへし折っておかなかったこと。
あれからちょくちょく王太子が公爵邸に訪れるようになった。
いかにも偶然、という風にわたしに会いにくるのだけれど、まったく偶然ではないに決まっている。王太子なんて人がほいほい他人の屋敷にくるなんてふつうありえないでしょ。いくらうちが公爵家だといえども。
精霊さんたちは傍観してるけれど、それはわたしに結婚する気がないってわかってるからかもしれない。それはそれで見透かされているのが悔しいので、いつか、「結婚してもいいかも?」とかこっそりほざいてやろうと計画中です。
追記:
しかし、王太子がうちに来るたびに変態になっていくような気がするんだけど、そろそろ国外逃亡とか考えるべきだろうか?
なんだかぐだぐだですが、これにて一応完結。
こういうのが読みたかった!とかなんかリクエスト的なものがあれば教えてくださるとうれしいです。