12
お待たせしました。ようやく12です。
北への左遷を仄めかせたせいか、がっくり肩を落として執務室から出て行ったレオンを見送ってから、ライも重い腰を上げた。レオンにグランディーヤ一族について調べてこい、と言ったものの、それほど期待はしていない。あの秘密主義な一族がそう簡単に情報を他に見せるなんてことは考えられないからだ。それは王族であっても同じ。
しかし、ライはひとりだけ、一族の秘密を知っているかもしれない人間を知っていた。人が嫌いでいつも王宮の奥深くに潜って仕事をしているとある老人を。
ライは王宮の奥深くに位置する王族専用の図書室を訪れていた。この部屋の存在を知っているのは殆どいない。いわゆる禁書だとかが納めてあるせいだ。
ここを終の棲家としている老人がいる。王族でありながら、政治に一切の興味がなく、本だけがすべてと言い切る老人で、あまりに本を愛するあまり、図書室の横に自室を作ってしまった変わり者である。彼の存在もまた図書室と同じく知られていない。ゆえに、ライ自身がここに赴く必要があった。
いくつかの鍵をとき、中に入る。図書室は薄暗くどことなくひんやりとしていた。
「じーさん、いるんだろう?」
そう呼びかければ、豊かな白ひげを撫でながら、小柄な老人がライの前に現れた。さっきまでどこにいたのかすらわからない。相変わらず人間離れした老人である。
「なんだ、ライの小童め。わしは忙しいんじゃ。ふられたんならふられたでさっさとあきらめろ」
図書室から出てくることなどないにも関わらず、何が起こっているか把握しているのはさすがというべきなのか。
「あきらめたら男が廃ると散々言ってた人間の言葉とは思えないが。まあ、いい。グランディーヤ一族について知りたい」
長話をするつもりもなく、端的に用件だけ伝えると、眉毛をぴくりと動かし、しばらく考え込んでいたが、よかろう、と言って老人は歩き出した。それについていく。
複雑な回路になっている図書室の奥の奥には、テーブルと椅子が置いてある。そこにどさり、と老人は腰を下ろした。
「グランディーヤの何が知りたい?」
「全部、と言いたいがとりあえずあの一族の目的は何だ?始祖は?」
「グランディーヤについて知られていることはあまりにも少ない。彼らについて書かれた本はないと言ってもいいだろう。しかも彼らは口が堅く、余所者に厳しい。だからわしが知っていることについても正しいかどうかはわからん。それでも良いかの?」
「何も知らないよりかはましだろう。それでリリーナ嬢を妻にできるというのであれば」
「ふむ。リリーナ嬢か。それは隠し姫だな」
「ああ」
「グランディーヤの宗主がわが国のグランディーヤ公爵家であることは?」
「知っている」
「ふむ。この国でわが一族が王家足りうるのはグランディーヤ公爵の後押しがあるためだ。彼らが本気になれば我らなど簡単に王族ではなくなってしまうだろうに、彼らはそれをしない。それは初代との誓約に則っているといわれる。ここはお前の父に聞いた方がより詳しく教えてくれるだろうよ。わしが知っているのはグランディーヤの一族がこの地にとどまることを許す限り、かの一族はわが一族を王家と認めようということだけじゃ」
老人は、ちらりと王太子を見た。
彼とこうして話すのは何年ぶりだろうか。老人は自ら好んで孤独となることを選んだが、目の前のこどもは違った。王となるために孤独を選んだ。
正式に王太子となってからは、富に群がり、権力を得ようとする人間どもに嫌気がさしているように見えた。特に女性に対して幻滅しているようで、彼の妃となる人間はかわいそうなことになるかもしれないとすら思っていた。
それが、だ。
どうしても妻にしたい女性がいるという。しかもきれいさっぱりふられているにもかかわらず、どうしてもあきらめきれない、と。
その相手がグランディーヤ一族の隠し姫というのは何の因果か。
老人は王から、彼女が四大精霊と精霊王の二人を使役していると聞いた。ならば、彼女はグランディーヤ一族のなかでも特別の意味を持つ姫という可能性が高い。加えて、グランディーヤの一族は彼女を目に入れても痛くないほど溺愛しているという。どうなることやら、と内心面白く感じながら、とりあえず知っていることを教えてやる。そのくらいの手助けがなければ、王太子が彼女を妻にすることなどできないだろうとわかっていたので。
そのくらい、グランディーヤ一族というのは厄介な相手なのだ。
「つまり、彼女が『それ』だと?」
「どこまで本当かはわからんがの。その可能性は高い。彼女がもし本当に『グランディーヤの至宝』であるならばお前さんはどうする?」
「彼女がなんだろうと関係ない。彼女を妻にできるようこれからも努力するだけだ」
「ふぉふぉふぉふぉ。せいぜい頑張ることじゃ、小童。くれぐれもアプローチの仕方を間違えんようにな?」
老人はひげを揺らしながら至極楽しそうに笑った。