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「邪魔するぞー」
と敬意もへったくれもなく声をかけて扉を開ければ、屍が転がっていた。
「って、うわっ。え、これ、生きてんの?生きてんの?あ、死んでたら困る…よな?おーい、生きてる?」
おそるおそる王太子らしき物体をつんつんつつくと、勝手に殺すな、と屍が起き上がった。
「レオンっ、お前というやつは…!」
いかにも怒り心頭です、という感じの王太子にレオンは明後日の方向を見ながらぽりぽり頭をかいてみる。ちょっとした冗談だろ?とでもいえばよくて左遷、悪くてこの世とおさらばさせられそうだ。
「いやぁ、それより聞いたけど、お前結婚すんの伸びたって?」
言外によかったな、と言ってやれば王太子はぶすりとした表情のまま、まあな、と返した。
「だけどのんびりもしていられない。今回のはあくまで伸びただけだからな」
「それにしてもよく陛下が延期をお許しになられたな?今回の結婚を決めたのも陛下なのに」
「グランディーヤ一族の大祭に当たるから、だそうだ」
レオンの疑問を王太子は正確に察知したらしく、あの一族は年に一度、集まって話し合うのは知っているだろう、と問い返された。
「ああ、それは知っている。だけど、グランディーヤ一族の人間が全員集まるってわけじゃないだろ?そんなことすれば王宮は立ち行かない」
「普段ならな。しかし、今年は大祭と呼ばれいつもよりも大がかりらしい。それで各国から一族が集結するんだとか。もちろん、最低限の人員は王宮に残してはいるが」
「はぁ、グランディーヤってのはすごいね。それよりも、なぜそれとこれとが関係する?」
「どうも、グランディーヤ一族のなかには他国の王族に連なる人間もいるらしい。結婚するとなれば、もちろんそういった人間も招待せねばならないだろう?それに各国から客を招待するとなると警備にも労力を割かねばならないし。そういった打ち合わせをしたくとも大祭の間、グランディーヤ一族は最低限の人間しか王宮に残していないし、そういった人間に決定権限はないんだ」
「つまり、いろんな場面で支障が出るってことだな。だけど、ならばなぜ、そんな時期にお前の結婚は当初予定されていたんだ?支障が出るから延期せざるを得ないというのはわかっていたはずだろう?それとも大祭はそんなに急に開催が決まったのか?」
「そこなんだ、問題は」
王太子は椅子から立ち上がり、ふらふらとソファーに腰を下ろした。よっぽど疲れているのだろう。レオンに気を許しているのは知っているが、ここまで疲れた様子を素直に見せるの初めてのことではなかろうか。
「この結婚話にグランディーヤ一族が絡んでないわけがないんだ。彼らの承認がなければ王族といえど好きにすることなどできない。つまり、なぜグランディーヤの一族ともあろう人間が、延期されるのを見越してこの結婚話を成立させたか、ということだ」
「どういう思惑があるのかわからないということだな。だけど、最終的にお前の結婚話を承認したのは陛下だろ?とすると陛下とグランディーヤが持っている考えは同じなのか、それともたまたま何かしらの利害が共通しているから手を組んだだけか?」
レオンが問いかければ、王太子はわからない、と頭を振った。
「父上が何を考えているかなんてさっぱりだし、グランディーヤなんて狸や狐ばかりでまともに相手するには疲れるし、何より出仕していない。しかも大祭中は外部との連絡もほぼ禁止らしく手紙すら送ることができないんだ」
リリーナ!
疲れがたまっているのだろう。片思いの相手の名前を叫びながら涙を流している王太子を、きりっとしてかっこいいわよね、クールそうなところがたまらない、ときゃーきゃー言っている侍女らに見せてやりたい。奴のどこがクールでかっこいいというのだ。
俺には、こんな面倒な男を夫にしたいと考える世の女性たちのことがわからない。
いや、そうか、こんな面倒な男でも身分はあるしな。女性はえてして現実主義が多いからうまく奴を掌の上で転がして、快適な生活をつくるかもしれないな。
くわばら、くわばら、と誰にでもなくレオンが手を合わせていると、ようやくショックから立ち直ったのか王太子がソファーからぴしり、と立ち上がった。
「そもそもグランディーヤ一族について不明な点が多すぎるのが問題だと思う。だから調べてこい」
「は?」
「お前、バカなのか?」
王太子の言葉が信じられなくて、問い返してみれば、ものすごく憐みの目で見られた。いや、俺はお前にそんな目で見つめられるほど落ちぶれちゃいない!
「だから、グランディーヤ一族について調べてこい、と言っているんだ」
「いや、調べろってお前。グランディーヤだぞ?お前がさっきいったみたいに狐や狸の巣窟だぞ?どうやって調べろっていうんだ」
「そこがお前の腕の見せ所だろう。まあ、大変だと思うからその間の近衛の仕事は免除してやる」
ありがたいだろう?と言わんばかりの顔に腹が立ったが、そういえば、今年は厳冬になるだろうということで近衛を一部、北部に在留させようかという話も出ていたな、などと白々しくも言われてしまえば、わかった、というしかない。あとは左遷されるよりかは、ましなことを祈るだけ。
こうしてレオンの苦悩の日々は始まったのである。




