09
「うー、ひま!」
なにやら色んな人ががざごそ画策している裏で、わたしが何をしていたかといえば、ベッドの上で唸っていた。
「唸ったりしますと、余計に長引きますわよ。しっかりお休みになってくださいまし」
「だってぇ」
数日前からわたしは熱を出して寝込んでいた。熱が出るのは結構よくあるので、別に問題ないわけだけど、わたしの周囲には過保護さんたちがそろっているせいで、完全によくなるまではベッドから出してもらえないのだ。しかも、大好きな本も寝込んでいる間は疲れるとかいう理由で読ませてもらえないし。必然的に、暇になる。
「お昼はリリーナ様の大好きなほうれん草と卵のキッシュ、それにフルーツヨーグルトらしいですわ。今、料理長がはりきって調理していると。ですから、それまではおとなしく寝ていてくださいね」
「はぁい」
にっこりと笑うジョアンナに逆らうことなんて誰ができるというのだ。昼食が楽しみなのも本当だったので、大人しく布団の中に潜り込んだ。おやすみなさい。
リリーナが眠ったのを見届けてから、ジョアンナは音もなく部屋を出る。リリーナ付筆頭侍女の仕事は山ほどある。暇などないのだ。
「リリーナ、気分はどうだい?」
料理長が腕によりをかけた昼食を間食し、ひと眠りしたところで部屋に入ってきたのは、従兄であるウィリアムだった。
「ウィル!」
「ああ、寝たままでいいから。また熱を出したんだって?そろそろ大祭も近いんだから安静にしていないと」
「だって、ここ数日、ずっと寝たきりなんだもの。飽きちゃうわ。本も読めないし」
「具合がよくなったら好きなだけ読めばいいだろう?それに本なんてリリーナに渡したらずっと読むに決まっている。そんなんじゃ熱は下がらないからね」
「ちえっ」
「こらこら、口をとがらせない。リリーナもそろそろ寝ているのに飽きたと思って、僕が来たんだ。それじゃダメかい?」
美形が小首をかしげて、だめかい、なんて甘く言う。それに駄目と返せる人間なんているだろうか?いや、いない!(反語風)
だけど、ちょっぴり意地悪したくなるのが乙女というものではないだろうか。
「ウィルはお仕事あるんじゃないの?」
あえて、つんとそっぽ向いて言ってみれば、ウィルはおやおやとでも言いたげに眉をひそめた。
「僕のお姫様はどうやらご機嫌斜めみたいだね。八つ当たりしてあとで後悔するのは、君のほうだと思うけど?」
「うっ」
痛いところを突かれた。
不機嫌であることを大っぴらに表に出すつもりはなかったのだけれど、そんなに出ていただろうか。
「いつもなら、僕の申し出に君は素直に頷くだろう?今日はそれがないから。まあ、君が八つ当たりできる相手なんてそうそういないから、その点では光栄だけどね」
クスリ、と笑うウィルからは色気がそりゃあもうばっさばっさあふれ出ていて、なんか悔しくなる。わたしも18歳。18歳といえば花も恥じらえ、なお年頃のはずだ。風姿花伝でも若い花はいい、って書いてあった(はず)。
と、変な意気込みでウィルを直視した自分が悔しい。
勝てません。
ウィルの色気ったら半端ない。なんなの、夜の人なの?そんなこと口に出しては言えないけど。
「さて、お姫様はどうして機嫌が悪かったのかな」
ウィルはその大きな手のひらでわたしの頭をやさしくなでる。幼いころからずっと変わらない仕草。何度、この大きな手にわたしは慰められてきたのだろう。お兄様やお姉さまたちとはまた違うやさしさがなんとも心地よい。
「夢見がわるかったの。ただそれだけよ」
「それだけでここまで機嫌が悪くなるというのも君からすれば考えられないけどね。どうせ、なんで自分は働けないんだろうとぐるぐる悩んで、そのまま寝たら夢見が悪かった、とそんなとこかな」
「…どうして」
「わかるのか、って?君がそう考えるのはごく自然だと思うからさ。ねぇ、リリーナ。君が年の割にうんと大人びていて、自立精神あふれる子だってことは、僕らはみーんなよく知ってる。叔父様や叔母様も君が働きたいという意思が駄目だと言ってるわけじゃないんだ。ただ、君は体が強くない。それは、わかるね?」
ウィルの問いかけに、こくり、と頷く。お父様やお母様もわたしのことを慮ってくれているのは、わたしにもわかっているのだ。お兄様たちは過保護だからまた違うと思うけど。
「君は幼いころから我儘を言わない子だったね。だから、君の我儘はなるべくかなえてあげたいと思うよ。だけど、そのための準備というのがいるんだ。とりあえず今は君の希望に添うべくいろいろ推し進めているところだからもうしばらく待ちなさい。どちらにせよ、大祭の間は顔見せやらなんやらでリリーナにやってもらわなきゃいけないこともたくさんあるからね」
「大祭はいつから?」
「二週間後からだよ。それまでにまずは体調を整えてもらわないと。特に今回は各地から一族が集まるからね」
「大がかりなのね」
「そういうこと。だから、わかるね?」
「ええ。しばらく働きたいと言うのはやめるわ。でも、いつかは働けるのでしょう?」
「うん。その話も大祭でする予定のようだよ。もっとも、その話し合いに僕らがよばれるかはわからないけど」
ふぅ、とわたしは一息ついた。
それだけでウィルにはわたしの考えていることがわかったのだろう。それからは王都で流行っているドレスの話だとか、最近学会で発表された魔法理論の話だとか、朝昼晩にかけて色が変わる花の話だとかそういうのを面白おかしく話してくれた。
どちらにせよ、わたしが今できることは、この体をゆっくり治して大祭の日には元気な姿を一族の前に披露することくらいだ。
うとうとと眠りかけたわたしの額にそっとやさしい何かがふれた。
「おやすみ、よい夢を」
低い声の囁きが聞こえて、わたしは眠りについたのだった。
ウィルといちゃいちゃ。