08
ちょっと意味深っぽく。
コンコン、とノックすれば「来ると思っていたよ」と返事があった。まったく、なにもかもお見通しらしい。
事実上の結婚強制に呆然とする王太子を放っておいて、レオンは先ほど王太子の執務室から颯爽と去っていったラルフの下へ赴いた。いろいろ問いただしたいことがあったからだ。
「レオン、君が何を聞きたいかわかってるんだが、とりあえず場所を移さないかい?」
にっこり笑う親友に反論などあろうはずもなかった。
そうして、やってきたのはグランディーヤ一族に与えられている王宮の一室だった。
王宮は三つの棟からなっている。
一つが仕事を行う東棟、一つが客をもてなす際に使われる西棟、そして最後の一つが王族の私的空間であるところの奥宮である。
王宮のなかに部屋を宛がわれる場合、東棟の部屋であることが通常である。仕事上必要だから部屋を宛がってもらえるのであって、別にそれ以外の理由はないからだ。
西棟が使われることはあまりない。それこそ他国の王族やなんかを迎えるときにしか使われないので、西棟は東棟よりかは幾分、小さい。その代わり、他国の王族を迎えるのにふさわしい優美さがある。
奥宮は王族の私的空間であり、後宮なんかもここにある。王族の家、といったところだ。この奥宮は王族のための棟なので、足を踏み入れるのにもいろいろな手続きを踏む必要があって、結構面倒である。レオンなんかは王太子の側近ということで奥宮に入る特別許可を得ているから問題はないのだけれど。
その奥宮に、例外として部屋を賜ることがある。これは王への忠誠が認められたということで大変名誉なことでもあるけれど、グランディーヤ一族以外で賜ったことは今のところない。きっとこれから先もそうあることではないだろう。
その奥宮にあるグランディーヤ一族の私室の一つにレオンはいた。
目の前にあるのは、湯気を立てる美味しそうなお茶。実にいい香りである。
「わざわざこっちの部屋に来る必要はあったのか?」
お前には、東棟にも部屋を与えられていただろう、と言外に聞けば、こっちの方が防音に優れているからね、とこともなげに言われた。
「で、君が知りたいのはさっきの殿下の結婚についてだろ?ここなら盗聴の虞もないから言いたいこと言ってもいいよ?」
「それはありがたい。じゃあさっそくだが、リリーナ嬢はいったいグランディーヤ一族にとってなんなんだ?」
「うわぁ、君最初っからど真ん中にくるね」
「だって気になるだろ?王家主催の夜会とかでグランディーヤ一族の人間が真っ先に退席するなんてことあり得ない。貴族の格からしては許されるけど、お前たちは王家主催の夜会に積極的に参加することで、王家への忠誠を示している。お前たちの持つ力は厄介だからな。何も考えていないようなバカどもを牽制するのにも、王家への恭順を示すにも、王家主催への夜会はいい機会のはずだ。それなのになぜ、リリーナ嬢はすぐに退席なさる?本来であれば、お前たちと同じく最後まで残っているべきではないのか?」
「…レオン、君、本当に武官?今から転職して文官になったほうがいいんじゃない?」
「茶化すなよ」
「茶化すつもりはないんだけど」
ラルフは優雅な仕草でお茶を飲んでみせた。
「そうだねぇ、リリーナは年の割に幼く見えないかい?今年、十八になるというのに、せいぜいが十六、下手するともっと幼く見える。この意味が君にはわかるだろう?」
「魔力が大きいってことか」
「そう。しかもまだ体に馴染みきれてなくてね。しょっちゅう、熱を出すんだよ。だから早めに退席させてる、ってわけ」
「だったら、ヒューイだってそうだろ?あいつだって魔力の大きさは半端ないって言われてるし、魔力が馴染みきるまで結構かかったよな?なのに、ヒューイのときは退席なんてしていなかったぞ?それにだ。なぜ、リリーナ嬢は働かない?就職先を探してるんだよな?ラルフが気にするくらいの魔力を持ちながら、なぜ魔術省に入らせない?ヒューイは十五かそこらのときには正式に魔術省の一員になっていたと記憶しているが?」
畳み掛けるようなレオンの言葉に、やれやれ、とラルフはため息を吐いた。遠慮されるのも気持ち悪いが、ここまで容赦なくズバズバ聞かれるとはさすがのラルフも思ってもみなかったのだ。しかし、まあ、予想の範囲ではある。
「リリーナとヒューイは違うよ。ヒューイの場合は純粋に魔力だけが大きかった。そして魔法の才能があった。だけど、リリーナは違う」
「違う?才能がないってことか?」
「その逆だ。あり過ぎる。あの子はね、無詠唱魔法が使えるんだ」
無詠唱魔法。
レオンのなかで過去の映像が揺らめく。
そうか、あのときの少女はやはり無詠唱魔法を使っていたのか。
「ますます魔術省に入るべきじゃないのか?」
「あの子はね、自分が無詠唱魔法を使ってるっていう意識がないんだ。無意識なんだよ、あの子にとって魔法を使うことは」
吐き出された言葉に、レオンは背筋が凍った。
「無詠唱魔法を無意識で行使できるのか?」
ラルフが首を縦に振った。
それは確かに、外に働きに出すわけにはいかない。なにせ、危険すぎる。魔法は便利な力ではあるけれど、それだけではない。諸刃の剣でもあるのだ。
「だから、王太子殿下とも結婚させられない、と?」
「うーん、それはちょっと違うんだよねぇ。別に殿下と結婚しても構わないよ?リリーナがそれを心から望むならね。そのためにしなければならないことがある、というのならば一族をかけて環境を整えてあげることなんてできるよ。でも、本当にリリーナは殿下と結婚したくないんだってさ」
それに、リリーナには厄介な存在がついてるし、とは口に出さない。精霊、しかも四大精霊に精霊王の二人までがリリーナに執着している、というのはグランディーヤ一族のなかでも知っている人間は少ない。秘密にしなければならない理由があるからだ。そしてそれこそがレオンには言えないリリーナと殿下の結婚を簡単には許せない理由であり、グランディーヤ一族の存在理由でもある。
リリーナはグランディーヤ一族が待ちわびた至宝である。
大風呂敷を広げるのはいいけれど、果たしてこれは回収できるのかものすごく謎ww