06
急展開。
「なぜ、リリーナは求婚に応じてはくれぬのだろう」
はぁ、と悩ましげなため息を目の前でついてみせるのは、レオンの上司であるところの王太子である。世の中の女性が見たら失神しそうなくらい色気にあふれているが、残念なことに、王太子たるライはある女性しか目に入っていない。その女性こそ、グランディーヤ一族の至宝とすらいわれるリリーナ姫である。
「手紙だってかかさず毎日送っているし」
そうですね、面倒だと思われているようですが。
「贈り物だってこまめにしているのに」
食べ物と花以外はいりません、と送り返されてますけどね。
「なにがいけないんだ………」
悩みに悩んでいるライを眼福だと楽しめるのはきっと女性くらいで、同性たるレオンにしてみれば、うざったらしいことこの上ない。
「というか、そろそろあきらめたら?グランディーヤ一族がリリーナ姫を王太子妃として王家に嫁がせてくれる可能性は限りなく小さいよ。だいたい、あそこ恋愛結婚主義とかで、政略結婚なんてしないし、リリーナ姫も王太子妃にはなりたくない、と言っている以上、絶対無理」
「だが、王太子妃だぞ?次期王の嫁だぞ?そんなに王太子妃というのはメリットないのか?」
「そりゃ、ふつうの貴族からしてみればおいしいかもだけどさー、グランディーヤ一族だし。あそこから王太子妃が出たからっていって別に何にも変わらないじゃん。ただでさえ有力貴族だし。しかも、そういうの狙って結婚されるのは嫌だとか言ってたのお前じゃね?」
「うっ」
レオンの突っ込みにひるんだライは執務室の広い机に突っ伏した。
「落ち込むのはどうでもいいけどさ、仕事しろよー」
ライがリリーナに見向きもされていないのは、彼がリリーナに求婚してからずっとで、そのたびにうじうじ悩む彼を見てきたレオンとしては、今さらライが悩んでいようが気にしない。悩む暇があったら書類の一枚でも読んでほしいところだ。
「入りますよー」
ライの執務室にコンコン、という軽快なノックの音がしたかと思いきや、ライが返事をする前に扉があいた。
ライが文句を言ってやろうと、顔を上げたが、相手が相手だったので、口を閉じた。リリーナの兄(いつの日か義兄になる予定)であるラルフに逆らっていいことはない。
「二週間後、後宮に王太子妃候補としてキャロライン嬢が入るから。候補ってことに一応なってるけど、実質、君の嫁だから。結婚式は半年後くらいになるみたいだよ」
ひらひらと差し出された紙とともに、吐き出された言葉にぎょっとしたのはレオンだけではなかった。
「なんだって?後宮に女性が入る?そんなことは聞いていない!」
「そりゃ、そうでしょ。今、初めて言ったもの。君にまかせておいたら、いつまで経っても結婚しないだろうね、ってなって、じゃあ周りがどうにかするしかないよね、ってなったんだ。キャロライン嬢はいい女性だよ。僕も何度か会ったことがあるけど、たおやかな美人だし、教養はあるし、気位だけが高い馬鹿ではないから君の結婚相手にはちょうどいいんじゃないかな」
「俺は、リリーナとっ」
ライの言葉にラルフはふふん、と笑った。
「うん、君がね、リリーナと結婚したがってるのは知ってるよ。だけどうちは君も知ってのとおり、恋愛結婚以外は認めないんだ。だから君に猶予をあげただろう?君が求婚してからもう何年が経つと思ってる?僕らは今まで君の求婚を握りつぶすことだってできたけど、それをしなかった。その意味、君にはわかるだろう?」
うっそりと笑うラルフはことのほか、美しく、恐ろしい。
「僕としてはさ、リリーナに結婚なんてしてほしくないんだけど、誰にでも機会は均等に与えられるべきだからね。そして、その機会を生かせなかった人間にリリーナをくれてやるほどうちの一族は甘ちゃんではないんだよ。ああ、そうそう、もう決まったことだから君がいくら今から動こうとしてもこの決定は揺るがない。陛下も認めてくださっていることだし」
あまりにも突然の出来事に茫然とするしかない。特にライの顔色は悪い。王太子として感情の揺れを外に出さないよう教育されてきた彼にしてみれば珍しいことだ。それだけ、動揺している、ということだろうけれど。
「しかし、いくらなんでも急じゃないか?」
「急、というより、前からそういう話はあったんだよ。ただ、リリーナが王太子を好きになるかどうかわかんなかったんで、ずっと保留されてただけで。そもそも、うちの一族はリリーナと殿下の結婚には反対だったし」
「反対?なぜだ?」
「うちから王太子妃を出しちゃうと、いろいろ面倒だからだよ。リリーナに会うのだって面倒な手順を踏まなくちゃいけなくなるし、権力をほしがるたぬきどもがうるさくなるからね」
「なるほど。そこで、ガヴァネス家の出番ってわけだ」
「そ。レオンはよくわかってるねぇ。ガヴァネスはうちとも友好関係にあるけど、うちの一族ってわけじゃないし、政治的な野心もない。王太子妃を出すにはぴったりってこと。家柄だって侯爵家だからなんら問題ないし」
「しかし、キャロライン嬢は今まで結婚していなかったのか?俺の記憶が確かなら、おそらく彼女はライの二つか三つ下だろ?」
「三つ下だよ。そこはいろいろあって結婚してないんだよ。まあ、そのうちわかると思うけど」
「ふぅん」
「とにかく、これは決まったことだし、よろしく頼むよ。じゃあね」
パタン、と扉の閉まる音がむなしく執務室に響いた。
+ + +
「お茶会?」
「ええ、ガヴァネス家のキャロライン様より、お誘いがきております」
「ガヴァネス家とうちってなんかつながりあった?っていうか、姉さまじゃなくてわたし?」
「貴族のつながりなどどこにでもありますよ。あて先は間違いなくリリーナ様ですわね」
メイドであるジョアンナから告げられた話にわたしは首をかしげる。貴族同士でいろいろお茶会とかやってるのは聞いたことあるけど、それがわたしのところにまでくるなんて初めてのことだ。わたしは、基本ひきこもりだから。
「わざわざジョアンナがそんなこと言うってことは、それ行かなきゃだめ、ってことよね?」
「別に参加なされなくても結構ですけれど、参加されたほうがよろしいとは思いますわ」
「ふぅん。そのお茶会には誰が来るの?」
「ホストであるキャロライン様とリリーナ様だけですわね。人が多いのはリリーナ様、お嫌いでしょう?」
「うん」
ジョアンナの問いかけにわたしはこくりとうなづく。
転生する前からわたしはあまり大勢の人間がいることを好まなかったので、これはきっと性分なのだろう。
「二人でお茶会、ってアリなの?」
「そういうこともありますわ。それに、メイドなども着いていきますから、必ずしも二人っきり、というわけではありませんし」
「ってことはジョアンナが来るの?」
「当然ではありませんか。わたくしがリリーナ様付筆頭侍女なのですから」
「そか。で、あとは誰?」
「そうですわねぇ、サシャかレイラが侍女としてはお供させていただくことになるかと思いますわ。ってことは参加ということでよろしいですか?」
「うん。行ったほうがいいなら行くわ。別に暇だし。ジョアンナたちが来てくれるんなら問題起きても大丈夫そうだしね。行きますって返事出しておいてくれる?」
「ええ、お任せくださいませ」
ジョアンナがいい笑顔で部屋を出て行った。
珍しいこともあるものだ。わたしにお茶会のお誘いだなんて。
わたしは基本的にひきこもりで、たまにしか外に出ない。お茶会のお誘いがわたしのところに来ないのは、お父様たちのところで止められているか、変わりに姉さまが出ているんだろうと思う。わたしはそういうのが苦手だと、お父様たちは知っているから。
それなのに、今回はわざわざわたしにまでお茶会のお誘いが届いた、ってことはお父様のところで止められなかったというよりも、出た方がいいからなんだろう。ジョアンナがついてきてくれるっていうし、精霊さんたちもこっそり来てくれると思うから別に心配はないんだけど。
ないんだけど。
なんだかわたしの知らないところでいろいろ物事が動いている気がしてならない。
面倒なことにならなきゃいいけど、とわたしはため息を吐いたのだった。
最近、王太子出てこないなー、と思ってたらこんなんなりました。
シリアスちっくですがお気楽路線です。
王太子に最大のピンチ?が訪れていますが、王太子が主人公の逆ハー要員なのに変更はありません。
ちょっとかっこいい王太子が出ればいいな、という…。
無理かな、はは…。