04
侮っていたわけでは決してない。
だけど、まさか隠し姫と噂される貴族の令嬢がここまで魔法を使いこなせるなんて想像できるわけがないだろ、と言い訳したい。こりゃ、一族が溺愛するはずだ。
城下町で見つけた面白そうな二人組を尾行していたら、いつのまにか狭い路地裏に自分が追いつめられる形になっていた。
これでもレオンは騎士団のなかでも精鋭と名高く、次期騎士団長とすらされているほどの手練れである。うっかり路地裏に誘導されるなんてこと、まずない。
その時点で、魔法が使用されたのではないかと疑いは持ったが、そういう感じでもない。レオンは王太子の護衛を務めることも多いが、それはひとえにレオンの魔法の腕前がそこそこあるからに他ならない。魔法が当たり前にあるこの世界では、純粋に剣の腕前だけで王族を護衛できるわけがなく、護衛につく騎士はある程度、魔法が使えるのが常識である。
ゆえに、レオンにもし魔法が使われたのだとすれば、レオンはそれを感知できていたはずである。それがなかった、というと相手の技術がレオンを遥かに凌ぐか、もしくは、精霊術が使えるかのどちらかしかない。
うわぁ、面白そうってだけで尾行してみたけど、案外厄介な相手に目をつけちゃったかも。
そんな反省をしても後の祭りである。
どうしよっかなぁ、と内心焦りつつも、そんな内心は微塵も感じさせない笑みを乗せる。相手の出方をまずは見よう、といったところだ。
「で、お兄さんはいったいわたしたちになんの御用ですか?」
貴族の令嬢と思わしき少女が口を開いた。外見は幼いが、口調は落ち着いているから、単に童顔なだけかもしれない。
しかし、御用ときたか。御用、ねぇ。
御用、と言われても、レオンはただ面白そうな二人組を見つけたからついてきた、としか言いようがないのだった。それに、もしチンピラとかに囲まれちゃったりしたら大変だし、とは後付けの理由である。
口を開かず、にこにこしているレオンに焦れたのか、少女はしばらく虚空を見つめた後、できれば、といった。
「できれば、わたしとここで会ったことを秘密にしてくださいませんか。もし、確約できない、というのであれば強硬手段に出ますが」
強気な令嬢だなぁ、と思った。強硬手段ってどんなだよ、とちょっと興味はそそられるけど、その対象が自分というのはいただけない。
「信じていただけないようですね」
令嬢はフ、と笑ってみせた。
たぶん、だけど、令嬢はレオンに対し、何らかの軽い実力行使をしようとはしていたのだろう。強硬手段とまではいかなくとも、それを行使できる力があるのだと示せればそれで良いのだから。しかし、それがなされなかったのは、ちょうどそのとき、悲鳴が聞こえたからだった。
「キャー」
令嬢は悲鳴を聞いて、スカートを翻した。令嬢の後ろを、令嬢の隣にずっといた黒づくめの男が続く。レオンは二人を追いかけた。
レオンが悲鳴の現場にたどり着いたときには、すでに事件は終わっていた。
レオンが現場に到着したのは、令嬢に後れること数秒。たったそれだけの間に何が起こったというのか。
目の前には、見目のいい町娘と、いかにもなごろつきがいて、ごろつきは気絶しているようだった。白目をむいてピクリとも動かない。
一方、町娘のほうは、何が起こったのかわかっていないらしく、呆然自失の状態。ただ、怪我なんかはないようだからそこまで心配する必要もないだろう。
それよりも、だ。
レオンの目が確かならば、令嬢の隣にいた黒い男は何もしていない。ごろつきを気絶させたのは間違いなく、あの令嬢だった。
無詠唱、だと?
魔法は音によって行使される。詠唱しなければならない言葉があり、言葉によって場を作り、空気を震わせることで力を振るう。
なので、詠唱をする際には必ず空気の振動があり、それは声の大きさに左右されるものではない。レオンは王太子の側近として魔法を感知する能力にも長けている。もう一人の側近であるカーターが全く魔法の素養がないこともあって、レオンは魔法や精霊術といったものに敏感だった。
そんなレオンが、だ。
いくらなんでも人を昏倒させるほどの魔法が使われているのを察知できないはずがない。だとしたら考えられる結論はたった一つ。
無詠唱魔法、だ。
無詠唱魔法について、レオンが令嬢に尋ねようとする前に、するすると一台の馬車が現れた。中から出てきたのは、グランディーヤ公爵家当主の弟であり、宮廷魔術師長でもあるマティアスだった。
「リリー、出かけるなとは言わないけれど、せめて影をつれて歩きなさい」
「だって、叔父さま、影の人たちだってお仕事があるでしょう?わたしのお守をしてる場合じゃないと思うの。それに、黒翼とかだっているし」
「リリー、君に何かあったとき責任をとるのは君の影だって、知ってるね?窮屈なのはわかるけど、我慢しなさい」
「はぁい」
にこやかな顔をしていることが多いマティアスだが、その実、目の奥は笑っていないことが多く、あの人にだけは逆らうな、というのが宮廷の裏の掟とまで言われている。
そんなマティアスがうっとりとやさしく令嬢の頭をなでなでしている。笑顔で圧力をかけてくるマティアスしかしらないレオンにしてみれば、驚愕の事態だ。
目の前で起こっていることを信じられずに見ていると、いつの間にか地味な格好をした数人がわらわらとどこからともなく出てきて、その辺に転がっていたごろつきと、呆然自失の女性をどこかへと運んでいってしまっており、レオンが気づいたときにはすでにごろつき等の姿はきれいさっぱり消え去っていた。
「さて、リリー。僕もようやく休暇が取れたんだ。一緒に過ごそうね。それと聞きたいこともあるし。反論は聞かないよ。さ、馬車にお乗り。僕は少しやることが残ってるからね」
令嬢と黒い男を馬車に乗せたマティアスは優雅な足取りでレオンの前までくると、にっこり笑顔で「今日のことは他言無用だよ」と言って踵を返した。
つまり、あの令嬢はグランディーヤ一族の至宝と名高い、リリーナ姫だったということだろう。
レオンは喉の奥で笑った。
レオン視点は一回ここで終了。
次はグランディーヤ一族のお話でっす(たぶん)。