02
新たな登場人物視点で。
リリーナ様が就職口を探している、という噂はすぐに騎士団の間に広まった。
なんていうか、騎士団も暇なんだな。
王太子が随分と荒れているので、その理由を聞くと、目下求婚中の相手がなんと、働きに出ようとしている、らしい。俺としては、貴族のお嬢様にしては珍しいな、くらいにしか思わないけれど、奴にしてみればまったく違う意味を持つのだろう。
「けど、お前がそこまで反対する理由なんて別になくないか?」
貴族の女性が働く、というのはそりゃあ一般的ではないが、別に問題視されているわけでもない。現に公爵家の長女であるシンシア嬢は、働き始めてから嫁ぎ先が決まったはずだ。公爵家の女性は末っ子のリリーナ嬢を除けば、全員何かしら職についている。だから、リリーナ嬢が働きに出ることもそう反対すべき理由はないように見える。
そう意味をこめて、王太子であるライに聞いてみたのだが、機嫌の悪い声が返ってきた。
「別に女性が働きに出るのが悪いとは思ってない。女性であってもその能力にあった仕事をするのはむしろ誰かに寄りかかって生活するよりもいいだろう。しかし、それは一般の話だ。リリーナなら別」
「なんでリリーナ嬢はだめなんだよ?」
「なぜって、リリーナはいずれ王妃になるんだぞ?もし、働き先で不埒な輩に惚れられたりしたらどうするんだ?」
ライの言葉に、近衛でライの側近をも務めるレオンは、心の中だけで脱力した。ぶつぶつとライはいかにリリーナが王太子妃として相応しいのか、どれだけライがリリーナに恋焦がれているのかについて語っているが、正直言えば耳たこ状態。しかも性質の悪いことに、もう一人の側近で護衛を務めるカーターまでもがライの言葉に賛同しているのだ。レオンはなんだかなぁ、とため息を吐きたくなる。
グランディーヤ家のリリーナ姫といえば、社交界でもいつも噂の的である。社交界に滅多に顔を出さない彼女であるが、そんな彼女に王太子が求婚し続けているが、断られ続けているというのは有名であるし、なによりグランディーヤ一族の宝とまで言われ、溺愛されていることは社交界でも知られている話だ。
なかでも、彼女と結婚すればグランディーヤ一族の中枢に迎えられ、将来の出世も思いのまま、とまで言われていたりする。それが本当かどうかは謎だが。
グランディーヤ一族がそんなに甘いはずがない、と思うが、彼らが末の姫を溺愛しているのは本当である。なにせ、次期グランディーヤ公爵家跡継ぎであるラルフとレオンは親友といってもいいぐらいの間柄であるのに、リリーナ姫に会わせてもらったことは未だかつてない。会いたい、と望んでも、絶対零度の笑みで聞こえないふりをされるか、ひどい目に遭わされるかの二択だ。ラルフ曰く、「君が貴族のなかでは大分マシな人間だってことはわかっているけど、でもリリーナに会わせるなんてもったいなさすぎる」とのことだった。見目もさることながら、将来有望と名高いレオンですらリリーナ姫と比べると塵芥に等しい、とラルフ。
もともとグランディーヤ一族は一族の仲間を誰より大事にする傾向がある。しかし、その中でもリリーナ姫に対する溺愛は異常だった。
しかし、実際に彼女と会ってみて、その溺愛は異常でもなんでもなかったのだとレオンは後に知ることになる。
その日、レオンは非番だった。
レオンは近衛のなかでもライの護衛を務めることが多いから、滅多なことでは休みがとれない。王太子の護衛ともなれば、剣の腕だけを磨けばいいというものではなく、様々な技能や知識なども必要とされるため、護衛になれるような人材は常に不足しているといっても良い。そのため、王太子の護衛をしていないときでも、人材育成のためにやらなければならないことは山積みで、そうそう休みがとれないのが悩みの種である。
ふっふーん、今日は何をしようかなー。
城に詰めていることが多いので、気分転換に城下町をぶらぶらしてみる。城下町は活気があって明るい空気に満ちて、ただ歩いているだけでもなんだか楽しい気分になってしまう。別にこれといって目的があるわけではないので道行く人々を眺めながら、目についた食べ物を屋台で食べたり飲んだりして時間を過ごしていた。
と、そこでなんだか一般人とは違う空気をまとった二人組を見つけた。
貴族、であることだけは確かだ。
地味なものではあるが、二人が着ている服はそんじょそこらの人間が買えるような代物ではない。貴族は貴族でも上位貴族だろう。上位貴族が街に出てくることはそう多くはないが、全くないわけではない。
女性と男性が一人ずつ。女性はとても若い、下手すれば幼いとでも形容できそうな外見だが、年の割に落ち着いているようで、それが一種独特の気品と貫録を彼女に与えていた。
一方の男性は、ちょうど彼女と釣合がとれそうな年頃に見えるが、彼女よりずっと落ち着いていて、そして隙がなかった。
暇だし、なんだか面白うそうな予感がしたレオンは二人のあとをこっそり、尾けていくことにしたのだった。
次はリリーナ視点に戻ります。