幕間 2
やっぱりカーターが王太子殿下を好きすぎる。
身内の不始末の詫びのために、とある公爵家を訪れた。
わが国においても政治力、影響力、財力すべてにおいて他の貴族の追随を許さない名門たるグランディーヤ公爵家である。
事前に手紙を出し、訪問の予定を伝えていたからか、すんなりと応接間に通された。お嬢様を呼んできますのでしばらくお待ちください、とだけ告げ、下がるメイド。教育の行き届いたメイドだな、とぼんやり思う。
今日、カーターがグランディーヤ公爵家を訪れたのは、もちろん身内の不始末を公爵家の末娘たるリリーナ様に謝罪する、というのが目的ではあるけれど、それよりもっと大事なのは王太子殿下の素晴らしさを知っていただくことだった。
リリーナ様はずっと王太子殿下からの求婚を断っていると聞く。
グランディーヤ公爵家の末娘といえば、社交界にも出てこない隠し姫として有名で、グランディーヤ一族から溺愛されているのだとか。そのような方であるために王太子殿下のことなどほとんど知らないのだろう。そうだとすれば、リリーナ様が王太子殿下の求婚を断っているというのも頷ける話だ。
つまり、カーターの使命は、リリーナ様に王太子殿下の良いところを知ってもらうところにあるといえよう。身内の不始末云々は公爵家を訪ねる理由としては最適でもあったし。
数分もしないうちに、リリーナ様がメイドを一人連れて応接間にいらした。ほっそりした肢体、とうてい15歳には見えなかった。しかし、さすがというか気品に満ちていらっしゃった。
まずは恥ずかしい身内の話から始める。本当はそんなことを告げるべきではないのだろうが、王太子殿下の素晴らしさを伝えるには、やはりラグントン家のことをお伝えするのがいちばんだと思ったからだ。
リリーナ様はにこやかに微笑んで、時には困ったようなお顔になってずっとお話を聞いておられた。
これは好感触なのでは、と思い、内心ほっとした思いでどうか王太子殿下の求婚を受け入れてくださるようお頼みする。
しかし、かえってきた答えはあまりに無情であった。冷たくすら、あった。
王太子殿下の素晴らしさをわかっていただけなかったのだ、とカーターは思った。カーターは騎士でもそう口が回るほうではない。どちらかというと寡黙で言いたいことを喋っているつもりであっても他人には伝わっていないことは多々あった。そのため、今回も王太子殿下の素晴らしさが伝わっていないのだと思い込み、さらに言葉を重ねる。
カーターにとって王太子殿下は、光であり、希望であり、カーターの命がいくつあっても足りないくらい立派な人だった。王太子が王となり、この国を治めるということはなんと素晴らしいことなのだろうかとすらカーターは思う。
ラグントン家の面汚しである自分を拾い、なおかつ側近として傍においてくださる。それだけでも目に余るような栄誉であるのに、それどころではなく、カーターを信用する、とまでおっしゃってくださったのだ。これほど素晴らしい人がほかにいるだろうか。
人柄の素晴らしさはさることながら、それだけでなく、王太子殿下は勉学にも優れ、剣をはじめとする訓練も欠かさない。下級兵士にだって自ら声をかけ、ときには励ますことすらある。
また、王太子殿下は容姿だってすぐれていた。
女性が羨ましがるような艶やかな髪、絵画に出てきそうな顔の造作、どれをとっても完璧で低めの声がまた色気があっていいと城のメイドたちのなかでは評判だった。そのような方が女性にモテないはずがない。
しかし、なぜか本人は多数の秋波を送られているにもかかわらず、誰一人として手を出そうとしたり、女性で遊ぶということはしなかった。これはたびたび騎士のなかでもなぜ王太子殿下は誰とも付き合ったりしないのだろうか、と疑問の声が上がっていたほどである。別に王太子殿下は女性が嫌いというわけでもなさそうだった。女性をエスコートする姿だって完璧だし、困っている女性を見れば気軽に手伝いを申し出る。それなのになぜか「恋」だけはしていなかった。
そんな尊敬してしかるべき王太子殿下が。
一目ぼれし、なおかつ求婚までした、というのだ。
これはひと肌脱がねばならない、というのが騎士団の総意でもあった。
しかし。
カーターにもたらされたのは、「否」という返事だけ。
御帰りを。あなたの謝罪は受け取りました。それ以外の事項については不要です。あなたに指図される云われもない。帰る気がないのであれば、強制的に排除しますが。
そう、言われた。
体が小さくとも、はっきりとした威厳に満ちた声で。
そして、理解した。
この方はなにより王太子殿下の隣にふさわしい、と。
彼女に絶対に王太子妃殿下になっていただく、とカーターは一人こぶしを心の中で固めた。
このまま書いてたらBLにいってしまうんじゃなかろうかと若干焦りましたww