その7
「やはり、あなたを出し抜くのは難しかったようですね、闇の王」
「ふんっ、ここまでできただけでも大したものだ。と、いうわけで観念しろ」
ふつう、こういうときのセオリーって王子様が助けにくるものじゃないの?
まあ、変態さんと二人っきり、なんて言葉にするとげにおぞましい空間から逃れられたのは、大変嬉しいことですが。黒翼がまじ魔王さまって感じでこわいです。魔王を前にして、ふふふ、とか涼やかに笑う変態もすごい。変態なだけに通常人とは違う精神構造をしているのかもしれない。
それはともかく、黒翼が来てくれたのでもう安心だとすっかり体の力を抜いていたのだけど、そう簡単な話ではなかったらしい。
「闇と風の応用か。たかが人間風情でそこまでやるとはな」
なにやら、黒翼と変態さんが目の前で魔術の話をしているのですが、わたしにはさっぱりぽんって感じ。黒翼は変態さんと話しながらもこちらの様子をきちんとうかがっていたようで、心話で説明をしてくれた。
黒翼の説明してくれたところによると、わたしが閉じ込められていた闇の空間は、変態さんが作り出したもので、本来であれば精神のみが闇にとらわれるらしい。
ところが、変態さんはわたしの精神を引き寄せたあと、それをよりどころにして、風の魔術でわたしの身体を移動させた、ということらしい。身体も移動させてはいるけれど、依然としてわたしの精神と身体は分離したままで、身体を早く見つける必要があるのだとか。まあ、とにかく大変な事態であることに変わりはないようです。
「しかし、聞いてはいましたが、本当にあなたがその少女のそばにいらっしゃるのですね。他の四大精霊、光の王もそうだとか。それではこちらに勝ち目はなさそうですねぇ」
「勝ち目がないとわかっているならさっさと解放しろ」
「そうしても悪くはないんですが、そうしちゃうと本当に欲しいものが手に入らないので。そろそろいい感じに、さて、仕上げへと参りましょうっ」
変態さんがそう言ったと思ったら、突風が巻き起こり、思わずわたしは目をつむった。黒翼が焦ったような声でわたしを呼んだような気もするけれど定かではない。
風がおさまったのを感じたので、おそるおそる目を開ける。そこは今までの闇とは違って、光に満ちた空間だった。どこかの一室らしい。センスよくまとめられた部屋の真ん中には天蓋つきのベッドがあり、そこに横たわっているのは紛れもなく「わたし」だった。
「わたし」が寝ているのをわたしが見ている。
変な感じだ。幽体離脱している状態、ということなのだろうか。とりあえず、自分の身体に戻ろうとふよふよ移動しようとしたら、ドアがばたり、と開けられ、いつぞやのお姫様が入ってきた。どこか思いつめた足取りでふらふらわたしの身体へと近づいていく。わたしが自分の身体に入るのが早かったのか、それともお姫様が刃物を取り出し、わたしの身体に刃物を突き刺そうとしたのが早かったのか。刺される、と目をつぶった瞬間、今度はまぶしい光が部屋を覆った。
「やれやれ、愚かだとはずっと思っていましたが、ここまで愚かとは」
「白飛っ」
「リリーナ、あなたの身体は今まで眠った状態だったのですから、いきなり起き上がるものではありません。特にあなたは貧血を起こしやすいのですから」
いや、そんなことはどうでもよくてですね、何が起こったのか説明してくださいませんか、と言いたかったのだが、言葉は一つも口から出なかった。なぜなら白飛は猛烈に怒っていたからだ。
「なにするのよっ」
お姫様は、いつの間にか手首と足首を光の環で拘束され、部屋の隅に転がっていた。自分がこんな恰好をしているなんて屈辱でしかない、といわんばかりのお姫様。そりゃあ、そうだろう。誰だってそう思うに違いない。ただ、お姫様の場合、自分がいちばん偉いと思っているから始末に負えないのだ。怒っている白飛をさらに怒らせるなんて芸当、空気の読める人間なら誰だって回避しようとするはず。真向から白飛にぶつかっていって無事なわけがない。長いものには巻かれろ、って昔の人も言ってるし。
「なぜわたくしがこんな辱めを受けねばならないのですっ。わたくしは王位継承権を持つ由緒正しき姫ですのよっ」
「そんなことはどうでもいい。それよりも、なぜリリーナを襲った?」
そんなことはどうでもいい、と言われてしまったお姫様は、一瞬あっけにとられた顔をしたが、その次の言葉を聞いて、嘲るような笑い声をあげた。
「だって、邪魔ですもの。その子がいるからラインハルト様はわたくしに会いにきてはくださらなくなったわ。しかも議会でその子と結婚したいとまで述べたそうですの。そんなこと許されるかしら?ラインハルト様の婚約者となるのはわたくしのはずでしょう?ですけれども、人間、誰しも間違いはあるもの。間違っても誰かが正してあげればよいのですわ。ラインハルト様の未来とそんな子を比べたら、ラインハルト様の未来のほうがずっと重いでしょう?ですがいちいちこんなことでラインハルト様の手を煩わせたりはいたしませんわ。わたくしは未来の妻ですもの。彼の邪魔はわたくしの邪魔。わたくしが排除すればいいの」
うっとりと語るお姫様は狂気にまみれていて、ぞっとした。