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彩貴のピアノと愛貴の声が合わさって美しい音となって響いていた。
二人は自分たちが作った音楽をインターネットの動画サイトで公開しており、すでに何人ものファンがついていつかメジャーになることを期待されているほどの腕の持ち主である。話によるとスカウトもあったことにはあったが、まだ学生のうちは気ままにやりたいとその話を受けなかったという。
ゆったりとした時間が流れ、曲が終わっても荘太は動くことができなかった。しばらくして愛貴が得意顔で言った。
「どう?」
「え?……すごかった」
彩貴は呆れた顔をした。
「お前、これだけ素晴らしいもん聞いといて、もっと他の表現ないのか」
ずいぶん自信家な発言である。荘太は焦った。
「いや、だって、どんな言葉を使っても表現しきれないというか」
「つまり、それだけよかったってことよね、荘太ちゃん!」
荘太の手を取り、愛貴が嬉しそうに言った。
「そう、そういうこと!いつまででも聞いていたいような」
「そうか、じゃあもう一度聞かせてやる」
荘太はそれを止めた。
「待って。俺朝練に遅刻する。また今度聞かせて」
その言葉を放った瞬間、彩貴の眼鏡が光った。
「ほう?俺様がわざわざ弾いてやると言っているのに、か?」
そのひやりとした空気を感じ、顔を向けることができない。こんな風に機嫌が悪くなったときの面倒くささは嫌というほど知っていた。
「荘太ちゃん?いいのよ?あなたが聞かないというなら、私たちはそれでも。ね、彩貴?」
口ではいいと言っていながら顔はそうは言っていない。
(愛姉まで!!)
彩貴だけでも厄介なのに、愛貴までこうなると収拾をつけるのが大変だ。でも、どうにかするしかない。
「ね、二人とも。今はほら、学校行く準備しないと。二人だってそろそろ準備しないと遅刻しちゃうよ」
穏やかに諭すように言った言葉も彩貴が一蹴する。
「遅刻がどうした」
遅刻はよくないでしょ、と言っても無駄だった。荘太は泣きたい気分になった。やけくそになって叫んだ。
「わかった、今日、帰ったら何時間でも聞くから!二人が疲れたって言っても聴き続けるから!」
彩貴はにんまりと口角をあげた。
「そこまで言うなら、そうしてやろう。ちゃんと自分が言ったこと覚えとけよ。後悔させてやる」
そうして今日の夜の予定は二人のリサイタルに決まった。
二人の音楽のファンにしてみればうらやましすぎる待遇だが、荘太はそう喜んではいられなかった。なにしろ、真夜中までそれは続くのだ。そういう日の次の日は決まって寝不足になるのがこれまでの経験で分かっていたのだった。