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神高家は七人家族だ。夫婦と五人の子供たちである。
この家族は近所では知らない人がいないほど有名な一家だ。その理由は、一家の大黒柱である父親が人気俳優として芸能界で活躍していること、母親の瑛子は五ヶ国語を操り、通訳、翻訳家として有名であること、子供たちもそれぞれの得意なことで何かしら功績を残していること、などが挙げられる。
そしてなによりもこの一家が美形ぞろいというのが一番の理由だ。
近所の者たちや兄弟の通う学校の者たちは目の保養だの、この世の奇跡だのと言い、芸能人である父親のことは別として、一人につき一つはどこかにファンクラブがあるらしい。たまに、普通なら知りえるはずのない地方に住む人間までそのファンクラブに所属していると聞くから驚きである。
荘太はそういう話を聞く度に、ごくごく平凡な自分がそんな人たちと付き合っていることが不思議に思える。彼にとっては神高一家はちょっと変わっている隣人にすぎなかった。
荘太は階段をかけ上がると、突き当りのドアを勢いよく開けた。
その部屋は広々としていた。大きな窓からから差し込む光が部屋全体を明るく照らし、広い部屋の中央に置かれた黒いグランドピアノが白い壁に映えて際立って見える。
部屋の片隅には少し大きめのベッドが置かれている。荘太はベッドの近くまで歩み寄った。
「彩兄、起きて……」
そう声をかけようとして絶句した。この部屋の主である少年の横に少女がすやすやと眠っていたからだ。少年と少女といっても二人はもうすでに大人の色気を身につけつつあり、眠っている姿を見ただけでもそれを感じることができた。二人とも艶のあるまっすぐの黒髪で、閉じた瞼には長いまつげが広がっている。
荘太は思いっきり息を吸って、叫んだ。
「彩兄、愛姉!高校生にもなって一緒のベッドで寝るのをやめろって何度言えばわかるんだよ!!」
そう叫びながら、二人を覆っていた布団を勢いよくはぎ取る。少女がゆっくりと目を開けた。そして不機嫌そうに一言。
「もう、荘太ちゃん、朝っぱらからうるさい」
「誰のせいだと思ってんだよ。それから愛姉。”ちゃん”はやめてって言ってるだろ」
「いいじゃないの、別に。それにそういう細かい男って器が小さいと思うの」
「あーはいはい。わかったからさっさと起きて」
そう言って起き上がらせようとすると、腕をするりと首に巻きつけてきた。
「んー荘太ちゃんがちゅーしてくれたら起きる」
耳元で色気たっぷりにそう言われ、何とも思っていないはずなのに動揺してしまう。
「……」
なにも言えないまま硬直していると、ゆっくりと唇が近づいてくる。
マズイ。
頭ではそう思うのに体が動かない。もうあと少しで触れ合うか、という瞬間、声がかかった。
「愛貴。やめろ」
この部屋の主の少年だった。彼はむくりと起き上がってサイドテーブルに置いてあった眼鏡をかけた。少女はしぶしぶ荘太の拘束を解いた。
「ありがとう、彩兄!助かった!」
「おまえのためじゃない」
ばっさりそう言い切られて、荘太は少し悲しくなった。わかっていただけに。そしてわかっていたのに尋ねた。
「じゃあダレのためデスカ……」
「おれのためだ」
「ですよねー」
聞くんじゃなかった。
「自分と同じような顔をしてるやつが男とキスしてるところなんて誰が見たいか」
「もう、彩貴はそう言っていっつも邪魔するんだから」
この二人、彩貴と愛貴は双子だ。彩貴の方が兄になる。二人の顔は性別による線の太さの違いはあるものの、それ以外は同じである。二卵性双生児だが、よく似た綺麗な顔立ちをしていた。
荘太は気を取り直して言った。
「それより彩兄。彩兄もいい加減愛姉が布団に入り込んでも放りだすくらいしなよ」
「自分の顔したやつにそれはできない」
「あーそうでしたね……」
これも相変わらずのことだった。この彩貴という男は自分の顔が大好きというナルシストなのだ。そのため必然的に双子の妹の愛貴のことも大事にしていた。
「一緒に曲を作ってたらいつの間にか勝手に愛貴は寝ちまうんだ。かといって自分の部屋から移動するのも理由もない」
「もーわかったよ……」
荘太はそれ以上説得するのをあきらめた。いつものことだった。愛貴がふと気がついたように言った。
「あ、そうそう、新しい曲出来たの、昨日。聞かない?」
「え?」
その言葉に彩貴はベッドから起き上がるとピアノの前に座った。長い繊細な指が鍵盤の上に置かれると、とたんに音楽があふれ出す。
愛貴もその調べに乗せて歌い始めた。それは日本語ではなく、どこか遠い外国の言葉のようだった。
それはとても美しい音だった。
もし、天国というところが本当にあるのなら、そこで奏でられる音楽なのかもしれないと思った。