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荘太の朝は早い。
いつものように起きて着替えてご飯を食べてそれから家を出る。
朝のすがすがしい空気が気持ちいい。
彼はまっすぐ学校に向かわない。まず、隣の家に行く。
こじんまりとした一般的な家である彼の家とは違ってかなり大きく立派な家だ。真っ白の外壁が朝日に照らされて輝いている。
荘太はチャイムを鳴らし、中からの返答も待たずに鍵のかかっていない玄関の扉を開ける。
真新しいそこそこ有名なブランドのスニーカーをきれいにそろえて脱ぎ、広い廊下の奥へと向かった。コーヒーとパンの香ばしいにおいがしていた。
「おはようございます、瑛子さん」
そこには、少し顔にしわが見え始めた、しかし若々しくきれいな女性がいた。
「おはよう。荘太くん。毎日ありがとうね」
「いえ。……誰も起きてないですよね」
「起きてないわ。あの子達ったら荘太くんが来てくれるのわかっているから、近頃は目が覚めてても起きだそうとしないもの」
「すみません……」
荘太は他に言いようがなかった。
「いいのよ。そのおかげで私も毎朝荘太くんに会えるもの」
瑛子はにっこりと笑った。荘太の顔が赤くなる。その笑顔は四十歳を越えているようにはとても見えない。どころか若い人とも引けを取らないほどだ。どうしても自分の母親と比べてしまう。
(あんまり年変わらないはずなのに……)
この家の謎の一つだと本気で思う。
見とれていて言葉がなかった荘太を気にする風でもなく、瑛子は恨めしげに別のことを言った。
「ねえ、ほんとに今日も食べないの?本当に遠慮しなくていいのよ」
荘太はぎくりとした。
「あはは。そんなご迷惑をかけるわけには……」
「迷惑なんて!いつもあの子たちがかけている迷惑に比べたらこんなことなんでもないわ!本当に、隣に住んでいるのが荘太くんでよかったねってあの人と毎日のように話しているんだから!」
フライ返しを持ったまま勢いよくキッチンを飛び出してきた瑛子に荘太は後ずさりした。
「親の私たち二人とも仕事が忙しくて、あの子達のことをちゃんと見れてなくて。気づいたら周りの子たちから変に浮いてて。どうすべきか真剣に話し合ったこともあったのよ」
「はあ」
「それが!ここに越してから一変!相変わらず変な子たちだけれど、ちゃんと人と関われている。これがどんなに嬉しいことかわかる!?」
あなたもちょっと変わってる、とは賢明にも口にしなかった。
瑛子はふっと息を吐くと、荘太の目をじっと見て言った。
「だからね、本当に荘汰くんには感謝しているの。言葉では言い尽くせないくらいに。だから、なんでも困ったことがあったら言ってちょうだいね、私たちはなんだってするから」
「そんな、なんでもするなんて」
困った様子の荘太を見て、瑛子は口元を緩めた。
「ほんと、いい子なんだから」
「えーと……」
荘太は言葉に詰まった。ぐるぐると頭を動かし言葉をひねり出す。
「あ!そろそろ起こしにいきますね、練習に遅刻しちゃうんで!」
言うがすぐにダイニングキッチンを飛び出す。バタバタと階段を駆け上がる音を聞きながら、瑛子は朝食の準備に戻った。