――夜中の訪問者――
振り返ると目の前にはアイシャが立っていた。
「うん? そんなところでなにやってんだ?」
特に何をするってわけでもなくただ立っているアイシャに問いかけてみる。
「なに、じゃないわよ……私の扱い雑っ!」
「んげっ……」
またしても、アイシャから僕の腹に向かって憎しみの鉄拳がきまった。
それから僕の腹の痛みとアイシャの機嫌をなおすこと十分。
「つまり、私の弱点を知りたかったのは悪魔の弱点のヒントになるかもしれないからってこと?」
「そうだ」
アイシャはだいぶ機嫌を直していた。僕の腹も安静にしていたためか、もう普通平常だ。
「なら、最初から言えばいいじゃない」
「たしかにそうでございました」
でも、これはあながち嘘ではない。悪魔に弱点があるかもしれないからやった行動だ。いや、行動は必要ないか。まあ、口実にするためだと思っていただきたい。
「んー、私は知らないなぁ、テディコは?」
僕の隣に座っているテディコに話しがいく。
「……知らない」
「そうかぁ……」
ちょっとでもヒントになればと思ったんだけどな。まあ、実際ゲームでも攻略本でも見ない限りボスの弱点なんてわからないもんな。
「……ごめんなさい」
「べつにテディコが謝ることないよ」
コイツは結構こういうところがあるからな。
テディコの頭を撫でて、関係ないよと微笑んであげる。すると、隣にいるアイシャが僕の肩をつっついてきた。
「ごめんなさい」
「うん、なんだ。お前なにか悪いことしたのか?」
「なんでよっ!」
なぜだかアイシャは目に涙を浮かべてそっぽを向いてしまった。
なんだ? 泣くほどアイシャは悪いことでもしたのか?
「じゃあ悪魔とは――」
ピンポーン。
「あれ? こんな時間に誰だろう?」
「ちょっと待って悪魔かも……」
今まで泣いていたアイシャだがすぐにもとに戻り周りを警戒する。
たしかにこの時間帯ならありえないことはない。
部屋の掛け時計は午後十時を指している。
「まさか、そんなはず」
アイシャの一言で周りの空気が一気に緊迫感のある空気に変わった。
「わたし見てくる」
アイシャがソファから立ち上がり、玄関へと向かおうとする。
「ちょっと待てよ、一人じゃ危ないだろ」
「……テディコも行く」
そうして三人で玄関へと向かうことにする。
「……ゴクリ」
この扉の向こうにもしかしたら悪魔がいるかもしれない、そう考えるだけで十分怖いぞ。
唾をゴクリと飲み込み、アイシャが先導して玄関のドアを開いた。
「あら? 妹さん? こんばんわ、赤羽奏といいます。神和住くんいらっしゃいますか?」
アイシャはなにか小さい声で会話をしてから、少し離れて待っている僕の所までやってきた。
「だ、誰だった?」
恐る恐る訊いてみる。
「うん、なんか同じクラスの赤羽さん? て人。知り合い?」
知り合いもなにも僕の好きな人ですよ! だとしたら待たせてるわけいかないじゃないか! え? でもどうして! いや、とにかく早く出なきゃ。高まる心臓を押さえて玄関のドアに手を伸ばした。
もちろん、アイシャとテディコを手でリビングに行くように追い払い、いなくなったのを確認してから玄関から顔を出す。
「ご、ごめん。待った? ど。どうしたの?」
扉をあけると黒のワンピースに小さいハンドバックを持った奏さんが笑顔で待っていた。
なにをさっきまで扉の向こうは悪魔かもしれないと緊張なんかしていたんだ。扉の向こうは天使だったじゃないか、ある意味緊張はしてきたけど。
「神和住くん体調大丈夫ですか? プリントと明日の連絡をしに来ました」
奏さんはニコッと笑ってバッグを自分の前に持ってくる。
「うん、もう大丈夫。ちょっと風邪ひいただけ。わざわざありがとね」
僕の体調の心配なんてしてくれるなんて、なんて優しんだ。
わざわざ持ってきてくれたプリントを貰おうと手を前に差し伸べる。
「あの神和住くん、こんなところで渡すのもなんですし中に入りませんか?」
そう言った後「私生活も見てみたいですしね」付け足す。
そんなこと奏さんに言われたら断れるわけがないじゃないか。だがすぐに家の中の状況がおもい浮かんだ。
僕の部屋にはいかがわしい本がたくさんあるから駄目、他の部屋は、綺麗なんだが物が何もなくて駄目。となると――
「うん、わかった。じゃあちょっと待ってね」
急いでリビングに行く。
「今から、奏さんがここに来るけど、迷惑のないようにするんだぞ」
そしてリビングにいる二人へ言い聞かす。
テディコはコクンと頷き、アイシャはベーッと言って床にごろごろと転がってしまった。
うーん、なんか不安だけど今はそうこう言ってられないか。
急いで玄関に戻り扉を開いて奏さんを招待する。
「ごめん、それじゃあ中に入っていいよ」
「おじゃまします」
家に上がるなり脱いだ靴をしっかりと揃えて家に上がった。うんうん、やっぱりこういういうところもしっかりと教育が届いている礼儀のあるいい子だ。やっぱり奏さんはいいなぁ~。
そんなことを思いながらリビングへと招きいれる。
リビングでは、さっきのままアイシャが何をすることもなく床をごろごろとして。テディコはお茶の準備をしていた。
「じゃあ、奏さん適当に座ってくつろいでいて」
適当に奏さんを座らせて、めずらしくテディコの手伝いをしに行く。え? なんでって? やっぱり好きな人にはいい部分を見せたいじゃないか。
「テディコ、このお茶持って行っていいのか?」
キッチンに置いてある二つのお茶を指さす。
「大丈夫、わたしが持って行くから」
「お、おぉ、そうか」
作戦失敗。
しかし手ぶらで帰るのもあれなので冷蔵庫からたまたまあった最後のプリンを二つ取り出しリビングへと持って行く。
「はい、奏さん、どうぞ」
「あ、どうもありがとう」
奏さんのちょっと離れた隣へと座り、プリンを渡す。
男女がリビングで二人っきり……まぁ、実際二人じゃないが、こういう時はどんな話をすればいいのだろうか? 「今日学校どうだった?」とかかな? いや、そんなこと言われたって「別にいつも通りだったよ」で終わるに決まっている。それじゃあ、なんだ。「好きな人いる?」とかだろうか? いや、あまりにも唐突過ぎる質問か。それにその答えが僕じゃなかったら相当なショックを受けてしまう。それなら――と、ここまで考えたところである一つの疑問が頭に浮かんだ。
「奏さん、そういえばなんで僕の家知っているの?」
奏さんは考える素振りもせず、すぐに返事を返した。
「進一君に訊いたのですよ。私が届けに行きたいと言ったら『もちのもち、もちオーケー』と言って直ぐに場所を教えてくれました」
奏さんはクスクスと笑ってテディコが差し出してくれたお茶を受け取った。
進一ナイスだ。まさか学校を休んでこんなラッキーなことが起きるなんて、今日ほどお前に感謝した日はない。
心の中で進一に感謝をする。
「ところで、神和住くん。妹さんはお二人いらっしゃったんですね」
「えっ、あぁ、そうなんだ」
あ、そうか、この間はアイシャしか学校に来てないからテディコの存在を知らないのか。何故かお茶を配り終わった後、僕と奏さんの間に座ったテディコを見つめる。
「羨ましいです。私ひとりっ子だから姉弟とか欲しくて」
「いやいや、そんなぁ、兄妹なんて大変なだけだよ。それにうるさいタイプだったらもっと大変だしね」
アイシャのことを見つめながら言う。アイシャはいまだにごろごろしてテレビを見ているから自分のことだとも思ってやいない。
「そうですかぁ~?」
「そうだよー」
ああ、夢みたいだ。奏さんと僕の家でのんびりこんな話ができるなんて。きっと普段の行いがいいから神様が僕にチャンスをくれたんだ。
「はい、これ」
奏さんは自分で持ってきたバッグから今日学校で配られたらしきプリントを僕に渡してくれる。
「あ、ありがと」
奏さんは優しいな。笑顔も可愛いし。わざわざこんなところまで来てくれるなんて。
「それじゃあ。私帰りますね」
「え、まだ来たばかりじゃん」
「うん。でも長いは悪いですし、時間も時間だから」
そう言って奏さんは時計を見つめる。
まあ、確かに時間帯的にあれだけど、まだきて五分もいやしないじゃないか。いや、もしかして僕の接待に問題でもあったのかもしれない。いったい僕は無自覚でどんな失礼なことをしてしまったんだ。
「あ、もしかしてプリン苦手だった?」
「いえ、そんなことありません。プリン頂いて行きますね」
二コリっと笑ってテーブルの上に置かれたプリンを手に持つ。
ああ、やっぱり可愛いな。まあ時間だろうな。十時過ぎているし。
そして、立ったあとなぜか三人で移動していく。三人とは僕と奏さんと、そしてテディコだ。
「それじゃあ気をつけて帰ってね、なんなら送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。神和住くんは安静にしといてください」
んもー、もう大丈夫だって言ったのに。
奏さんは、靴を履いて玄関のドアに手をかける。
「それじゃあ、お邪魔しました」
「うん、気をつけてね」
「……また来てね」
うん? なんだ? テディコも奏さんのことが気にいったのか? また来てだなんて、僕からも言いたいことだよ。
「うん、絶対またくる」
奏さんは最後にとびっきりの笑顔を向けて玄関から出て行った。
最後までマナーのあるいい子だったなぁ。どうすればあんないい子に育つのだろう。
しっかりと玄関が最後まで閉まるのを確認してからリビングへと戻る。
「ふふふ、すぐに帰っちゃったわねー、あの子」
リビングへ行くなりすぐに、アイシャが絡んできた。
「夜遅いからだろ。それに逆にこれ以上遅く帰ったら奏さん危ないだろ」
「すごいベタ惚れじゃない。あんな追ってても無理そうな子より、もっと近くの子の方がいいわよー?」
なにが近くの子だ。お前、まだ一回しか学校に来てないから僕がどんな女のこと関わっているか知らないだろう。それに物理的にも奏さんは僕の席の隣なんだからな。
そう反発しようとした時、ポケットに入れといた携帯電話が鳴った。しかたなく、この話しは一旦置いといて電話に出る。
「おお、翼くん」
「なんだ、進一か。どうした?」
「なんだとは、なんだ失礼な」
電話の相手は進一だった。
こんな時間に進一から電話があるなんて珍しい。もしかして僕の体調でも気にしてくれたのかな? たしかに僕が学校を休むのも珍しい、というか初めてだからな。
しかし、意外にも進一の方が風っぽい声で訊いてきた。
「おぉ、翼。それがよ、昨日の夜、急に風引いちゃってよ。だからお前に一応明日の日課だけでも教えて
もらおうかなって思って」
なんだ。進一も今日学校休んだのか。グッドタイミングだ。ちょうど今のいままで、奏さんが僕の家で明日の日課を教えて――
あれ、おかしいぞ? 奏さんは僕の家を進一に訊いたと言っていたよな。でも、その進一は学校を休んだんだろ?
「進一。今日本当に学校休んだのか?」
「おいおい、俺が嘘をつくとでも思っているのか? 俺は正直と真実という言葉の間に生まれた進一さまだぜ?」
なにを言ってるかさっぱりだが、たしかに進一は電話越しで咳こんでいる。それに、そんな嘘をついたところで進一はなにも得をしないから本当だろう。
「それじゃあ、お前。きょう奏さんと話した?」
「さっきからどうしちゃったのよ? だから言ってるでしょ? 今日俺は学校を休んだの」
じゃあ奏さんが僕に嘘を? それとも学校を休んだ僕を驚かせたくてサプライズ的なことがしたかったのかな。だとしたら納得がいく。
一応、進一には僕が今日学校休んでさっきまで奏さんが家に来たことを話した。
「ええぇぇぇっ! マジで! 夜這い? 夜這いなんですか! 奥さん聞きました? 夜這いですってよ!」
電話越しから進一の叫び声が聞こえてくる。夜這いじゃねぇし、奥さんって誰だよ。
何よりもアイツにとって僕の初めての欠席よりも家に奏さんが来たことの方がビッグ
ニュースなのか。軽くショックだな。
「まあいい、もう切るぞ?」
「おう」
そう言って進一との電話を終える。
さっきは通話中だから軽く考えていたけど、進一は学校を休んだと言っていた。となると、本当に問題は奏さんだ。サプライズ? そんなことあるわけがない。ひとまず忘れてはいけないが奏さんのフラグは今現在折りたたまれているのだから。
ソファに寝っころがりながらどういうことだか考える。
進一は今日学校を休んだ。そして、僕も今日学校を休んだ。そして奏さんが家にやってきてプリントなどを届けに来てくれた。僕の家は進一に訊いた、と。
「う~ん、やっぱりわからんなー」
どう考えてみても辻褄が合わないし、こんなことを言ったらあれだけど進一との付き合いの方が長いから、もし嘘ついているとなると奏さんを疑ってしまう。けれど、奏さんは嘘つくような人じゃないし、そ
んな人であってほしくない。
「……どうしたの? なにかあった?」
僕の悩んでいる顔を見たのかテディコが心配そうな顔をして訊いてきてくれた。
「いや、大丈夫だよ。テディコが心配するようなことじゃないからさ」
そう言って心配してくれたテディコの頭を撫でてあげる。
とは言ったものの、本当に困ったなぁー。別にどっちでもいいじゃんって言っちゃえば、それで終わりだけど、なんだかそんなんじゃ済ませちゃいけないような、なくないような。
部屋の掛け時計で時間を確認する。
午後十時二十分。
寝るにはちょっと早いし、明日は土曜日で学校は休みなんだけど、なんだか静かな所に行きたかったので、もう寝ることにした。
「ごめん、じゃあ僕はもう寝るけど今日はどっちが見ていてくれるんだ?」
二人は顔を見合わせてどっちが護衛してくれるのか決めているみたいだ。
しばらく話をして決まったかと思ったら二人同時に手をあげた。
「わたしが一緒に翼と寝るーっ」
「……テディコが寝る」
へ? 何を勘違いしているのだ、この二人は。
「あのさ、一緒に寝る人なんて募集していませんけど……」
「それじゃあ、わたしが警備する!」
「……いや、テディコが警備する」
どちらも譲らないまま時間だけが経過する。
だめだ、なんだかいち早く二階に行きたい。そして静かになりたい。
二人とも一歩も譲らないため、じゃんけんで決めることになった。結果、今日僕を見ていてくれるのはテディコに決まった。
「う~、ずるいよ、いつもテディコばっかり」
「しょうがないだろ? じゃんけんで負けたのが悪いんだからさ」
「そういうことじゃなくてさぁ~」
じゃあ実際どういうことなんだ。アイシャを相手しているのも面倒なので、テディコを連れて二階へと向かう。
「それじゃあ、アイシャ。ちゃんとテレビの電気を消してから寝るんだぞ?」
「はーい」
そう言ってリビングを出て二階へと階段を上り自分の部屋へ入った。