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お父さんは性犯罪者

 「・・・・・・わかりました」

長い沈黙。

その後で、ようやく彼女は口を開いた。

「もう、お分かりでしょうが・・・あなた方をここへ招待したのは・・・私です」

「・・・うん」

さっき気付いた。

「そして・・・」

そこから、彼女の表情がまた曇りだす。

「先日あなたに依頼を出したのも・・・私です」

「・・・そう」

そうだったのか・・・あの依頼は、この子自身の依頼だったのか。

自分と同じ顔をした奴が自殺しました、そいつを消してください・・・か。

う~ん・・・その辺の理由がよく分からないけどね。

だって考えてもみろ、このすずめちゃんは機械のすずめちゃん・・・て言って良いのかな?・・・が自殺したと言っていた。

現に、機械のすずめちゃんは首を吊っていた訳だが・・・

この子は、その機械のすずめちゃんが首を吊った程度では死ぬどころか壊れもしない、という事が分かっていたはずだ。

父親の作った機械だから知らないはずがない。

それを死んだものとして、私に依頼を出してきた。

それではまるで、私に、その機械のすずめちゃんを処分して欲しい、と言っているようにしか聞こえない。

まさか・・・本当にそのつもりだったのだろうか。

 「あ、一ついい?」

私はそこですずめに尋ねた。

「すずめちゃんは、どこで私の話を聞いたのかな?」

「あ・・・それは・・・」

すずめが言い淀む。

そこは私の疑問点の一つだった。事の経緯や、この子の事情なんかを取っ払っても、そこだけが分からなかった。

どうして、この少女は私に依頼を出せたのか。

一般人が知りえない私の名前。そして仕事。

この少女が良い所のお嬢さんなのは見て分かるが、そんなただの金持ちが、おいそれと知っていいような名前じゃないんだよ・・・龍精根という名前は。

そう思っていたら、

「不知火君に聞きました」

少女はあっさりと自供した。

「・・・・・・・・・やっぱりね」

思った通りだった。

何か、このすずめという少女と私との間には空白・・・というか曖昧な所があった。

そこに、あの少年か。

なるほど、確かに、奴は仲介人だ。

私とこの子の間を密かに取り持っていたのか。

しかし、私に何も言わず、こそこそしやがって・・・

あの・・・こうもり野郎・・・

・・・バットマンが!

・・・あ、なんかカッコいい。

「けど・・・不知火にしたって、君みたいな子が知り合いになるような奴じゃないんだけど・・・」

すると、そこもまたあっさりと、

「ああ・・・不知火君は、その・・・・・・友達です」

言い方に、何か影を感じた。

変な間もあったし。

「ふぅ・・・ん?ともだち・・・ねぇ」

怪しい、どことなく怪しいぞ・・・

私はそこからさらに勘ぐろうかとしたが、やめた。

なんかさ、嫌な事実を突きつけられそうじゃん。

まぁ・・・どうでもいいけど。

お陰で疑問も晴れたしね。

 大方、裏で不知火がせこせこ動き回り(ゴキブリの如く)、せろりの親父さんや前回の依頼なんかの根回しをしていたんだろう。

あのコックローチ野郎が・・・

ゴキブリようにこそこそ動き、こうもりのように人の間を行ったり来たり・・・

さしずめ・・・ゴットマンとでも呼ぼうか。

・・・あ、なんか強そう。

 「まぁ、その辺の事情はあいつ絡みということで、一応納得したよ」

納得しきれない事が山ほどあるけどね。主に個人的なものだけど。

それを口にしたら、私の人間的価値は、さらに地に堕ちる事になるだろう。

「・・・・・・そうですか」

と言う、すずめの表情はやはり冴えない。むしろだんだん暗くなってきている。

その表情からは、悲しみしか伝わってこない。

これから・・・多分、話すのだろう・・・私をここに招いた理由と、先ほど泣いた理由を。

私は少しだけ、背筋を伸ばし身構えた。

彼女はそれを見て、意を決したようだ。

「勃起丸さん・・・あなたが先日目にした、首を吊っていた私は・・・・・・私の妹です」

「・・・・・・え?」

「もちろん、血の繋がった姉妹ではありません。彼女は機械で、私は人間です」

そんな当たり前のことを、すずめはとても真剣に語っている。

「でも、間違いなくあの子は私の妹でした」

「え・・・と、ごめん・・・」

よく分からない。

機械が妹・・・だって?

「おかしいですか?・・・・・・そうですね、おかしいですよね・・・」

自虐的に、彼女は笑った。

「けれど、あの子は私の妹です。・・・誰が何と言おうと、それは譲りません」

その物言いは、真剣そのもの。

口を挟む余地など見つからない。

「・・・・・・・・・」

黙っていた方が、良さそうだな。

 彼女はそれから、どこか懐かしむような目をして話し出した。

「・・・あの子がうちに来たのは、私がまだ五歳くらいの時でした・・・私には母親が居ませんでしたし、兄弟も居なかったから・・・・・・ずっと・・・」

彼女は涙を零した。

「・・・一人でした」

その言葉を聞いて、何となくせろりの方を見てしまった。

あいつも身寄りのないガキだったらしいし、寂しかったのかな・・・

私の、身勝手な同情だが、そう思わずにはいられない。

せろりと目が合う。

私はその時、気まずい視線を向けてしまった事を後悔していたが、せろりはそんな私の目を見て、にっこりと笑ってくれた。

気を遣わせてしまったらしい。

私は恥ずかしくなって、やっぱり笑い返すしかなかった。

視線をすずめに戻す。

「父は研究で忙しく私に構っている暇は無かったし、私もそれを理解しているつもりでした。けれど・・・寂しさっていうのは、やっぱり分かっちゃうんですよね・・・」

その頃の事を思い出しているのだろうか、彼女の顔は複雑に歪んでいた。

懐かしさも、愛おしさも、寂しさも悲しみも・・・全部が混ざったその感情。

「・・・そんな時、父があの子を連れてきたんです」

「君の妹・・・機械の君・・・だね」

「はい・・・・・・寂しそうにしていた私を見かねた父が、研究の一環として作ったものです。・・・・・・初めは、とても怖くて泣いてしまいました」

そこで彼女は初めて笑った。

「初めて会った時・・・あの子はただのブリキの玩具のようでした。表情や姿も、先ほどのような機械の少女ではなく、無表情で無機質な・・・鉄の人形でした。最初は本当に怖かったです・・・私と同じくらいの背丈の人形が、動き、何かを発しているのですから。でも、一人ぼっちだった私は・・・いつの間にかその子と遊ぶようになったんです」

「うん・・・それで?」

結論は急がない。

もうここまで来たら、彼女に全てを話してもらった方が早い。気の済むまで吐き出して貰おうじゃないか。全部聞いてあげるから。

「私は、彼女に名前を付けました。・・・雲雀、って名前を。私はそれから、何をするにもひばりと一緒でした。遊ぶ時も、ご飯を食べる時も、寝る時だって・・・ずっと、一緒でした」

そうか・・・あの子はひばり、という名前だったのか。

容姿に劣らず、綺麗な名前だ。

「初めはそんな、つぎはぎだらけの体で、およそ人間と呼べるものじゃなかったひばりですが・・・私が年を重ねるごとに、彼女の姿形も変わっていきました。・・・技術の進歩によって、ひばりの姿はより人間に近いものになっていったのです」

「君のお父さんの研究だね・・・」

「ええ・・・その父の研究が軌道に乗り始めたのは、私が中学生の頃でした・・・その頃になるとひばりの容姿も大分人間らしくなってきたんですが、それでも、まだ人間と見紛うほどではありませんでした。・・・ですが・・・・・・ひばりは、定期的に調整を行っていたんですが・・・私が中学二年生の春頃、その時に行われた調整の後、彼女は生まれ変わっていました・・・」

「・・・・・・・・・」

「最初、私は自分の目の前に居る少女が誰なのか分からなかった・・・いえ、分かり過ぎるほど分かってはいました。・・・だって、目の前に居るのは、他でもない自分自身だったんです」

その時の光景が容易に目に浮かぶ。

まるで鏡を見ているような気分だったはずだ。

目の前に、自分と同じ顔、同じ姿をした奴が立っていたら・・・失禁するな。

「そして、その子が言ったんです・・・・・・ただいま、すずめちゃん・・・て」

その瞬間、彼女はまた嗚咽を漏らした。

「い・・・今まで・・・どんなに語りかけても、どんなに触れ合っていても・・・その感情の無い顔で見つめる事しか出来なかったひばりが・・・私に、にこっりと微笑んで・・・・・・ただいま、って喋ったんです」

「・・・・・・・・・」

「初めは、驚きの連続でした。今まで何の感情も表に出さなかったひばりが、私と同じように話し、同じように・・・笑っていたんです。・・・正直、最初は疑っていました。本当は、この子は人間なんじゃないか、と。けれど・・・ひばりは間違いなく機械でした」

「へぇ・・・・・・どんな所が機械だったの?」

気になる。

私は、そのひばりという機械を直に目にし触れているが、あれが機械だなんて思いもしなかった。

「あの子、食事を一切摂らないんです」

「あぁ、なるほど」

そりゃ確かに、人間じゃ出来ないな。飯を食わなきゃ死んじゃうもん。

それなら、あの場で分かるはずもない。

「私達はそれから・・・・・・他愛ない事で笑いあい、泣いてしまったり、些細な事で喧嘩もしました・・・・・・ほんとに、妹が出来たような気分でした」

そう話す彼女は、本当に過去の妹との思い出を懐かしんでいるようだった。

まるで本当に・・・妹がいたかのように。

「それは・・・・・・」

いや、そんな事が本当にあるんだろうか?機械と生身の人間が触れ合う事など。

しかしすずめは、そんな訝しげな私を見ても、決して動じなかった。

「・・・あの子には、ちゃんと・・・・・・心がありました」

そう、真剣な眼差しで言い放った。

「・・・・・・・・・」


 「前置きが長くなりましたね・・・」

彼女は少し興奮気味だった。

一気に喋りすぎたのか、すずめの肩が微かに上下している。

目を瞑り、深呼吸をして、自分を落ち着かせていた。

「あの子が自殺を図った理由・・・それをお伝えします」

彼女の面持ちは、暗くなる一方だ。

・・・嫌な予感がする。

あんまり聞きたくない事を、聞きそうな予感。

「あの子は・・・」

彼女は口を開く。

「父の、愛玩人形でした・・・」

「・・・・・・・・・」

・・・・・・・・・はぁ。

気が重くなる。

何やってんだよ・・・お父さん。

「・・・それは・・・どういう、意味かな?」

分かりきっていたが、不確実には出来ない。

はっきりと、この子の口からそれを訊くまでは、断定しない。

それが余りにも残酷な事など、百も承知だ。その事実を自分の口から告げる彼女の気持ちなど、もう、誰にも理解は出来ないだろう。

「・・・性的な・・・と、言えばいいんでしょうか・・・私にもはっきりとは分からないのですが・・・父は、そういった行為の為に・・・・・・ひばりを使っていたんです」

「・・・そうか」

・・・ふぅ。

馬鹿チンが。そういうのは思っても行動するなよな・・・

「しかし、驚きだな・・・君のお父さんの作る機械は、そういう事も出来るんだ」

そういう事・・・・・・簡単に言えば、エロい事。

私がよくする、妄想のような事。

だから!妄想で止めておけよ!お父さん!

「・・・はい。何度かひばりの体を・・・裸をですけど・・・見た事があるんですが、あれはほとんど・・・生身の人間そのものでした」

「・・・なるほど」

やろうと思えば、やれる・・・か。

「父がそういう事をしてるって分かったのが、今から一ヶ月くらい前のことでした・・・」

そこですずめは、苦虫を噛み潰すような表情で腕を抱えた。

自分を抱きしめるように・・・ギュッと。

「その日私は・・・あまり寝付けず、深夜になるまでずっと起きていたんです」

「・・・ひばりちゃんとは一緒じゃなかったんだね?」

「はい・・・高校に上がった辺りから、ひばりとは別に一人部屋で寝ていました。ひばりは夜の時間、父の研究室に居る事がほとんどでした」

「そこで・・・」

「はい・・・・・・見てしまったんです」

その・・・行為を、か。

その時、すずめの目には、何が映っていたんだろうか。

どう映ったんだろうか。

何を・・・思ったんだろう。

「それをお父さんに直接訊いた事は?」

「ありません」

聞きたくも無い。

そう、彼女の目は言っていた。

「しかし・・・」

とそこで、私は一つ息をつき、ソファに深く座り直した。

「・・・不思議な話だね。すずめちゃんの話が本当なら、機械である君の妹は・・・・・・本当に、心を持っているみたいだ」

「・・・そうです」

当たり前だと言わんばかりに頷く。

「本当に君の妹が心を持っていたのなら・・・確かに、そりゃ嘆いて死にたくなるかもしれないけど・・・・・・すずめちゃん・・・」

そこで私は彼女の目を見据えた。

彼女の瞳が、少しだけ震えた。

「君は、それを止めようとはしなかったの?」

核心だった。

自分の妹が、父親にそういう事をされていると分かれば、解決方法など他にいくらでもあったはずだ。

「それは・・・」

目を逸らした。

「・・・・・・君は今、殺してやりたい程お父さんを憎んでいるんだろ?それだけ、妹の事を好いていたんだろ?・・・だったらなんで、死ぬ事を止められなかったんだ?」

「止めました!」

彼女は叫んでいた。

「あの子の様子が変だったのは・・・もう、ずっと前から気付いていました!何年も前から・・・ずっと・・・」

また、彼女は崩れ落ちた。

「でも、あの子は何も言いません!どんなに問い詰めても・・・いつも、笑っていました」

乾いていたはずの瞳から、また涙が溢れる。

さっきとは違う、怒りに満ちた涙。

多分・・・

自分自身に対する怒り。

止めたかったはずだ。止められたはず、とも思っているだろう。

でも・・・

「でも、あの子は・・・」

床に拳を打ち付ける。何度も何度も。

その手が、どれだけ傷付こうとも構わずに。

「笑いながら・・・・・・死にたいって・・・言ったんです」

大きな涙が零れる。

もう、止まらない。

もう、私達では止める事が出来ない。

彼女の感情。

それは誰にも分からない。

私にもせろりにも。

そして・・・この泣いている少女自身にも・・・分からないのだろう。

どうしてこうなったのか。何がいけなかったのか。どうすれば良かったのか。

「すずめちゃん・・・」

かける言葉が見つからない。

さっきとは違う状況。

訳の分からない涙よりも、理由の分かる涙の方が、見ていて辛い。

「・・・・・・分からないんです」

顔を床に押し付けたまま、少女は呟く。

「何であの子が・・・死にたいと言ったのか・・・」

分からない・・・

ずっと、押し込んでいた物を吐き出すように・・・繰り返し、呟いていた。



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