汎用人型人形
「・・・お待たせいたしました!」
突如、会場内に大きな声が響き渡る。最初の方でさんざん聞いたあの声だ。
その声に応じるように、パッと真っ暗だったステージの端がライトアップされる。
そこには先ほどの男が立っていた。
「今宵、皆様方に集まって頂いたのは、他でもありません・・・」
そこで、そいつは一呼吸入れた。会場内に緊張感が漂う。
会場を真っ暗にした演出といい、自分だけライトアップしたり、話し方がいちいち癇に障ったり、何とも芝居がかった奴だ・・・
そう毒付きながらも、何となく隣を意識してしまう。
このすずめという少女の話が本当なら、この芝居がかった長話ヤローは父親らしいからね。知り合いの父親となれば、批評しにくくもなるよ。
「この・・・素晴らしい、科学の進歩をご覧頂くためです!」
そう言って、そいつは右手を上げた。
何だ・・・?
と、思った次の瞬間、会場が光に包まれた。
「うわっ・・・何だよ急に・・・」
私は目をしかめながらも、何とかステージの方を向いていた。
どうやら、男の後ろ・・・ステージの半分を隠すようにかかっていた大きな幕が上がったようだった。真っ暗で分からなかったが、最初からステージには幕がかかっていたらしい。それが一気に開いせいで、中の光が外に飛び出してきた。
暗さに慣れ始めていたせいか、煌々と明るいステージの様子がまだはっきりとは見えない。何がそこにあるのか、全然見えやしない。
だが、他の客達は違ったようだ。
その瞬間、割れんばかりの拍手が会場のあちこちから湧き上がる。
拍手と共に上がる歓声で、この大きな会場全体が揺れているようだった。
「どうですか・・・」
大きな歓声の中、隣に座っていたすずめが私の耳元で囁いた。
「あれが、父の仕事・・・いえ・・・研究です」
消え入りそうな、か細い声。
その声は、何となく泣き声のようにも聞こえた。
次第に、その光景がはっきりと見えてきた。
ステージの右端には、すずめの父親が立っている。まだ何かを話しているようだが、私の耳にはもう届かない。
私の目はステージの中央、先ほどまで幕によって隠されていた部分に釘付けだった。
遠くて分かりにくいが、そこには何人か人間が立っていた。
幅二十メートルくらいのステージの端から端に、等間隔で人が立っている。
七、八・・・九人か。
九人の人間。判断しにくいが、その体型から見て全て女性のようだ。
身長は各々バラバラで、背の高い奴は私よりも大きく、背の小さい奴は小学生の低学年ほどの身長しかない。
しかし、一体これが何なのだろう。よく分からない。
「え・・・と、ごめん・・・すずめちゃんのお父さんの仕事って洋服の仕立て屋さんか何かかな?」
私は、状況が掴めないまま、冗談めいた口調ですずめに訊いた。
「違いますよ・・・」
すずめは苦笑していた。
・・・だよね。
そんな気がした。
この子の雰囲気もそうだが、ここに至るまでの経緯を考えると、そんな単純なものではないらしい。まぁ、分かっちゃいたんだけど。
だけど、それなら何なのだろう・・・?
ステージ上にはすずめの父親と、数人の人間がいるだけだ。
特に変わった様子もない。先ほど、すずめの父親は、科学の進歩がどうのと言っていたが・・・これのどこが科学なんだろうか?
これじゃまるで、洋服の新作発表会のようじゃないか。
・・・まぁ、それにしちゃみんな、かなり地味な服を着ているけれど。
「分かりませんか・・・?あの子たち・・・」
私の疑問が伝わってしまったのか、すずめはステージの方を指差した。
「あの子たち・・・?」
つられて、私はその指差す方向を凝視する。
・・・と言っても、そこは先ほどから見ているステージなのだが。
やはり、どれだけ注意深く見ても、何度確認しても、そこには女の子が立っている様にしか見えない。
「みんな・・・機械なんですよ」
ぼそっと、かすかな声でそう呟いた。
「・・・・・・え?」
一瞬、少女が何を言ったのか聞き取れなかった。
「機械・・・つまり、あの子達はみんな人間じゃありません」
それもまた、何とも悲しげな言い方だった。
「ちょ・・・ちょっと待って・・・どういう事?」
私はすずめの方を振り返り、掴み掛からんばかりの勢いで問い詰めた。
そうしたら、すずめは・・・すっと、私から目を逸らした。
「結論から先に言いますね・・・」
目を逸らしたまま、彼女は語りだした。
「あの子達を見て分かる通り、私の父は・・・人間に似せた機械を作っています。勃起丸さんはまだ信じられないかもしれませんが、あそこに立っているのは、本当に全て機械です」
「機械・・・だって?」
そんな馬鹿な。どう見たって、あそこに立っているのは人間にしか見えない。
「あれが、みんな・・・機械だっていうのか?」
「・・・はい。みんな機械です。そして・・・あなたが先日、目にした・・・」
そこで彼女は言葉を詰まらせた。
今度は本当に泣いているようだった。その細い肩が小刻みに震えていた。
「・・・首を吊っていた私は・・・・・・私をモデルに作られた・・・私の妹です」
ひっく・・・
嗚咽が漏れた。
・・・私は、何も分からない状況だった。
何故、今日ここに自分達が招待されたのか。
何故、私はこの少女と喋っているのか。
何故、この少女は泣いているのか。
先ほどよりも、余計に混乱してきた。
死んだはずの少女が目の前に現れて、ステージの上には人間と見紛うほどの機械が佇んでおり、そして、死んだと思っていた少女は、その機械だと言うのだ。
常識が一気に覆される。
あの時の私は、首を吊っていた少女がよもや機械だなんて思いもしなかった。
木から降ろし、抱き上げた時にも疑う余地なんてなかった。それに、彼女の感触は人間そのものだった。髪も肌も、死んではいたけど人間のそれだったはずだ。
胸を刺した時だって、ちゃんと赤い血が流れていた。
それが、機械だって言うのか・・・
混乱している私をよそに、ステージの方では何かを始める為の準備がなされていた。
「・・・皆様、しっかりとご覧に頂けましたでしょうか?如何でしたか・・・この精巧に作られた彼女たちの出来栄えは」
その言葉に、もう一度大きな拍手と歓声が上がる。
「お褒めの言葉、まことに恐縮致します。ですが、彼女たちの真価は見た目だけではございません・・・関係者各位の皆様は、見た目以上に気になる所がおありのはずです・・・それを、今からご覧頂きましょう!」
すずめの父親は高らかに宣言すると、ステージを飛び降り、近くにいた部下らしき人物に何か指示を出していた。
すると、突然、ステージの一番左に立っていた長身の・・・いまだに信じられないが・・・機械の女の子が動き出した。
その動きを見て、それが機械だという事がより一層疑わしくなった。
それはあまりにも自然で、どうという事もない人間の動きそのものだったから。
だけど・・・
その疑いは、次の瞬間には文字通り、吹き飛ばされた。
「・・・それでは皆様、お楽しみ下さい」
その言葉を機に、彼女は動き出した。
それまで立っていた位置から一歩前へ踏み出し、隣に立っている小柄で細身の少女の方へ体を向けた。するとそれに呼応するように、その小柄な少女も彼女の方に体を向ける。
二人の距離は、およそ三メートル。
その至近距離で、二人の少女が見つめ合っている。
見つめ合いながら、長身の少女が小柄な少女に向けて、右手を差し出した。
「・・・・・・?」
何をしているんだろう・・・
さっぱり分からない。
そう、疑問に思いながら見ていたら、
カシャン・・・
「・・・・・・え・・・」
彼女の差し出した右手が、手首の上から外れた。外れた手のひらは、腕の先からだらんとぶら下がっている。
そして、その先の切れた手首から、何の前触れもなく、
シュポッと何かが発射された。
ただ、それが何なのかを確認するには、時間がなさ過ぎた。目で捉えることも、もちろん出来なかった。
見つめ合う二人の距離は、およそ三メートル。
それが小さな少女の顔面へ辿り着くのに、一秒もかからなかった。
着弾し・・・爆発した。
瞬間、先ほどとは比べ物にならない量の光が会場を包み込んだ。
「キャッ!」
せろりが驚いて私にしがみつく。
私も驚いて椅子から落ちそうになっていたが、何とか持ちこたえた。
せろりの小さな体を支えながら、私はまた不謹慎な事を考えていた。
ステージ上の光景には驚愕の一言だけど、私っていつも、場違いな事を考えちゃうんだよね。さりげなく、せろりの体を、ギュッ・・・て、しました。
すごく・・・いい匂いがしました。
ムフフ・・・役得。
まぁ、そのフキンシップも、二回三回と立て続けに起こる物凄い光によってかき消されちゃったけどね。
しかし、不思議と・・・爆音ってほど大きな音はしなかったな。
とてつもなく強い光と、ドンッ・・・ドンッ・・・という振動が伝わるくらいだ。
多分、防護ガラスかなんかでステージを囲っているんだろう。じゃなきゃ一発目で鼓膜が破れてるよ。きっと。
何回ぐらいそれが続いただろうか、ようやく光が止んだ。
強い光によって視界が真っ白になっていたが、それもだんだんと見えてくる。
「あ、あの・・・旦那様・・・」
私の腕の中で小さくなっていたせろりが、
「・・・そろそろ、離してもらえないでしょうか・・・?」
と、顔を上げた。
「え?・・・あぁ、ごめん」
慌てて腕を外す。
せろりは申し訳無さそうに立ち上がり、乱れた服や髪をを整えながら自分の席に戻った。
その顔が、やっぱり赤くなっていた。
いやぁ、何とも初々しいねぇ・・・
とか、そういうことを考えている間に、ステージの様子が次第に見えてきた。
先ほどの爆発に伴う煙や粉塵も収まり、その光景が克明に浮かび上がってくる。
煙の中に何人かの影・・・おそらく、さっきからずっとあそこに立っている機械の少女達だろう。
そして、手前の二つの影。
何かを撃った少女と撃たれた少女。
その二人とも・・・無傷だった。
いや、この席が遠すぎて無傷かどうか断言は出来ないけど、普通あの規模の爆発に巻き込まれたなら、傷どころか体が原形を留めているかどうかも疑わしい。
もちろん、即死だ。
撃たれた方の小柄な少女は間違いなく、撃った方の少女だって爆発に巻き込まれて確実に死んでいる。
はず・・・なんだけど。
・・・あの二人は、先ほどと同じ位置に同じような体勢で立っていた。
平然と、体の形を残して。
さすがに衣服はぼろぼろ・・・というか、もうほとんど残っていないけど、その体を見る限りじゃ、無傷だと言うほかなかった。
一瞬の間をおいて、場内に盛大な拍手が巻き起こる。
列席者は皆一様に立ち上がり、気が狂ったように両手を叩いていた。
その拍手に迎えられるようにして、すずめの父親がステージ舞い戻った。
拍手と声援に軽く手を挙げて、満面の笑みを浮かべている。
「・・・如何だったでしょうか?彼女たちの破壊力・・・そして、防御力・・・」
その言葉に反応するように、向かい合って立ち尽くしていた二人の少女が、こちらの方を向いた。
・・・何とも、あられもない姿である。
彼女らの体の所々に布切れが残っているが、それはもはや、衣服としての機能を果たしていない。大事な部分や何やらが、もう丸見えじゃないか。
一糸纏わぬ・・・とまでは行かないが、ほぼ一糸しか纏っていない状態だ。
すっぽんぽんのぽーんって感じかな。
それを、惜しげもなく聴衆に晒している。惜しむ事も、恥じる事もせず。
堂々と、裸でそこに立っている。
「あの・・・」
するとそこで、すずめが私の肩を叩いた。
「・・・・・・外、出ませんか?」
「・・・え?」
と、私が後ろを振り向いた時には、もう手を握られていた。
だけどその手からは・・・先ほど感じたような温かさは伝わってこない。
「・・・ちょっと、お話があるんです・・・」
すずめはどこか急いでいるようだった。
「え、ちょ・・・・・・」
私は半ば強引に椅子から引き離された。
「あ、旦那様!」
私の様子に、せろりも立ち上がる。
すずめはそんなせろりをチラッと見て、
「いいわ・・・あなたも来て」
と、会場の扉の方へ歩き出した。
ステージとは反対側に位置している扉。
私達の座っていたテーブルのすぐ後ろの大きな扉。
一度も振り向かない。
何か、すずめはステージから遠ざかるようにして、私の手を引いていた。
ステージでは、まだ先ほどのデモンストレーションの続きが行われいている。
すずめの父親の声と、絶え間ない振動と光が、まだ続いている。
私はその光景を、何となく名残惜しく感じながらも会場を後にした。
ぎぃ・・・ばたん・・・
重い音を立てて扉が閉まる。
扉を閉めるまではうるさく響いていた中の音も、閉めた途端、遠くなった。
「すみません・・・突然・・・」
会場を出てすぐ、すずめは私に頭を下げた。
痛いほど強く握っていた手を離し、申し訳なさそうに私の顔を見上げる。
「いや・・・別に、いいんだけど・・・」
・・・もう、何が何だか分からないのには慣れたよ・・・
と、頭を掻きながら、ふと、後ろを振り向いた。
そこには重い扉があるだけだ。
その扉の横には、せろりがちょこんと立っている。何が起きたのかさっぱり掴めていない顔だ。何で外に連れ出されたのか、訳も分からずに付いて来たみたい。
まぁ・・・それは私も同じか。
だけど・・・
「・・・・・・・・・」
私達の出てきた扉を見つめる。
重い扉のその向こう、時折聞こえる爆発音や振動の発生源へと意識を向けた。
なるほどねぇ・・・
訳が分からないのは、さっきから何も変わっていない。むしろ悪化の一途を辿っている。
このすずめという少女に出会うまでも疑問のオンパレードだったし、出会ってからは混乱のお祭り騒ぎだ。
だけど・・・
と、また後ろを振り返る。そこには表情の暗い女の子がいた。
一つだけ分かる事がある。
このすずめという少女は、多分・・・
「・・・嫌いなんだね・・・お父さんの仕事が」
「・・・・・・え?」
すずめは一瞬、目を大きく見開いた。
「嫌なんだろ・・・お父さんが機械の研究をしている事」
「・・・・・・・・・ッ!」
見開いた目を今度は強く瞑り、ふるふると肩を震わせている。
その肩に、そっと手を置いた。
「・・・・・・・・・ぅう」
と、小さな嗚咽が漏れる。
伏せた顔が小刻みに揺れだす。
そして・・・彼女は泣いた。
「ぅ・・・うぁああ・・・・・・」
両目から大粒の涙を流し、カクンと膝から崩れ落ちた。
床にしがみつき、大きな声を上げて泣いている。
「・・・何があったのかは知らない・・・」
私は、床に這いつくばって泣きじゃる少女の頭を撫でた。
「知らないけど・・・」
少女は顔を上げない。涙も止まない。
壁際のせろりも、顔だけ向けて黙っている。
「もし私に出来る事があるのなら・・・」
悲痛な、少女の鳴き声が廊下に響き渡った。
「・・・君を助けてあげようか?」
少しだけ・・・
すずめちゃんは泣くのを止めた。
だけどまだ、顔を床につけて体を震わせている。
「ぅ・・・ひっ・・・く・・・・・・」
むせび泣きながら、何かを堪えている様だった。
そして、ゆっくりと、彼女が顔を上げた。
「・・・・・・お願いが・・・あります」
泣き腫らしたその目で、彼女は私を見つめてくる。
涙が零れるのも、ぐちゃぐちゃになった前髪も気にせず、強い視線で私を見据えた。
「・・・父を・・・・・・」
その瞬間、彼女はまた肩を大きく揺らし、床に涙をこぼした。
「・・・・・・殺してください」
「・・・うん」
そんな気がした。
私はそれから、近くにあったソファにすずめを座らせ、彼女が落ち着くまで待っている事にした。今はせろりが、彼女の肩をさすっている。
おそらくせろりの方が年下なんだろうが・・・正直、泣いている子供をあやすのは苦手だから、彼女にその役を任せている。
二人は寄り添うようにして椅子に座っていた。
そんな二人を見つめながら、私はここまでの事を振り返っていた。
一週間くらい前だろうか・・・正確な日数は忘れたが、その日私は一ヶ月ぶりの仕事をした。以前にこなした依頼に比べれば、格段に容易い仕事だった。
私はそこで首を吊った少女に出会った。
綺麗な・・・とても死体とは思えない美しさを放っている少女だった。
今思えば、あれは機械だったのだ・・・人に非ざるものなればこその美しさだったのかもしれない。機械であれば、生命の生き死にとは無縁だ。
元から死んでいるようなものなのだから。
・・・・・・?
だとすれば、あの時の彼女は死んでいたのだろうか?
先ほど会場で目の当たりにした光景を思い出す。
あれほどの爆発に巻き込まれても傷一つ付かないような体だ・・・
首を吊った程度で機能が停止するとは思えない。
じゃあ、あの時の彼女は・・・一体・・・
それに加えて、このパーティーに招待された経緯も分からない。
先の依頼主は、ちゃんとした報酬も払わずこの会場に私達を呼びつけた。
普通なら、そんな招待など無視するのだが・・・
あの封筒の中には、不実任仁と名乗るせろりの父親の名前が書かれていたのだ。
実際、確認も取れた事だし、あの手紙と招待状は、間違いなくその不実任仁の手から送られてきたものだ。だから、私はこの会場に足を運んだ。
しかし、このパーティーの主催者や趣旨などを鑑みると、明らかに不実任仁という人物の名前が出てこない。
これは、間違いなくあのすずめという少女の父親が開いたものだ。
内容から察するに、そいつの研究発表会、といった所か。
じゃあなんで、あの招待状は不実任仁・・・せろりの父親から私に送られてきたのか。
・・・だんだん分かってきた。
ここに私達を呼びつけたのが誰で、どういう目的があったのか。何となくだけど。
そうしていると、あのいけ好かない少年の顔が頭に思い浮かんだ。
・・・不知火・・・あいつが何か知ってそうだな・・・
それと・・・
私は、思考を現実に向け、ソファに座った少女に目を向けた。
彼女はようやく、落ち着きを取り戻していた。
「ありがとう・・・もう、平気です・・・」
すずめはそう言うと、寄り添っていたセロリから離れた。
隣の椅子に姿勢良く座り、乱れた髪と衣類を整えている。
そしてソファから立ち上がり、対面の椅子に座っていた私の前に歩み出た。
「すみません・・・お騒がせして・・・」
すずめは、ぺこりと頭を下げた。
「気にしなくていいよ」
軽く、そう答えた。
「せろりちゃんも、その・・・ありがとうね」
すずめは後ろを振り返り、座っているせろりに笑顔を向けた。
弱弱しかったが、その笑顔は多分、本物だろう。
「・・・・・・いえ」
と、せろりはそっぽを向いた。
ふふ・・・照れていやがる。何とも、可愛い奴・・・
・・・ん?
「あれ・・・?何ですずめちゃん、せろりの名前知っているの?」
「あ・・・それは・・・」
すずめは口元に手を押さえ、しまった、という表情を浮かべた。
その顔を見て、私は何となく悟った。
「・・・そういや、最初に会った時も、私の名前を知っていたよね?・・・あれはどうしてかな?」
「・・・・・・・・・」
無言。
目を逸らして完全黙秘ですか。
「ん・・・まぁ、その辺は後からでも訊く事にしよう・・・」
私がそう言うと、すずめはまた、申し訳なさそうに顔を伏せた。
そんな彼女を目の当たりにして、何とも言いにくい事だったが、
「・・・・・・で」
私は唐突にその話を始めた。
「さっきの話なんだけど。すずめちゃん・・・君は、自分のお父さんを私に殺して欲しい・・・と、そう・・・言ったよね?」
私は、口調を真剣なものに変えながら喋った。
その意図が伝わったのか、すずめの表情が一瞬にして引き締まる。
「・・・・・・はい」
慎重に・・・そう答えた。
自分の父親を殺して欲しい、そう口に出す娘の気持ちを推し量る事は出来ない。
だが、その心中が穏やかでない事は、火を見るより明らかだった。
「結論から言おう・・・その頼みは聞くことが出来ない」
「・・・・・・え」
一瞬、彼女の時間が止まった。
しかしすぐに口を開き、
「ほ、報酬なら、ちゃんと支払います!前回の分と合わせて、ちゃんと・・・支払いますから・・・」
必死で訴えてきた。
そんな彼女を目の当たりにしても、私は決して首を縦には振らなかった。
違うんだよ。報酬とか、そんな事じゃないんだ。
私は必死で懇願する彼女に言葉を畳み掛けた。
「君は何か勘違いをしているようだ。大体、君のような子供が私の名前を知っていること自体おかしな話なんだけど・・・まぁ、それはいいとして。君は私を、殺し屋か何かだと勘違いしていないかな」
「・・・え、と・・・・・・それは」
動揺している。
・・・図星だったか。
「・・・まぁ、私の仕事柄、そう思われても仕方ないけど、殺し屋と私とでは天と地ほどの違いがあるんだよ。・・・・・・少なくとも」
一呼吸。
「私は、人を殺したりしない」
強く、宣言した。
何故かせろりが、うんうんと力強く頷いている。
そうだ、私は誇りある龍精根の血脈。その末裔。
弱きを助け、強きも助ける。
善人だろうが悪人だろうが、みんなまとめて救ってみせる。
そんな大言壮語な一族なのだ。
間違っても、自ら進んで人を不幸にさせたりはしない。
「私の仕事は、死んだ人間を自然に還しているだけなんだよ・・・」
その言葉だけ、優しく言った・・・つもりだ。
彼女はその言葉に納得したのかしていないのか、どっちともつかない顔で頷いた。
「・・・・・・そう・・・なんですか」
多分・・・分かってはくれたが、納得はしていないだろう。
「だから君のお父さんは・・・殺せない」
もう一度、強く言った。
「・・・・・・・・・」
やはり彼女は無言だった。
そんな彼女を見て、何かいたたまれない気分になった。
「・・・それが根本の解決になるかどうか分からないけど・・・話くらいなら聞いてあげるよ」
それが・・・私に出来る精一杯の事だった。