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妄想の時間

 「お帰りなさいませ、旦那様」

玄関を開けると、すぐそこにせろりが立っていた。

手を前にして行儀良くお辞儀している。こういう一面を見ると、ああこいつは使用人なんだなぁ、と感じてしまう。

まぁ、感じるだけだが。

「・・・ただいま」

言いながら、せろりの頭を軽く撫でた。

特に意味は無い。

別にそういう習慣がある訳でも、私にそういう趣味がある訳でもない。

ただ、その頭が無防備だったから。何となく。

撫でてください、って言ってたもん。

「・・・・・・ッ!」

びくっとせろりが体を震わせる。そして私の顔を見上げた。

「あ、あぁ・・・」

わなわなと唇が震える。目を大きく開いて、私をガン見。

心なしか、その瞳がちょっと潤んでいる。

いや、そんな目で見ないでよ。まるで私が悪い事したみたいじゃない。

たかが頭を撫でるくらい、いい・・・んじゃないかな。自信は無いけど。

だけど軽い気持ちが犯罪に繋がると言うし、ちょっと軽率だったかも。だとしたら、これは痴漢になるのかなぁ・・・それとも強制わいせつかなぁ・・・

ああ、そう考えるとなんか急に不安になってきた。

嫌だな・・・嫌われちゃうのかな、私。

少女の頭は不可侵だったのかもしれない。

「あ・・・有難うございます」

「・・・へ?」

間抜けな声が出る。多分、顔も間抜けだったろう。

「旦那様に頭を撫でてもらえるなんて、私・・・」

てっきり怒っているものと思ったが、どうやら逆だった。

頬を赤らめてもじもじ・・・

スカートをつまんでもじもじ・・・

泣きそうだった瞳は、恥ずかしそうに足元を見ていた。

ああ・・・もう。

なんて可愛い奴なんだ。

さっきまで犯罪だの何だのとビクついていた自分が恥ずかしい。

ていうか、もうどうでもいい。

普段あまり表情を変えないせろりが、今こんなにも女の子らしい顔を見せているじゃないか。恥ずかしそうにしているけど、それでも嬉しそうに笑っている。

笑顔。

それが何よりも私を嬉しくさせた。頭を撫でられた事がそんなに嬉しかったのなら、何回でも撫でてやろう。毛根が無くなるまで撫でてやる。

あ、いや、それは嫌だな。

ハゲの使用人。想像するだけで失禁してしまう。

 仏頂面って言ったらあれだけど、せろりちゃんって滅多に笑わない子なんだ。

厳密に言えば、笑わなくなってしまったのだ。

昔は笑顔の絶えない無邪気な女の子だったよ。だけど、五年。

この五年で、彼女は大人になってしまった。

ああ、言い方に語弊があるかもしれない。何となくエロい想像をしてしまう。

精神的に大人になったって意味だよ。いや、もしかしたら、エロい意味でも大人になってしまっているかもしれない。まあ、有り得ないとは思うけど。

もしそうだったら、私はこの場で切腹して死ぬ。

光の速さで死んでみせる。

・・・・・・・・・

とにかく、十四、五歳位になると、女の子は気難しいのだ。タダでは笑ってくれない。笑顔を振りまく子供では、もうないのだ。

れっきとした、大人のじょせ・・・

 不意だった。

せろりと目が合う。まだ潤んだ瞳が、私をじっと見つめている。

その瞬間、私の中の眠っていた何かが、産声をあげた。

ああ、何だろう・・・この感じ。

前にもこんな気持ちを抱いたような気がする。

こう、何て言うのかな・・・

・・・そう。

ムラムラしてきた。

 少しだけ、時間を下さい。

自分を落ち着かせるための、時間を下さい。


 「せろり・・・」

私は静かに彼女の肩に手を添えた。彼女の肩は少しだけ震えていた。

「はい・・・」

私の気持ちが分かっているのか、彼女はそのまま目を閉じた。私は、目を瞑ったままの少女の顔を、少しだけ眺めていた。

綺麗な、それでいて健康的な白い肌。そっと頬に手を当てれば、そこから彼女の温もりが伝わってくる。私がそうして頬を撫でていたら、ぴくんと、彼女の体が震えた。

「あ、あの・・・旦那様・・・私、その・・・・・・もう・・・」

切なそうに、彼女が私を見上げる。その瞳からは、懇願以外のなにものも感じられない。私は静かに頷いた。彼女の頭と背中に手を回し、ぐっと彼女の細い体を引き寄せる。

そしてそのまま、少女の唇を奪った。

「ん・・・・・・」

最初は驚いたのか、彼女の体が一瞬こわばった。けれど直ぐにその緊張は解け、少女の体は私の方へと流れていった。お互いの体に手を回し、情欲の赴くままに相手の体を愛撫する。彼女の体を抱きしめていると、直ぐにでも壊れてしまいそうな、そんな儚さを感じてしまう。その儚さが、私の中の獣を加速させた。

彼女もまた私の体を力一杯抱きしめていた。

お互い、礼儀も作法も関係なしに、相手の唇を貪り合う。

 どのくらいそうしていただろうか。かなりの時間、口付けあっていた。

けれど、足りない。

全然足りない。

どれだけ彼女を愛しても、私の心は満たされない。多分、それは彼女も同じことだろう。時間という概念など、今の私達には無縁のものだった。

「ん・・・・・・はぁ」

唇を話した瞬間、彼女の甘い吐息が鼻にかかる。それだけで気がどうにかなりそうなのに、彼女はその大きな瞳を潤ませて、

「旦那様・・・・・・大好きです」

微笑んだ。

とても、とても幸せそうな笑顔。

頬を染め、抱きしめ合い、愛し合いながらそんな事を言った。

大好きです。

・・・・・・

大好き?

大・・・好き?

だい・・・すき・・・だとぉ・・・?

私の中の獣がもだえ苦しみだす。そしてその獣は、私という檻を突き破り現世へと姿を現した。

うわぁ。

 そこから先は私の口からは何とも言えない。口にはばかられるどころの騒ぎじゃない陵辱騒ぎだ。何と言うか、もう逮捕だ。逮捕してください私を。

ふぅ・・・まぁこれが現実でなくて良かったよ。

すべて私の妄想でよかった。お陰で少し落ち着いたことだし。

危うくその妄想に溺れる所だったけどね。私も大概変態だな。


 「あの・・・どうかなさいましたか?」

気付けば、せろりが心配そうに私を見上げていた。その瞬間、少しだけドキッとした私がいた。いや、ほんのちょっとだけどね。

だって私はもう大人だよ?良識ある大人。

そんな大人が妄想と現実をごっちゃにするわけないでしょう。

ほんとに、ねぇ。

・・・・・・

不思議そうな顔をしたせろりの顔が、妄想の中の彼女の顔とダブった。

その瞬間、また揺らぐ。ああ、揺らぐ。

もう、ぐらんぐらんです。

間違いなく動揺してますよ。私は動揺しています。十代の少女で妄想した挙句、現実の少女にすら欲情を禁じえなくなってきたよ。まったく。

「・・・お疲れなのでしょう。お風呂に入ってはいかがですか、疲れが取れると思いますよ」

「ああ・・・頼む」

まじで。

何かどっと疲れた感じだよ。

「かしこまりました。直ぐに準備をしてきます」

せろりはそう言うと、ぺこりと頭を下げて廊下の奥へと消えていった。

一人、玄関に残された私。どうしようもない昂ぶりを胸に抱え、呆然とその場に立ち尽くしていた。本当に、どうかしていたよ。まったく。


 風呂から上がると、居間の方が何やら騒がしかった。せろり以外の声もする。

誰か来ているみたいだ。私は直ぐにバスローブから私服に着替え居間に向かった。

「誰か来ているのかい?」

ドアを開けて中に入ると、そこにはせろり一人だけだった。

「あ、旦那様。・・・ええ、先ほどまで不知火様がいらしていましたが・・・その、旦那様がお見えになる寸前でお帰りになりました」

せろりは少し、困ったような顔をしている。よほど急いで帰って行ったのだろう、せろりが用意したお茶にも手を付けていない。どころか、お茶がまだ湯気を立てている所を見ると相当に短い時間だったはずだ。

あたかも、私の入浴中を狙ったかのような来訪だった。

「それで、用件は?」

「え・・・と、本日の依頼の報酬についてなんですが・・・」

「・・・ん、ああそういやそうだったな」

忘れてた。もう、今日した仕事のことなんか頭の隅にも無かった。

もちろんその報酬も。

風呂入って気持ち良くなったら、仕事とか報酬とかどうでもよくなる。

けどまあ、タダ働きは何となく嫌だからちゃんと給料は貰っとかないとね。

「それで、いくら貰ったの?」

私は、まだ乾ききっていない髪の毛を拭きながら訊いた。

「それが・・・その、これを旦那様に渡して欲しいと」

せろりの手には一通の封筒らしき物が握られていた。

受け取って、表と裏を確認してみる。何も書かれていない、ただの白い封筒だ。

「小切手かな・・・」

変だな。いつもの報酬はすべて現金で受け取ってきたんだけれど。

それこそ、馬鹿みたいな額だから厳重にケースとかに入れられて渡されるのだ。

まさかこんな薄っぺらい封筒の中に現金が入っている訳じゃあるまいし。

私は不思議に思いながらも、特別気にも留めずにその封を切った。

「えっと・・・ん?なんだこれ」

その封筒の中には一枚のはがきと二枚のチケットが入っていた。

チケットには何やら祝賀会的な催し物の名前と、日時と場所が書いてあるだけで何の事だかさっぱり分からない。

手紙の方には、


  日々冷え込んできておりますがお身体の方は大事ありませんでしょうか。

  お初にお目にかかります、私、不実の任仁と申すものです。

  私が差し向けた使用人は如何でしょうか。

  何か粗相を起こしてはおりませんでしょうか。

  その際は、お好きなように処罰して下さいませ。

  さて、話は変わりますが、龍精根 勃起丸様に是非とも参加して頂きたい   

  パーティーが御座います。

  この手紙はそのパーティーへのご案内で御座います。

  日時と場所は、同封するチケットに記入してあります。

  もし、ご都合とご意向が沿えば是非とも参加して頂きたい次第であります。

  それでは、色よい返事をお待ちしております。

  


こんな感じの事が書いてあった。

 

 「むぅ・・・」

何だろう。この胡散臭さは。

パーティーへのお誘い?はぁ?

なにそれ。

私は自慢じゃないが、知り合いというか交友関係がまったく無い。皆無だ。

もちろん、そのような楽しげな会に呼ばれた事など一度も無い。皆無だ。

大体、近親者の冠婚葬祭ですら良く把握していない私が、パーティーだと?

ハッ・・・笑わせる。

これは、罠だ。

安過ぎるワナだ。

誰がこんなあからさまな罠に引っかかるものか。そう、思っていた。

「あの・・・旦那様・・・?」

不意にせろりに呼びかけられる。

「え・・・?」

気付く。

「・・・どうかなさいましたか?その・・・涙が・・・」

涙が、私の頬を伝っていた。

「あ、れ・・・なんでだろ・・・」

何で、私は泣いているのだろう?

別に悲しくなんて無い。のに、涙が止まらない。

次から次へと溢れ出し、床の絨毯の上へと落ちていく。

 

 ああ、思えば私は、小さい頃からそういうのに無縁だったからなぁ。

友達の誕生会に呼ばれなかったり。

自分の誕生日を祝って貰えなかったり。

まあ、いじめられてたしね。こんな名前だしね。

一度だけ、呼ばれもしない誰かの誕生会に押しかけた事がある。あの時の事は今でもはっきりと憶えている。忘れるはずが無い。忘れられない。

友達が玄関を開けて、私の顔を見た瞬間のあの顔。ああ、吐き気がする。

そして一言。

「お前、誰?」

うわぁあああああああああああああっ・・・!

あの日ほど泣いた日はない。あの日ほど酒を飲んだ日もない。未成年もいい所の小学生だったけど。

 あれ以来、私はそういったパーティーというものを敬遠してきた。

いや、忌避していた、と言った方が正確かもしれない。

とにかく、私はそんな楽しげなものには縁が無いと思っていたのだ。

それが、どうだい。ご丁寧に招待状まで遣してきて、是非ともいらして下さい、と来たもんだ。

たとえ、それが私を辱める為の罠だったとしても、私はそれを心から嬉しいと思ってしまうだろう。

涙だって、こらえ・・・堪え切れないさ!

男だって泣く時は泣くんだ。うわぁ。

・・・と、そういうのは置いといて。

「せろり・・・お前、この不実 任仁って人、知ってる?」

涙はもう出ていない。

少し・・・取り乱したみたいだ。けど、大丈夫。私は強い子だ。強い大人。

アイ アム ストロング ビッグメン 

だ。

・・・ん、なんだか良く分からん。

「いえ・・・聞いた事はありませんが・・・」

せろりは少しだけ思い出そうと首を捻ったが、直ぐに答えた。

「そうか、不実って苗字は珍しいから親戚か何かだと思ったんだけど」

それにこの文面を見る限りじゃ、せろりの本当の雇い主みたいだし。

不実・・・不実、か。何だっけ、珍しい苗字ってのは分かるが、それだけじゃない気がするんだよな。たしかどっかで聞いたような、そうでもないような。

まぁ、いいか。憶えていないってことは、さほど重要な名前じゃないんだろう。

 「・・・あ」

突然、せろりが声を上げた。

「そう言えば、私の父の兄弟の中に、確かそんな名前の方がいらしたような・・・」

そしてまた首を捻る。

「・・・やっぱり分かりません」

腕を組んで真剣に悩みだした。頭に人差し指を置いて、う~んと唸っている。

「分からないって?親戚の話じゃないの?」

「・・・ええ、私、養子でしたから」

さらっと、せろりは言った。

「え、養子?」

初耳だ。ここ数年、ずっとこの屋敷で暮らしていたからか、家族の話題などほとんど無かったのだが、まさか養子だったとは。

「え、と・・・じゃあ、不実って苗字も・・・」

「はい、本名ではありません」

そう言うせろりの表情は、いたって普通だった。自分の親が肉親ではない事を、さほど気にはしていないようだ。

「ああ、ちなみに」

それから、せろりはまた変な事を言い出した。

「せろりって名前は私が考えました」

「・・・・・・?」

「・・・どうですか、可愛い名前を考えたものでしょう?」

ちょっと自慢げ。

いやいや、ちょっと待て。自慢すんな。自分の名前を自分で付けた、だと?

「え、と・・・ごめん、よく分からない」

何言ってんのお前、馬鹿じゃねえの?

・・・とまでは言わなかった。・・・言いたかった。喉元まで出かかっていたのを必死で堪えた。

「ですから、私の不実せろりという名前は、苗字を里親である不実家からもらい、下の名前は自分で付けた、という事です」

せろりの顔に疑問など微塵も無い。それが当たり前、みたいな。

多分、それ当たり前じゃないよ。せろりちゃん。

かなり変だよ。せろりちゃん。自分の名前は、里親でも何でもいいから、とにかく大人から貰ってくれ。じゃないとまともな名前が付かないじゃないか。

現に、この少女はせろりという名を名乗っている。誰が考えたのか、と過去にそう思った時期もあったが・・・まさか本人だったとは。

「・・・だったら、本名はどうした?」

さすがに呆れてきた。何か、この使用人はどこか違う場所の人間じゃないか、とさえ思えてきた。多分、異文化の方なのだろう。文化の違いって、かなりショックを受けるものなんだね。私の常識などまるで通用しないよ。はぁ。

「え・・・と、私、本名は分かりません。物心付く前から不実の家で養ってもらっていたんですが、自分の出自については知らされていないんです」

「へぇ、そう」

何かどうでも良くなってきた。これ以上詮索すると、また私の常識を覆されそうで嫌だ。せろりの素性に興味が無いでもないが、所詮派遣の使用人。今ではほとんど家族のようなものだが、家族の中にだって知らないことの一つや二つあるだろう。そう、あるんだ。だからもういい。

性への興味が強かろうと、養子だろうと、自分で自分を命名しようと、もう、何でもいいよ。大好きだよ。もう。


 「で、結局、この不実任仁さんって人の事は知らないわけね」

私は大幅に逸れかけた話を強引に引き戻した。

「・・・はい、すみません。お力になれず申し訳ないです」

少しだけ、顔を伏せた。が、直ぐにその顔を上げ、

「もしよろしければ、私が父に問い合わせてみましょうか」

「お前のお父さんに?」

「はい。私の父なら、この任仁という人物の事を、何かご存知かもしれません」

そう言って、せろりはすぐさま電話のダイヤルを回し始めた。

有言実行。いや、有言即行だった。

「おいおい・・・別にそこまでしなくても」

言いかけた時には、もうその電話は繋がってしまったようだ。

「あ、もしもし。私です、せろりです。・・・あ、お母様」

「・・・・・・」

どうやら母親が電話に出たらしい。人の会話を横から盗み聞く、というのはあまり褒められた事じゃないが、まあ気にする事もあるまい。風呂から上がってからこっち、ずっと立っていたので少し休みたかった。私は直ぐ傍のソファに腰掛け、首に掛けていたタオルを背もたれに掛けた。髪はもう乾いている。私の髪は人よりも長くしているから乾くのに時間がかかるのだ。だけど、ここでせろりと話している間に乾いてしまった。私はその乾いた前髪をかき上げ、久しぶりであろう家族との会話を楽しんでいる少女を、眺めていることにした。

 「それで、ですね・・・はい・・・はい・・・・・・」

会話は、せろり一人分しか聞こえてこない。それも断片的にだが。

私は手持ちぶさたになり、先ほどの手紙を読み返していた。

パーティーへのご案内・・・ね。一体この手紙には何の意図があるのだろう。

それにこのパーティーが何の御祝いなのかも分からない。誰かの誕生会かもしれないし、結婚式かもしれない。いずれにせよ、そこに私を呼ぶ意味が分からない。

この不実任仁という人物が一体誰で、何を考えているのか、さっぱり見当も付かなかった。

 「・・・え!そうなんですか!」

突然、せろりが声を上げた。

「・・・・・・はぁ・・・はい・・・・・・はい」

それからせろりは相槌を打ちながら頷き始めた。電話の向こうは、まだ母親なのだろうか。ここから見れば、使用人服を着た少女が壁に向かってお辞儀をしているようにしか見えないので、その姿が何となく可愛い。

・・・ぺこ・・・ぺこ・・・・・・ぺ・・・こくこくこく・・・

何をそんなに頭を下げる事があるのだろうか。せろりは気でも触れたかのような速さで頷いている。突然声を上げたせろりにもびっくりしたが、それ以上にせろりの顔の方が驚愕しているようだった。

何か、この任仁という人物について聞く事が出来たのかもしれないな。

私は少しだけ期待して、電話が終わるのを待っていた。

 「・・・はい、それでは。・・・ええ・・・お母様もお身体にお気をつけて。はい・・・それでは失礼します」

ガチャン・・・と、受話器を元の位置に直す。心なしか、その行動一つ一つが重そうに見えた。せろりはしばらくダイヤルをじっと見つめていた。

「それで、何か分かった?」

私はその小さな背中に訊いた。

「え、あ・・・はい」

少しだけ肩を震わせたが、直ぐにこちらを向いて、

「それが、その・・・不実任仁、という人物ですが・・・」

逡巡。何か歯切れ悪いな。

「うん、それで?」

促す。何だよ、もう、じれったいな。早く話せよ。

「私の父でした」

「うん、お父さんね」

そっか、お父さんだったのか。そっか、そっか。

そう・・・ん?お父さん?

「・・・お父さん?」

声を張り上げる。え、なに?どういう事?

「はい・・・不実任仁は、紛れも無く、私の父・・・でした」

「え?なんで?だって、さっき・・・」

訳が分からない。不実任仁という名前に聞き覚えはない、と言っていた。

それが、よりにもよって父親の名前だった、なんて。訳が分からん。

「いえ・・・それが、私父の名前を知らなかったもので・・・」

驚愕。

今までずっと一緒に過ごしてきた少女は、親知らずどころか自分知らずの養子で、その名前も自分で付けていて、挙句、自分の育ての親の名前を知らなかった、だって。ハッ・・・何がどうなっているのやら。

私はこの少女の事を、今の今まで何にも分かっていなかったらしい。

「・・・ですので、今日初めて、私、自分の父親の名前を知りました」

少女は少し恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうにしている。

・・・・・・

だから言っただろ。これ以上こいつの素性を聞くとどうなるか。

見事に、私の常識を覆していったよ。


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