再会する
「いつかこうして、君と話す事が出来たら良いなと・・・ずっとそう思っていた」
目の前に立つ彼がそう言った。
知らない顔。
なのにこいつは、いかにも見知ったような口ぶりで私に声を掛けてくる。
すごく・・・気持ち悪かった。
「・・・」
無言で睨み返す。
別に手足を縛られている訳でも柱にくくり付けられている訳でも無い。
私はソファに座っていた。
だけど。
私が拉致されているのは明白だった。
「・・・冷たい目だな」
彼がそう呟く。
「まるで死人のようだ」
そして嘲笑った。
「まぁいいや。・・・別に君がどんな顔していようが、どんな状態だろうが・・・生きてさえいれば、彼女は必ずここに来る」
「・・・ッ」
つい、体が反応してしまう。
それをこいつが見逃す筈も無く、
「そうそう、今君の頭の中に居るそいつ」
ニヤつく口元を隠そうともせず、意地悪く笑った。
「俺はそいつに用が有るんだ。・・・君は単なる囮・・・だけどまぁ、彼女がここに来るまでの間・・・少しくらい暇を潰させて貰おうか。積もる話もあるだろうしね、お互いに」
言って、彼は何の躊躇いも無く私の横に座った。
三人掛けのソファの端と端。
互いの距離は五十センチも無い。
ここが何処で、何の部屋なのかは拉致された私には知りようも無いが、それでもこいつが座れそうな椅子くらい幾らでもあった。
ああ、いや。
ここが何処かは、何となく見当が付くかな。
多分、研究所。
さして広くも無い空間に、何か訳分からない設備とかが一杯あるし。
薄暗い雰囲気とかも、何となく懐かしさすら覚えるくらいだ。
そう。
ここはあの人の研究所と似ている。
いや、多分、その通りなのだと思う。
単純に、私の記憶が曖昧で、かつ私はあまり研究所の施設に関して詳しく無いので、ここがその研究所のどの部屋なのかが分からないだけだ。
「なぁ」
そいつが私の方を見ず、ただぼぅっと前を見つめて話しだす。
「あいつはどんな父親だった?」
唐突な質問。
「・・・え?」
一瞬、何の事だか分からなかった。
だが直ぐに思いつく。
ああ、あの人か。
けど、何でだろう。
何でこいつがその事を私に訊くのだろう。
私が答えないでいると彼はわざとらしく息を吐いた。
「まぁ、殺した相手の事なんて覚えてないか・・・」
哀愁漂う溜息。
それも何となく嘘臭かったけど。
「ま、それも良いさ。大した事じゃない。それよりも・・・」
そこから。
その先、彼が口にした言葉を聞いて、私はもう一度世界を呪った。
「何であいつは死にたかったんだろうな」
空気の軋む音が聞こえた。
一気に部屋の空気が反転する。
室内灯が薄く明滅を繰り返し、真横の彼との間の空気が歪んで見えた。
全て、私の幻覚だろうが。
「・・・・・・」
私は、違う違う違う・・・と心の中で叫びながら、彼の言葉を遮ろうとしていた。
「なぁ」
何故こいつがその事に触れてくるのかも分からなかったし、たとえ知っていたとしても聞きたくなかった。
彼女の事は。
けれど、彼の言葉はどんな隙間にでも入り込んでくる。
それがたまらなく不快だった。
「君なら知っているんだろう・・・」
彼が不意に私を見た。
意地悪く口元が歪み、そして、
「『お姉ちゃん』」
そう言った。
「・・・ぅぁ」
その言葉は想像を絶し、私の感情を根こそぎ抉った。
ぽろぽろと悲しくも無いのに涙が溢れた。
いや、うん・・・分からないけど。
悲しいのか嬉しいのか。
全然考えられない。
だって。
「『ねぇ?お姉ちゃん。教えてよ。何であたしは死にたかったの?』」
意地の悪い笑顔で彼は言う。
その声は、最早彼の・・・というより男の人の声などでは無く、むしろ私よりも幼い、少女の声だった。
何故、彼の口からそんな少女の声が出るのかは分からない。
もしこの時私が冷静だったら、男の声の変わり様に、変声機や録音した音声に合わせて口を動かしている、等といった推察も出来たのかもしれないが、残念ながら冷静ではいられなかった。
だってさ。
「『フフ・・・おねぇちゃん』」
その声は、まさしく私の妹、ひばりの声だった。
煩わしささえ覚えるその音に紛れて微かに衝撃音が聞こえたのは、まさにその直後だった。