ふくしゅう
あまりに衝撃的な出来事からものの十分も経たない内に、私と鴎は既に動いていた。
彼女の話を聞けば、どうやら彼女は雀の居場所が掴めなくなったから私の屋敷に来たらしい。
何らかの理由で突然雀の生体反応が途切れた為、慌てて私の屋敷に来たという事だ。
そしたら、せろりが死んでいるのを発見したそうだ。
私が帰ってきたのはその直後だったらしい。
だから、あえて何もせずに私の行動を見守る事にしたそうだ。
それは、本当に素晴らしい配慮だったと言えよう。
だってあの時の私ときたら、みっともなく泣き叫び、ゲロを吐いて、あまつさえ失禁したのだ。
それを黙って見ていた事に、心から感謝しよう。
「・・・それで、すずめちゃんの反応が消えたのは何時頃なんだ?」
歩きながら、事態の把握に努める。
「夕方の五時五十八分十三秒です」
「・・・そうか。正確だな」
その時間というと、私が学校を後にしたあたりか。
「場所は?」
「雀様の通っていらっしゃる学校の施設内です」
「え?じゃあ」
彼女はまだ学校に、と思ったがそうでは無かった。
鴎がすぐに私の言葉を遮った。
「いえ、反応が消えたのが学校というだけで、恐らく雀様は別の場所に居ます」
そう彼女は強く断言した。
「どうして分かるんだ?」
私が訊くと、鴎は少し暗い表情で、
「それは、貴方が一番良く分っている筈では?」
冷たく言い放った。
「え・・・」
言われて少し考える。
午後五時五十八分・・・ほぼ六時か、その時間私はまだ学校に居た。
それと同時刻、雀の生体反応?(いまいち良く解っていない)が途絶えた。
場所は学校。
私はその後屋敷に戻り、せろりの・・・
「あ、そういう事か・・・」
そこで私は気付いた。
せろりが死んでいる理由。
誰に殺されたのか、何の為に殺されたのか。
混乱と動揺で私の思考は少しも働いていなかったようだ。
あまり考えないようにしていたが、言われてみれば明白だった。
「そうです。恐らく貴方の大事な人の命を奪ったのは、芹沢技研の人間です」
彼女の言葉に、また熱いモノが湧きあがって来るようだった。
私はそれを必死で抑えつけた。
「そうか・・・そうだよな」
そんな不安定な私を横目に、鴎は自分の推察を滔々と読み上げる。
「理由は不明ですが、雀様がご帰宅される直前・・・学校を出る際に雀様の体に仕組まれた発信機が何らかの影響で途絶しました。・・・が、恐らく雀様はそのまま貴方の屋敷に帰っています。そして・・・」
そこで鴎は言葉を切った。
多分見間違いだろうけど、彼女の拳が震えていた。
「そこで研究所の人間に捕縛されたのでしょう。その際、抵抗したあの少女はやむなく・・・」
「・・・・・・」
ひどい話だ。
素直にそう思った。
そんな私の顔を見て、何故か鴎がすまなそうに項垂れた。
「・・・こんな言葉を申し上げるのは適切ではないと理解していますが・・・申し訳ありません。全て私のせいです」
足を止め、ごめんなさいと彼女が頭を下げた。
私も同じように歩くのを止めて彼女に向き合った。
「・・・あぁ、いや気にするな。いつかこういう風になるって前々から言われてたとこなんだ・・・あ、今日言われたんだっけな・・・まぁ、そういう訳である程度は覚悟してたんだけど、まさか何も出来ないとは思わなかったんでね」
自分で言って、あまりの不甲斐なさを痛感する。
何か言葉を出す度に、堪えようの無い吐き気みたいなものも強く感じた。
「ですが、私に対して恨みごとの一つでも吐いて下さって良いのですよ。私にはそういった人間の気持ちを理解出来ないので、何と言われようと気にしませんから」
彼女は、多分、本当に申し訳ないと思っているんだろう。
しかし、それを自覚する機能が機械の彼女には無いのだ。
それが、何故かひどく悲しい事だと思った。
「確かに、せろりが死んだのは遠回しに言って君達のせいかも知れないけどね・・・・・・でも、やっぱり私は、君に対して恨むとか憎むとか・・・そういうのは出来ないな」
「・・・・・・」
無言で彼女は私を見つめている。
そんな彼女に私は自分の本当の気持ちを伝えた。
「人が死んだのを誰かのせいにする程、私は人間が出来ていないんだよ」
悲しいけど、やっぱり私は人の死に触れ過ぎたのかもしれない。
せろりが死んだ事は本当に悲しいけど、こうやって歩いている内にいつの間にか落ち着いていたのだ。
それが防衛本能なのかどうなのか良く分らないけど、多分、私の深い所で人間の死というモノに対する感覚が麻痺しているんだろう。
だから死体に触るのも怖くないし、気持ち悪いとも思わない。
せろりが死んだという事実も、既に頭の何処かで整理しているのかも知れない。
・・・・・・・・・
いや、本当は解らないけどね。
自分の気持ちほど理解に苦しむモノは無いと言うし。
ただの強がりかもしれないさ。
「そうですか」
鴎が静かに頷いた。
「では参りましょう。雀様の所へ」
彼女はそれから一度も振り向かずに歩いた。
私はそのすぐ後ろをただついて行くだけ。
目的地は訊いていない。
それは鴎が行き着く場所が目的地だと思うから。
私はただついて行くだけ。
私は少しだけ思考を閉じる事にした。
何かを考えだすと、頭の中のせろりとイチャイチャしだすから、事が終わるまでそれはお預けにしようと心に決めた。
うん。
死んでしまったせろりの為にも、最後くらい、真面目に行こうと思う。