気合いで乗り切れると思ってました
不知火少年の運転する車中。
「・・・そういやお前、この前警察に捕まったんだってな」
「ええ。お恥ずかしながら」
と、特に恥ずかしそうな素振りも無く不知火は言った。
ハンドルを片手に、視線をチラリと私に向けた。
「少しだけ彼らの情報を閲覧しようとしただけなのですが・・・思いのほか重要な案件だったようで」
その時の事を思い出しているのだろうか、少年の横顔に少しだけ笑みが浮かんでいた。
「一瞬で捕まりました」
はは。
軽く笑い飛ばしていた。
「ふぅん・・・そうか」
助手席に座っている私からは彼の横顔しか見えないが、それでも不知火は笑っているように見えた。
警察に捕まった事態を笑い話に出来るなんて、多分こいつは器がでかいのだろう。
「それで・・・今日は何をすれば良いのかな?」
多分、また何処かの誰かが犯してしまった罪の清算をするのだろうな、と思いながら不知火に訊く。
端的に言えば死体処理。
私の仕事。
「あー・・・そうですね」
とそこで、不知火は珍しく言葉を濁した。
視線を宙に浮かせ・・・って運転中にそんな余所見をしないで欲しい。
「まぁ多分、薄々は察しているとは思いますが・・・この前の機械がらみです」
不知火はそう言ったが、私は全然これっぽっちも察してもいなかった。
やっぱりな・・・みたいな顔をして窓の外に目を向けているが、頭の中では全然違う事を思い浮かべていた。
先日の不知火からの電話や警察に捕まった事も考慮すれば想像出来ない事では無かったのかも知れないが、私はあまりその事に気を掛けていなかった。
と言うより忘れていた。
けどそれがバレると大人としての色々な何かが音を立てて崩れそうだったので、言葉を出さずに思慮深い顔を作っていた。
そんな私の不謹慎さなど気にも留めずに不知火は喋り出す。
「少々話が込み入っているので端的に説明しますね。・・・警察と例の研究所の間で共同事業の話が持ち上がっています」
「共同事業?」
「ええ。まぁ、持ち上がっているとは言ってもあくまで極秘事項です。僕はそれを調べていて逮捕されました」
不知火はそこで一つ間を置いた。
彼の目がスッと冷たくなる。
「・・・いわゆる兵器開発です」
「・・・・・・」
それはまた、でかい話だ。
しかもこの平和主義を謳っている日本という国でそういった話が出てくる事自体、にわかに信じ難い。
いや、それこそ表の顔か。
私自身、日陰者であるからその手の黒い話は腐るほど知っている。
平和な日常の裏では、いつも誰かが死んでいるのだ。
それと同じか。
ただ、兵器とか言われてもそれで一体何をするのかリアルに想像出来ない。
戦争でも起こすつもりだろうか。
それとも今後起きる戦争に備える為だろうか。
「例の芹沢技研が学術的研究と題して兵器開発をしている事は裏の世界では有名な話でした。しかしこの国の法律が邪魔をして、今まではその規模をあくまで研究対象としてでしか拡大出来なかったそうです」
「・・・つまり金にならない?」
ビジネスとして成立させてはいけない。
あくまで研究として機械をいじっている。
「そういう事です。ただまぁ、兵器開発以外でも芹沢技研は実績があったので資金面では問題無かったみたいですけどね。具体的には定期的に自分達の研究成果を各方面の有力者に披露する事でスポンサーを得ていたようです」
その不知火の言葉に、私はずいぶんと前に招かれたパーティーの光景を思い出していた。
思えば、あの会場には日本人だけでは無く外国人の方も大勢居たような居なかったような気がする。
ああやって市場を広げられない分の資金を調達していた訳だ。
「そうやって表に出ないよう細々と研究していた矢先に例の事件が起きました」
「・・・・・・」
その瞬間、腹部に鈍い疼きを感じた。
もう一カ月近く経っているとはいえ、身体を貫いた傷はそうそう完治するものでは無いらしい。
「すずめの父親が死んだ事も研究所にとっては痛手だったらしいのですが、先月の事件・・・あれは致命傷でした。刑事責任は勿論、これまで明るみに出なかった研究が全て警察や監査機関にバレてしまったんですからね」
不知火は言いながら、エンジンを止めずに車をゆっくりと停車させる。
赤信号だった。
信号待ちの間も、不知火の話は続いた。
「普通なら研究所は即時閉鎖。賠償金やら責任問題やら憲法違反やらで関係各所が大慌てする所でしょうけど、そうはならなかったんです」
信号が青に変わる。
ゆっくりと、車が動き出した。
「・・・と何か話が逸れてきましたね。すみません。あまり時間が無さそうなので結論から言います」
不知火が不意に車の速度を上げた。
「先月の学校襲撃に関する責任を警察は書類上だけで処理し、その見返りとして芹沢技研の持つ全ての情報開示及び技術提供を求めました」
運転する不知火の表情は変わらない。
だが、あまり余裕があるようには見えなかった。
「そしてその前提条件として、警察はある機械の提供を求めてます」
「・・・なるほど」
それがあの時の電話だったのか。
そこでようやく話が繋がってきた。
少し納得。
不知火は私の顔を見て一つ頷き、
「鴎という芹沢技研が保有していた・・・現存する最も危険な機械を警察は捜索しています」
キィ・・・
そこで不知火は車を止めた。
今度は赤信号では無く、単に目的地に到着したから。
「・・・・・・」
車を停車させたまま、しかし、不知火は動かない。
ハンドルを強く握り、
「おそらく警察は鴎を恐れています。単体でも甚大な被害を及ぼす彼女を最優先で確保・・・いえ、破壊しようとしています。その上で、研究所に兵器の開発を要請しているのです」
「あぁ・・・つまり不確定要素な訳だ。あの機械が」
警察にとってそれらの機械・・・兵器達は脅威以外の何物でもない。
現に一度、警察署自体も襲撃されている訳だし。
もし仮に研究所がその兵器を手元に置いていたとしたら、警察の条件や要請など簡単に反故にされてしまうだろう。
そうならないよう国を挙げて研究所に圧力をかけても良いのだろうが、恐らくそういった表立った行為を政治は好まない。
なるべく穏便に、かつ隠密に事を運びたいのだ。
「はい。加えて例の研究所でも同じような動きが見られるので事態は切迫している可能性があります」
とそこでようやく私は気付いた。
「・・・そうか、すずめちゃん」
不知火と眼が合う。
少年が慎重に頷く。
「そうです。彼女に危害が及ぶ恐れがあるんです」
以前、この少年と警察署に出向いた際、私は彼女らに襲われた。
鉄格子や厳重な扉などものともせずに進入してきた彼女らに、私達は為す術も無かった。
あの時は色々あって結局は何事も無かったのだけれど、最後に強く釘を刺されていた。
・・・すずめの身に何か起きたら・・・殺す・・・
彼女達のリーダー格、一番背丈の高い鴎はそう言い残し私の前から去っていったのだ。
それが今、嫌な想像と結び付いた。
「鴎は元々すずめ専用の護衛機です。彼女の身に何かあれば、どんな障害があろうとも、それを排除して鴎はやって来ます」
「それでか・・・」
「はい・・・警察がその事実を把握しているかどうかは分かりませんが、恐らく研究所は知っている筈です。・・・もし研究所が鴎の捜索に窮するような事態になれば、遠からずそこを狙ってきます」
すずめに危害を加える。
もしくは・・・殺害する。
不知火はそこまで言わなかったが、恐らく予測はしているのだろう。
彼の唇が苦く歪んだ。
それでも少年は感情を押さえつけ、強い視線で私の目を睨んだ。
「したがって今回勃起丸様に依頼する仕事は他でもありません」
そこで不知火は今まで見せた事の無いような真剣な表情で、
「お願いします。すずめを守ってください」
深く頭を下げた。
そして押し殺した声でこう言った。
「僕は非力です。自分の身を守る事は出来ますが、大切な人を守る力が僕にはありません」
悔しそうに言う少年の顔が小さく震えていた。
「それに彼女の側に居てやる事も・・・今の僕には出来ません」
だから・・・
「お願いします」
「・・・・・・・・・」
真摯に頭を下げ続ける少年を、私は今まで少し見下していたようだ。
この少年は強い。
それが今分かった。
「・・・任せろ」
短く答え、私は車を降りた。
車の止まった場所は、何処かの校門。
いつまでも頭を下げているこいつと、私の大事な家族が居る場所。
「・・・・・・」
任せろ不知火。
彼女は必ず私が守る。
お前も違う場所できっと彼女を守っているんだろう。
それが分かっているからこそ、私は前に進める。
私はその瞬間、ようやく自分が今居る場所を認識した。
遅すぎたのかもしれないが、これでようやく舞台に上がった。
後はやるだけ。
危険が多過ぎる私の日常だが、この瞬間だけは、何かそれでも良いのかな・・・なんてそんな事を思っていた。
結末がどうなるかは知らない。
勝算は薄いだろう。
相手は国と科学者だ。
ぶっちゃけ勝負にもならない気がする。
・・・けど、この時ばかりは負ける気がしなかった。